古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第574話

 パゥルム女王の依頼を達成し半月振りにバーリンゲン王国の王都に帰って来た、ロンメール様に報告し早くエムデン王国に帰りたい。帰ってイルメラ達の顔を見たい、匂いを嗅ぎたいんだ。

 だが現実は僕に優しくはなかった、何故かロンメール様に報告の前にパゥルム女王達とのお茶会が設定されていた。それもロンメール様公認らしい、先にバーリンゲン王国側と話す意味って何だろう?

 王宮内の王族の居住スペースだろう一角の、中庭に面したベランダに会場はセッティングされていた。パゥルム女王にミッテルト王女、それに真っ黒なドレスで喪に服す新婚初日で未亡人となった、オルフェイス王女まで居るよ……

 年下の未亡人は気苦労が耐えないのか、結婚式で見た時よりも痩せたみたいだ。国の為に政略結婚を認めたのに、国の為に新婚の旦那が即日処刑された。

 本人にとっては最悪の展開だろう、純潔は守られたが再婚は難しい。本来ならば喪に服す為に修道院に直行コースだ、姉妹愛が強いから無いとは思うが、王族の体面にも関わる。

 降嫁して有能な家臣との結婚なら可能性は有るが、彼女が幸せになるかは別問題だな。国の為に二度目の政略結婚など嫌だろう、それでも彼女は受け入れるのかな?

 軽く魔力探索を行うと驚いた事に影の護衛の反応が無い、少なくとも半径50mに彼女達と案内役の女官以外は存在しない。これは密会に近い扱いだ、不味いんじゃないか?

「ようこそ、リーンハルト様。私達姉妹のお茶会に参加して頂き、有り難う御座いますわ」

 パゥルム女王が満面の笑みを浮かべて、あまつさえ立ち上がり両手を広げて歓迎してくれた。他の二人は座ったままだが、軽く頭を下げる珍事だよ。

 現役王女達の丁寧な対応に胃が痛くなる、クィーンとプリンセス達とのお茶会とか端から見れば羨ましいだろう。男性貴族からすれば夢の舞台だな、実際に憧れる連中は多い。

 勿論だが希望は出していない、出来ればリズリット王妃とセラス王女で打ち止めにして欲しかった。代わってくれるなら誰でも良いんだぞ!

「身に余る光栄に身体が打ち震えております、お茶会に招いて頂き有り難う御座います」

 貴族的礼節に則り一礼する、属国化した連中とは言え守るべき礼儀が有り、無駄に偉ぶるのは無能でしかない。いや、害悪だな。

 女官が椅子を引いてくれたので着席する。正面にパゥルム女王、右側がミッテルト王女、左側がオルフェイス王女。

 円卓の四方に座った訳だが、女性全員から観察する様な視線を感じる。困ったな、僕は柄にもなく緊張しているみたいだ……

 紅茶とカットされたフルーツが用意される迄は無言だ、正直何が目的なのか分からないから対応に困る。お願いと言う名の陳情か、更なる追加依頼か?

 先ずは落ち着く為にストレートで紅茶を味わう、高級茶葉を使った普通に美味しい紅茶だな。四人が無言で紅茶を飲む変な空間だ、因みに女官は僕の真後ろに立っている。

 パゥルム女王とミッテルト王女が視線を交わして何かを確認した、漸く本題に入るのかな?カップを置いて姿勢を正す、さぁ来るなら来い!

「先ずは私達の依頼を理想的な形で達成した事に対する御礼を言わせて下さい」

「二つの城塞都市を半月で落とす、素晴らしい成果です。守備兵達は全員投降し新生バーリンゲン王国に忠誠を誓ってくれましたわ」

 パゥルム女王とミッテルト王女の褒め殺しに曖昧な笑みを浮かべる。僕と全く縁の無い、オルフェイス王女は無言だ。殆ど紅茶やフルーツにも手を出さない、青白い顔に少し痩けた頬。

 もしかしたら結婚式の後からは、満足に食事もしてないのかも知れない。姉達が積極的に動く中で、心労により食欲もないって感じだろうか?だが未成年だし仕方無い事だろう。

 お仕着せの政略結婚の相手でも、結婚式の当日に処刑されたんだ。これで普段通りとか逆に喜ぶとかは出来無い、彼女は生真面目な感じがする。

 この三姉妹は各々性格が違う、上から腹黒・冷酷非情・生真面目かな?他にも兄弟姉妹は居る筈だが、会ってないから分からない。

「詳細はロンメール様に報告した後、書面にて提出します。色々と課題を残していますので、アチア殿達には苦労を掛ける事になるでしょう」

 国家として受けた依頼だ、僕が口頭報告をして完了じゃない。その辺を弁えておかないと、後からクレームが発生するんだ。

 依頼だってバーリンゲン王国から正式に書面で貰っている、達成したなら同じく正式な書面で渡す。確認のサインを貰う迄が依頼中なんだ、サインを貰って漸く終了だ。

 アウレール王からも王命は書面で頂いている、それが後々の家宝にもなる。国王本人はサインだけで、他は文官達が決められた書式で用意するんだけどね。

 アウレール王は達成後は感状も添えてくれるので、依頼書と達成通知書と感状の三つがセットで手元に残る。これは子孫に残せる家宝となるんだ。

「兄達の今後の動きですが、リーンハルト様はどう予測しますか?」

「どうと言われましても……クリッペン元殿下は逃げ出した、行き先はアブドルの街しか残されていない。他の二人の兄弟は、自分の領地に戻った頃でしょう。三人が協力するか反発するか、または抜け駆けするか僕には分かりません。ですが時間は稼げたと思います」

 この言葉に、パゥルム女王は頷き、ミッテルト王女は苦い顔をして、オルフェイス王女は……表情は変わらずか。兄達の事は既に気持ちを切り替えている、親族を切り捨てても国家を取ったんだ。

 簒奪は家族から奪う事だから悪しき行いと言う者も居るが、普通の貴族の後継者争いとは別物だ。ダイレクトに国民に影響が有る、今回の簒奪は国民的には被害は最小限だな。

 だが利権絡みも有りクリッペン達の派閥の連中にとっては最悪だ、今はパゥルム女王派閥の貴族と権力争いの真っ最中だ。逆賊に付くか新しい政権に付くか……パゥルム女王派閥に鞍替えしても、今迄の権力は維持出来無いし悩むだろう。

 さて元殿下達三人は誰と誰が手を組むだろうか?誰をハブるか悩むだろう、時間稼ぎ的な意味でも、クリッペン殿下が逃げ出した意味は大きい。最初から逃がす予定が自分から逃げてくれたので助かる。

 長兄では有るが、負け続きで支持率は下がり評価も落ちているだろう。弟達は従わないだろうな、だが単独でパゥルム女王に逆らうには戦力が足りない。

 少数部族を取り込む手間よりも、兄弟の中で仲間を選んだ方が早いと考えるかな?クリッペンが善戦して撤退すれば状況は違った、だが戦わず二連敗じゃ弟達は従わない。

「あの、リーンハルト様はエムデン王国に帰られるのでしょうか?もし帰られるのでしたら、人質として私を同行させて貰えませんか?」

「え?人質として、オルフェイス王女をですか?」

「オルフェイス、何を言い出すの?やめて!」

 様付け?オルフェイス王女の言葉の意味を考える、属国化した相手が人質を差し出す事は普通だ。同盟国でも交互に人質を送る、転生前の僕もそうだった。

 だが僕が判断する内容じゃない、それは国家間同士の話し合いで決める事だ。確かに僕はエムデン王国の中枢に位置し、アウレール王に助言する立場だが……もしかして口添えが欲しいのか?

 オルフェイス王女は新婚一日目で未亡人になった、人質としてなら未婚のミッテルト王女の方が有効だろう。政略結婚の相手としても、貴族的常識ならミッテルト王女の方が上だ。

 ミッテルト王女の慌て振りは演技とは思えない、折角嫌々だった結婚を解消したのに人質生活を強いる事が嫌なのだろう。

 姉妹愛は強そうだ、冷酷非情なミッテルト王女も実妹には甘いし愛情も深いのだろう。だが他国の重鎮の前での言い争いは、外交的には失敗だな。

「それは僕が決められる事では無いですね、正式にアウレール王に申し込んで下さい」

「それでは私との政略結婚の件も正式に申し込んで宜しいでしょうか?アウレール王が許可して下されば、リーンハルト様は私と結婚してくれますか?」

 変な切り返しをしてきた、オルフェイス王女を思う余りミッテルト王女が僕との婚姻外交を持ち出して来たぞ。連携してはいないと思うが、二人共に真剣な表情だな。

 どちらかがエムデン王国との絆を強める為の布石になりたいのだろう。だが長女のパゥルム女王は……あらあら的な感じだな。つまり公式な要望でなく、あくまでも私的なお茶会での出来事にしたいのか?

 事前に僕に打診して、エムデン王国の方針を知りたいとか?良く分からないのが正直な気持ちだ、益も無い話をして来る意味が分からない。未だ仕込みか振りの段階で、本題はコレからってか?

「僕に対する政略結婚は、アウレール王が全て断っています。今後も僕が他国の淑女と結婚する事はない、国家としても僕に干渉出来る他国の淑女との婚姻など許可しないでしょう。僕も納得しています、僕の本妻予定の婚約者は男爵令嬢です。それをアウレール王が認めた、そう言う事です」

 勿論ですが、本妻も側室も恋愛結婚です。僕は自由恋愛を認めてくれた、アウレール王に凄く感謝していますと説明した。

 宮廷魔術師が他国の淑女を娶る事は、実際には結構有るんだよな。家格の問題で釣り合う相手を探す時に、結婚相手として宮廷魔術師は条件が合えば良く選ばれる。

 上級貴族の子弟でも無職よりは役職を頂いている連中の方が良い、国の中枢を担う宮廷魔術師は狙われ易い職業なのだろう。僕はアウレール王に助言も出来る立場だし、国王に干渉出来るとか考えたな……

「つまり、リーンハルト様にお願いしても無駄なのですね?」

「この件に関しては無駄ですね、僕も来年成人して本妻を娶るのに今から側室を増やしてどうするんです?」

 何を話しても無駄、意味が無いとか思われるのも外交的失点。交渉相手に決定権が無いとか、話すだけ無駄だと思われる。それを曲解し他に話されても困る。

 あくまでも婚姻外交について、僕はアウレール王に一任していると公言したんだ。僕と結婚したければ、アウレール王を説得しろって意味になるな。

 これはこれで駄目じゃない?アウレール王が僕の保護者っぽくないか?未成年宮廷魔術師第二席の保護者は、国王たるアウレール王と、宮廷魔術師筆頭のサリアリス様です的な話になりそうで嫌だな。

「国家の為の婚姻は国家が決める、当然ですわね。ミッテルトもオルフェイスも落ち着きなさい、リーンハルト卿が困ってますわ」

 あらあらご免なさいね的に話を纏められた、男の度量の問題で掘り返しは不可能かな?僕も避けたい話題だし良かったのだが、このお茶会の意味って僕の意識調査だな。

 もしも婚姻外交を否定しなければ、ミッテルト王女以外の臣下の上級貴族の令嬢達を側室にって押し込んで来たんだ。どうもパゥルム女王やミッテルト王女は、男がハニートラップに弱いと思っている節が有る。

 自分の周辺の男達が全員色に弱かったのだろう、だから女性を侍らせれば簡単に落ちると思ったな?妖狼族のフェルリルやサーフィルの件も有るし、確認したかったんだな。

「リーンハルト卿は一旦エムデン王国に戻られた後、またバーリンゲン王国に帰って来てくれるのでしょうか?」

 ん?エムデン王国に戻りバーリンゲン王国に帰る?変な言い方だな、普通に考えて逆だろ。僕の祖国はエムデン王国だけであり、バーリンゲン王国は任務で立ち寄った他国だ。

 だけど僕が再度バーリンゲン王国に来る事は公式で発表したのか分からない、彼女達の打合せの時に言った様な言わなかった様な……

 不味いな記憶が曖昧だ、だがアウレール王からはバーリンゲン王国の平定まで頼まれている。ザスキア公爵や、クリスにメルカッツ殿達を連れて来るんだ。いや、メルカッツ殿の汚名返上に他国の平定は弱いかな?

 パゥルム女王は、まさかザスキア公爵が乗り込んで来るとは知らないだろう。彼女ではザスキア公爵に交渉や謀略で勝つのは不可能だ、言えば驚くだろう。

「はい、有る程度はバーリンゲン王国内が安定する手助けをする様に命じられています。一ヶ月後位になりますが、また来ます。放置していた仕事を片付けてからかな……」

 一応領地持ちなので色々と雑務も多いのですと断りを入れておいた、僕は自分のペースで仕事をするので、パゥルム女王達の都合には合わせられない事をやんわりと言っておく。

 彼女達からすれば直ぐに戻って来て手伝って欲しいのが本音だろう、アブドルの街はパゥルム女王の配下で落とす様に言われている。

 直接的な手伝いは出来無いが、僕の存在だけでも利用出来る。最悪は全兵力を押し込んでも、レズンの街やハイディアの街は僕が守れるし……

「そうですか、お帰りを楽しみに待っておりますわ」

 帰って来ませんよ、此方に来るんです!なんて直接は言えないから失礼にならない程度に笑顔だけ浮かべておいた。

 お茶会の目的は僕の意識調査と今後の方針、それと行動だろう。僕が一ヶ月後にまた来る事は確認出来た、もう来なくても良いと思われる心配が有ったんだ。

 オルフェイス王女との顔合わせと、姉妹愛を見せて僕の感情を揺さぶって来た。あとはモルベーヌ嬢を奪われたから交渉の仕方を模索中なのかも知れないな……

 


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