古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第568話

 ユエ殿に悩みを聞いて貰った後、簡単な昼食を食べてから出発した。助け出したコリコとスアクだが、バーリンゲン王国とは良好な関係じゃないらしく、ハイディアの街に行く事を拒んだ。

 此処からカシンチ族の集落迄の道も分かると言われたので、馬車と積めるだけの食料と医療品を渡して別れた。金貨より現物を欲しがったんだ。

 僕は馬車の中で仮眠を取らせて貰っている、広いから横になれる。座席のクッションはフカフカだが、悪路なのでサスペンションが振動を殺し切れてない。

 だが疲れていたのか眠気が襲って来て、お腹の上の神獣形態のユエ殿の高い体温が更に眠気を誘う。彼女は幼女形態から神獣形態になる時に全裸になるので、目の前での変化は控えて欲しい。

 脱ぎたての服や下着がだな、流石に男の僕は触るのを躊躇するんだぞ。でも脱ぎ散らかすのも駄目なんだ、ユエ殿の脱いだ服を畳んでいる所とか見られたら最悪の誤解が生じるだろう。

 だが慣れって怖い、仕方無いな位で済ませちゃう僕って実は駄目なんだろうな。反省が必要か?だが段々と眠くなってきた、ガタガタ揺れる振動も良い感じに子守歌代わりに……

◇◇◇◇◇◇

 スピーギ族の襲撃から三日後、予定より少し早くハイディアの街の近くまで到着した。このなだらかな坂を上り、あの林を通り抜ければ見える筈だ。

 明日の朝にはバーリンゲン王国から派遣された五百人の兵士達と合流する、行動を起こすのはそれからだ。先ずは状況の確認と降伏勧告だな、その後は……

 坂を登り切りハイディアの街が見えた、レズンの街と同じく石積みの外壁を持つ要塞都市。高さは4m程度、そして馬防柵と外堀が確認出来る。そして……異変を察知した。

「幾筋もの黒煙が立ち上っている、街の建物が燃されているんだ。早まったな、僕等を待てなかったのか……」

 クリッペン殿下一行の悪行に我慢出来なかったか、パゥルム女王への忠誠心が湧き上がって反抗した結果か?いや、それは無いな。

 締め付けが厳し過ぎたのと、クリッペン殿下一行は既にバーリンゲン王国の正式な貴族じゃないって情報による元支配者への反発。

 レズンの街の成り行きを聞いて暴発したのが正しそうだ。彼等はクリッペン殿下が正当な王族だから従ったが、今は反逆者でしかない。

 下手に協力しても、直ぐにレズンの街みたいに奪還されるなら協力した者も同罪と見なされる。それを嫌って行動を起こした、新しい支配者に成果を見せて好待遇を引き出す為に……

「内乱でしょうか?あの商人殿の手紙は止められなかったのですね、無駄に血を流す事になってしまった」

 フェルリルの痛ましい顔と声に我に返る、グラス商会の先走りの所為とも言えるかもしれないし全く違うかもしれない。だがそれは後から事情聴取をすれば分かる、今は必要無い。

 遠目で見ても城塞都市の正門は閉じている、侵入者防止の他に領民が逃げ出さない為かも知れない。レズンの街より倍以上大きいし、正門も四ヶ所有った筈だ。

 予想していた中でも悪い部類だな。最悪はクリッペン殿下達が暴走し反抗する領民達を皆殺しだったが、最悪一歩手前だ。未だ領民達を助ける事が出来る。

「街中で乱戦になっている筈だ、乱痴気騒ぎが終わる迄は妖狼族は待機。僕一人で制圧に向かう、悪いが君達では応援だと認めて貰えない可能性が高い」

 人間と距離を置いている獣人族が乱戦の中に乱入する、最悪は双方から敵と認識される。ある程度落ち着いた後に領民達に説明してから助力させないと無理だと思う。

 それに個が強い彼等だが乱戦では長所が軽減される、高い機動力が殺されてしまう。此処で彼等を失う訳にはいかないんだ。

「リーンハルト様をお守りする為に、私達だけでも同行させて下さい」

「いくら五千人の正規兵に真っ向勝負が出来ると言っても、乱戦では仲間が必要な筈です」

「いや、ユエ殿を守ってくれ。念の為にツヴァイとドライは置いていく、僕は大丈夫だよ」

 バーリンゲン王国の正規兵五百人の増援も居ない、被害が出ているから静観は出来ない。僕等だけで対処するしかない、少人数で街に侵入してバラバラにはぐれたら各個撃破される。

 仮にも正規兵達は集団戦の訓練も受けている、混乱が収まれば連携してくる。妖狼族も強いが、二十人位が連携して攻めれば負けるだろう。

 僕だけを守りながら戦う方が効率的だし確実だ、悪いが不安要素は無くさせて貰う。これが悪癖となり仲間との信頼関係が築けない要因だな……

 誰でも他人を頼らず自分だけで行動する者に信頼など置けない、置ける訳がない。

「心配しなくても大丈夫だ、僕のゴーレム兵団は五百体。普通に戦っても負けない、負ける訳がない」

 公式には五百体で話しているが実際は八百体だ、制御距離も800m前後は可能だな。レベルアップし上昇した能力が馴染んで来たので、ジワジワと制御数や制御距離が伸びている。

 全盛時の約八割、だが未だ現状のスペックを全て使いこなしてはいない。この戦いで何かを掴み始めている、ハイディアの街を制圧すれば何かを掴めそうなんだ。

「エムデン王国宮廷魔術師第二席、ゴーレムマスターの本領を見せてあげるよ」

 それでも心配そうなユエ殿の頭を撫でる、不安そうに見上げられると困る。だが職務と人道的な意味でも、コレはやらねば駄目なんだ……

◇◇◇◇◇◇

 単騎で馬ゴーレムに乗り、ハイディアの街の正門前まで移動して来た。矢倉や見張り台に人影は見えない、これは城壁の守備兵まで動員されている。

 つまりハイディアの街の守備兵の方が不利で、クリッペン殿下側が優勢なのだろう。外部からの守りを無視しても街中の方を対処しなければならない、数が少ないと見積もっていたが誤りか?

 そのまま空堀に架けられた橋を通過し正門前に行く、周囲を確認しても正門以外に扉は無しか。普通は他に小さな通用門とか有って、閉鎖時に対応出来る様にするのだが?

「まぁ正門を壊す訳にもいかないな。黒縄(こくじょう)よ!」

 右手に纏わせた黒縄を手を振る事により城壁の上まで伸ばす、最上部の床に穴を開けて固定。伸ばした黒縄を短くする事で、自分の身体を城壁の上に持ち上げる。

 この派生系の魔法は重宝するな、ユエ殿を助ける時に西側の塔に登った時にも使ったが大抵の建物には侵入可能だ。他人に教えるには自在槍を使いこなしてからだけど、山嵐の訓練としても悪くない。

 ウェラー嬢にも教えたが、次に会う時には会得している可能性が高い。一ヶ月近くは自己鍛錬の期間が有るし、何より彼女は勤勉だ。だが身体への巻き付け方は要注意だな、下手に絞ると体型が浮き彫りに……

 さて、登って左右を確認するが守備兵は居ない。街の方を見れば、煙が登っているのは大通り付近が多い。多分だが豪商達が焼き討ちされているのだろう、略奪目的か?

 黒縄は目立ち過ぎるので備え付けの梯子を使い下に降りる。今の僕の格好はハーフプレートメイルの上から茶色のマントを羽織っている、一見すると騎士っぽい。

 城壁の中側は広場となり、その先に低い柵が有って侵入されても迎撃出来る配置となっている。だが兵士は居ない、その先には普通に民家が密集している。

 入口付近は暮らしが楽じゃない人達の住居で、中央に行くほど貴族や裕福層の屋敷が有る。木の屋根に土の壁、典型的な低所得者の住居だが人の気配がする。

「鍵を掛けて家の中に籠もっているのか、呼んでも出ては来ないな」

 ぐるりと見回せば戸締まりをして外を窺っているみたいだ、相当警戒している。僕が城壁から降りてきたのは見ただろうが、何処から登ったかは分かるまい。

 家に押し掛けても無駄だな、話を聞ける状態じゃない。先に進むしかない、先にどちら側と接触するかだが分かるかな?

 一々所属を聞いてから戦うしかないのか、クリッペン殿下側なら問答無用で倒すがハイディアの街の守備兵だと怪我をさせる訳にもいかない。

 こんな状況になったのも、レズンの街の情報が広まったからだ。つまり僕の情報も広まっている、未成年の土属性魔術師。ゴーレムを見せれば納得するだろう。

 小走りで街の中央付近に向かう、この辺は人気(ひとけ)が全く無い。家に籠もって隠れているのは分かるが、普通は自警団とか有志の連中が警護に当たるよな。

 予想されるクリッペン殿下の兵力は千人から千五百人、対するハイディアの街の警備兵は五百人。普通なら敵わない、だが実際に戦闘を開始している。どちら側が有利かは分からないが……

「クリッペン殿下の配下と、ハイディアの街の警備兵との衝突かと思えば……暴動か?」

 正門から真っ直ぐ大通りを走れば中央付近迄は迷う事は無い、そして大通りに面した商店の幾つかが焼き討ちに有っていた。

 豪商だけで中小の商店は固く入口が閉まっている、隣接している商家が燃えている場合は消火活動をしている。井戸からバケツで水を汲み上げて掛ける、だが間に合わない。

 火の勢いが思った以上に強いな……住宅密集地の消火は延焼防止が大切で、それは隣家を破壊し延焼を防ぐ事が一般的だ。

 あとは水属性魔術師による消火活動だが、大量の水を操れる高位魔術師は少ない。だが見ているだけでは火は消えない、やるしかない。

「そこっ!燃えている家から離れてくれ、危ないぞ。土壁よ、商会を囲え」

 耐火製の土壁で燃え盛る商家らしき建物を囲う、これで延焼の心配は無い。バケツで水を掛けていた連中が、力尽きたみたいに座り込んだ。

 自分の家を貰い火で焼かれたら堪らないのは分かる、だが燃え盛る商家は略奪されていた。兵士じゃない、服装からして平民達だ。

 平民達が燃え盛る商家から荷物を運び出していた、燃えない様に運び出す手伝いじゃなく略奪だ。止めようとした店の従業員らしき者を蹴り飛ばしていたし……

「何が起こっているんだ?」

 焼き討ちされている商家は何かしらの基準が有りそうだ、普通の略奪なら誰彼構わず襲うのに襲われた商家は点在してる。

 それに領民が襲われているのに警備兵は来ない、襲うと思っていたクリッペン殿下の兵士達も居ない。普通の平民達が商家を襲う、異常な状況だ。

 略奪品を持って走り去る連中を見ても、兵士じゃない。普通に露天商の店主みたいな連中や、農具で武装している農民も居る。どうなっているんだ?

「止めてくれ!娘には手を出さないでくれ」

「うるせえ!黙れよ、娘は俺が貰ってくぜ。飽きるまで楽しんだら返してやるからな」

 な?怒鳴り声に驚いて見れば、若い娘の手を乱暴に引っ張る中年男と娘を守ろうとする父親が争っているが……

 父親の方は身体中が傷だらけだ、まるで集団で暴行されたみたいだぞ。頭から酷い出血もしてるし、左腕は折れてるみたいだ。

 理由も原因も不明だが、流石にコレは見逃せない。若い娘は高級品を身に纏っている訳じゃない、育ちは良さそうだが贅沢三昧って訳じゃなさそうだ。

「クリエイトゴーレム!ゴーレムナイトよ、男を引き剥がせ」

 取り敢えず二十体のゴーレムナイトを錬金し、若い娘を連れ去ろうとした中年男を羽交い締めにする。欲望塗れの表情が、一気に恐怖に歪む。

 普段は荒事などしないのかも知れない、だが暴力に酔っての乱暴や略奪は許せない。若い娘が父親に駆け寄り身体を支えるが、傷は深そうだ。

 先ずは治療、そして情報収集。正確でなくても大凡(おおよそ)の事情を知らないと動けない、行動を決めたら迅速に対処だな。

「傷が酷い、ハイポーションを飲ませるんだ」

 空間創造からハイポーションを三本取り出して若い娘に渡す、おっかなびっくりだが受け取り父親に飲ませ始めた。三本飲めば応急手当にはなるだろう。

 座り込んでいるが、ハイポーションのお陰で外傷は治り始めた。後はゆっくり休ませれば大丈夫なんだけど、この状況で休めるか?

 家は燃えてしまったし、何処かに休ませる場所が有るだろうか?どうやら父娘は襲われる側らしい、見た目では悪どい事は出来そうにないけど……

「おい、アンタはソイツ等を助けるのかよ?ソイツ等は街の裏切り者なんだぞ」

「違うわ、濡れ衣よ!最初に断らずに、クリッペン様に私財を渡したのだって断ったら殺されるからよ。それを裏切り者呼ばわりなんて酷いわ!」

「そうだ、最初ならば財産の三割没収で済んだ。次は五割、最後は全てを奪われるんだぞ!それを途中から、クリッペン様はもう王族でも貴族でもない。全てを奪い返せ、足りなければ最初に擦り寄った奴等から奪えなど酷い話じゃないか」

 最初は威勢が良かった中年男も、父娘が言い返した事により黙り込んでしまった。この会話だけでは分からないのだが、誰か煽動した者が居る。

 略奪を正当化し最初の被害者を裏切り者に呼び変えた、最初に財貨の没収を拒んだ者が奪われた以上に取り返そうとしたのか?

 この父娘が襲われたのは冤罪だな、クリッペン殿下と守備兵との単純な争いじゃないぞ。圧政に反発する迄は予想通りだが、街の連中の思惑が予想外だ。

「君達父娘が被害者なのは分かった、だから教えてくれないか?何故、兵士達が居ない。彼等は何処で何をしている?」

 中年男は鎖を錬金して拘束した、暫くは自由になれないが半日程度で自然に魔素に還る。今は何をするか分からないから自由を奪っておく。

 被害者かも知れないが、若い娘を乱暴目的で連れ去ろうとした。しかも父親に暴力を振るってだ、拘束せずに見逃すのは危険だから。

 父娘の方は大分落ち着いたみたいだ、少しでも情報が欲しい。何かしらの情報を聞き出せれば良いのだが……


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