古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

575 / 996
第573話

 レズンの街とハイディアの街を攻略した、前者は最高の形で、後者は少なからず問題が有る。僕に被害は無いが、健全で安全な領地経営となれば疑問符が付く。

 パゥルム女王が選んだ、アチア殿とベルド殿が上手く善政を敷いてくれれば問題は無い筈だ。僕への依頼は極力街を壊さず守備兵を減らさずだからな、僕は街を壊していない。

 グラス商会には悪いが責任は取って貰う、勿論だがミッテルト王女には温情を与えて欲しいとお願いはする。一族郎党処刑は勘弁して欲しいから……

 一応敵対勢力は居ない新生バーリンゲン王国領内の安全圏を通過しているのだが、妙に野盗が多いのは国が荒れているからだ。スピーギ族みたいな連中が、僕等を遠巻きに監視している。

 高級仕様の馬車の行列だ、襲えば利益は凄いとか思っているのだろう。お忍び仕様の貴族にしか見えない、そして貴族の護衛は強力だ。

 損得勘定を働かしている、そして危険度を調べる為に遠巻きに観察している。襲ってくれば問答無用で殲滅だが、観察だけだと殲滅はヤリ過ぎだろう。

 退屈な馬車での移動、野盗の殲滅位のイベントが無いと退屈だ。夜陰に紛れて逆に妖狼族の連中が調べに行ったが、完全に野盗だそうだ。

 幾つかの野盗団が合流したらしく数は五十人程度、僕等には余裕だが奴等はもう少し増えたら襲う予定らしい。同数なら勝てるとか考えているのなら笑える。

 だが治安向上の為に奴等は倒して身包み剥ぎたい、それなりの財貨は持ってるらしい。仲間内の賭け事で金貨が飛び交っていたそうだ。

「明日の午後にはバーリンゲン王国の王都に着きます。今夜が最後のチャンスです、襲って来ますでしょうか?」

 私の定位置ですみたいな感じで、僕の膝の上に座るユエ殿の頭を撫でる。この遠征で父性が爆発的に増殖した、今の僕は親馬鹿だ。ユリエル殿の事を非難出来無い。

 フェルリルもサーフィルも諦めたのか何も言わない、逆に僕に強い男を紹介して欲しいと言ったので三人の野獣を知っていると言ったら嬉しそうに笑った。

 彼女達はスプリト伯爵の所のネロ嬢とは気が合うだろう、まぁ派閥上位の三人に妖狼族の女性は紹介しないけどね。カイゼリンさんや兄弟戦士はどうかな?無理かな?

「もう少し増えたら襲うらしいよ。十倍に増えても無理なのに無駄な事をする、だが治安向上の為に野盗は殲滅したい」

 最悪は此方から強襲し捕縛して尋問かな、武装勢力が貴族の後を付け回すだけでも理由になる。序でに賞金首が一人でも居たらギルティだ、遠慮や曖昧な対応は愚策。野盗は殲滅する、他に被害者が出る前にだ……

「私達が対処します、リーンハルト様はユエ様と懇親していて下さい」

「のこのこ有り金剥ぎ取られに来る馬鹿共だが、実入りが良いのは嬉しいです」

「僕の出番は全く無いと?」

 この二人は最初の低評価を改める程に成長している、部隊の纏め方と指示が上手いんだ。少数精鋭を指揮するならば、安心して任せられる前線指揮官だ。

 勿論だが同族たる妖狼族の部隊って前提条件は有る、僕等は人間の部隊は上手く使えない。共闘や協力は出来る、だが指揮は出来無いと思う。

 人間の部隊指揮とゴーレム運用は経験値が全くの別物だ、基本的にゴーレムは100%指示通りに動く。命の危険も省みず言われた通りに行動する、だが人間の軍隊は違う。似て非なるモノなんだ……

「私達には現金収入の方法が限られているのです。人間の街には珍しい物も多い、欲しい物も沢山有るのです」

「現金収入は倒したモンスターの部材を売る位です。後は短期で雇われるのですが、人間に雇用される事には抵抗が有ります。一応部族長が子爵の年金を貰いますが、部族全員が豊かになる訳じゃないですから……」

 サバサバとした感じで話してくれたが、これも旧コトプス帝国の謀略に踊らされた原因だな。山里を見れば自給自足の生活が基本なのが分かる。

 強力な戦闘力を持とうが金儲けが出来る訳が無い、商隊の護衛や傭兵にでもなれば稼げる。だが人間に雇われる事に抵抗が有る。だから上手く噛み合わない。

 バーリンゲン王国に魔法迷宮は無い、何人かの妖狼族は冒険者になったが実入りの良い仕事は少ないらしい。基本的に彼等は力の使い方が下手なんだ。

「うーん、エムデン王国に来れば妖狼族を取り巻く環境は激変するよ。仕事の斡旋は幾らでも出来る、僕の私兵扱いだが副業も可能だ。エムデン王国最大級のライラック商会の商隊の護衛、冒険者として魔法迷宮バンクの攻略とかね」

 この言葉を聞いた後の二人の目の輝きは怖い位だった、田舎暮らしを強いられていた若い娘が華やかな都会に憧れる。

 旧クリストハルト領に行った時、残された若い娘達がメルカッツ殿達に群がった時に似ている。

 こういう感情を甘く見るのは危険だ、分かり易いから利用され易いんだよ。しかし物欲に弱いとか彼女達にも可愛い一面が有るんだな。

「生活が安定する迄の面倒は見る、衣食住の心配は不要だ。僕の配下となれば人間の街に住んでも一定以上の配慮はされる、勿論だが独自の里を作っても構わないよ」

 何だろう?下を向いてプルプルと震えているけど、もしかして対応を間違えたかな?都会は憧れるけど住むのは別だとか?

「リーンハルト様……私達、リーンハルト様に服従出来て本当に幸せです!」

「子種を恵んで下されば更に幸せです!認知とか不要ですから、絶対に強い子供が生まれますから。何人も孕ませれば、強力な妖狼族部隊が出来ますよ!」

 ガバッと上を向いたと思えば、変な事を言い出したぞ。実子で構成された強力な部隊とか何なの?貴族は血族を優遇する、認知不要とか不可能だ。

 いや、ヤリ捨てして認知しない馬鹿共は結構居るけど敵対する連中は僕の実子が戦場に出たら殺すか捕縛に動く。

 恨みを晴らす為に殺害するか、交渉の切り札として捕縛するか……貴族は血族を蔑ろには出来無いから弱みとなる、どちらにしても実子の戦闘部隊とか狂気の沙汰だ。

「却下、貴族の実子には重い意味が有る。大量の実子とか争いの火種にしかならない、その話は今後は無しの方向でお願いね」

 貴族令嬢達と違って生々しい話を堂々と突っ込んで来る、普通なら身分差で不可能な会話内容なんだぞ。子供が欲しいとか未婚の淑女が言っては駄目だ!

 他人の目が無い所なら構わないが、色々と問題が発生しそうだから今後は教育が必要だ。ユエ殿もマナーを学ばせないと駄目だし、執事のタイラントかメイド長のサラに相談するか。

 エレさんのマナー教育もしてるし、本格的じゃなくて基本的な部分だけで良いんだ。ジゼル嬢辺りに頼むとスパルタ教育になりそうで怖いし……

「女神ルナ様の御神託によれば、リーンハルト様のお相手は……ふふふ、楽しみですね?」

 え?万能の御神託が発動したのか?僕が妖狼族の女性を娶るとか立場上、無理・無茶・無謀の三拍子だぞ。不可能だし、そんな気持ちも欠片も無い。

 僅かに残された政治的配慮の可能性とすれば、部族長の実子か……まさか妖狼族の巫女であるユエ殿?もっと駄目だろ、幼女愛など僕には無い!

「無い無い無い、無理だな。今の立場の僕の子供なんて複雑怪奇な立場に立たされる、相当の大問題だ。正式な本妻や側室以外の子供など作らないし作りたくない」

 妾の子供ですら強大な権力を持ってしまう、それに僕は子種が薄いか無さそうなんだ。アーシャが懐妊しないのは僕の所為だ、彼女が悲しむのが辛い。

 側室となり数ヶ月が過ぎた、子作りは定期的に行っているが未だに懐妊しない。子供が出来やすい時期に励んでも懐妊の兆しが全く無い、その事で彼女が悲しむ未来が見える。

 子宝はモアの神からの授かり物と言うが何とかならないか?妊娠しやすい様に……いや、僕の方の体質改善だろ!彼女に責任は一切無い。

「女神ルナ様の御神託によれば、リーンハルト様は愛情の重さに反比例して子を授かる力が弱いらしいです。ですが子種が無い訳でなく、方法も有るそうですが……その方法は未だ授けてはくれませんでした」

 真剣な瞳で見上げられている、普段の優しい瞳じゃない。これが御神託を語る時の彼女の表情だ、神と直接語れる稀有な巫女……

「つまり女神ルナの眷族たる君達を優遇すれば、僕の最大の悩み事を解決する手立てを授ける?」

「妖狼族の繁殖力は強いです、適切な時期に励めば確率は高いのですが……気持ちの高まりが必要不可欠なのです。つまり強い男以外はお断り、身近な異性で最強なのはリーンハルト様です」

「未婚の女性をローテーションで愛でて頂ければ、妖狼族の衰退化は防げます。勿論ですが、嫌な者に無理強いはさせません」

 ユエ殿に質問したのに、斜め上の回答をフェルリルとサーフィルから貰った。いい加減に妖狼族の女性を孕ます的な話は止めてくれ、お願いだから。

「僕が嫌です、無理強いしないで下さいね?」

 全然解決になってない、僕はアーシャ達と子供を作りたいんだ。妖狼族のハーレムなど望んでいない、その話は終わりだ。

 フェルリルもサーフィルも結婚適齢期だから焦っているのだろうか?ぐいぐい攻めて来るのは、ウルフェル殿から何か言われているのか?

 膝の上に座っていたユエ殿が、僕の二の腕を甘噛みしてきた。放置するな構えって事か?この巫女様の行動には何時も驚かされる。

「野盗の対応は一任しますが、上位者には懸賞金が掛かってるかもしれません。身元が分かる様に顔は無傷で倒しなさい、今回も譲りますよ」

「はい、任せて下さい!」

「一人残らず殲滅します、身包み剥いで始末します!」

 変な話の流れを断ち切る為に野盗共の対応は任せる事にする、油断さえしなければ問題無い相手だ。

 彼等の収入源として考えられているのは哀れだが、生かしておいても害悪しか無いし退治する必要は有る。

 今回同行した連中は優遇し過ぎたみたいだから、山里に残った連中から嫉妬が向かわない様に何か考えないと駄目だな。

「人の上に立つ事は難しいな、出来るだけの事をするしか無いか……」

◇◇◇◇◇◇

 バーリンゲン王国の王都が見える場所まで来た、事前に伝令を出しているから問題は無い。約半月の遠征だが目標は達成出来た、パゥルム女王との交渉を終えたらエムデン王国に帰ろう。

 遠目でも城壁の大正門が開いているのが見える、普段の出入りは横の通用門を使用している筈だが、一応凱旋扱いで歓迎してますアピールかな?

 更に進むと城壁の上や大正門の左右に警備兵達が整列しているのが分かる、だが一般の領民達は居ないみたいだ。歓迎は国だけで、領民達には僕の実績は知らせてないとか?

 有り得るな、城塞都市を単独で二つも落とされたら軍部が無能扱いされる。だが依頼を達成した僕を軽く扱う訳にはいかない、仕方無く軍部のみで歓迎か?

 直ぐに帰るから気遣いは不要なのだが、彼等も信用出来ると思っていた御者の裏切りとか心苦しい事も多いのだろう。

 先ずはロンメール様に報告し、その後でパゥルム女王に報告。そして交渉開始だ、色々と調整する必要が有る。特にハイディアの街は早急な梃入れが必要だ。

「リーンハルト様、出迎えにミッテルト王女が居ます。どうしますか?」

 は?アクティブな王女だと思っていたが、王族自らが大正門まで出張って出迎え?何を考えているんだ、僕との関係は親密ですってアピールのつもりか?

 領民達を締め出した理由の一つは、ミッテルト王女の姿を見せない為だな。自国の王女が王宮から出歩くとか、理由が無ければ無理だ。

 僕との懇親を理由にしたのだろう、国民には知らせないが貴族関連なら広める事はメリットになる。それに反発する連中は危険分子だ、炙り出しを兼ねているんだろう。

「どうしますと言われてもな、手前で馬車を停めてくれ。面倒だが蔑ろには出来無い、ユエ殿は神獣形態に……」

 言われる前に神獣形態に変化していた、脱ぎ散らかした服はフェルリルが手早く片付ける。僕の乗る馬車の中に幼女の脱ぎたて衣服が有るとか致命傷だぞ。

「きゅ!」

「うん、偉いよ。ミッテルト王女に会わせるのは危険だ、ユエ殿達は馬車内で待機。最悪の場合は別行動も有り得る、ウルフェル殿と合流してくれ」

 段々と近付くにつれて見えてきた、ミッテルト王女の胡散臭い笑顔に外交戦の始まりかと思うと溜め息が出る。

 疲れて帰って来たのに、ロンメール様に会わせる前に話し合いをしましょうって事だよな?色々やらかしているから、最初に交渉したい。

 別の場所に移動するか、場合によっては馬車に同乗して王宮に向かうか……フローラ殿が同行していないのが気になる。

「わざわざのお出迎え、有り難う御座います」

 左右に無言の守備兵が整列した大正門を通過した所で馬車を停めて、僕だけ降りて貴族的礼節に則り挨拶をする。

 外交用の笑顔を添えているので友好的に見えるだろう、守備兵の様子を窺うが敵意は無い。好意的でさえある、彼等にとって僕とミッテルト王女が友好的なのは喜ばしい事か……

「お帰りなさいませ、リーンハルト様。パゥルム姉様の依頼の達成について報告書を読ませて頂きました。理想的な成果に驚きと喜びを感じていますわ」

 ん?何か変だった、お帰りなさいませって変だぞ。それは親しき者達の間で交わされる挨拶だ、他国の王女が僕に使うべき言葉じゃない。

 この謀略系冷酷非情王女は何を考えている?此処は否定せずにスルーしよう、反応する方が危険な感じがする。僕は知らない、気付かなかった。

「ロンメール様に胸を張って報告出来る事を誇りに思います」

 笑顔で早くロンメール様に会わせろと言ってみたが顔色一つ変えない、王族としての腹芸はセラス王女よりも上かな?

 何かを企んでいるのは分かる、わざわざのお出迎えだし純粋な善意だけとか思わないぞ。

「お疲れでしょう、少し休まれた方が宜しいですわ。ロンメール殿下にもお話は通しております、お茶会の用意がしてあります。ささ、どうぞ」

 どうやら長い話し合いになりそうだ、ロンメール様が許可したなら付き合うしかないか……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。