古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

574 / 1000
第572話

 クリッペン元殿下を逃がしてしまった、いや僕が来た時点で既に逃げ出していた。彼は僕の暗殺の為に自身の守りの要である影の護衛を使い潰した。

 全くの無駄だった。彼女達は捕虜になる事を拒み潔く自害した。仮に捕虜になっても拷問されて処刑だ、だから傲慢だが死に方の選択肢を与えた。

 逃げた奴等は領主の館に密かに作った脱出用のトンネルを使い街の外に逃げ出していた、トンネルは発見後に出口を確認して錬金で埋めた。

 他にも仕掛けが有るかもしれないと思い、レガーヌ殿に警備兵の他に盗賊ギルドに依頼し徹底的に調べる様に指示した。

 この男は助け出した姪っ子のイルマ嬢と個室に籠もろうとしていたので、山の様に仕事を押し付けた!周囲からの冷たい視線も、自分達が振り撒く熱気で相殺しやがった。

 親族の敵討ちがしたいと言っていたのに、真実は攫われた七歳の姪っ子を助け出す事だった。それは良い、幼い娘を無事に助け出せた事は祝福されるべき事だ。

 だが、この中年男は僅か七歳の幼女と熱愛中だった。ハイディアの街の連中公認のラブラブ熱愛カップル、目を逸らす程の悪行。見た目は完全に親子、恋人同士ではない。

 相思相愛、幼女もレガーヌ殿を愛していますと臆面も無く僕に言い放ち熱い接吻を見せ付けられた。僕は間違ってない筈だ、他の助け出した娘達も異常だと言っていた。

 レガーヌ殿は貴族男性の多くが幼女愛好家で普通なんだと誤報を振り撒いていた、彼には強く抗議したがニヤリと笑うだけで反省など全くしていない。

 逆に幼女の良さを語り出したので、大量の仕事を押し付けた。全て片付ける迄は解放しない、姪っ子殿は他の女性達に任せて帰らせた。

 感動の熱い夜は未だ先だよ。放置していたら領主の館の空き部屋で子作りを始めそうだったんだ、空気を読んでくれ。ハイディアの街の復興には、警備隊の隊長は重要な役目が有るだろう、部下の呆れを含んだ視線が物語っていた。こうなった隊長は全く役には立たないんですよと……

◇◇◇◇◇◇

 領主の館の内部を徹底的に調べたが、絵画や彫刻等の美術品は持ち出し難かった為か別室に無造作に積まれていた。金貨と食料品、医療品等の軍需物資は全て持ち出されている。

 調べさせたら焼き討ちされた商会の倉庫は食料品や医療品が殆どだ、クリッペン殿下はハイディアの街から食料品を全て持ち去るか焼き払った。

 運び出せない物は焼き捨てる、街の備蓄倉庫も空だ。五千人近い領民を抱えたハイディアの街は、各家庭の備蓄している食料しかない。

 悪辣だ、そして周辺の街道には略奪部隊が隠れているのだろう。クリッペン殿下はハイディアの街を僕を抑え込む檻にしたんだ、リトルキングダムは攻守に優れている。

 だがハイディアの街を守りながらだと厳しい、彼は逆に兵糧攻めを仕掛けてきた。腹を空かせた五千人の領民を抱えて戦う、内部から崩壊し負けるだろう。

 クリッペンの謀略は一見成功した、だけど僕は増援が来たら帰るんだ。この街を守る為に残らない、前提が違うんだよ。

 念の為に増援部隊には早馬を出して待ち伏せ部隊が居る可能性が高いと知らせた、近い位置に居るし見通しの良い荒野だし待ち伏せはされないだろう。

 それに食料品を消費する連中はハイディアの街に入れたい筈だ、僕は帰ったらパゥルム女王に護衛付きで食料を送る様に言えば良い。手持ちの食料品と医薬品も援助するか……

「リーンハルト様、増援部隊が到着致しました。指揮官が面会を求めています」

 激動の一晩が明けて予定通り早朝に、パゥルム女王手配の増援が到着したか。伝令を走らせて情報は伝えたから、不意打ちはされなかったみたいだな。

 まぁ略奪部隊は全軍を投入しない、精々が三百人から多くても五百人。だが彼等は奪わずとも燃せば良いので、こちら側の難易度は高い。

 これで肩の荷が下りた、引き継ぎをして直ぐに帰ろう。完全徹夜だが馬車の中で寝れば良い、僕が残っていては後任殿も気を使うだろうし……

「通してくれ」

 仮として今は僕がハイディアの街の責任者扱いになっている、領主の館の執務室に詰めて暫定的に指示を出していた。主に街中の治安向上と消火活動、それと暴動に参加した奴等の捕縛。

 家を失った領民達は無駄に広い領主の館に集めた、被害者だし暴行されて治療も必要だった。集められた美術品を処分し金銭的な補償をしないと一家離散か一家心中だ、文字通り全てを失ったのだから。

 彼等には個人的に僅かだが援助をしておいた、あと攫われた女性達もだ。彼女達の家族は半数近くが殺されていた、連れ攫われる娘を守る為に抵抗したからだ。

 もしも頼れる者が居ないのなら、ギルド経由で連絡をする様に言ってある。パゥルム女王に口添えしても良いし、就職先を斡旋しても良い。

 ライラック商会も少しバーリンゲン王国内で商売をさせる予定だ、グラス商会には大きな貸しが有るので伝手になるだろう。

「失礼します、パゥルム女王よりハイディアの街の管理を任されたベルド・フォン・ボーダーです」

「エムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです」

 管理を任されたね……つまり早く出て行けって事だな、自分の仕事を奪うな早く引き継げってか?アチア殿もそうだが、奪い返して貰った恩を少しは感じろ。腹芸でも良いから先に礼を言え、外交的にマイナスだぞ。

 腕を腰の後ろで組んで直立不動の姿勢だな、武官の連中は脳筋が多いが重要拠点を任すには文官も必要だぞ。配下に何人か同行している筈だが、此処には連れて来なかったのか……

「先に渡した報告書の通りです、グラス商会の情報により領民達が蜂起。クリッペンを追い出したが、街中で戦闘の傷跡が残っています」

「逆賊共め、好き勝手しやがって!見付次第、断頭台に送ってやる」

 断頭台ってギロチンだろ?ミッテルト王女が多用する処刑方法らしいが、冷酷非情な恐怖統治は破綻が早いんだぞ。

 現状敵対勢力を悉く極刑にしているけど、早く国内を纏めないと殿下三人に逆襲される。辺境には少数部族が多い、纏めたら結構な脅威だぞ。

 蛮族扱いしているが、生活に厳しい場所で生き残るには能力が必要。彼等は過酷な条件で生き延びている、だから普通に略奪もする。つまり戦闘力は高く残忍な一面も持っている。

 もし辺境の少数部族を纏める力が有るのなら、パゥルム女王は負けるかもしれないな。負けない為に梃入れもするが、油断は出来無いだろう。

「クリッペンは街中から食料品を奪い奪えない物は燃やしました、逆に貴方達に兵糧攻めを仕掛けるつもりでしょう」

 む、一瞬だが嫌そうな顔をした。口出し無用とか考えているみたいだな、バーリンゲン王国の属国化は、パゥルム女王が勢いで簒奪し決めたみたいになっている。

 従っている彼等も本心ではエムデン王国と雌雄を決して勝つつもりだったのかも知れない、不可能な夢物語なのに現実を知る前に決まったからな。

 レズンの街とハイディアの街を落としても、その結果を知りながら態度が悪いとは呆れる。ロンメール様には正確に報告するから、後はパゥルム女王が対応するだろう。

「パゥルム女王には護衛付きで手配を頼みました、我等も自分達の分は一ヶ月は賄えますから心配は不要です」

 五百人で三十日か……自分達用って言うからには、領民達には配らないな。ハイディアの街には五千人の領民が居る、一日三食で一万五千食、十日で十五万食、一ヶ月で四十五万食。

 輸送が滞ると領民達の不満が爆発するぞ、分かっているのだろうか?警備兵と合わせれば千人の兵力、籠城しても負けない。だが兵糧攻めをされたら?

 クリッペンは僕が居なくなるのを前提で逃げ出したんじゃないか?ハイディアの街の再奪還が可能な種を蒔いて逃げ出したのは考え過ぎだろうか?

「領民達の備蓄食料は切り詰めても一週間分しか食料は保たない、僕の方から軍用のレーションですが四万食分を渡しておきました。それでも三日か四日しか保ちませんよ」

 猶予は合計十日分だ、それ以上掛かると領民達は不満を爆発させる。只でさえクリッペンの圧政に苦労させられたんだ、後任のベルド殿の手腕に期待するか……

「有り難う御座います。リーンハルト卿はお疲れでしょう、後は自分に任せて休んで下さい」

 僕は部外者だから早く代われって事か、その席には自分が座るから早く出て行けって事だな。特に食料を渡しても感謝の気持ちも無さそうだ、手配済みだから心配は不要って事か?

 転生前に国から貰ったまま空間創造に収納していた、干し肉・固焼きパン・瓶詰めワインに飲料水。美味くはないが腹持ちと日持ち、それと収納性を考えた軍用レーションの残りを全てを渡した。

 扱いに困っていた物だが相応の金額は貰う、空間創造が完全解放されたから他にも美味い物が十万食程度は有る。だが五千人を賄うなら一週間保たない、軍隊の維持は大変だ。

「現時点をもって、ハイディアの街の管理をベルド殿に引き渡す。僕等は直ぐに王都に帰りますので、後は責任を持って頼みますよ」

「はっ!お任せ下さい」

 ニヤリと笑った、これで自分がハイディアの街の最高権力者だから嬉しいのだろう。この街の維持管理は大変だぞ、僕の手から責任は離れた。

 依頼通りに二つの城塞都市は奪還した、維持管理は依頼内容に含まれない。僕が再び戻ってくるまで、無事でいてくれよな。

 暫くはパゥルム女王のお手並み拝見、殿下三人を倒して政権を盤石にしてくれても良い。現状維持で有償でエムデン王国を頼っても良い。

「まぁ頑張って下さい、ベルド殿。期待していますよ……」

◇◇◇◇◇◇

 街一番の宿屋に妖狼族とユエ殿を待機させていた、僕は仕事だったが彼等は一泊して英気を養って貰った。バーリンゲン王国内でも妖狼族の立場は微妙だ、治安維持の手伝いは出来無いと割り切った。

 それに帰還時の護衛としては申し分ない、引き継ぎしたら帰ると言っておいたので既に馬車の用意もされている。彼等も人間の街には居辛いのだろう、早々に帰りたがっている。

「リーンハルト様、少し宿屋で休まれますか?徹夜だったと聞いています」

「きゅ?」

 準備万端整っていて、僕だけ宿屋で寝ますはないだろう。僕だって空気は読めるし、早く帰りたいんだ。イルメラ達の匂い成分が切れ掛かっている、早くエムデン王国に帰りたい。

「早く帰りたいから馬車の中で寝るよ、出発しよう」

「きゅう!」

 パゥルム女王が用意してくれた地味だけど高級仕様の馬車に乗り込む、今回の御者は妖狼族の若者でフェルリルとサーフィル、それにユエ殿の四人で広い馬車に乗り込む。

 全部で八台の馬車による移動、妖狼族の事はハイディアの街に広まらなかったので僕が同行しているのは知られてない。ヤールデイル殿とメッス殿には僕が王都に戻る事は伝えて有る、彼等の要望はギルド経由で届くから問題は無い。

 レガーヌ殿は仕事を大量に押し付けた時に伝えてある、今日の夕方には終わるだろう。イルマ嬢との熱い再会は今夜だな、宜しくやってくれ!

「膝枕ですが、私とサーフィルのどちらが良いでしょうか?」

 向かい側に座る二人が揃えた太股を軽く叩くけど、膝枕はしないよ。君達は僕の妾じゃなくて、ユエ殿のお世話係だろ?

 膝枕をするのは、イルメラかウィンディアと決めている。たまにアーシャで、ジゼル嬢とは未だなんだ。夢が広がるのだが、中々昼寝が出来る暇が取れない。魔法迷宮バンクでの昼食後の昼寝の時だけだ、それも最近は四人で添い寝になってる。

 四人で添い寝すると不思議な付加が自分に及ぶんだ、フェルリルとサーフィルとユエ殿だったら効果は?

 いやいやいや、何を考えているんだ?駄目ったら駄目だ、落ち着け!

「枕有るよ、持参しているから気にしないでくれ。悪いが寝かせて貰うよ、流石に眠気が……」

 ポフンと座席に横になる、大きめの枕は肩から頭迄をすっぽりとカバーする。これなら多少の振動は気にしない、昼食休憩まで寝れるだろう。

「リーンハルト様は大変にお疲れです。静かにしていますから、ゆっくりとお休み下さい」

 うん、有り難いんだけどさ。ユエ殿は良い事言った後に神獣形態になって、僕の腹の上に飛び乗ってきたよね?

 まぁ暖かいし柔らかいしフサフサだから良いんだけどさ、帰ったらザスキア公爵やジゼル嬢に……何て説明……したら、良い……のかな……駄目だ、眠いや……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。