古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第567話

 ハイディアの街に進軍中、夜営していた所をスピーギ族に夜襲された。当然返り討ちにしたが、奴等はバーリンゲン王国の政権のゴタゴタに乗じて略奪に来た連中だった。

 しかも襲った連中を奴隷として使役していた。たまたま捕虜にしたカシンチ族のコリコが、僕等の言葉を話せたので事情が分かったんだ。

 聞き出したスピーギ族の残党共の夜営地を襲い、パゥルム女王の政権基盤を維持する領地内で略奪行為を繰り返す蛮族は討伐した。

 たまたま捕らえられていた商人達を助けたのだが、彼等は敵対しているクリッペン殿下に物資を売り付ける途中で運悪くスピーギ族に捕まった。

 僕等にとっては幸運だ、籠城するだろう相手に食料品や医療品を大量に売ろうとしたんだ。もしハイディアの街に運び込まれていたら、戦いは長引いた筈だ。

 約五万食の食料に医療品、これだけ有れば敵は戦意高揚し兵糧攻めも時間が掛かった。なるだけ街や兵士に被害が無い様にしてくれと、パゥルム女王から直々に頼まれているんだ。

 余計な事をされる所だったが、未然に防げて良かった。概算で食料品五万食、一食銅貨五枚として金貨二千五百枚。医療品が金貨五百枚、献上品は大体金貨二百枚。

 他にもスピーギ族が略奪した財貨が約金貨二千枚、彼等から剥ぎ取った武器類も捨て値で金貨千枚にはなる。食料品や医療品はストックするが、金貨三千枚弱の臨時収入は助かる。

 妖狼族の復興資金の足しになる、一族千人以上の衣食住と今後の生活の保証を考えれば資金は未だ全然足りない位だよ。これが上に立つ者の苦労か……

◇◇◇◇◇◇

 夜襲を撃退し、逆に夜襲を仕掛けた一夜が終わった。朝日が眩しい、寝不足気味だ。実質的に四時間位しか寝ていない、見張り番の連中は二時間位だろう。

 寝不足の体調不良での進軍は効率的じゃないので、昼まで休ませる事にした。早めの朝食を食べて直ぐに寝かせる、見張りは僕とゴーレムだけで十分だ。

 今回僕は全く戦っていないし、移動中に馬車の中で寝れば良い。だが妖狼族達は実際に二回も戦っている、疲労の蓄積具合は全然違う。

 フェルリルやサーフィルが仕えし主を差し置いて自分達だけ寝れないとゴネたが、有無を言わさず寝かせた。彼女達は指揮官としても働いたので一番疲れているから……

 元々自分達が夜営していた場所に戻った。スピーギ族は全員埋めたし、商人達は拘束したまま馬車に乗せている。アチア殿とパゥルム女王宛てに親書を書いたので、休憩が終わったら妖狼族の護衛を十人配してレズンの街に送る。

 二割以上の人員を割く事になるが、五人だと襲われた時に妖狼族達が危険に曝されるので仕方無いと諦めた。三十二人でも人間の兵士に換算すれば、三百人以上の戦力だ。

 流石に昼間に見通しの良い丘の上に陣取っていれば、攻めて来ても丸分かりだ。街道が見渡せるが、誰も旅人は通らない。普通は焦(きな)臭い場所に好き好んで来ない。

「リーンハルト様、長閑ですね」

 見上げた空は雲一つ無い晴天、頬に当たる微風(そよかぜ)が気持ち良い。馬車の屋根に座り周囲を見回しているが、動くモノは全く見えない。岩と土と草だけの荒野、だが静かではある。

 幼女形態で膝の上に座っている、ユエ殿は眠そうに目を擦っている。僕と同じで戦いに参加はしなくても起きていたんだ、寝るのが仕事の子供には辛いかな?

 つい頭を撫でてしまう、ユエ殿に出会ってから僕の父性がムクムクと巨大化している。我が子が欲しい、だが転生前と同じく種が薄そうだ。アーシャに懐妊の兆しは無いし……

「本当に兄弟姉妹で政権争いをしている国には思えない長閑さだね、だが国力は衰退し人口も緩やかに下降している。前王が大陸の中央部に進出したがった気持ちは分かるよ……」

 国家予算が少ないから整備されない街道、定期的に兵士を巡回させ安全を確保しないから、スピーギ族みたいな略奪者が跋扈(ばっこ)する。

 食料生産高も下降傾向らしい、灌漑事業も出来ず新しい畑は増えず、赤ん坊の死亡率も高い。医療が末端まで浸透していないからだ。

 病気は回復魔法やマジックポーションでは治せない、モアの教会には毎日多くの病人や怪我人が運ばれて来ると聞く。なのに人間至上主義を唱えるから、モア教が撤退まで考えたんだぞ。

 まぁ辺境付近に異文化の小数部族が多数居て、常に反発するから武力で抑えなければならない。多民族国家の苦労は認めるが、国家統一が出来無ければ未来は無かった。

「この国の未来は……お先真っ暗だと思う。パゥルム女王の頑張り次第だけど、属国化したからってエムデン王国は大々的な援助はしない。精々現状維持だ、後方の安全確保が目的だからね」

 ウルム王国と戦争する時に、後方を攪乱されるのを嫌ったんだ。それと辺境の小数部族を抑える役目を押し付ける、属国化の目的は飼い殺しだよ。

 援助は最低限だし有能で有力な貴族は引き抜く可能性も有る、何組かは政略結婚も進めるだろう。サルカフィーの実家は殿下派だったので、パゥルム女王が取り潰した。

 これでローラン公爵とログフィールド伯爵との約束は達成された、ユーフィン殿との仮初めの婚約も内緒で解消だ。良かった、仮初めの秘密の婚約者のままで解消された。

「そんな閉塞感漂うバーリンゲン王国から、私達は逃げ出しました。他の人達からは恨まれるでしょう」

 悲しそうな顔で見上げて来た、妖狼族は女神ルナの御神託の通りに僕の配下となり一族総出でエムデン王国に移住する。確かに残された連中からすれば、裏切り行為とも取られるか。

 難しい、正式な手順を踏んでも恨みや妬みの感情は消えない。それは仕方無いと割り切る事しか出来無いと思う。出来れば魔牛族も引き込みたかったが、深追いは禁物だ。

 ケルトウッドの森のエルフ達は不干渉だと、レティシアとファティ殿経由で頼んで有るから……ん?

「妖狼族と魔牛族は、ケルトウッドの森のエルフ達と懇意だよね?今回の件って報告しなくて大丈夫なのかな?」

「ウルフェル殿が報告に行く筈です。断られましたが、暗殺紛いな事の助力まで求めたのです。成り行きと結果は報告する義務が有ります、それは部族長の義務ですから」

 我が子が妖狼族の未来と発展という建て前の為に、ウルム王国か旧コトプス帝国の残党共に唆されて僕を暗殺しようとしたんだ。もし成功してたら、アウレール王はバーリンゲン王国ごと苛烈な報復をした筈だ。

 その意味では失敗して良かった、だが女神ルナは御神託で一連の事をユエ殿に伝えていた。僕等は女神ルナの掌の上で動かされていたんだろう。

 僕の転生の秘密も知っていた。当然だろう、神様なんかに人間が勝てる筈が無い。だが自分の眷族の幸せの為には動いている、良い女神様なのは確かだ。

「少なくとも、ケルトウッドの森のエルフ達には筋を通せるのかな?人間達とは距離を置いていたから、裏切り者扱いはされないよ」

 そう言って頭を撫でる、癒やされる。ケルトウッドの森周辺の大地は肥沃らしいが、人間は手出しが出来無い。戦えば必ず負ける相手にチョッカイなど出来る訳がない。

 魔牛族は関係が微妙になったが、明確な敵対はしていない。だが僕がレティシアやファティ殿と懇意にするのは気に入らない、その好き嫌いの感情がネックだ。

 何となくだが魔牛族は仲間にはならない、一線引かれて距離を置かれるだけなら御の字。最悪は敵対しそうだ、それだけ好き嫌いの感情は厄介だ。損得度外視で行動する事が多いから……

「有り難う御座います。本当にリーンハルト様は、私達妖狼族に気遣ってくれますね」

「うん、嫌いじゃないからね。それに女神ルナに逆らうのは駄目だと感じている、正直畏れ多いよ」

 直に接してみれば、ウルフェル殿もフェルリルやサーフィル、ユエ殿は良い連中だ。僕は多数の人間の軍隊は余り配下にしたくない、妖狼族は一騎当千の少数精鋭だから配下になってくれたのは嬉しい。

 僕は彼等を過去に配下だった魔導師団の代わりにしているのか?いや、違うぞ。両騎士団や宮廷魔術師団員とは上手く関係を築いている、だが一般兵を率いて戦う事を苦手としている。

 言う事を聞かないから?直ぐに死ぬから?敵地での略奪をするから?違う、僕は……人との付き合いに一定以上の距離を置いている、浅く広い付き合いは苦手なんだ。少数の大切な人だけで良いんだ……

「リーンハルト様?酷い顔でした、何か心配事ですか?悩み事ですか?私に話して下さい、少しは楽になります。これでも私は妖狼族を導く巫女なんですよ」

 小さな両手で顔を挟まれて目を合わせられた、その金色の瞳で覗かれると全てをさらけ出されそうになる。これがユエ殿の巫女としての本領か?

 だが顔が近い、大分近いぞ。殆ど離れてない、具体的には5㎝位だ!吐息も感じるし、体臭も……ユエ殿は月見草の匂いと似ている。

 イルメラはミルクみたいな甘い匂いで、ウィンディアは柑橘系、アーシャは控え目で……いや、何を考えているんだ?落ち着け、幼女に反応してどうする?

「人間関係について悩んで、いや考えていたんだ。僕は宮廷魔術師だから配下として多数の一般兵を率いた事はない、普段はゴーレムだし妖狼族は少数精鋭だ。

僕は人間関係の幅が狭い、多数を率いる事により発生する責任感や面倒事が本当に嫌なんだと……自分の性格の酷さに嫌になった」

 イルメラにさえ愚痴や弱音を吐かなかったのに、なんでユエ殿にはペラペラと喋るのだろうか?

「それは仕方の無い事です。誰でも苦悩するのが対人関係、付き合いの薄い兵士達の面倒を見ようと考える事自体が変です。他人は他人、最低限の付き合いでも大丈夫ですよ」

 そもそも将官とは一般兵に死ねと言わねば駄目な者、一般兵も自分を死地に送り込む将官を好いている者など居ません。彼等に報いるのは待遇面だけで良いのです、そう諭された。

 僕は一般兵にまで深い付き合いを強要、いや望んでいたのだろうか?そんな事は無い、僕は大切な人達だけが大事なんだ。他は割とどうでも良い、過去と違い守るべき者を明確に……

「愛は有限、限りある愛を分散させてどうするのですか?リーンハルト様の愛は、私達妖狼族に沢山注いで下さい」

 首筋に顔を押し付けて囁く様に言われた言葉に笑ってしまう、本当にユエ殿は妖狼族の巫女なんだな。

「その本音は聞きたくなかった。でも少し気が楽になったかな、確かにそうだね。一般兵には待遇面で報いる、親しい者達には気を使う。割り切れば楽になったかな?」

 その後は何も話さず、ただユエ殿を膝の上に乗せてお腹の部分を両手で抱いていた。長閑というか何も無い荒野を見ているだけだが、悩んでいた事が吹っ切れそうだ。

 バーリンゲン王国のゴタゴタに巻き込まれた事で、他国の大勢の兵士達と接する事で、過去に最初の頃だけ率いた一般兵達を思い出したんだ。

 今と違い昔は嫌われ者だったから一般兵との信頼関係など築けてなかった、しかも彼等は戦場で他国の領民達から正当な権利として略奪をした。

 しかも倒した兵士の数を競う為に、証拠として耳を削ぎ落としたりと酷かった。侵略戦争を仕掛ける側だったから、モラルとかブッ壊れてたのも確かだ。

 僕はそんな連中を嫌い無言兵団と魔導師団だけを伴い転戦したんだ、結局は一般兵達の略奪行為も僕の指示だと濡れ衣を着せられ恨みを一身に集めさせられた上に処刑された。

 その時の嫌な記憶と混同したのかな?本来は司令官として無用な略奪行為は止めるべきなのに、僕は煩わしいと放り投げたんだ。

 だから今になっても又悩む、馬鹿だよな。本当に馬鹿だ……今は昔とは違う、英雄と呼ばれ人気も高い。それに見合う善行もしている、昔とは違うんだ!

「例え他国の連中でも無用な略奪行為は止める、状況的にハイディアの街が危険に晒される可能性が高いから嫌な感じが拭えないのかな?」

 本当に精神面が弱い、全く成長しない。だが転生し自我を取り戻して一年も経っていないし、そうそう直ぐに変われる訳がない。

 ゆっくりで良いんだ、理想形は見えている。慌てずに近付ければよい、慌てずにだ。今はハイディアの街を極力被害を出さない様に攻略する事を考えよう。

「気持ちが固まったみたいですね?」

「ああ、固まったよ。自分勝手に自分達の幸せを掴む迄の道筋は見えている、今は与えられた仕事をこなす事だね」

「それで良いのです、リーンハルト様は抱え込み過ぎです。少しは周囲を頼る事も必要ですよ、悩みは他人に話すと自分なりに整理出来ます。他人に説明する事で客観的に考えられるのでしょう、そして大抵の悩みは自分なりの改善方法を考えています。要は後押しが欲しいのです」

 返事の代わりに頭を撫でる。確かにそうだ、改善方法など分かっていた。それが正解なのか不正解なのか、他人の意見が知りたかった。ユエ殿は別の提案もしてくれたけどね……

 太陽が真上まで来たな、昼食を食べたら出発しよう。半日の遅れだが、十分に挽回出来る。出発すれば僕とユエ殿は、馬車の中で仮眠出来る。

 流石に寝不足は堪えるな、鍛えたつもりでも敵地でのプレッシャーやストレスを感じているのか?そんなにヤワだったかな?

「昼食はフルーツが食べたいです」

「ユエ殿はフルーツが好きですね。新鮮なフルーツは多目に持って来てますから大丈夫ですよ、パンケーキに乗せましょう」

 行軍中の楽しみなんて食事しかないからね、好きな物を腹一杯食べよう。僕はイルメラ謹製のナイトバーガーを食べようかな……

 




本日で連続一ヶ月投稿は終了、次回は9/7(木)からとなります。
次の連続投稿は12月を予定していますので、宜しくお願いします。
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