古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第566話

 ハイディアの街に進軍中、夜営陣地を襲ったのはバーリンゲン王国の少数部族であるスピーギ族だった。彼等は属国化のゴタゴタに乗じて略奪部隊を遠征させて来た。

 普段は遊牧民族らしいが、定期的に他の部族から略奪をしているらしい。襲った連中の中で見込みが有る奴は奴隷として使役する、今回もカシンチ族の兄弟を同行させていた。

 もしかしたら他にも奴隷として使役されていた連中も居たかもしれない、だがコリコとスアク以外は処分した。武器は回収したが防具は売れそうにないので、彼等の死体と共に埋めた。

 因みにだが武器は僕が回収するが、他にも個人で持っていた金貨等の貴重品類は回収作業をしてくれた連中の臨時収入だ。これが戦争に参加させられる一般兵の権利。

 彼等は戦って勝った連中から奪うのは正当な権利で、その代わりに領民達からの略奪は厳禁し破れば死罪。だが上官が戦意高揚とかで認めた場合は……

 敵国の街や村で略奪をする場合が有る、認めたくはないが敵地での略奪行為は敵国の弱体化という名目で行う連中は多い。

 敵国の弱体化?本心は自分の欲望を満たす為だ。だから僕は一般兵を率いずに魔導師団やゴーレム軍団を頼った、だが転生前は僕等が倒して先に進んだ後に後ろに控えていた部隊が略奪をする事も有った。

 略奪の汚名を僕に被せて名声を落とさせたのは……今考えれば父王か政敵の連中の薄汚い謀略だったのかも知れないな。攻略した敵国の連中からの怨みを僕に集中させたのだろう。

 軍隊のみを倒して国を落とした割に民衆からの怨み辛みが酷かったのは、僕が略奪を命じたとか噂を流したのだろう。全く馬鹿だった、嫌気が差して周囲の事を疎かにし過ぎだ。マリエッタから指摘されても放置したのが駄目だった、つまり自業自得だ。

 だから今回は民衆に対しての意識操作も気を付けている、貴族の柵(しがらみ)に民衆への人気取り。モア教への配慮と色々大変なんだよな……

◇◇◇◇◇◇

 スピーギ族の連中を全員倒して埋葬した後、残りの財貨を守っている連中を倒す為に全員で移動している。割と近くだった、僕等は彼等の斥候部隊に夜営陣地の準備をしている所を見られて襲われたんだ。

 時刻はもう後二時間程で夜が明ける襲撃には最適な時間だ、馬車と馬を見張る五人を残して来た。徒歩で三十分しか離れていない、街道より50mほど離れた荒野の真ん中だ。

 コリコの話では残りのスピーギ族は百五十人程度、奴隷として使役する為に捕まえている捕虜も居るそうだ。大規模な商隊を襲ったらしく、護衛は殺したが商人は生かして捕らえている。

 商人は読み書きが出来るし多くの情報を持っている、身の代金が貰える時もあるし重宝するらしい。女性が捕らえられているとか、最悪の状況は無くて良かった。

 だが、この時期に大規模な商隊?パゥルム女王派に物資を売りつけるなら許容するが、クリッペン殿下に売りつけようとしていたなら利敵行為だぞ。

 予想では籠城の可能性が高いのに、更に物資が増えれば戦いは長引く。多分だが商人連中は、クリッペン殿下が物資を集めているのを知って高く売り付けるつもりだろう。

 強かって感心するべきか、敵対行為だと処罰すべきか……まぁ敵対行為だったら財貨は没収、捕らえてアチア殿に引き渡せば良いかな。

 僕は基本的にバーリンゲン王国の国民は裁けないし罰を与えるつもりも無い、それは僕の仕事じゃない。だが依頼されたハイディアの街の攻略を妨害するなら、それなりの対処はさせて貰う。

「あそこ、あれが残りの奴等です」

 コリコが岩陰から頭だけをだして指先した先を見る、あれがスピーギ族の夜営陣地だな。接近する途中からでも分かった、油断しているのも分かる。

 何時も自分達が奪う方だと思うなよ、今回は奪われる方なんだぞ。スピーギ族は全体でも千人位らしい、今回は半数を略奪部隊に回したのか。

 コイツ等が全滅すれば部隊は半数、多分だが戦える奴等の殆どが参加しているのだろう。部族に残された連中は、支配階級と女子供老人に僅かな護衛だけだろう。

 戦士の殆どが殺されたと知られたら、怨みを持っていた連中から攻められる。自業自得だけど、哀れなものだ……

「コリコの情報通りだな」

 大きな焚き火を囲んで幾つかの小さな焚き火が見える、見張りは分からないが半数位は起きているみたいだ。焚き火の明かりに照らされた物資の山が見えるが、捕らえられた商人達は見えない。

 距離は150m程離れているが障害物は殆ど無い、これ以上近付けば発見されるだろう。だが妖狼族にとって150mなど十秒程度で走れる距離だ、問題は全く無い。

 僕のリトルキングダム(瞳の中の王国)なら直ぐ終わるのだが、今回は妖狼族が手柄を立てる必要が有るので任せる事にする。

「そろそろ夜明けだ、月が隠れる前に終わらせよう。フェルリル殿、サーフィル殿」

 見付からない様に、しゃがんで両脇に待機している二人に指示を出す。因みにユエ殿は神獣形態で僕のお腹に収まっている、夜襲なので黒色の皮鎧に着替えた。

 胸元から子狼の顔だけ出ている姿は何とも言えないが、一番安全な場所なのは間違い無い。留守番をさせる訳にはいかないし、効率重視だと諦めた。

 まるで子守り戦士みたいな格好だ、助け出す商人達に僕等が正式なバーリンゲン王国のパゥルム女王派だと分からせない擬態でもある。

 どちらの勢力に売り込みに来て捕まったかによって対応が変わる、僕が魔術師の格好をしなければ妖狼族の部隊としか思われない。

「リーンハルト様、私達は呼び捨てにして下さい」

「周囲に示しがつきません。服従させた相手を殿付は、駄目だと思います」

「うーん、まぁそうだよな。正式に君達を配下に置く迄は暫定的な立場なんだけど、良いかな。でも僕に服従したとか、他では言わないでくれよ。誤解による風評被害が怖い」

 配下の女性達だが、アシュタルやナナル、ニールも呼び捨てだから構わないかな。確かに殿付だと同格扱いに近いから、ウルフェル殿やユエ殿くらいか……

 未だ不満そうだが、ユエ殿が鋭く唸って叱ったので渋々だが納得してくれたみたいだ。女性関係は難しい、僕には無理難題だよ。

「じゃあ、作戦を確認する。スピーギ族は殲滅、捕らえられた商人は助ける。だが僕等がパゥルム女王派なのは秘密だ、彼等が誰に物資を売りたかったのを聞く迄はね。後の細かい所は任せる」

 僕に細かい指示は出せない、若手実力派で部族長のフェルリルは神狼化も出来るので周囲から一目置かれている。

 サーフィルも同じだ、ギョングル達がアレだから期待していなかったが嬉しい誤算だったな。

「はい、分かりました。皆、行くぞ!」

「「「「「おう!」」」」」

 しゃがんだ状態から前傾姿勢で走り出した!早い、そして音が殆どしない。基本的に黒色か茶色の装備だから闇夜に紛れるのに適している、そして人間より遥かに高い身体機能。

 150mの距離など十秒と掛からずに、焚き火を囲んで談笑しているスピーギ族に襲い掛かった。全員の首が斬り跳ばされたのが見えた、対人戦闘の肝は急所に一撃で殺す事か……

 先ずは起きていた連中を倒してから、慌ててテントから出て来る連中を倒している。夜陰に紛れて逃げ出す連中も、夜目が利く妖狼族の前では無意味だ。

 直ぐに気付かれて追い付かれて倒される、彼等は狼に変化しなくても軽々と5mは飛び上がる。助走すれば10m位は幅跳びの要領で襲い掛かかるんだ。

 油断し切った連中に三十七人の狩人達が襲い掛かったんだ、抵抗らしい抵抗も無く倒されていく。逃げ出す暇も無いな、哀れなスピーギ族は五分と経たずに全滅した。

 まぁ分かり切った結果だ、これで妖狼族は軽傷者が二名とか殆ど無傷で勝った訳だ……

◇◇◇◇◇◇

 戦闘が終わったのを確認し、ゆっくりと警戒しながらスピーギ族の夜営陣地に向かう。お腹の中のユエ殿の鼻息が荒いのは興奮してるのか?スピスピと鼻を小刻みに動かしている、咽せる様な血の匂い……まさか血に酔ってないよな?

 スピーギ族は殆ど抵抗らしい抵抗もせずに殺されている。妖狼族達はお宝探しの最中だ、彼等が略奪した財貨は僕の物だと言ってくれたが倒した敵の私物は自分の物。

 同行出来なかった連中が拗ねそうな気がする、差別じゃないけど待遇の差は積み重なれば不満となり爆発する。メンバーを入れ替えて連れて来るしかないか。

「リーンハルト様、捕虜の商人共ですが既に三人暇潰しの為にと殺されてました。生き残りは七人です」

 サーフィルの報告に顔をしかめる、彼女も不愉快さを隠さないが娯楽で殺人など最悪の行為だ。スピーギ族の悪行については、パゥルム女王に詳細に説明しておくか。

 彼女の政治基盤の安定と領土の安全は最優先課題だ、こんな悪辣な部族に対策しないとか有り得ない。国民の安全を守る事は為政者として最低限だ、討伐軍を編成して対処するレベルの危険度だぞ。

 今の僕等では此処までだ、商人達と話さねばならないし残りのスピーギ族は離れた場所に居るらしいし……優先するのは、ハイディアの街の攻略だ。

「暇潰し?なんて悪質な連中なんだ、生きていく為に奪うのなら納得はしないが理解は出来る。だが暇潰しの為となれば、それは外道の理由だ」

 娯楽や趣味での殺人に慣れた連中の矯正は無理だ、上手く付き合う意味も無い。周囲に被害を振り撒く前に倒すのが良い、変な正義感や同情心は無い。

「私もそう思います。商人達は縄で拘束されてますが、まだ解放はしていません」

「そうだね、被害者だけど僕等の味方かは分からないからね」

 サーフィルと歩きながら会話し、問題の商人達の所へとやって来た。縄で拘束され更に仲間と繋がれている、これは逃げ出し辛いな。

 足を拘束し連結されては二人三脚じゃないけど、息が合わないとマトモに走れない。拘束の仕方も慣れを感じる、日常的に略奪行為を繰り返していたのだろう。

 サーフィルを従えた僕に気付いた。仲間達と目配せで相談した後で、一番太っている男が話し掛けて来た。彼が商隊の責任者か交渉役なのかな?

「なぁ、アンタ等は妖狼族だろ?何故、助けてくれたんだ?俺達を助けてくれたんだよな?」

 警戒している、自分達を襲った連中を更に襲ったんだ。善意など信じないだろう、警戒して当然。寧ろ警戒しなかったら不自然だ。

 不信感は露わにしていないが、全員が一番偉そうな僕を見詰めている。中には震えている男も居る、最悪は加害者が代わっただけで待遇は同じ場合だ。

「彼等の別働隊に襲われたんですよ、捕虜にした奴に聞けば近くに本隊が居るって話なので倒しに来たんです。貴方達は、ハイディアの街に行く途中で襲われたそうですね?」

 同じ被害者だと安心させる、もっとも僕等は襲われても返り討ちにした武力を伴う集団だ。更に残りの連中も倒しに来た、妖狼族の噂も合わせて警戒レベルはマックスか?

「そ、そうなんだ、ハイディアの街は戦(いくさ)になるって聞いて物資を売り付けに行く予定だったんだがよ……コイツ等に襲われて、この様(ざま)さ。でも命も荷物も助かった、大損せずにすんだ訳だ。なぁ?縄を解いてくれよ、勿論だが御礼はするぜ」

 猫なで声で友好的さをアピール、序でに拘束を解いて奪われた財貨の所有権までアピールして来たか……野盗に奪われた物は奪い返した者に所有権が有るのは常識、これは僕等の物だ。

 命よりも金が大切なのは流石は商人って感心すれば良いのかな?僕等の気分を害したら最悪の展開も有りだぞ、それとも妖狼族は公明正大とか思ってる?

 倒した連中の装備品を剥がしていた連中が、商人達の言い方が気に入らなかったのか僕の背後に集まって来た。取り敢えず剣は鞘に収めよう、商人達の表情が引き吊っているぞ。

 ん?良く見れば全員に殴られた跡が有る、スピーギ族の連中にやられたのだろう。暴力を振るわれても仲間を殺されても、金儲け精神は折れない。有る意味では感心するが……

 僕等だから良いが、他の連中なら助けたのに強気な態度で荷物の所有権を主張する強欲な商人だと思われてマイナスだぞ。

 全部奪われても命が助かれば儲け物の状況で、御礼はするから全部返せはね。勿論だが言い分は有るだろう、被害者なのも間違い無い。

 だがスピーギ族に捕まらなかったら、ハイディアの街に物資が納品されていた。籠城戦を考えていた連中の戦意高揚にもなったし備蓄も増えた、僕等に不利な事をしようとしてくれた訳だ。

「ハイディアの街には、クリッペン殿下が逃げ込んで来てるんですよね?戦争になるから物資は高値で売れる、でも先が無いクリッペン殿下よりパゥルム女王に媚びた方が良くないのかな?」

 その後に……そうか高く売れるのか、それは儲けたなって言ったら慌てたぞ。野盗から奪った財貨は奪った者に所有権が有る、商人達は僕等(妖狼族)が彼等の運んで来た荷物を奪うつもりだと理解したんだ。

 命だけでも助かれば御の字の状況だ、奪われた荷物を返して貰えないと漸く理解したのだろう。普通に妖狼族側に権利が有るからな、それは無理な相談だ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!コレは俺達の荷物だ、俺達が奪われたんだ。返してくれ、御礼に一割、いや二割やるから頼む」

 折半で半分位なら可愛げが有るのに、最大二割とか舐めているのか?僕等がルールを知らないとでも思ったのか?

「やですよ、僕等でハイディアの街に売りに行きます。高値で売れるんですよね?幾らで買ってくれるか楽しみだな」

「む、無駄だぞ。普通に持ち込んでも安く買い叩かれるだけだ、俺は、俺達はな。クリッペン殿下とは古い付き合いが有る、だから俺達が同行しないと安く買い叩かれるだけだ!」

「つまり、クリッペン殿下の御用商人?パゥルム女王派じゃなくて、クリッペン殿下派なんですね。だから高く買って貰える訳か、僕等では無理なのか……」

 頷いたぞ、計画的に敵側に協力していると認めたんだ。妖狼族は人間とは距離を置いている、だからパゥルム女王派とは思わなかった。

 もう少し言葉に注意すれば良かったのに、人間とは距離を置く妖狼族だった事。蛮族に捕まり荷物は奪われ仲間は殺された恐怖、助かったけど再度荷物を奪われそうな焦り……これが混ざって稚拙な交渉になったんだな。

 でも事情を知って敵側の協力者なら遠慮は要らない、荷物は貰い彼等の身柄はアチア殿に引き渡して終わりだな。クリッペン殿下に協力的な組織的な商会が有る、つまり潰す必要が有る。

 ただでさえバーリンゲン王国内は需要が低く物資が少ないんだ、その少ない物資を敵側に売られては困るんだ。敵の補給路は潰す、戦争の鉄則だよ。

「悪いが僕等は、パゥルム女王から直々にハイディアの街を攻略する様に頼まれている。君達は敵であるクリッペン殿下に協力した、つまり敵対的行動をした訳だ」

「妖狼族が、人間の争いに積極的に関与するだって?馬鹿な、お前等は俺達と距離を置いていた筈だ!何で今更協力なんてするんだ?」

 事情を飲み込めたのだろう、他の連中も慌て出した。最悪は荷物は奪われても命は助かると思っていたのだろう。だが実際は現政権に敵対的行動を取った事がバレた。

 最悪は死罪、良くて全財産没収、未来は全く無い。だが目先の利益に釣られてクリッペン殿下に協力しようとしたんだ、無罪放免は無理だぞ。

「貴方もパゥルム女王が王位を継いだ事は知っていた、知っていて利益の為に反政権組織に協力しようとしたんだ。無罪放免は無理なのは分かりますよね?籠城戦が無駄に長引く物資の売却など、最悪の行いです」

 膝から崩れ落ちたか……まぁ実際はクリッペン殿下への協力は未遂だから、同情の余地は有る筈だ。最悪でも財産没収で商会は残るだろう、リスクを見込んでの行動だし諦めて下さい。

 荷物は主に食料品と医療品、それに娯楽用の酒類が多い。後はクリッペン殿下への献上品らしい美術品。武器や防具は無いな。流石に戦いに直結する物は売らない良心は有ったのか?

 籠城戦は武器の中でも弓矢は一番必要だから高く買ってくれたと思う、まぁ食料が豊富だと戦意が落ちないから罪としては変わらないか……

 概算で食料品五万食、一食銅貨五枚として金貨二千五百枚。医療品が金貨五百枚、献上品は大体金貨二百枚。足元を見て三割位は高く売り付け様としたのかな?

 合計で金貨三千二百枚だが、食料品と医療品は必要になりそうだからストックする。他にもスピーギ族は略奪していたらしく、財貨が金貨二千枚位有った。

 臨時収入と戦略物資の補給が出来たと思えば、スピーギ族に襲撃された事も結果的には良かったのかな?


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