古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第560話

 バーリンゲン王国元王位継承権第一位、クリッペン殿下の支配地である三つの城塞都市。レズン・ハイディア・アブドルの街の内、先ずはレズンの街を落とす。

 ウルフェル殿が選んだ妖狼族の精鋭は男女各二十人の合計四十人、それと副官兼神獣形態のユエ殿の世話役として、フェルリル嬢とサーフィル嬢。

 レズンの街攻略には参加させないが、落とした後の維持管理役と防衛軍として詰める、パゥルム女王から託された五百人の歩兵。

 彼等と合流したのは、僕がバーリンゲン王国の王都を出発してから四日後の午後。明日の朝にレズンの街を攻略する。

 パゥルム女王派の歩兵の指揮官は、最初からパゥルム女王派だったアチア殿。彼の実家は多くの武官を輩出しているが、彼自身は文官だ。

 武官としても及第点らしいが、レズンの街の維持と管理が主目的だからこそ抜擢された人材。本当か怪しいが僕の命令は絶対に守る様に、パゥルム女王直々に言われたそうだ。

 僕とアチア殿、それにフェルリル嬢とサーフィル嬢。それと僕の腕に抱かれている神獣形態のユエ殿の五人で、城壁を夕日に照らされるレズンの街を見ている。

 僕達の背後には歩兵部隊が整列している、短期間で王都から此処まで強行軍で来た筈だが落伍者は居ない。それなりに鍛えられ規律も有る部隊みたいだ。

 レズンの街からも僕等は見えているのだろう、慌ただしく正門を閉めて矢倉の弓兵が増えた。あと二時間もすれば日が落ちる、夜は冷え込むだろうな……

 直に見て確認したが、確かに堅牢そうだ……城壁は石積みで高さは6m、矢倉は20mおきに有り円形状でレズンの街を囲っている。普通なら攻城兵器でも破壊は苦労するだろう。

 侵入経路は東と西に有る正門だけだが、扉は鉄製で見るからに丈夫そうだ。城壁の外周には幅4m深さ3mの空堀まで設置されている。

「難攻不落?まさか、まだ全然甘いよ」

「そうですね……私達なら空堀も浅く城壁も低いわ。そのまま飛び越えてよじ登れます」

「でも真っ昼間は目立つから夜間に闇に紛れての侵入かしら?内側から正門を開ける事は難しくないわ」

 僕やフェルリル嬢にサーフィル嬢の言葉に、アチア殿の表情が固まる。普通なら難攻不落の城壁です、どうしましょうか?だからな。

 四十人の妖狼族が夜間に侵入すれば確かに正門は開けられる、だが相応のダメージは負うだろう。それは困る、彼等を無駄に損耗させる気は無いし他に計画が有る。

 勝利条件は極力だが敵兵を殺さず投降させる事、城壁等の設備の破壊は最小限に留める事、レズンの街に住む平民には危害を加えない事、この三つ。

「リーンハルト殿は何を錬金しているのですか?立て札みたいに見えますが……」

「立て札で間違い無いですよ、レズンの街の住民に対する我々の意思表示です。逃げ込んだ奴等には最後通牒かな」

 流石の僕も多くの文字を錬金するのは難しい、それが文章なら更に難しい。だから見本を作り出して同じ物を量産する、これはレズンの街攻略の鍵だ。

 出来上がった立て札をフェルリル嬢達の方に向ける、これで内容が読めるだろう。バーリンゲン王国の識字率は全国民の六割程度だが、大きな街なら八割を超えるだろう。

 そして逃げ込んだ連中と街の連中との仲違いを引き起こす罠だ、悪質だけど防ぎ様が無い。僕も薄汚れたモノだな……

『告げる。

我々は正規のバーリンゲン王国軍及びエムデン王国宮廷魔術師第二席リーンハルト・フォン・バーレイ。

レズンの街に逃げ込んだ者達は、パゥルム新女王に逆らい爵位を剥奪された逆賊共である。

彼等に従う者、協力する者は全てバーリンゲン王国に逆らう逆賊として討伐する。そこに慈悲は無く、罪は三親等に及ぶ。

だが逃げるのを見逃す事は罪を問わない、西側の正門は解放しておく。残った者は罪を問わず今迄と同じ待遇を約束する、兵士については再雇用し優遇する。

領民からは何も奪わず臨時増税もしない、これは我が名に誓う』

 立て札の内容だが、逃げ込んだ連中は既に貴族じゃない。庇えば同罪、見逃したり協力しなければ無罪。兵士は再雇用し、領民からは略奪はしない。

 この条件ならば領民と一般兵士は協力しないだろう、身分上位者だと思うから従うのだが彼等は違うのだ。

 新生バーリンゲン王国に認められた貴族じゃない、だから従う必要も無い。逃げ込んだ連中にも、時間的猶予と逃げ道を用意した。

 多分だが持てるだけの財貨を積んでハイディアの街に逃げるだろう、逃げ出した連中は妖狼族に襲わせて財貨は全て奪う。奪った財貨は妖狼族の復興資金に使う、アチア殿には悪いが秘密でだ。

「なる程、レズンの街に逃げ込んだ連中は貴族に有らず。だが街の連中が彼等の排除に動けば被害は大きい、だから逃がす訳ですね」

「悪辣ですね。一般の兵士は残れば優遇されるとなれば、逃げ込んだ者達の命令は聞かないでしょう」

「ですが、逆賊共をわざわざ逃がすのは反対です!此処で殲滅するべきです」

 やはりアチア殿は反対したか、敵は僕に殺させたい。面倒事は全て押し付けたい、パゥルム女王にも命令されているのだろう。

 だが他にも条件を付けられているんだよ、だから簡単に手早く済ます必要が有る。それと僕はね、正確にはパゥルム女王の味方じゃないんだよ。

「パゥルム女王から頼まれた事はレズンの街の被害を抑える事、兵士を取り込むので殺すのは控える事。だから今回の策です、敵は一ヶ所に集めて一網打尽にします」

「それは……しかし、でも……そうですか、そうですね。分かりました、でもどうやって立て札をレズンの街の中に?」

 首を振ったり目を瞑って上を向いたりと色々と忙しそうに悩んでいたが、アチア殿も漸く納得してくれたみたいだな。

 そして城壁の中に立て札を放り込む事が出来るかを聞いてきたか。それは良い質問だ、未だ僕のリトルキングダム(瞳の中の王国)の詳細は知られてないのかな?

「我々は約200m離れています、レズンの街の見張りの連中も気付いている。でも出撃はしない、僕等は約五百人ですが彼等も同じ様なものです。

だが僕のリトルキングダム(瞳の中の王国)の制御範囲なら十分中に錬金出来る。後は僕の力を見せ付けて、彼等から戦う選択肢を無くせば逃げる一択です」

 そう言って一歩前に進み両手を広げる、時間を掛けてゆっくりと魔力を練り込む。僕の行動を遠目で見ていたレズンの街の守備兵が慌てだした、ゴーレムで襲撃だと思ったか?

「クリエイトゴーレム!ゴーレムルークよ、巨大なる弓矢の一撃を喰らわせるぞ。構えろ!」

 全長8mの全金属製ゴーレムルークに巨大な長弓を装備させる、つがえた弓矢の長さは3m、太さは5㎝。鋼糸を引き絞り城壁に向かい水平に構える。

 人間では不可能な金属製の弓は、ゴーレムの怪力で引き絞る事で膨大な威力を発揮する。水平でも200mの距離を届かせる事が可能だ。

 目の前に鋼鉄の巨人が現れた事に後ろの兵士達も騒ぎ出した、横並びで十体のゴーレムルークの威圧感は凄いだろう。

「放て!」

 鋭い風切り音をたてて十本の巨大な槍と変わらぬ弓矢が高速で進み、深々と城壁に刺さる。いや、貫通して後ろに抜けたみたいだな。

 当たった時の衝撃で城塞の壁が陥没した、音こそ小さく聞こえたが相当な爆音で振動も有っただろう。

 景気付けにもう一回攻撃する、場所をズラして城塞の壁に向けて撃ち込む。矢倉に当たった奴は街の中にまで届いたか?

「これでレズンの街の連中は我々に勝てないと理解したでしょう。次は立て札を持ったゴーレムポーンをレズンの街の中に錬金します」

「リトルキングダムの妙技、制御範囲内ならば見えなくても錬金が可能。最初から城塞も城壁も無意味だったのですね」

「侵入防止や防護の壁や柵の意味が無い、これは守る側からすれば悪夢です」

「やはりパゥルム女王の判断は間違いでは無かったんだ、こんな連中に敵対しようなどと……」

 アチア殿が膝を付いてブツブツ言い始めたが、エムデン王国かウルム王国かを選ぶのは揉めたんだろうな。地政学的には正しい、隣国は潜在的な敵国だから。

 どんなに協力しても親交を深めても、同等の力が無ければ飲み込まれてしまう。前王は大陸の中心に侵攻する夢を諦められなかった、大局を見極められなかったんだ。

 愚かなとは思わない、末端の僻地の王が嫌で夢を見たかったのだろう。その誤った判断の責任が、実の娘に簒奪されて殺される。やりきれないだろうな……

◇◇◇◇◇◇

「おい、来たぞ!」

「逆賊パゥルムの犬達だ!防御を固めろ、誰一人レズンの街に入れるな」

「奴等をレズンの街に入れたら略奪の嵐だぞ、お前達は次期王たるクリッペン殿下の為に戦うのだ!」

 早いな、我々が逃げ込んで二日目に攻めて来るとは予想外だった。クリッペン殿下はハイディアの街に逃げ込んだ、殆どの兵士を連れて……

 此方に連れて来た兵士は百人、元々居たレズンの守備兵は五百人。籠城すれば三倍の兵力に耐えられる、ハイディアの街には伝令を出したから応援は来る。

 時間を稼げば勝てる、兵力を集めて王都に攻め込みパゥルム女王を倒して、クリッペン殿下を次期王にすれば我々も更なる恩恵を受けられるんだ!

「おい!巨大なゴーレムか?」

「馬鹿な、レズンの街の城壁よりもデカくないか?」

「弓を構えている、遠距離攻撃が来るぞ」

 守備兵が慌てだした、右往左往とはこの事だ。元々レズンの街の守備兵達には、王都で反乱が有りクリッペン殿下達が反攻作戦を練る為に一旦引いて来たとしか教えていない。

 そしてあのゴーレムは、ペチェット殿達を負かせたゴーレムに間違い無い。つまり敵の中に、あの化け物魔術師が居やがる!エムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・フォン・バーレイが!

 奴等が真実をレズンの街の連中に教えると不味い、我々は有る意味では敗残兵だ。パゥルムが女王を名乗り王宮に居る限り、正当なバーリンゲン王国の貴族とは言えない。

「逃げろ!相手は化け物だ、殺されるぞ」

 危険を感じて後ろを振り向き逃げ出そうとした時、凄い轟音と激しい振動が俺を襲う。立っていられない程の揺れに座り込んでしまう。

 どうやら丸太みたいな弓矢が城壁を貫通し待機していた兵士達を貫いて止まった。問答無用で攻撃して来た、普通は最初に使者の遣り取りだぞ!

 敵は戦場のしきたりを知らないのか?いや、使者に事実を喋られると此方が困る。ここは敵は問答無用で我々を殲滅する悪鬼だと言って、奴等との交渉を一切拒否だ!

「被害状況を調べろ!敵は話し合いなど通用しない蛮族だぞ、負ければ皆殺しにされるぞ……うぉ?」

 敵の攻撃の二回目だ、激しい振動によろけて座り込む。こんな攻撃を何度もされたら、レズンの街の城壁が壊されてしまう。

 駄目だ、籠城しても無理だ。勝てずとも時間を稼ぎ増援を待つつもりだったが、こんな攻撃に曝されたら半日で負ける。

 コイツ等、守備兵共を囮に突撃させて我々は逃げるしかない。ハイディアの街に行けば、クリッペン殿下と合流すれば、何とか……

「おい、見ろ!いきなり現れた鎧甲だが、変な立て札を持ってるぞ」

「本当だ、動かないけど生きてるのか?」

「いや、これはゴーレムだ。近くに錬金した魔術師が居る筈だ……なになに……」

 何を呑気にしている!それは敵のゴーレムマスターが錬金したゴーレムだぞ。立て札?立て札だと!不味い、奴等の狙いは……

 立て札を読んでいた兵士を突き飛ばし内容を流し読みする、不味いぞ。何て嫌らしく悪辣な謀略を仕掛けて来るんだ!

 この立て札は処分して、他にも有れば……無理だ、何十体というゴーレムが直立不動で立て札を持っている。我々の立場がレズンの街の連中にバレたぞ。

「ストレイ殿?貴方達が逆賊だと、立て札に書かれていますが?」

「俺達を騙して反逆者に仕立て上げるつもりだったのか?三親等まで極刑って書かれてるぞ、妻や息子、両親に祖父母まで極刑だぞ」

 不味い、バレた。我々が敗残兵だとバレたぞ、これは不味い状況だ。剣こそ向けないが、奴等は疑心暗鬼になっている。

 何かの拍子で我々に襲い掛かって来る、もう騙せないし使えない。完全にしてやられた、戦意を折った後で内輪揉めを誘発された。

 守備兵共が俺を遠巻きに包囲しやがった、不味いぞ。このままじゃ袋叩きに合って奴等に突き出されてしまう!

「ストレイ殿?説明して下さい!」

「五月蝿い!奴等はレズンの街を破壊しようとする敵だぞ、お前達は街を守る守備兵だろうが!」

 詰問してきた守備兵を突き飛ばす、コイツ等は平民だ。だが俺様は貴族なんだよ、パゥルムが認めない?知るか、お前等は俺達貴族様の言う通りにすれば良いんだ!

 仲間に知らせて逃げる算段をしなければ、急いで逃げないと殺されてしまう。有り金を持って、ついでに裕福な商家から略奪するか。

 どうせコイツ等は俺達を売ろうとしている、ならば遠慮は要らないだろう?三人も殿下達が生き残っているんだ、未だ巻き返すチャンスは有る筈だ!

◇◇◇◇◇◇

 ゴーレムルークによる遠距離攻撃を二回した後、レズンの街の外周を回って内部に立て札持ちのゴーレムを錬金すると言ってアチア殿と別れた。

 彼等には東門を見張って貰い降伏するなら受けて僕の合流を待って中に入る様に命じた、アチア殿も勝手に中には入らないと言ってくれた。

 罠の可能性も有るし別行動は危険だ、それと無いとは思いたいが暴走した兵士が狼藉を働く可能性は捨てきれない。

 そして妖狼族を率いて西門が見える場所に岩を装った小屋を錬金し、レズンの街から逃げ出す連中を監視する。

 予想通りで笑えるのだが、攻撃から四時間後の日が暮れた頃を見計らい豪華な馬車と略奪品を積んだ馬車が八台、それと百人位の武装兵士が小走りに出て来た。

 貴族連中は豪華な馬車一台に乗ってるから最大でも五人か六人かな?少ないな、殆どがハイディアの街に逃げ込んだのか?

「リーンハルト様の予想通りですね。同族から略奪して逃げる、呆れます」

「最後尾の馬車ですが、人が詰め込まれてます。遠目で分かり辛いのですが、全員女性だと思います」

「ふむ、財貨だけでなく女性まで攫ったか。外道だな、奴等の集めた財貨を奪う僕は更に外道だけどね」

 予想より酷い、だが時間的に領主の館や周辺の裕福層を襲ったのだろう。まともに攻めれば人的被害は膨大だと思ったが、本来守るべき味方から略奪とはな。

 真っ直ぐ街道をハイディアの街に走るとか、警戒もせずに逃げる事だけしか考えていない。もう少し罠の可能性とか考えろって、僕は見逃す事には罪を問わずと書いたけど……

「逃げ出す奴を許すとは言っていない。フェルリル殿は奴等を殲滅、サーフィル殿は捕らわれた女性と財貨の確保。終わったらフェルリル殿のサポートに入ってくれ、敵兵は一人残らず殺す」

「「了解しました、リーンハルト様!」」

 各二十人ずつ率いて暗闇の中に走り出して行った、見上げた夜空には僅かに欠けた月が見える。雲一つなく、月明かりで良く見える。最後に見たのが綺麗な月夜で良かったな……

 月夜の晩は妖狼族の独壇場、彼等から逃げる事など不可能だろう。夜目が利くらしいし、全身黒装束だし、間違い無く暗殺集団だな。

 敵の隊列が乱れ馬車が全て停まった、最初に御者を殺し馬車と馬を固定していた帯を切り離す。馬が暴れて敵兵は混乱、その隙を突いて素早く攻撃を加える。

 本来の妖狼族の戦い方なのだろう、群れで連携し獲物を捕らえる。この包囲網に引っ掛かったら、百や二百の兵士じゃ守り切れない。

 僕の腕の中のユエ殿が、自慢気に僕を見上げる。妖狼族が役立つ事を示せたのが嬉しいのだろう、戦法が嵌まれば十倍の戦力差もひっくり返す鬼札になるか……

「さて、そろそろ終わるかな。敵兵は証拠隠滅の為に埋めて、女性達は解放しよう。勿論だが、財貨を貰う。アレは、妖狼族の復興資金にする。一族全員の生活保証には金が大量に必要だからね……」

 悪いとは思うが返さない、悪意は全てクリッペン殿下に押し付ける。奴等は女性達を人質に逃げ出した、僕等は人命を優先したが敵兵は倒せるだけ倒した。

 足手纏いの元貴族達をハイディアの街に押し付けたんだ、作戦は成功。この内容で、パゥルム女王に報告だ。

 


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