古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第571話

 ハイディアの街に逃げ込んだ、クリッペン殿下を追い詰めたと思っていたが既に逃げられていた。守備兵や領民達が領主の館に追い込んだと言っていたが、実際はもぬけの殻だ。

 千五百人前後の兵士に十七人の魔術師は既に脱出済み、多分だが隠し通路が有ってハイディアの街から離れている。その手並みは見事だと言うしかないが、今後の見通しはどうだろうか?

 罠だと分かっていても残された二階の一角に集まっている連中を確認しなければならない、魔力反応は無いから魔術師ではない。生存反応も有るので死体でもない、息を潜めて動かないでいる。

 伏兵なら良いが攫われた女性達が乱暴されて残されていたら、やるせない気持ちで一杯になるだろう。だが確認しない訳にはいかない、それが僕とレガーヌ殿の義務なんだ……

「本当に一階は何も無かった。荒らされず、壊されず、奪われず。持ち去ったのは食料品倉庫の中だけだった」

「レガーヌ殿、先行せずにゴーレムナイトの後ろに居て下さい」

 油断を誘う罠かも知れない、焦る気持ちも分かるが単独先行は危険だから止めてくれ!魔法障壁が無いと鎧兜の素材強度頼りで、近距離からのクロスボウは薄い鉄板を貫通するんだぞ。

 当たり所が悪ければ即死だ、弓の達人は頭部を狙う。何処に当たっても致命傷になるし、視界の確保の為に兜には必ず隙間が有るから狙われやすい。

 そんな危険を省みずに、一人で階段を駆け上がるな!出来れば僕の隣に、少なくてもゴーレムナイトの後ろに居ないと守れない。勝手に死なれちゃ僕が困るんだぞ!

「む?済まない、気が急いてしまったのだ」

 親族の敵討ちの相手である、クリッペン殿下を逃がした可能性が高い。早く確認したくて堪らないのだろう、焦る気持ちは分かるが落ち着いて欲しい。

 焦りは警戒を怠らせるし判断力を鈍らせる、常に冷静たれは魔術師だけでなく戦士にも共通する。だけど自制心が伴わないと簡単に心が乱れてしまう、策士は思考を限定させて追い込むんだ。

「気持ちは分かります、人間の反応が有る部屋は目の前です。ゴーレムナイトに先行させますから、勝手に部屋の中に飛び込まないで下さい」

 階段を登り切った正面の両開き扉の中から多数の人間の反応が有る、拘束されているのか動きが殆ど無い。だが生きてはいる、死体との区別は出来るんだ。

 時間は残り僅かだ、外で館を取り囲む領民達を押さえ切れるか分からない。異様な興奮状態に有る集団は、誰かが抜け駆けすれば追従する。

 その数の暴力は僕でも抑え切れない、倒しちゃ駄目な連中だから力ずくで押さえ込む事が出来無い。それをすると領民達が反発し統治が難しくなる。

「ゴーレムナイトよ、扉を開け放て!」

 二体のゴーレムナイトが並んで扉を全力で蹴らせる、二枚の扉は蝶番(ちょうつがい)が外れて内側に飛んでいく。中の様子は確認済みだから人に当たる心配は無い。

 だが大きな音と跳ね飛ばされた扉に驚いたのか、複数の女性の悲鳴が聞こえた。強制的に連れ去られた女性達が居る、何故残した?

「イルマ!無事かっ?うおっ?」

「レガーヌ殿!先走らないで下さい」

 イルマと言う女性が親族みたいだが、随分と心配しているみたいだ。血族を重んじるのが貴族だが、血相を変えて先走るか?何度も先走るなと注意したのに?

 万が一と思って注意していたので、ゴーレムナイトに捕獲させた。暴れているレガーヌ殿を下げさせる、罠かもしれない部屋に無警戒で飛び込むな。

 僕もイルメラ達が捕まっていたら同じ様になるかも知れないが、助ける側に何か有れば助けられない。単純な理屈を感情が打ち消すんだ。

「落ち着いて下さいと何度も言わせないで下さい」

 気持ちは分かる、広い部屋の中に女性ばかり三十人近くが纏まって座り込んでいる。何人かは縄で拘束されているな、反抗したのか?

 酷い怪我や衣服の乱れた者は居ない、最悪の狼藉はされなかったのだろう。良かった、心配事が一つ減った。

 だが僕が部屋に入ったら半数が逃げようと後ろに下がり、半数は諦めた感じで見詰めてくる。助けに来たとは思わなかったのか?

「安心してくれ、君達を助けに来た。僕はパゥルム新女王から依頼されて来た、エムデン王国宮廷魔術師第二席リーンハルト・フォン・バーレイ。後ろにハイディアの街の守備隊長レガーヌ殿も居る」

「英雄さま?リーンハルト様って、エムデン王国の英雄さまですよね?」

「た、助かったの?英雄様が助けてくれたの?」

「もう殴られない?痛い事をされない?」

「家に帰れる……本当に助かったの?」

 両手を広げて極力優しい表情と声を心掛けて、ゆっくりと説明した事が功を奏したのだろう。怯えていた女性達が安心したみたいだ、これで依頼は殆ど達成だ。

 だが困った事に、英雄様とか噂話が広まっている。グラス商会はどんな噂話を広めたんだ?他国の宮廷魔術師が自国の英雄になれる訳が無い、後で噂話の内容を調べるか。

 それと落ち着かせたら事情聴取だ、クリッペン殿下は何処に行ったのか?何をされたのか?何故残されたのか?聞かなければ駄目な事は多い、忘れたい嫌な事を聞かなければならない。

「怪我人は居ないかい?治療するから言ってくれ、後は少し事情を聞かせて欲しいんだ」

 ゆっくりと両手を広げて近付く、下手したら男性や権力者に恐怖を抱いている娘も居るかもしれない。この手の事は苦手なんだ、フェルリルやサーフィルを連れて来れば……いや、ユエ殿の護衛だから駄目だ。

 武器は持たず危険は無いとアピールも忘れない、ハーフプレートメイルは着込んでいるが剣は持っていない。兜も脱いでいるしマントも羽織っていない、武器を隠し持っていない事は分かるだろう。

「こ、怖かったんです」

「助けてくれて、ありがとう。本当に怖かった……」

「英雄様、ありがとうございます」

 感極まったのか、恐怖で緊張していたのが緩まったのか、最前列に座り込んで居た娘三人が抱きつこうと立ち上がり寄ってくる。

 男なら両手を広げて受け止めるべきだろう、抱き締めて安心させるのが紳士の行動だ。緊急時だし身分差など不問にする、突き飛ばしたりするのは悪手だな。

 そう、普通ならば……

 二人が両手に抱き付き、最後の一人が正面から抱き付いてきた。両手を抱き付く事で拘束し、正面から抱き付かれて胸に頭を押し付けられれば視界が塞がる。

 脇腹に衝撃を感じたのは身体を包む様に展開した魔法障壁が反応したからだ……

「馬鹿な?魔法障壁だと?接近すれば使用不能の筈なのに何故?」

 鎧通しと呼ばれる刺殺武器、大きな針みたいな暗殺武器が見える。毒も塗ってあるのだろう、黄色い粘性の高い液体が刃に付着している。

 何度も突き刺そうとするけど無駄だよ、僕に物理攻撃は通用しない。毒も同じだ、解析出来るし解毒薬も持っている。エリクサーも有る、毒殺は不可能だ。

「捕らわれた女性に紛れての暗殺か……随分と大仕掛けな罠だったが、僕には通用しないよ」

 見上げてきた娘の顔には憎悪が滲み出ている、彼女達はクリッペン殿下の配下だ。多分だが影の護衛に類似する連中だろう、そんな希有な彼女達を使い潰すのか?

 僕を殺す為の罠か、やってくれる。短期間でハイディアの街を放棄しても僕を殺したいか?いや、最初から殺したかったよな?

「黒縄(こくじょう)よ、拘束しろ!」

 素早く跳び去ろうとする三人に向かい黒縄を展開し拘束する、クリスとの鍛錬が地味に効果を発揮する。彼女達はクリスと雰囲気が似ていた、僕に縋る時に涙まで浮かべていたが目がガラス玉みたいだった。

 偽りの感情、彼女達は護衛任務に不要だと感情を無くす鍛錬をさせられる。それは人間として不自然なんだ、だから注意して観察すれば分かる。

 クリスという比較対象が居たからこそ分かった事だ、そして彼女達は拷問をしても口を割る事は無い。苦痛を長引かせるだけで不毛だ、だが逃がす事も出来無い。

「君達はクリッペンの影の護衛だな?僕の暗殺で使い潰すとは、クリッペンも無駄な事をさせる」

 黒縄でグルグル巻きに拘束され、芋虫みたいに寝転がる三人を見下ろす。残された娘達がパニックになり壁際まで下がった、必死に口を抑えて叫び声を止めている。

 拘束されていた普通の娘達は恐怖に顔面蒼白だ、小刻みに震えている。助かったと思ったら、同じ攫われたと思っていた連中が暗殺者だった。仲間と思われたら死罪しかない。

 拙いな、何か有ればパニックで騒ぎ出す、助けに来たのに余計に怯えさせたら意味が無い。だがこの三人をバーリンゲン王国に引き渡せば拷問から処刑コースだ、それは甘いが忍びない。

「我が主を愚弄する事は許さない」

 抑揚が無く感情も籠もらない声、だが忠誠心は徹底的に仕込まれているのだろう。彼女達は仕えし主に忠実で命令は絶対、そう仕込まれている。クリスは特殊だな、彼女は何よりも戦う事を優先する。

 他の二人は無言で睨むだけだ、懐柔は無理だな。それこそ洗脳系の……モリエスティ公爵夫人の『神の御言葉』クラスのギフトでもなければ無理だ。

 そう考えると彼女は凄い、僕は対抗策が有るが普通は無理。僕からすれば延々と愚痴を聞かせる御姉様だが、実際は冷や汗モノの相手なんだな。

「主って認めたな、これでクリッペンは僕の暗殺を二度も失敗した訳だ。残念ながら無能だな、行き当たりばったりだ」

 挑発は無駄かな?煽り耐性位は有るだろう、死ぬまで黙秘するだろう。バーリンゲン王国側に引き渡しても良くて拷問から死刑、悪ければ女性として耐えられない苦痛が待っている。

「違う!暗殺は私達の独断専行、クリッペン殿下に落ち度は無いわ」

 最後まで主を庇うのか、彼女達が立案する訳がないだろう。あくまでも影の護衛だ、クリッペン殿下の安全を最優先する。

 彼が命令しなければ離れない連中だ、それが別行動で暗殺?信じられないな、クリッペン殿下は僕の暗殺の為に彼女達を使い潰したんだ。

「取り敢えずは言う、投降し情報を洗いざらい話すなら身の安全は保証するが……」

「無駄よ、私達は投降などしないわ。殺しなさい」

 全てを言い終わる前に言葉を遮られた、投降しない事は知ってた。拘束を解いて僕が離れたら逃げ出すだろう、悪いが警備兵では彼女達を抑えられない。

 それに領民達も認めない、極刑を望むだろう。出来無ければ不満が溜まる、クリッペン殿下の寵愛を受けていた女性の最後は悲惨だよ。

「戦って死ぬか、自害するか……僕が与えられる慈悲はコレだけだ、どうする?戦うなら拘束を解こう」

「だが時間稼ぎは出来た、クリッペン殿下は逃げおおせた。一矢報いたぞ」

「敵から配慮されるとは、貴殿は強くても甘い」

「偽善じゃない、どちらを選んでも死ぬしかない。冷酷、だけど温情は有るのね」

 三人が視線を合わせて何かを確認した後に、口に仕込んでいた毒を飲み込んだみたいだ。苦悶の表情すら浮かべず、口から血を吐いて倒れた。

 得られた情報は僅かだ、クリッペン殿下は逃げる事を優先した。籠城するには一番良い条件のハイディアの街から逃げ出す、何故好条件を捨てた?

 黒縄(こくじょう)の拘束を解いて床に寝かせる、彼女達は殉死扱いにして丁重に葬るべきだ。悪戯に死体を汚す事は許さない。

「さて、怖がらせてしまったが助けに来た。もう安心だ、後は守備隊長のレガーヌ殿が対応してくれる。レガーヌ殿?」

 正直忘れていた彼の拘束を解く、この三人なら二手に別れて暗殺を仕掛けた筈だ。油断してたらレガーヌ殿は殺されていた、拘束しておいて良かった。

「リーンハルト卿、味方を拘束するとは酷い扱いですぞ!だが俺が突っ込んで行ったら殺されていた、コイツ等は……」

 三人を見る目が冷たい、忠義を尽くし殉職したんだぞ。いくら逆賊の臣下とは言え最低限の礼節は守ろう、主に自分の気持ちが嫌にならない為に……

「納得は出来無いかも知れませんが、彼女達は丁重に埋葬して下さい。領民達に伝えましょう、逆賊クリッペンは逃げ出した。ハイディアの街は自由を取り戻したのです」

「その前に……イルマ!イルマは居るか?」

「レガーヌ様!此処に居ます」

「嗚呼、イルマ!無事だったんだな、心配したんだぞ」

 あれ?姪っ子じゃなかったか?何故、熱い抱擁の後にキスとかしちゃうの?しかも舌とか絡めちゃうディープな方をしちゃうの?

 姪っ子と恋愛する事は百歩譲って良いとしよう、良くはないが前例は多い。イルマと呼ばれた女性は美少女だ、男なら姪っ子でもクラッと来るのも分かる。

 外観から女性の年齢を推測する事は、その冤罪を生むかもしれない。確認は必要だ、もしかしたら僕が間違っているのかもしれない。

「出来れば間違いでいて欲しい、見間違いだ、若作りだよな?」

 腰に回していた手が下に降りて尻にだな、揉んでるよな?絶対に揉んでるよな?他国とは言え、身分上位者の前で恋人か夫婦の行為をするのは駄目だろ!

「あの、リーンハルト様。レガーヌ様とイルマ様はハイディアの街でも有名な相思相愛な方々です」

「相思相愛?だって親子程の、いや勘違いだと見間違いと言って欲しいのだが……」

 中年と幼女、イルマ嬢はユエ殿と同い年に見える。小柄と言うか小さい、若作りと言うか幼い。僕の勘違いでは済まされない現実、受け入れがたい現実。

 何だか盛り上がっているというか盛ってると言うか、見つめ合ってからキスとか止めて下さい。イルマ嬢は酷い事はされなかったみたいだ、彼女に酷い事をしたい奴等は全員変態だ!

「イルマ様は御年七歳、リーンハルト様の気持ちは十分に理解出来ます。逆に安心しました、貴族様とは幼女愛が大変に強い方々だとレガーヌ様は常に言っていましたから……」

 何時の間にか僕を怖がっていた女性達が、僕に同情と憐れみの視線を向けて来る。レガーヌ殿は僕の配下じゃない、僕の配下に幼女愛好家など居ない、居ないったら居ない!

「幼女愛好家の変態め!結婚適齢期は成人後の十五歳からです、七歳など認められない認めたくない。レンジュ殿より酷い、相思相愛でも酷い現実だよ」

 敵は味方側に居やがった、七歳って何だよ。三十代のオッサンが自分の姪っ子に手を出す、しかも七歳だと?

 優しく背中をさすられている、どうやら僕は座り込んでいるみたいだ。足腰に力が入らない、どうして身の回りに幼女愛好家ばかり居るんだ?

 確かに僕も匂いフェチの変態だ、自覚も有るが隠してもいる。公開するほど恥知らずじゃない、性癖とは秘匿し公開するモノではない!ないったらない!

「何かが狂ってる、おかしいよ」

「私達も同意見です、私達も間違ってはいなかった。今は安心しています、そしてレガーヌ様にこの言葉を贈ります……幼女愛好家の変態性欲者め!」

「うん、そう思う。価値観を共有出来て良かった、力になるから何でも相談してくれ。朱に交わりたくない、僕はノーマルなんだ」

 ユエ殿の姿が脳裏を掠めたが、彼女の本当の姿は二十歳前後の美女だ。間違っても幼女形態のユエ殿に欲情などしない、僕の愛情は父性なんだ!

 


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