古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第565話

 ハイディアの街に進軍中、夜営陣地に夜襲を仕掛けられた。此方は僕とユエ殿、フェルリル嬢とサーフィル嬢の他に対人戦の訓練を受けた妖狼族が四十人の合計四十四人。

 敵は僕等を包囲する様に配置されている、松明の灯りを数えても二百本以上だから実際の人数は三百人以上は居るだろう。

 300m位の所で妖狼族の見張り番に見付かったが、逃げずに突っ込んで来た。奇襲は失敗したが、数の暴力で押し込むつもりだろうか?

 妖狼族は十人四班、東西南北に分かれて襲いかかって行った。僕は小屋の中で待っていた、ユエ殿を腕に抱いて馬達の前に立つ。

 馬車を引く馬は貴重だから失う訳にはいかない、妖狼族の攻撃を突破して本陣に攻め込まれるとは思わないが念の為にだ。

 大体100m辺りで接敵したみたいだ、真っ直ぐに進んでいた松明の灯りが乱れた。乱戦で夜目が利く妖狼族と戦う、相手に同情してしまう……

「きゅう?」

 腕の中のユエ殿が心配そうに見上げて来たので、安心させる為に背中を撫でる。サラサラな手触りに思わず和んでしまった、警戒しなければ駄目な時に気が緩むとは……

 ユエ殿を相手にしていると警戒心その他諸々が緩むんだ、癒やし効果が抜群だからかな?少し気を付けておかないと、ザスキア公爵やジゼル嬢に言い訳が出来なくなる。

「ん?大丈夫だよ。僕は夜目が利かないけど、探索魔法は使える。減っているのは真っ直ぐ向かって来た連中だけだ」

 もう乱戦になったから大まかな差しか分からない、だが動きの素早い者が四十二人居るのは分かる。未だ誰も怪我していない、圧倒的な戦力差だよ。

 今夜は下弦の月、つまりは半月だ。だが月の明かりに目が慣れてきたので戦場を見ると……一方的な虐殺、いや殲滅戦になっている。

 恐怖に駆られ闇雲に武器を振るう襲撃者達に対して、素早い動きでフェイントまで使い首を斬り跳ばしている。効率重視の急所攻撃だ。

「なる程ね、確かに対人戦の訓練を修めた連中だ。効率的に敵を倒している、約十倍の戦力差とか関係無いって事だな」

 頼もしい、彼等と敵対しなくて本当に良かった。妖狼族は運用の仕方次第では、自軍の被害が少なく強い敵を倒せる。

 だが敵の様子が変だ、仮にも元とは言え王族に仕える連中なのに装備がバラバラだし汚い。髪はボサボサで無精髭が生えている、装備品も皮鎧が多い。

 違う、この連中は逃げ出した元正規兵じゃない。全く違う武装集団だ、偽装したウルム王国軍とも違う感じがする。規律性が無いって言うか、何て言うか雑だ。

「そろそろ戦闘が終了しそうだ、生き残りは少ない」

「きゅう!」

 ユエ殿も嬉しそうなのは、完全勝利だからな。もう掃討戦に入っている、見逃しを無くす為に少しだけ手伝うか……

「闇夜を照らせ、ライティング!」

 身体の周囲に百個の光球を生み出し、クルクルと回してから上空に飛ばす。十個十列に均等にうかべれば、広範囲で昼間みたいに明るくなった。

 これで虫の息の連中や、生きているのに倒れて息を潜めている連中も分かる。妖狼族達も一瞬だけ驚いたが、意図を察してくれたのか倒した連中の確認を始めた。

 生き残りを探し出し、虫の息の連中にはトドメを刺す。無傷の捕虜はいない、致命傷じゃないが戦えない程度には傷付けている。

 徹底してるな、捕虜は十人。一列に僕の前に並べた、睨み付ける者も居れば泣き出した者も居る。中年男性が殆どだが、青年が一人と少年が一人か。

 中年男性は肝が据わっているが、青年は怯えて少年は泣いている。やはり正規兵じゃない、もしかして少数部族の略奪部隊か?

 確か放浪しながら略奪を繰り返す迷惑な部族が居た筈だが、活動範囲はもっと辺境周辺だったと記憶しているけど違ったかな?

「君達の所属は?何故、僕等を襲った?」

 一列に並ばされ、後ろからロングソードを突き付けられているから襲いかかってはこないと思う。だが反抗的だな、僕の質問に答えない。

 業を煮やした妖狼族が後ろからロングソードの鞘で叩いた、よろけたが無言で睨み付けてくるだけだ。

 だが少年は泣き出し青年も口をパクパクさせている、恐怖で肺に空気が入ってこないみたいだな。中年男性達は睨み付けるだけだ、慌てず怯えず何も言わずか……

「もう一度聞くぞ。お前達は何者で、何故僕等を襲った?」

 今度は魔力を練り込んだ殺気と共に問い質した、流石に睨み付けてきた連中も動揺した。顔こそ背けないが、視線でチラチラと仲間達を見ている。

 問題は後ろに控えていた妖狼族達も怯えさせてしまった、少し後ろに下がる様に指示する。普通の尋問じゃ口は割らないな、やはりウルム王国の工作員か?

 妖狼族が下がったのを確認し、捕虜を黒縄で拘束する。地面から突き出した鋼鉄製の蔦に驚き、自分の身体に巻き付いた時には悲鳴を上げた。

 だが僕の知らない言語で何かを喚き出した、もしかして言葉が通じない?コイツ等はもしかしなくても辺境周辺の少数部族の略奪部隊だ。

 そう仮定すれば不揃いな装備品に連携や統一性の無さも納得する、他に本隊が居るぞ。バーリンゲン王国の混乱に生じて略奪に来たんだ、困った連中だ。

 パゥルム女王は国内外にエムデン王国への属国化と、それに伴う新生パゥルム女王政権への臣従を問い質した。つまり国内がゴタゴタする事を知り、その動乱に乗じた。

「お前達の中で僕の言葉が分かる奴は居るか?言葉が通じない訳じゃないだろ?」

 駄目だ、脅しに屈したのか何人かが喋り始めたが全く分からない。単語すら分からないし、何語だよ?

 お手上げ状態だ、だが彼等だって言葉が分かる交渉役が居る筈なんだ。一方的に襲いかかって来たにしても、交渉や尋問はする。

 つまり彼等の交渉役を殺してしまった、確かに全員が部族以外の言語を話せる訳はないか。まぁ仕方無いな、敵として攻めて来たんだ。殺し殺される覚悟は持ってるだろう……

「交渉は無理だな、一方的に攻めて来た奴等を解放する意味も無い。捕虜など同行させられない、逃がせば他の連中が被害に遭う。全員始末しよう」

 情に駆られて逃がしても他の弱い者達が搾取される、捕虜として同行させられない。そんな手間も時間も無い、残念だが始末するしか……

「ま、待て!言葉、少し分かる。殺さないで……僕ら、スピーギ族」

「スピーギ族?フェルリル殿やサーフィル殿は知ってる?」

 泣いていた少年が話し掛けて来た。中年男性達が、多分だが止める様に怒鳴っていたが妖狼族が黙らせた。

 この少年は略奪部隊に同行するだけあり、知力が高いのだろう。高度な教育を受けているとなれば、スピーギ族の中でも上位の一族の者だと思う。

 泣き喚く位に根性は無いから、多分だけど襲った連中から情報を聞き出す係なのだろう。尋問する側から、尋問される側に転落だな。

「確か放浪しながら生活している遊牧民族だと思います。狩猟と、時には略奪し生活する迷惑な連中です」

「ですが活動範囲は結構離れていた筈です、何で内陸部まで移動して来たのでしょうか?」

 予想通りの略奪部隊だ、バーリンゲン王国内のゴタゴタに便乗して避難する連中から有り金と家財道具一式、序でに命も貰いますってか?

 この普段は普通の暮らしをしているが、たまに部族総出で略奪する連中って居るんだよな。厳しい環境で生活してるから、不足分は他人から力ずくで奪う。

 分かり易い弱肉強食、そして襲った連中の女子供は捕虜とし子供を産ませて部族の人数を増やす。人数が増えるから、また生活物資が足りなくなり略奪する。堂々巡りだ……

「バーリンゲン王国内のゴタゴタに便乗して略奪しに来たので間違いないな?他の連中は近くに居るのか?」

「居る、けど荷物番だけ。数は少ない、多分」

 荷物番?多分?つまり既に略奪していて、奪った財貨の番をしている訳か。略奪部隊が約三百人とすると、残りは百人位かな?

 それとも半数位は残してるか?折角の略奪した財貨だ、奪われたら困るだろう。だから結構な人数は残っている筈だ、無視は出来ない。

 パゥルム女王の新政権の支配地に略奪部隊が彷徨いているなど、バレたら統治に支障が出る。領民を守れない政権など、人心が離れる最たる理由だ。見過ごす訳にはいかないよな、全く世話の掛かる女王様だ……

「場所と番人の数は?」

 隣の青年が何かを早口で少年に話し掛けている、叱っている感じはしない。強いて言えば諭す感じか?

 厄介だな、下手に諭されて部族を守る為に黙秘とかは困る。尋問は手間取るし面倒臭いんだ、それに拷問すると嫌な気持ちになる。

 青年を拘束している黒縄(こくじょう)を締め上げる、勝手に話をするなって意味を込めてだ。青年の苦しむ姿を見て、少年が慌てたぞ。

「勝手、違う。兄さん、投降するから仲間の命助けろ。交渉する事、教えてくれた」

「駄目だよ、そんな都合の良い話が有る訳ないだろ?一方的に攻めて来て、負けたら投降するから命を助けろ?馬鹿にするなよ、全てを話して奪った物を返すなら命は保証する。嫌なら殺す、それだけの事をしたんだぞ」

 真っ青になり、小声の早口で兄さんと呼んだ青年と言葉を交わしている。仲間の命と奪った財貨を守るか?捕まった仲間達と自分の命を守るか?

 前者を選べば全員始末して、アチア殿に報告し討伐隊を編成して領内を巡回させるしかない。後者を選べば、残りの連中を倒して財貨を確保。コイツ等は拘束し、バーリンゲン王国に引き渡す。

 奪い返した財貨は要相談だ、戦場のしきたりを引き合いに出せば奪い返した財貨は僕の物になる。これは文句を言われる事は無い、大抵は全部貰うが僕は半分返す。

 戦争とは金が掛かり命懸けで戦う因果な商売だ、善意だけじゃ維持出来ない実情が有る。ぶっちゃけると金が掛かる、僕は自前で何とかするから大丈夫だけどね。だから半分位は返せるだけで、普通は無理だよな……

「僕と兄さん、助けるなら教える」

 何か意を決した感じだが、自分と兄さんだけって事か?他の連中は助けなくても良い?何かしらの事情が有るのか?

 僕が少年と話し始めた時、青年以外は忌々しそうな顔をして随分と文句を言っていた気がする。それが勘違いじゃなければ、中年男性達とは仲が良くないのか?

「他の連中は?仲間なんだろ?」

 

「こんな連中は仲間、違う。僕等兄弟、コイツ等に家族殺され連れ攫われた。今は奴隷扱い」

 犠牲者だったのか、頭が良さそうだから拉致られて奴隷として働かされているんだな。知識階層の連中かと勘違いしてた、言われて見れば中年男性達よりも身なりが貧しい。

 殆ど全員が似た様な格好だから判断が付かなかったけど……ならば、このふたりだけ優遇すれば良い。他の連中には相応の報いが必要だ、自業自得だよ。

「君と兄さんの名前は?」

「僕、コリコ。兄さん、スアク。僕等は本当は、カシンチ族。故郷に帰りたい」

 略奪先から子供を攫い奴隷として使役する、まだ辺境では奴隷は普通に居る。エムデン王国でさえ国力を回復する迄は、旧コトプス帝国の領民を奴隷として使役していた。

 解放したのは少し前だった、厳しい現実を突き付けられた気持ちになる。バーリンゲン王国は属国化したから、こんな悲劇からは回避出来た。苦労はするけど、敗戦国となるウルム王国よりはマシだろう。

 アウレール王は、ウルム王国と旧コトプス帝国に対して最後までケリを付ける。それは厳しい措置をするだろう、過去の大戦を知らない僕が偽善的な事を言う事は出来ない。

「コリコとスアクだね。僕はエムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイ。必ず君達を故郷に帰すと約束しよう」

 泣き続けていた少年、いやコリコが驚いた後に笑った。漸く泣き顔以外の顔が見れたな……


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