古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第569話

 街中で黒煙が立ち上る、ハイディアの街に単身突入した。グラス商会のグラス会長が先走り送ってしまった使者により、レズンの街が陥落しハイディアの街に僕等が向かう事が知れ渡ったと思ったから。

 領主で王族のクリッペン殿下は簒奪したパゥルム新女王から、反逆者認定された。もう王族でも貴族でもない、現女王から追われる身だ。元殿下だが一応の敬意を表してクリッペン殿下とするか……

 このままクリッペン殿下に従っていれば同罪、だが保有戦力は守備兵の三倍以上。下手に反抗すれば鎮圧される、だから極力情報は流したくなかった。

 戦時下の情報統制を怠ったツケが、ハイディアの街の領民にのし掛かった。自分達が仕えていた相手は反逆者だ、協力すれば同罪。

 しかも追い詰められていたから領民に対する締め付けも厳しかった筈だ、実際に戦費として強引に財貨を徴収していた。

 それに反発した連中が蜂起した、それは良い。僕の想定より良くはないが、虐げられて立ち上がった勇気は大いに認める。

 だが弱者から略奪する事は違う。自分達と街を守る為に武装蜂起したのに、自分の欲望の為に弱者を虐げる。

 目の前には汚名を着せられて財貨を奪われ店を焼かれた父娘が居る、理由はクリッペン殿下に最初に協力したから……

 未だ王族で殿下だと思われていた時に強制徴収されただけなのに、反逆者の仲間とされ略奪の対象にされた。

 人間って奴は簡単に狂気に飲まれる、そして簡単に他人を傷付けるんだ。集団心理とか言うヤツだな、兵士は規律を叩き込むが素人は簡単に流される。

 誰か煽動者が居る、自分の欲望の為に他人を巻き込んだ煽動者が居る。クリッペン殿下達に反抗した者か、全くの別人物か……

 ソイツの手の平の上で踊らされたのが、この中年男だ。この父娘を裏切り者だと言って父娘に暴力を振るい、娘は乱暴する為に強引に連れ去ろうとした。

 他の連中も同じ、店から略奪し放火までしやがった。それが何軒も有る、つまり何百人単位で悪意有る嘘に踊らされている。

 パゥルム女王からの増援五百人は明日まで来ない、僕と妖狼族だけで広いハイディアの街を落ち着かせる事が出来るのか?無理だ、守備兵達と連携しなければ守り切れないだろうな……

◇◇◇◇◇◇

「あの、立派なゴーレムですが……もしかして貴方様は、リーンハルト様でしょうか?」

「金髪碧眼、小柄な少年魔術師。ゴーレムマスターの二つ名を持つエムデン王国の英雄、グラス商会から流された情報通りですが……」

 恐る恐るって感じで聞いてきた、僕の個人情報は正確に流れているみたいだな。グラス商会の会長が流した情報は確認していない。急いでいたけど、聞いておくべきだった。

 どんな話を広めたかにより対策が有った、僕が甘かった。多分だが取り入る為に僕の事は悪く言ってないのは分かる、だが変に期待させる内容も困る。

「そうです。詳細は言えませんが、パゥルム女王より依頼されて来ました。ハイディアの街の状況を分かる範囲で教えて下さい、何故兵士達が居ないのですか?」

「それは……」

 彼女の話を纏めると、ハイディアの街に逃げ込んで来たクリッペン殿下達は最初から領民に対して高圧的に財貨を徴収し始めた。

 最初は店を構える商人達、次は生産職の職人達、最後は領民達全てから強制徴収を始めた。断れば無理矢理にでも兵士達が財貨を持ち去っていく。

 最初に要求された商人達は断る毎に徴収額が跳ね上がり、最後は全財産の没収。それを短期間で昼夜を問わず行う、流石に変だと思い始めていた時にグラス商会からの情報が届いた。

 内容を知った途端に領民達は手の平を返した。殆どが逃げ出したが、豪商の中には私兵を雇い入れて反抗する者まで現れた。

 特に最初に拒み後から倍増しで強制徴収されたり、大事な妻や娘迄も奪われた連中は協力して抵抗した。最後は守備隊長もクリッペン殿下達と敵対、今朝から本格的に領主館を攻めている。

 そして街を守る守備兵達が領主館を攻める中、手薄となった街中で煽動された平民達が裕福層を襲い始めたそうだ。

 大通りで演説し平民達を煽動した者の正体は、豪商の中でも順位が五位以下の者達。彼等は奪えるだけ奪って街から逃げ出した、行き先は不明。

 その暴虐のおこぼれを狙ったのが中年男か、弱者が弱者を虐げる。嫌な連鎖だが街中に広まっているのを個別で止める事は不可能だ、元凶を倒して落ち着かせるしかない。

 その煽動者達の行き先が不明なのも悩ましい、単純に残されたアブドルの街に逃げたとは思えない。あの街は未だクリッペン殿下の支配下に有る、ならば他の殿下達の元にか?

「悩んでも仕方無いかな。僕は領主館に行き、クリッペンを倒す。君達は……」

「い、一緒に行かせて下さい。此処に二人で残されたら、また襲われそうで怖いです」

 まぁそうだよな。だけど他国の僕に縋るほど心が折れたのに、更に突き放すのも問題か……

「構わないが戦闘に突入したら離れるんだよ。では進軍しよう、クリエイトゴーレム!不死人形よ、無言兵団よ。クリッペンを倒して、ハイディアの街を解放するぞ!」

 自分の前方にゴーレムナイトを横に十体並びで二十列、後方にも同じく横に十体並びに二十列、合計四百体の鋼鉄製ゴーレムナイトをロングソードとラウンドシールド装備で錬金する。

 突然の鋼鉄の軍団の出現に、父娘が腰を抜かした様に座り込んでしまった。脅かすつもりは無かったのだが、初めて見た光景に驚いたのだろう。

 そして僕がグラス商会が広めた噂の当人だと気付いた連中が、籠もっていた家からゾロゾロと出て来たぞ。老婆など玄関先で座り込んで拝み始めた、何故だ?

「救世主様、我等を圧政からお助け下さい」

「リーンハルト様、私達をお守り下さい」

「有り難や、有り難や、英雄様だ。これで俺達は安心だ、英雄様が助けに来てくれたんだ。もう大丈夫なんだな、助かった」

 口々に言われる台詞がヤバい、救世主様や英雄様って何だ?助かったってなに?僕は領民達の救済には来ていない、クリッペン殿下から街の支配権を奪う為に来たんだぞ。

 グラス商会の会長め、どんな噂話を流してくれたんだ!危険な状況だぞ、僕はクリッペン殿下と配下達を倒すか追い払うかしか出来ない。

 ハイディアの街の領民達に縋られても何も出来無い、パゥルム女王から派遣された奴に引き渡しておわり。この街の立て直しは依頼に含まれてない、そもそも他国の統治に口出しは出来ない。

 この状況は不味い、上手く立ち回らないと暴走した領民達に巻き込まれてしまう。後任に領民達への有利な条件を有る程度飲ませないと駄目だ、少しフォローするか……

◇◇◇◇◇◇

 無言兵団による行軍、何故か後ろを歩く人達が増えている。彼等は兵士でも何でもない普通の領民達だ、だが各々が武器を持って着いて来ている。

 クリッペン殿下の圧政に業を煮やしたのだろう、復讐の為にグラス商会が流した噂の僕と一緒なら勝てると判断したんだ。

 僅か2㎞、時間にして三十分も掛からずに問題の領主の館が見える位置まで来た。館と言うよりは小さな城だな、石積みの壁に狭いながらも水堀まで有る。

 矢倉も数ヶ所見えるし兵士が配されているのも分かる、徹底抗戦の構えだ。ハイディアの街で籠城する予定が、領主館で領民相手に籠城とは呆れる。

 圧政による領民の暴発、王族の身分剥奪による反抗、理由は色々有るが守備兵が敵に廻らずに良かった。だがその守備兵も大分損耗してる、怪我人が目立つんだ……

 三倍以上の戦力差で、クリッペン殿下達を籠城まで追い込んだ手腕は大したモノだ。例えそれがハイディアの街の外敵からの防衛をスッパリ諦めて全兵力で挑んでもだ。

「リーンハルト卿とお見受け致します。私は冒険者ギルド支部の支部長ヤールデイルです、妹のリリーデイルより詳細は伺っております」

 レズンの街の冒険者ギルド支部長の、リリーデイルと同じく珍しい緑色の髪をしている三十代半ば位の妖艶な美女が跪いている。僕の苦手なタイプだけど双子かな?

 後ろには冒険者と思われる連中も揃って頭を下げた、老若男女合計三十人位か?一定以上の強さは感じるから、此処の精鋭なのだろう。

 完全武装の連中だが、他国の貴族にまで頭を下げるなんて自由を重んじる冒険者達には苦行だろうな。

「私は魔術師ギルド支部長のメッスです、高名なリーンハルト卿にお会い出来て光栄です。勿論ですが詳細は、ロボロ爺から聞いております」

 こっちは若い、ロボロ殿は八十歳前後の老人だったが、メッスと名乗ったのは二十代前半の青年だ。支部長になる位だから強いとは思う、だが僕の受け取った感じだとレベルは30以下だな。

 その後ろには五人の魔術師が控えている、此方は腰を90度に曲げて頭を下げた。全員が中年男性だが、同じくレベルは30以下だな。

 火属性魔術師三名に風属性魔術師と土属性魔術師が各一名、戦力としては十分だが彼等には街の治安向上の為に使いたい。あと守備兵達もだ、多分責任者と思われる男が小走りで近付いて来る。

「ご苦労、クリッペン殿下に協力しないだけでも助かる」

「要請は有りましたが拒否しました、お断りです」

「全く同感です。脅迫紛いな要請でしたが、此方も拒否しました。好き好んで泥船に乗る馬鹿など居ません」

 心底嫌そうな顔で吐かれた言葉は辛辣だ、クリッペン殿下の治世は落第点だ。善政を敷いていれば多少の事で人心は離れない、こうも手の平を返されては哀れでしかない。

 自業自得としか言いようが無い、ハイディアの街の守備兵や領民が協力をしたら簡単には落とせなかっただろう。

 だが実際は圧政を敷いて守備兵と領民達から手の平を返されて追い込まれている、もしかしたら負け確定で自暴自棄になった?

「ハイディアの街の守備隊長をしています、レガーヌです」

 第一印象は無骨な戦士、真っ直ぐ芯が通った男だ。頭は硬いが不正を嫌う、守備兵を纏めるには理想的なタイプだろう。

 フルプレートメイルを着込み、武器はロングソードと盾は持たずに槍を持っている。防御より攻撃に重きを置いた感じだが、既に返り血で汚れている。既に何度か戦ったのだろう……

 幸いだが、この手のタイプの扱いは慣れている。僕の周囲に良く居るタイプだ、国に対する忠誠心が厚くてプライドが高い。

 クリッペン殿下は王族だから圧政を敷いても従っていたが、逆賊と知ると真っ先に敵対したんだろう。国に仕える軍人の正しい行動だ、故に扱い方も難しくない。

「パゥルム女王よりハイディアの街の奪還を依頼された、エムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです。現状を教えて下さい」

 礼儀正しく命令系統を明確にする、僕は他国の宮廷魔術師だが正式にバーリンゲン王国からハイディアの街の奪還を依頼された。

 僕の行動はバーリンゲン王国も了承済みだから、命令系統の違うレガーヌ殿も反発はしない。共に戦えとかは指示出来無いが、待機しろとか街の治安を守れとかは頼める。

 クリッペン殿下の事は僕に一任させて貰い、冒険者ギルド支部と魔術師ギルド支部と連携して暴動を抑えて街の安定化を欲しい。

「はっ!現在逆賊クリッペンは領主の館を不法に占拠しています。中には強制的に連れ込まれた多数の領民達と、強奪された財貨が運び込まれています。敵の残存兵力は約千五百人、十八人の魔術師が確認されています」

 直立不動で拳を胸に当てた姿勢で報告してくれた、千五百人は予想通りだが魔術師が十八人は少なくないかな?確認されただから未だ隠れて居そうだ。

 女性と財宝をかき集めて拠点に籠もる、最後の足掻きとしては普通過ぎて呆れる。クリッペン殿下は政権奪還は既に諦めていると思う、最後に好きな事をして終わるつもりだな。

 為政者としては最低だが人としては普通過ぎる、最後まで抵抗するとか巻き返す為に努力するとかは無し。金と女に逃げた、早く助け出さないと不味い。

「此方の戦力は?」

「死者負傷者八十七人、行動可能なのは四百十三人です」

 正確に把握している、これは命令伝達機能が確立されて機能しているからだ。レガーヌ殿と守備兵達は良く訓練されている、流石は王族直轄領を任された人材だな。

 被害を抑える為に周囲を取り囲んで待機、だが四方に分散するから一辺には百人弱しか配置出来無い。千五百人もの兵力が有るならば、各個撃破も可能だし全軍で逃げ出す事も可能。

 それを略奪の限りを尽くして拠点に籠もるだけとは……これは逃がしても他の兄弟達と争ったり出来るか?兵力を吸収されて終わりっぽいぞ。

「レガーヌ殿は領主の館の周囲を囲んで逆賊共を逃がさない様にして下さい。ヤールデイル殿とメッス殿もギルド構成員を率いて、レガーヌ殿に協力して下さい。僕は単独で攻め込みます、奴等が暴走する前に倒します」

 連れ込まれた女性達が心配だ、今は敵兵も周囲を警戒しているから襲う暇は無い。だが膠着状態になれば、ストレス発散の為にナニをするか分からない。

 予想では酒と女に逃げる、被害が広がる一方だ。逆に財貨は全て回収出来るが、公平に分ける事は難しいだろう。返却は揉める、下手したらバーリンゲン王国が接収して終わりだ。

「いえ、自分はリーンハルト卿と共に戦います。逆賊クリッペンをこの手で捕まえなければ気が済みません、我が姪の敵を討たせて下さい」

 真剣だ、目が血走っている。親族の敵討ちともなれば、貴族としては協力するしかない。クリッペン殿下は、守備兵の隊長の親族にも魔の手を伸ばしたんだ。

 完全に敗戦の将兵が逃走先でタガが外れた状態だ、規律も何も有ったモノじゃない。逆賊クリッペンと呼び捨てだし、彼の思いを叶えるのも貴族の務めかな。

 それと僕に対する監視も含んでいるのだろう、此処には奪われた財貨が山盛りだ。僕が盗まない為の監視も含んでいるのだろう。

 裕福層だけでなく一般の領民達からも徴収したんだ、返さなくては街の経済が破綻する。だから財貨は返して貰いたい、自分が欲しい的な感じはしない。分配は任せても平気みたいだな……

「分かりました、同行を許可します。逆賊クリッペンを討つ事を認めましょう」

「はっ!邪魔にならぬ様にお供致します」

 予定より早いが、クリッペン殿下と直接対決だ。この討伐遠征は予定と大分違うが、全く調査も準備もしてないから仕方無いと割り切る。

 問題は凄い勢いで集まって来る領民達だ、彼等はクリッペン殿下達に敵意を向けている。各々が武器を持っているのは戦う意志が有るから、僕が勝てば残党狩りは苛烈になる。

 領民達を血の殺戮に酔わせる訳にはいかない。街を自分達の武力で解放したとなれば、今後の統治に影響を及ぼす。

 やれやれ、英雄と煽てられて彼等を煽動してクリッペン殿下を倒すストーリーは駄目だ。ハイゼルン砦と同じ様に、僕が単独で殲滅するのがベターだろうか?

 


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