古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第559話

 私達を集めてバーリンゲン王国属国化の事実を教え、ウルム王国への対応を決めた後に、アウレール王は国民に対して声明を発表したわ。

 バーリンゲン王国に結婚式参列の国賓として呼ばれた筈の、ロンメール殿下とリーンハルト様に対して数々の非礼の理由。

 それはウルム王国と旧コトプス帝国の三国が計画した罠、エムデン王国侵攻の最大の障害である、リーンハルト様の暗殺が真の目的。

 その手段としての婚姻外交と言う軍事同盟による二方向侵攻、バーリンゲン王国とウルム王国は血の繋がりを以てエムデン王国に同時に侵攻する筈だった……

 罠は上手く行く様に見えたわ、リーンハルト様一人に対してバーリンゲン王国とウルム王国合同の五人による多対一の模擬戦。普通なら勝てる見込みは無いわ、周辺諸国の来賓の見守る中で勝負は一瞬で終わった。

 リーンハルト様の圧勝、彼等の思惑はたった一人の魔術師により潰えたわ。周辺諸国の賓客の中での無様な負け。勝てれば有耶無耶の内にエムデン王国に侵攻する筈が徒労に終わったわね。

 バーリンゲン王国のパゥルム王女はリーンハルト様の力を恐れ、親ウルム王国派の父王を殺して王位を奪い周辺諸国の賓客の前でエムデン王国への属国化を明言。

 これだけでも、エムデン王国はウルム王国に対して正当性を持って宣戦布告が出来る。でもそれは侵略戦争と変わらない、殴り掛かって来たから殴り返すだけ……

 だけど只の侵略戦争を聖戦に変える手段をエムデン王国に齎したわ、教義に反する不当な結婚式の司式者(ししきしゃ)をモア教のシモンズ司祭に強要。

 シモンズ司祭は並み居る各国の来賓達の中から、リーンハルト様に保護を求めたわ。それは彼が自他共に認めるモア教の敬虔なる信徒だから、その彼が仕えるエムデン王国を頼ったの。

 モア教の司祭が不当な扱いを強要された事、それはモア教を国教と定める国々にとって重大な意味を持つ。信仰を踏みにじられた訳だから反発は大きい。

 既にモア教はバーリンゲン王国からの撤退を決めていて、ウルム王国には厳重な抗議を行う事になっている。破門はせずともモア教から距離を置かれる事は厳しい。

 バーリンゲン王国に対しては政権交代による挽回のチャンスを与えられたけれど、それにはリーンハルト様の口添えが有ったから……

 モア教は友愛を教義とし多数の国家の国教として認められている、それは国民に人気が有るからじゃなくて……殆ど国政に口出しをしないから。

 教義さえ守れば変な特権意識や金銭的要求、権力を欲しがらない、為政者にとって扱い易い宗教。だけれども国民に対する影響力は絶大、モア教に見放される事は周辺諸国からも悪印象を受ける。

 大陸最大の宗教は何故か各国の中央からの接触を嫌う、時には上級貴族との婚姻話も有るのに全て拒否。政治には不干渉とも思う程に適度な距離を置いていた。

 なのに、リーンハルト様には珍しく強く干渉してくるわ。多分だけど各国の上級貴族達は多額の寄付はするけれど、教義的な事は守らない。

 リーンハルト様は上級貴族でありながら、常に平民達に気を配り出来うる限り守ろうとしている。他の貴族から疎まれようとも非難を浴びようとも、変わらずに国民を守る。

 国家の重鎮として、上級貴族として、宮廷魔術師として、出世しても功績を上げても変わらない信仰心を持つ稀有な信者。

 モア教にとっては最高の信者なのでしょう、だから彼に対して最大限の配慮をするのよ。それと権力も戦力も併せ持つから、モア教には必要な信者。

 彼を助ける事は、モア教にとっては何ら不利益が無い。失脚されては困る、有る意味では共存関係?でも単純過ぎるし、他にも理由が有る筈よね?

「貴方達は知らないかしら?」

 私を前にして無言でワインをがぶ飲みしているお二人さん、私の疑問に答えなさいな!

 身分下位者の屋敷に行く事は出来ないわ、だから私の屋敷に呼び付けたのに呑気に寛がないで欲しいわね。

 状況を把握しているとは思うけれど、胆力が凄いのも分かるけれど、もう少し私を気遣いなさい。

「いや、我等を屋敷に呼び付けたのは、ザスキア公爵の方だろ?」

「昼間のアウレール王の発表は聞いたぞ!それで、どうなんだ?」

 全く役に立たない脳筋野獣二人よね、彼等に説明する為に一連の流れを追って考えていたのだけれど……

 鼻息荒くか弱い淑女に迫るって、紳士としては失格よ。この二人は、やはりライル団長から詳細を聞いてないのかしら?

 説明も面倒臭いから端的に端折って話せば良いわよね?どうせ戦場で突撃させておけば満足な戦馬鹿だし、お相手するのも疲れるわ。

「アウレール王の発表の通りよ。リーンハルト様の仕込みが成功、エムデン王国は正当性をもって、ウルム王国に宣戦布告をするわ。第一陣は不穏な動きを見せる、グンター侯爵とカルステン侯爵。消極的な事を懸念されたバセット公爵、名誉挽回のチャンスを貰ったバニシード公爵の四人よ」

「ふむ、で?」

「そうだな、で?」

 興味が全く無いのか考える事が嫌なのか、一言で先を急かす無礼な二人を睨み付ける。ばつが悪そうに目を逸らさないで下さいな、この脳筋の野獣共め!

「貴方達二人を参戦させる事をアウレール王に認めさせたわよ、第二陣のライル団長率いる聖騎士団と常備軍、それに国王直轄の第二軍に先行しての参戦よ」

 その言葉を聞いた途端に、ギラギラと欲望の籠もった目をしたわ。普通の淑女なら失神ものの威圧感、少しは私を気遣いなさい!

 2mと離れてない距離で放たれる威圧感に、流石の私も心臓が鷲掴みにされる恐怖を味わう。だけれども意地でも顔には出さないわ。私を心配して霊鳥鳳凰の雛であるファースィンが肩にとまり顔を頬に擦り付ける。

 その柔らかい感触に気持ちが落ち着くわ……更に紅茶を一口飲む、僅かに震えていた指先が止まったし大丈夫ね。この野獣共を裏で上手く御している、リーンハルト様に改めて感心するわ……

「私を脅してどうするのよ?参戦を取り消すわよ」

「む、これはその……悪かったな」

「少し気が急いたんだ、申し訳無い」

 二人揃って謝罪し頭を下げたけど、ニヤニヤが止まらないのね。全く男って本当に馬鹿なんだから、そう言う意味でもリーンハルト様は出来過ぎているわ。

 未だ少年なのに、その思考は既に大人以上、常日頃から魔術師は冷静たれって言ってるけど……それだけじゃ普通は無理なのよね。

 その辺の秘密も、ゆっくりねっとり閨での情事の後に教えて貰うわよ。私も今回勝負をかけるわ、邪魔者(恋敵)が居ない戦場でのラブロマンスよ、燃え上がるわ!

「うふ、うふふふふ……」

「いや、本当に申し訳なかった!」

「謝罪する、だから気持ち悪いプレッシャーを放つのは止めてくれ!」

 あら?失礼ね、私の楽しい未来予想(願望・妄想)を邪魔するなんて無粋だわ。これだから男女の機微に疎い脳筋の野獣は困るのよ。

「少しは考えなさい、貴方達を解き放つ意味は裏切り疑惑の有る、グンター侯爵とカルステン侯爵の監視と、裏切った時の制裁よ。二人で動いても、第二陣と協力しても良いわ。好きになさい」

 恐怖心など抱かなかった、余裕を表す為に足を組み替えて妖艶さをアピールしてみる……無反応ね、これだから戦い大好き戦闘民族は嫌なのよ。

 伯爵と男爵、共に従来貴族として幼少の頃から厳しく仕込まれた男達なのに、今でこそ伯爵だけど少し前は新貴族男爵の長子だった彼に劣る。

 やはり紳士としては二流よ、女を喜ばしてこそ一流の紳士。貴方達は失格だけど、私とリーンハルト様の役には立つわ。だから利用するし協力もするの……

「ふむ、遊軍扱い且つ味方の監視も含むのか。だが自由過ぎる立場だな、今までに無い程に珍しい好待遇だぞ」

「野戦がメインになるな。少数で敵軍への奇襲、たまらないぜ。今度こそ、ジウ大将軍と決着を付ける!」

「好きなだけ暴れなさい、後続の第三陣が荒らした戦場を地均(じなら)ししてくれるわ。精々先行する連中を焦らせるのよ、裏切る余裕も無い程に煽りなさいな」

 力強く頷く彼等を見て、ウルム王国側は問題無いと確信する。後は補給と情報伝達の手伝いだけすれば、この野獣共が何とでもするでしょう。

 先発の第一陣は準備を急いでも半月から一ヶ月は掛かるわ、リーンハルト様がエムデン王国に戻る前には出陣して欲しいけど無理かしら?

 彼等からすれば、戻って来たリーンハルト様を利用したい筈なのよ。魔力付加の武器や防具に能力upのマジックアイテムは喉から手が出る程に欲しい、成功率が格段に上がるし味方の犠牲も減るから絶対に欲しい。

 リーンハルト様は敵対勢力には絶対に協力しない、でも中立のバセット公爵は協力を要請して来る筈だわ。だから彼が帰って来る前に出撃して欲しいのよ、手伝うのは面倒臭いしメリットは何も無いし……

 バニシード公爵とバセット公爵の話し合いは上手く行かないでしょうね、元々敵対中なのに今更仲良く協力などプライドと損得勘定が邪魔して無理よ。

 グンター侯爵とカルステン侯爵は腹に何かを隠しているわ、最悪は裏切る可能性も有る。彼等を信用し共闘に持ち込むリスクは高い、私なら放置ね。

「俺達は事前に準備を進めていたから、十日も有れば出陣出来る」

「戦力は歩兵五百、全員がレベル20以上の強者だ。補給部隊は別だし追加の補充兵も用意している、三ヶ月は自前で活動可能だ」

 まぁ、想定内ね。突き抜けた二人の野獣と五百人の歩兵なら、二千人規模の軍団でも問題無く対応可能だわ。第一陣の総兵力は多く見積もっても六千人、連携は無理でしょうし纏まって行動もしないでしょう。

 最終的にバセット公爵とバニシード公爵は、各二千人規模の自前の軍団で対処する事になるでしょう。自分の利益の確保を最優先にするから、拙い連携で他人の世話までは見れない。

 グンター侯爵とカルステン侯爵は、最大限頑張っても千人前後で限界。予備兵力を考えたら動員数は五百人から八百人じゃないかしら?頼りにはならないでしょう。

「補給については私の方でも補助するわ、後は伝令兵もね。情報は常に最新の物を送るから安心なさい。今回は私もバーリンゲン王国に乗り込むから、有事の際の判断は独自でお願いするわよ」

 これは譲れない、今回は私がバーリンゲン王国に乗り込むわ。本来なら私は王都に残り遠隔指示に徹して前線には行かないのが望ましい、でもリーンハルト様と一緒に行動しないと無意味なのよ。

 バーリンゲン王国の平定など三ヶ月も掛からない、主要都市を確保して終わりよ。辺境の少数部族の鎮圧とか懐柔とかはしない、それはパゥルム女王の仕事。

 あくまでも政権基盤を固める為の敵対勢力の壊滅だけ、属国化の旨味を捨てて苦労は背負わない。それはバーリンゲン王国に対する重石であり枷だから……

 でもアウレール王から王都の守りも任されたわ、もし不穏な動きが有るのならば兵力の一番少ない時期。第三陣の出撃後且つ、リーンハルト様がバーリンゲン王国に滞在中。

 二ヶ月後から三ヶ月前半辺りは一番危ない、私は先に王都に帰らなくては対処が後手に回るわ。つまり私の猶予は一ヶ月半から最大二ヶ月、第一陣の出撃が早まれば猶予は一ヶ月しかない……

 悩ましい、バセット公爵には早く出撃させたい。でも私とリーンハルト様の蜜月時期も短くなる、彼を一ヶ月で攻略するのは厳しいわ。でも、このチャンスを逃せば次が有るか分からない。

「悩ましいわね、本当に悩ましいわ。いっそのこと敵(恋敵)の抹殺に動けば……いや、それは流石に駄目よね?本当に駄目かしら?」

 罪はウルム王国に適当な理由をでっち上げて押し付けて邪魔者を一掃、傷心のリーンハルト様に優しく手を差し伸べれば落ちるわ。でも彼が暗黒面にも落ちそうで危険ね、あの愛情を考えれば……

 間違い無く復讐に走るわ、大切なモノを奪われて黙って泣き続ける男じゃない。誰も止められないでしょうね、止めた者にも厳しい対応をするわ。でも復讐鬼は国民が求める英雄じゃないのよ。

 今まで築き上げたリーンハルト様の名声は地に落ちる、復讐鬼など国民は望んでないの。清廉潔白で慈悲深く平民にも優しい上級貴族を求めている、だからこの案は却下ね……

「流石に敵(恋敵)とは言え後腐れなく殲滅させたら駄目よね?全くお邪魔虫など駆逐すれば楽なのに……」

「いや、本当に悪かった。だから怖い独り言は止めてくれ」

「お前、怖いぞ。女の怒りは二種類有る、ヒステリックに騒ぐのはどうにでもなるが、静かに笑いながら怒るのは止められない。悪かったから止めてくれ!」

 あらあら?確か二人の本妻達は野獣共を御しているのよね、それなりに有能だった筈だし女の怖さは教え込んでいたのね。

 ただ騒いで泣き喚くだけの女など無能以下、それで動かされる男も同様よ。佳い女はね、男を自発的に動かして制御する事が出来る。

 リーンハルト様は私の微笑みの種類で思惑を予想する事が出来た、思い通りに動かせない殿方は落とし甲斐が有るわ。

「ならさっさと出撃準備をしなさいな。私はバセット公爵達を急かすわ、早く話を纏めて出撃しないと先にウルム王国に攻め込むわよってね。戦場での一番槍は誉れなのでしょ?先を越されたら面子は丸潰れよね」

 一週間も有れば、ウルム王国に宣戦布告する前に周辺諸国に根回し出来るわ。そしてバーリンゲン王国に呼ばれた来賓達が帰国し根回しの内容が真実だと伝える……

 モア教の敵、他国の宮廷魔術師五人に圧勝したリーンハルト様の存在、簒奪してまでエムデン王国に擦り寄ったバーリンゲン王国。

 この事実を知らされてまで、ウルム王国と旧コトプス帝国に協力する国など居るかしら?居たらその国も敵として潰す必要が有るわ。

 候補としては反モア教の人間至上主義国家、それと……潜在的な敵国、隣接している国家群は隠れて敵対しそうだわ。後は親ウルム王国や親旧コトプス帝国の連中、だけど彼等の切り崩しは可能。

 問題なのは宗教絡みの敵対国、彼等とは話し合いは通じない。倒すか倒されるかしかない、もしかしたらモア教がリーンハルト様に協力する理由の一部かも知れないわね?

 




日刊ランキング二十二位、有難う御座います。

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