古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第570話

 圧政と強制徴収に晒された領民達の怒りが爆発し、元領主のクリッペン殿下に牙を向いた。主な原因はグラス商会からもたらされた、レズンの街の解放劇に触発されたから。

 どんな内容を広めたか未確認だったのが痛かった、彼等は僕を救世主扱いし自分達も復讐する為にクリッペン殿下が籠もる領主の館を取り囲んでいる。

 この状況だと僕がクリッペン殿下を倒した後の残党狩りは苛烈になる、財貨の他に妻や娘を奪われた連中を止める手立ては無い。

 それは同行する守備隊長のレガーヌ殿も同様だ、親族の娘の敵討ちだと教えてくれた。貴族とは血族を大切にする者達だ、敵討ちは極力協力するのが暗黙のルール。

 だが復讐を遂げた領民達の今後を考えると非常に宜しくない、自らの手で復讐心に任せて人殺しをした。終わった後に元の生活に戻れると思うか?僕は無理だと思う、傭兵や冒険者と違い彼等は善良な領民なんだ。

 人を殺したと心に闇を抱える、ならば僕が代わりに敵を殲滅し敵討ちをしてくれたって思わせる方が良い。中には自分の手で復讐をしたいと思っている連中も居るだろう、でも殺人を犯させるよりはマシだ。

 それに自分達の武力により、ハイディアの街を解放したと思われるのも今後の統治を考えればマイナスだ。自治性が強くなり、何かの時には武力で解決出来ると思ってしまう。

 それは直轄領にしたい、パゥルム女王にとって困る事だ。だから僕が敵を殲滅し敵討ちを代わりに果たした事にする、だが同行するレガーヌ殿にはクリッペン殿下を討って貰う。

 彼がハイディアの街を代表してクリッペン殿下を討つ、守備隊長の役職からしても妥当だ。元とは言え自国の王族殺しを他国の宮廷魔術師にさせるよりはマシだろう。

 僕が救世主扱いされて、クリッペン殿下を討つと領民の感情が僕に向いて相当不味い。レガーヌ殿なら最適だ、彼は街を守る守備隊長としてハイディアの街をクリッペン殿下から守った。

 栄転させてハイディアの街から移動させて縁を切れば更に良い、レガーヌ殿はバーリンゲン王国の軍人。その軍人が英雄となり、ハイディアの街を守ったとして国家に依存してくれるだろう。

 僕の活躍はパゥルム女王にだけ知らせれば良い、他国の国民に英雄視されるのは良い事じゃない。僕はエムデン王国の英雄、バーリンゲン王国の英雄じゃない。

 その辺の線引きを疎かにすると、エムデン王国の国民達から反発を食らう。世論を疎かにはしない、二度目の人生は間違えない。僕は僕の幸せの為に努力しているのだから……

◇◇◇◇◇◇

 集まった領民達を危険だからと後ろに下げて水掘の前に立つ、誘導は守備兵達と冒険者ギルドと魔術師ギルドの連中に頼んだ。

 一応だが降伏勧告はしなければならない、それが戦場で無駄な殺戮を減らす最低限のルールであり相手に与える慈悲でもある。

 但し降伏を受け入れた場合の敗残兵の待遇はマチマチだ、負けた将が全ての責任を受け持つ場合も有れば逆も有る。

 今回は降伏はしないな、負ければ残酷な最後が待っているのは理解してるだろう。暴虐の仕返しは苛烈だろうし、僕では止められないし止めない。

「悪行には報いが有る、自業自得だよ……さて、降伏勧告をするか」

 城壁の上や矢倉にも弓兵が配置されていて、此方を監視している。だが向こうから攻撃してくる意志は無さそうだ、極力戦端を開きたくないのだろう。

 いくら三倍以上の戦力差は有っても、僕の噂話を信じるならば千五百人程度じゃ勝てない。領主の館はハイゼルン砦より強固でもない、つまりは勝てない。

 同じ負けるにしても極力時間を稼ぎたい、領民達のリンチに遭い殺されるなら最後まで戦う選択肢も有るかな?

「君達は完全に包囲されている、逃げる事は不可能だ。無条件で降伏しろ、断るなら今迄の行いに対する報いを受ける事になるぞ!」

 僕の背後には四百体のゴーレムナイトが控えている、この圧力に耐えられるか?兵士の何人かは茫然自失だな、僕は此処からでも内部にゴーレムを錬金出来る。

 敵兵が慌ただしく動いている。責任者に報告し、更にクリッペン殿下まで報告が上がる。少し時間が掛かるだろう、どう判断するかな?

「貴様はエムデン王国のリーンハルト卿だな?パゥルムやミッテルトの色香に迷って友好国を攻めるとは何事だ!恥を知るべきだぞ」

 仕えし自国の王族を呼び捨てたぞ、堂々と城壁の上に仁王立ちする中年男だがクリッペン殿下じゃないが誰だ?

 多分だが将軍クラスだろうか?派手な鎧兜から考えて上級士官だと思う、だが強さは大した事は無い。精々レベル20前後、魔力反応も無い。

 あと彼以外にも魔力反応が無い、確認された魔術師達が誰も近くに居ないのは何故だ?クリッペン殿下が周囲に集めているのか?戦力の無駄使いだな。

「愚かにもウルム王国と結託し、我がエムデン王国に攻め込もうと画策した事は露見しているぞ!パゥルム女王は、ウルム王国と同盟しても我が国には勝てないと理解して属国化を望んだ。

無駄に国民を戦火に巻き込まない賢明な判断だ、貴様等は自分の欲望に負けた。自国民から略奪までする逆賊め、恥を知れ!降伏以外は死有るのみ、賢明な判断を望む」

 時間的に返事が早過ぎる、奴の独断専行か最後の一兵卒まで戦えと指示が出されているのか悩む。

 だが明確に降伏勧告を拒否した、ならば此方も相応の対応をしなければならない。つまりは敵兵は殲滅する、そこに慈悲は無い。

「戯れ言を言うな!我等は降伏などしないぞ」

 望んでいた言葉を吐いてくれた、降伏されたら彼等をハイディアの街の領民達から守らねばならなかった。

 捕虜の扱いについて降伏したならば命は助けるのが通例、悪事に対する罪は償わせるが無差別にリンチなどはしない。 だが明確に降伏勧告を拒否した、ならば此方も相応の対応をしなければならない。つまりは敵兵は殲滅する、そこに慈悲は無い。

 彼等が即断したのは、自分達の仕出かした事が死罪以外で償えないと理解しているんだ。リンチに遭う位なら戦って死ぬ、自分勝手な幕引きだ……

「最後まで戦うと言うのだな?ならば敵として殲滅するのみ、悪くは思うな」

 軽く右腕を上げてから振り下ろす、四百体のゴーレムナイトによる投げ槍の一斉投擲だ。綺麗な直線を描いて矢倉や城壁の上にいる、敵兵に突き進む!

 何の障害も無く均等に分けた投げ槍が敵兵を貫く、三十人ほど居た敵兵は一人残らず全滅だ。後ろに倒れ込んだのが、此処からでも見えた。

 『クリッペン殿下万歳!』とか『正当なるバーリンゲン王国の為に』とか叫びながら倒れて行く、敵ながら狂信的な恐ろしい配下達だ。

 流石に王族に仕える連中だけあり忠誠心が厚い、だが本来の忠義とは悪事を諫める事も大切だ。彼等は忠義じゃない、己の欲望に身を任せただけだ。

「レガーヌ殿、中に入りますよ!」

「ちょ、身体に巻き付くコレは何ですかっ?た、助けて下さいってば!」

 正門をブチ壊して入ると遠ざけている領民達も領主の館に雪崩れ込んで来てしまう、だから黒縄(こくじょう)を身体に巻き付けて城壁の上まで引っ張り上げる、初めての空中浮遊にレガーヌ殿が慌てている。

 厳つい顔に似合わない台詞に可笑しくなる、言葉使いも変だし助けてって言われたぞ。城壁の上で黒縄から解放したら四つん這いで荒い息を整えている。

 素早く左右を見回し討ち漏らした敵兵を探すが、全員倒したみたいだ。今思えばハイディアの街に侵入したのと同じ方法だったな。レガーヌ殿は一本釣りみたいに引き上げたが、まさか厳つい中年男が悲鳴をあげるとは……

「俺が空を飛んだ?空中を舞った?何じゃそりゃ?」

「落ち着いて下さい!正門を壊したら領民達が雪崩れ込んで来ます、それは避けたかった。早くクリッペン殿下を探しましょう」

「理屈は分かる、だが感情が納得しない。今度は事前に教えてくれ、いや二度としないでくれ!」

 本気で怖かったみたいだ。まぁ飛ぶというか引き上げただけなんだが、めったに出来無い体験だから仕方無いのかな?

 敵兵は周囲に居ない、この館に千五百人も詰め込めば百や二百の兵士が待ち構えていると思ったが他で待ち構えているのか?

 ハイディアの街の外には逃げ出していない、クリッペン殿下が自分を守る連中を分散させるとも思えない。つまり身の回りに待機させているのか、用兵はお粗末過ぎるぞ。

「城壁から館迄に敵兵は居ませんね、少し変だと思いますが悩んでも仕方無いので進みます」

「確かに変だな、報告ではバラバラとだが此処に逃げ込んだのは確認してるんだ」

 出入口は四方に有るから全てを監視出来る訳じゃない、守備兵に倒されたか噂を聞いて逃げ出した奴も居るかもしれない。

 護衛用にゴーレムナイトを三十体錬金し周囲を固める、リトルキングダム(瞳の中の王国)だと攫われた女性達を守れないし、うっかりクリッペン殿下を倒してしまう可能性が高い。

 こまめに敵を確認して減らしながら、クリッペン殿下を探すしかないか……リトルキングダムの弱点は殆ど無差別攻撃状態になる事だ、襲ってきた奴を倒すだけ。

 捕縛や救出には向かない限定的な命令しか出来無い、だから細かい指示は僕が直接出すしかない。領民達の怒りが爆発する前に見付けるぞ、時間的余裕は無い。

「やはり変だ、こんなに簡単に館の中に入れた?迎撃の兵士が全く居ないぞ、何故だろうか?」

「他の出口から一斉に街の外に逃げ出したにしては静かです、戦闘になれば騒がしくなる筈ですぞ」

 正面玄関の扉には鍵が掛かっていたが守備兵は居ない、扉を壊して中に入っても人の気配がしない。これは逃げ出したな、隠し通路が有るんだ。

 腐っても王族だし秘密の抜け穴や隠し通路位は有るだろう、予想はしていたが精々街中に出れる位だと思っていた。多人数で逃げ出せば必ずバレる、だが実際は僕等に気付かれずに逃げ出した。

 玄関から中に入ればホールが有り正面に二階に上がる階段、左右は廊下に繋がっていて多数の扉が見える。手間だが一ヶ所ずつ調べるしかないか……

「手前から虱潰しに調べます。ゴーレムナイトよ、扉を開けろ」

 罠だろうがダメージ無視のゴーレムなら問題無い、扉を蹴り開けて中を確認する。一階は玄関と繋がるホールや応接室、それに厨房や倉庫が殆どだ。

 魔力探索では二階の奥の方に纏まった反応が有る、伏兵か攫われた女性達かは分からない。直ぐに向かいたいが、罠の有無は調べなくては駄目だ。

 猪突猛進は探索では悪手、慎重過ぎるのも問題だが無人の一階が気になる。ゴーレムナイトが突入し安全を確認した部屋に入る、来客対応用の応接室だな。

「絵画や壺等の高価な調度品は残されている、壁面の棚に並べられた洋酒も手付かずだ。荒らされていない、領民から財貨を奪ったのに?」

「リーンハルト卿は、クリッペンは逃げ出したと思っているのか?だから金目の物が残っているのが不思議なのだな?」

 そう、指摘された通りに僕は彼等が逃げ出したと考えている。千五百人が逃げ込んだと勘違いさせたトリックが分からないが、この館には二階にしか対人反応は無い。

 奪われた財貨と女性達、確認された十七人の魔術師、クリッペン殿下本人。どれも反応が無い、早々に逃げ出した可能性が高い。

 人口の多い城塞都市でも最大級のハイディアの街から逃げ出す意味って有るのか?他の街や村は拠点としては不十分だぞ。アブドルの街は一番遠いが規模が小さい。

 予想より小心者だったのか他に考えが有るのか?だが現状は領主の館に逃げ込んで籠城すると見せ掛けて脱出した、その手際は良い。

 短期間でハイディアの街の財貨を集めるだけ集めての逃走、九割程度の戦力を維持している。彼等がアブドルの街に逃げ込んだら厄介だな。

 まぁ僕はレズンの街とハイディアの街を落として終わりだ、アブドルの街を攻略するのはバーリンゲン王国正規軍の仕事だ。

「魔力探索の結果、この館の二階にしか反応が無いんです。間違い無く罠、その前に一階は全て確認しましょう」

「何と?魔法とは便利ですな、しかし完全に逃げられたか……二階の連中は伏兵か攫われた連中か?ああ、ホールにも誰も居ませんな。荒らされても無い」

 レガーヌ殿と一階は全て回って確認した、倉庫はもぬけの殻だが部屋は荒らされていない。値の張る調度品を残して食料は持ち去る、領民から強制的に徴収した財貨は無い。

 行動が中途半端だ、普通は金目の物は見境い無く持ち去るのに選んでいる?いや、そんな事は無い。何かしらの考えが有る筈だ、それが分からない。

 問題の二階へ行き魔力探索に引っ掛かった連中に会いに行くしかないか……伏兵なら気が楽だが、攫われた領民の成れの果てだと気が滅入る。

「レガーヌ殿、二階に行きます」

「鬼が出るか、蛇が出るか。扉を開けねば分からないですな?」

 鬼?東方の巨人族だよな?蛇と巨人じゃ蛇の方が楽だが、どちらもハズレだが脅威度が大と小に分かれているって事だろうか?

 ドヤ顔のレガーヌ殿を胡散臭いモノを見る目で見詰めたら拗ねられた、中年男が拗ねても需要は皆無だぞ。ジゼル嬢やウィンディアならOKだ、イルメラやアーシャだと此方の罪悪感が半端ない。

 いかんいかん!ニヤけていたら、今度はレガーヌ殿から不審者を見る目で見られてしまった。反省だ、早く終わらせて帰ろう。

 このままだとホームシックになりそうだ、いやになる!僕はイルメラ達から一ヶ月も離れると駄目な男なんだよ、それは自覚しているんだ。




日刊ランキング五位、有難う御座います。

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