古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第563話

 レズンの街を解放した後、街の有力者達が僕に顔見せと縁を繋ぎに来た。要は御機嫌伺いだ、大層な品物を持って来た。

 冒険者ギルドと魔術師ギルドの支部長達との話は問題無かった、僕も各ギルドの構成員だし国を跨いでいるが繋がりは有る。

 リリーデイル殿とロボロ殿は僕との交渉権を得て、それを王都にある各ギルドの本部の代表に委ねた。彼等の目的は果たせたから安心している、後は本部の代表同士の話し合いだ。

 だがイヴァノ商会が粛正されて繰り上がり後任となった、グラス商会のグラス殿とムルティ嬢は別だ。僕は商人ギルドとは交流が無い、ライラック商会に全てを任せているから。

 他の商会が擦り寄って来ても相手にしないのは割と有名だ、ライラック商会とは信頼と信用で繋がっている。他の商会と競合させる気は全く無いんだ。

 だからグラス商会の提示する条件が気になる、何を言ってくるのか?何をしてくれるのか?まぁ条件だけ確認して断るんだけどね……

「我がグラス商会は、リーンハルト様に全面的に協力する用意が有ります」

 両手を広げ鷹揚にゆっくりと話し始めた、全面的に協力ね?何をしてくれるのか分からないので、軽く頷いて次の言葉を促す。

 僕の頷きを肯定と取ったのか、更に笑顔になって話し始めた。後ろに控えるムルティ嬢も両手を胸の前で祈る様に合わせているが、一世一代の大博打みたいだぞ。

「先ずは今回の件をハイディアの街の連中に広める為に人を送りました。無駄な抵抗をせずに、リーンハルト様を受け入れる様に伝えます」

 え?何を言ったんだ?

「馬鹿か!何故、僕が情報封鎖の為に逃げ出した連中を一網打尽にしたと思ってるんだ!」

「いや、その……あんな巨大で立派なゴーレムを知れば、誰でも降伏します。早めに伝えれば……私はハイディアの街の有力者に伝手が有ります、必ず彼等を動かして……」

 慌てて弁解し始めたが、レズンの街とハイディアの街の条件の違いを分かって無いんだ。僕に恩を売る為に欲をかいた行動だろうが、全く馬鹿な事をしてくれた。

 グラス殿もムルティ嬢も顔面蒼白だが、何故悪いのかが分からないのだろう。グラス殿には不満も垣間見える、もう少し考えてから行動して欲しい。

「レズンの街は逃げ込んだ連中の兵力が守備兵よりも少ないから、街の連中と仲違いさせて圧力を掛け追い出す事に成功した。だがハイディアの街には、クリッペン殿下自身が大多数の護衛兵を引き連れて逃げ込んだ筈だ。クリッペン殿下には後が無い、既に勝つ事は不可能だ。彼等は元王族の見栄と面子の為に、パゥルム女王に反発してるだけなんだ。

そんな連中に対して話を聞いた街の連中が反抗したらどうなる?武力で押さえ付けられるだけだ、彼は推定千人から千五百人の兵力を持っている。ハイディアの街の守備兵は精々五百人だ。下手に反発すれば、武力で鎮圧されるんだぞ!」

 その可能性に思い至ったのだろう、真っ白だった顔が赤から青に変わった。血の気が引いたんだろう、僕だって胃が痛くなりそうだよ!

 自棄になって略奪とかはしなくても、レズンの街と同じ方法を防ぐ為に領民は家から出さないとか強要するだろう。逆らえば容赦はしない、配下の暴走も有り得る。

 一番困るのは強攻策よりも籠城とか時間が掛かる方を選択した場合だ、最後の一人まで戦えとか盛大に他人を巻き込んでの自滅。負けを認めたら死ぬしかない、最後まで足掻くよな……

「なるべく情報を抑えて不意打ちする予定が、相手は準備万端で待ち構えている。籠城を選ばれた場合、兵士以外の領民の負担と被害は大きいんだぞ」

 僕のリトルキングダム(瞳の中の王国)は敵味方の判断が曖昧なんだ、攻撃して来たら反撃する。だから戦いを強要された領民達、民兵も等しく敵として倒してしまう。

 逃げ出して十日以内なら、クリッペン殿下も方針が定まらず領地の掌握にも手こずると思っていた。だが直ぐに攻められると分かれば、なりふり構わず強攻策を取る。

 まさか助けた商人に足を引っ張られる事になるとは困ったな、ハイディアの街の攻略は時間も犠牲も増えただろう。

「あの、リーンハルト様……私は、どうすれば?」

 どうすれば?なんて僕が知りたい。グラス殿を裁く権利は持ってない、余計な事はしてくれたが罪を問う程じゃない。だがアチア殿に伝えれば彼に重い罪を負わせるだろう。

 勝手な行動がパゥルム女王の思惑を壊し、ハイディアの街の被害が増えたとか知れば……ミッテルト王女なら一族全員死罪で資産没収か?

 僕にも責任の一端は有る。レズンの街の今後には無関心で情報封鎖の指示もしなかったし、アチア殿の職権を犯す事を嫌ったんだ……

「リリーデイル殿とロボロ殿は、ハイディアのギルド支部にクリッペン殿下への協力は控える様に伝えて下さい。敵として僕の前に現れるなら倒します、手加減は期待しないで下さい」

 冒険者ギルドと魔術師ギルドを敵に回す事は控えたい、だが敵対すれば手加減は出来ない。敵兵として倒すしかない、ランクC以上の連中が出張ってくると厄介だぞ。

 だが辺境の小国に高レベルな冒険者や魔術師が居るかと言われると疑問だが、居ても数は少ないだろう。王都の各ギルド本部は、パゥルム女王が交渉し押さえた。

 多額の報酬の他に人質か何かを取って脅迫も考えられる、追い詰められた人間は平気で悪い事をする。自分の身の安全の為なら、平民の命なんて気にもしないだろう。

「分かりました、基本的に我等冒険者ギルドは戦争に荷担しません。ですが依頼として正規の手続きで報酬を用意されたら、請ける者は居るでしょう。それは止める事が出来ません」

「しかも今回は逆賊として扱われている、クリッペン殿下の助力要請。勿論断りますが、長くは断り切れないでしょう。向こうの魔術師ギルド支部には二十人以下しか所属する魔術師は居ない筈です、強要されれば何時かは折れます」

 ふむ、協力的だな。一般兵よりも低級でも冒険者や魔術師の方が脅威なんだ、それに下手に殺すと各ギルドとの今後の関係にも響く。

 高名な冒険者や魔術師は居ないそうだ、冒険者はランクD以下しか居ないし魔術師もレベル25以下だそうだ。

 だが辺境では必要な人材だ、絶対数が少ないのに減らされては堪らない。だからこその協力だな、僕の勝ちは変わらず手間が増えるかどうかの違いだけだ。

「頼みます、五日後にはハイディアの街を攻めます。その間だけ抑えて貰えれば、後は此方で何とかします。街が封鎖されている可能性も有ります、使者には十分な注意をさせて下さい」

「お任せ下さい。盗賊ギルド支部に依頼します、彼等なら街が閉鎖されていても問題無く侵入出来ます」

「辺境では各ギルドは協力し合い生きています。何人か複数ルートで侵入させますが、一人でも何処かのギルドに連絡すれば全てのギルドに情報は流れます」

 辺境で生きる者の強かさか……

 これで余計な戦力が、クリッペン殿下の支配下に入る可能性は減った。だが依頼として報酬に釣られたランクD以下の連中は協力しそうだな、仕方無いと割り切ろう。

 深々と頭を下げてから、リリーデイル殿とロボロ殿が応接室から足早に出て行った。各ギルドが協力してるなら、商人ギルドにも情報は回るだろう、回るよな?

 予定とは変わったが、そんなに簡単に楽が出来る訳も無いし未だ挽回出来る範囲内だ。ハイディアの街の被害は増えるが、僕の失策じゃないから諦めよう。

 戦いになっても極力被害を減らす努力はする、だが妖狼族の連中の危険度が増す事は控えたい。どちらかを選ぶなら、迷わず妖狼族の連中を選ぶ。

「グラス殿、ダメ元で使者を呼び戻すか止める様に誰か追わせて下さい。この件はアチア殿には伝えませんが、貴方の軽はずみな行動がハイディアの街の住民を危機に曝したのですよ。その点は忘れずに……」

 釘は刺しておく、これ以上の事は出来ないだろう。僕はグラス商会を責める事はしないが、仕出かした事の重大さだけ理解してくれれば良い。

「はっ、はい。申し訳有りませんでした、深く深く反省しています」

 娘共々床に頭が付く位に深く下げた、反省はしてくれたみたいだ。僕はアチア殿に告げ口はしないが、リリーデイル殿やロボロ殿は分からない。

 口止めするには対価が必要になるだろう、だが惜しめば身の破滅だ。それを分かっているのかな?感じからして分かって無いみたいだぞ。

 辺境に住む連中は強かなのは理解した、逆境は人を成長させると聞いた事が有る。死と隣合わせの厳しい環境を生き抜くには、それなりの能力を必要とするか……

「これは助言ですが、リリーデイル殿とロボロ殿に口止めをしておきなさい。対価は求められるかも知れませんが、バレたら身の破滅と思い粘り強く交渉するのです。僕が言えるのは此処までです、後は自分の頑張り次第かな」

 使者を止められれば良し、無理でも二日か多目に見ても三日の遅れだろうか?情報を聞いて下手に騒ぎ出さなければ良いけど、領民達がクリッペン殿下に反抗心を持っていたら分からない。

 上手く領民達を治めていれば、多少の事では領民達も反発せずに大人しく言う事を聞くだろう。でも圧政を敷いていて、この情報が流れたら分からない。

 仕えし国の王族から逆賊に身分が落ちた訳だ、もう敬う必要は無い。クリッペン殿下を討ち取り、その首をパゥルム女王に差し出せば結構な額の褒美が貰えるだろう。

「はい、有り難う御座います。お言葉の通りに行動しますので、何卒特別な配慮をお願いします」

「せめてものお詫びとして、私を御側に仕えさせて下さい。精一杯働かせて頂きますので、お願いします」

「お、おい。ムルティ?急にそんな事を言い出しては、リーンハルト様に失礼だろうが!」

 頭を下げたまま無用な提案をお願いして来た、確かに父親とその店は破滅の危機だ。僕に身を任せれば回避は可能だな、誰も文句は言えない。

 父親の危機に娘が身体を差し出す事は、残念ながら良く有る事だ。ムルティ嬢は見目は良い、強制的に連れ去られそうになったのも分かる。

 だが事前に僕の事は調べてないのだろう、その提案は断られるのは確実だ。僅かな可能性として、断られるのを前提に自分の覚悟を示したとか?

 それは無さそうだ、見上げた時に胸を寄せて強調し媚びを含んだ笑顔を見せられると色々と萎える。欲望に塗れて擦り寄る連中は嫌いなんだよ、彼女はその典型的な感じがする。

「悪いが人手は足りている。特別な配慮は出来ないが、何か有れば話を聞く位はしよう。アチア殿も大事な商会を二つも潰したくはないだろう」

 これが精一杯だ、アチア殿もレズンの街の統治を優先するならば大きな商会を二つも潰さないだろう。それなりの金銭は要求するかも知れないが……

 何か有れば僕に話を通せると匂わせておけば、それを聞いたアチア殿も潰す迄の強攻策は採らない。手打ちとしては十分だろう。

 未だ不安そうなグラス殿と、不満そうなムルティ嬢に退室する様に促す。今日はもう誰にも会わない、ゆっくり休んで明日からの強行軍に備えるぞ!

◇◇◇◇◇◇

 翌日、朝食を食べている時にアチア殿が別れの挨拶に来た。お互い付き合いはコレで終わり、もう会う事もないだろう。向こうも最後の義理として、僕等を送り出す。

 だが僕等の移動中の食料を一週間分用意してくれた事とは別に、王都を出発する時に支給された医薬品を全て渡してくれた事を考えると……

 グラス商会の仕出かした事は知ってる、グラス殿は口止めに間に合わなかったのか失敗したのか?それとも、リリーデイル殿かロボロ殿が報告した?各ギルドは協力し合うんじゃない?

 どうやら複雑な利権絡みが有りそうなので、アチア殿には余りグラス商会を締め付けない様に言っておいた。これで最低限の義理は果たした、レズンの街関係はコレで終了だ………

 




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