古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第575話

 二つの城塞都市を落とした後、半月振りに帰って来たらパゥルム女王姉妹にお茶会に連行されて気苦労の耐えない二時間を過ごした。

 パゥルム女王三姉妹の心配事は今後のエムデン王国との距離の取り方の模索だな、モルベーヌが居なくなった事で相手の心理が読めなくて困っているんだ。

 それだけ『人物鑑定』のギフトは凶悪だったんだ、無くなってから分かる有効性。それを補う為に色々と動いているのだろう、その点は認めるが補填方法に僕を巻き込まないでくれ。

「お迎えに伺いました、リーンハルト様」

 見慣れない顔なのに、見慣れたメイド服の女性が声を掛けて来た。後ろに控えているのはゼクスだが……良く見れば、モルベーヌじゃないか?

 無表情って言うか感情を出さない事が王宮勤めの女官や侍女なのに、素直に嬉しそうな顔をしたな。だが元々は女官なのに、何故メイド服を着ている?似合ってはいるが……

「あれ、モルベーヌか?モルベーヌだよな?未だ王宮で働いていたのか?」

 お茶会の会場から出た所で、モルベーヌが控えていた。しかもゼクスと同じメイド服を着ている、笑顔から澄まし顔に変えて両手をお腹の上で組んでいる姿が似合う。

 君は適当な時期で死んだ事になり、内密でエムデン王国に来る筈だろ?変装?をしていても、バーリンゲン王国の王宮内を彷徨くのは駄目じゃないか?

 有能な人物だからゼクス五姉妹に護衛を頼んだ、無事にエムデン王国まで連れて帰る必要が有るからだ。だけど同じメイド服を着ているって事は……

「イーリンとセシリアの悪戯だな、全く普段は真面目なのに時々羽目を外すんだ。まぁアレだ、ロンメール様の部屋まで案内を頼むよ」

「畏まりました。ですがリーンハルト様のメイド服好きは隠している様ですが、視線がメイドの顔や胸でなく服全体に行っていますから分かり易いですわ」

 え?もしかしてバレてるの?思わず立ち止まり、モルベーヌの顔を見る。ニヤリと笑いやがったな!

「いや、僕はメイド服好きじゃないぞ。ただアレだ、そのゼクス達に似合うメイド服をだな。親として着せたいだけなんだ、他に他意は全く無い」

 珍妙な言い訳をしてしまった、未成年なのに我が子とか意味不明だろう?僕も何故口走ったか分からないんだから……

「ふふふ、心の防壁がおざなりですわ。今風より古風なタイプ、華美でなくシンプルなデザインが好きなのですね。リーンハルト様の好きなモノに対する真摯な拘りは、とても可愛く感じますわ」

 精神的動揺が酷い、戦闘では抑えられるのに性癖系では全く駄目だ。困ったな、致命傷ではないがメイド服好きとか駄目な部類の趣味嗜好だぞ。

 もしバレたら、好みのメイド服を着たメイドを斡旋されそうで怖い。男女間の秘め事を押さえられるのは、弱味を見せるのに等しい。

 今後は気を付けるが、モルベーヌにも口封じが必要だ。対価に何を要求されるか少し怖いな……

「ふぅ、言い触らさないでくれよな。確かに僕はメイド服に拘りが有りそうだ、それは認めよう。あと可愛いとかは止めてくれ、照れるし何か嫌だ」

 イルメラとウィンディアに着せて見たい、見たいんだ。凄く似合うと思う、だが仕事着を着せる事は出来無い。彼女達には見合った服装が有り、それを犯すのは駄目なんだ。

 だがアーシャやジゼル嬢、ニールやエレさんも似合わないかな?いや似合うだろう、クリスも元女官だし間違い無く似合うな。

 駄目だ、欲望丸出しだよ。心の防壁は間に合った筈だが、モルベーヌの疑う様な視線は精神的なダメージが来る。馬鹿な雇い主とか思われていたら泣けるぞ!

「初恋はメイド服が似合うメイドさんって貴族男性は結構多いですわ、優しくお世話をされたらコロッと逝きます。大丈夫です、割と普通ですから大丈夫ですわ」

 僕は全然大丈夫じゃない、普通と言われても安心出来無いよ。

「その情報は絶対に秘密だ、墓場まで持って行くからな!」

 僅かな情報で僕の性癖を見抜く洞察力、確かに転生後の僕の初恋はイルメラだ。指摘の通りに献身的な美少女に好意を抱かない男など居ない、居る訳がない!もし他に居るとしたら特殊な性癖を持っている連中だな。

 まぁ取り繕っても仕方無いか、モルベーヌには隠し事はしない、拒絶はしない事が雇用条件だ。守秘義務も叩き込まれているから、その意味では安心している。

 ゼクスが先頭で、モルベーヌと並んで話しながら歩いている。王宮内の廊下には警備兵しかいない、女官や侍女達は意図的に隠れているのだろうか?

「モルベーヌ自身には、何か変わった事は有ったかい?」

「身辺整理は済みました、髪型を変えて着替えただけで身元がバレません。前はそれだけ同僚から疎まれて見られていなかったのでしょう」

 チラリと横目で見た彼女は先程とは違い能面の様に無表情だ、バーリンゲン王国への愛着など皆無なのだろう。家族を殺され同僚から疎まれる、良い様に人生を壊されたからな。

 エムデン王国に来て『人物鑑定』のギフトを隠せば同僚達とは打ち解けるだろう、僕の関係者としてなら下手な扱いはされない。

 敵対勢力からのチョッカイは、彼女のギフトを使えば丸分かりだ。直ぐに対応出来る、そもそもアウレール王が彼女の身辺警護には気を使うから大丈夫だ。

「リーンハルト様の考えている通りだと思います、御配慮有り難う御座います」

「君の引き抜き条件だからね、素の考えも読まれたか。まぁ良いけど、メイド服好きの秘密は守ってくれよな」

 ギフトを使っていたのは分かっていたが、他に警備兵が居るので構わず心を読ませて彼女に対する対策を教えた。

 遠巻きに観察している警備兵達は敵意を隠しきれない連中が一割近く居る、つまりパゥルム女王は王宮を完全に掌握していない。

 多分だが敵対する連中の排除はしたが、中立層の連中が恐怖政治に反発し始めている。今は心に思うだけだが今後は分からない、僕等はパゥルム女王を唆して簒奪させた連中位に思っているのかな?

「到着致しました、確認を取りますので暫くお待ち下さい」

 僕に一礼し、室内に居る侍女に引き継ぎをしてから去って……いや、同席するみたいだな。

◇◇◇◇◇◇

 半月振りに会うロンメール様は御機嫌で、キュラリス様は嬉しそうだ。ユエ殿が同席しているのは、事前に今回の結果を聞いていたのだろう。

 テーブルの上の紅茶は焼き菓子の状態を見れば長時間話し込んでいたのが分かる、その上で機嫌が良いのは成果が悪くなかったからだ。

 貴族的礼節に則り一礼した後、モルベーヌの勧めによりソファーに座る。全員分の紅茶と焼き菓子が用意されたが、直ぐに本題には入らず暫くはお互いの近状報告をする。

 話題が止まり紅茶を飲んで間を空けてからが本題だ……

「見事な結果でしたね。レズンの街は理想的な勝ち方、ハイディアの街は臨機応変に最小限度の被害に抑えた。バーリンゲン王国の国民に足を引っ張られたが、上手く対処出来ました。

この結果にケチを付けられる連中はいないでしょう、パゥルム女王の臣下達も文句の付けられない完璧な成果に内心は苛立っていましたよ」

 馬鹿な連中も未だ沢山居ますねって言われたが、表面上は美辞麗句で褒め捲ったが内心はモルベーヌのギフトで丸裸か……

 属国など潜在的な敵国、戦力に余裕が出来れば直ぐに独立と言う名の裏切り行為をする連中だ。信用など全くしていない。

 当然だな、亡国の危機に父王から簒奪し国を守った連中だ。エムデン王国の飼い殺しを是とはしない、隙あらば独立戦争を仕掛けて来るだろう。

 現実は隙など全く無く戦力に余裕が出来る事も無い、今は国内を平定する手伝いはするが辺境の少数部族の討伐はしない。

 彼等の対応は従来通りにバーリンゲン王国が行う、辺境に兵力の半数を張り付けないと厳しい戦いだ。そして長期間に渡るだろう、バーリンゲン王国が国外に勢力を伸ばすのならば……

 彼等を根絶やしにするしかないんだよ。多民族国家の運営が難しいのは理解した、スピーギ族みたいのが普通に居るとか嫌になる。自国の危機を利用して略奪行為を行う、生活が苦しいのかも知れないが、要は舐められているのだろうな。

「パゥルム女王の手配した御者と護衛は裏切り者、証拠は用意しています。レズンの街のグラス商会も良かれとしたのでしょうが、結果的には邪魔された。非協力的と言って良いでしょうね、要求の上乗せも有りかと思います」

「そうですね、擦り寄る馬鹿な連中が多い。その点は次の交渉の時に話します、ユエ殿からも聞いていますし、リーンハルト殿から証拠を貰えれば後は私が対処しますから安心して休んで下さい」

 ふぅ、ロンメール様への報告も終わった。後はロンメール様と交渉団に任せれば大丈夫だ、僕は交渉事は苦手なんだよ。

 基本的に宮廷魔術師とは国家の最大戦力として敵と戦う事が仕事、今回の件は正に適正な任務だったんだ。

 パゥルム女王に反抗する勢力の口封じには最適だっただろう、お前達が敵対する相手の力量を正確に知れた訳だ。感謝して欲しいね。

「交渉を終える迄は滞在します、二日間位になるでしょう。リーンハルト殿は良く休んで下さい、あとは僕と交渉団の仕事ですからね」

 黒い笑みだよ、気品が有るのに真っ黒な笑み。ロンメール様は品行方正の芸術家肌な方だが、本性は謀略系だと思うんだ。

 武闘派のグーデリアル様を支える能力を持つ、見た目に騙されると痛い目位じゃ済まない気がする。僕は関わるなって釘を差された気もする、大人しく休んでいるか。

「有り難う御座います。帰国まで少し休ませて頂きます」

 ロンメール様に一礼して退室する、ユエ殿とモルベーヌは一緒に出て来た。彼女は、ユエ殿の事を聞いているそうだ。

 まぁ彼女に隠し事なんて出来無いから仕方無いな、神獣形態になって貰いゼクスの体内に入って貰う。このエリアはチェナーゼ殿達、武装女官が警備しているが誰が見てるか分からない。

 ユエ殿の事はバーリンゲン王国側には秘密なんだ、パゥルム女王達に知られたくない。自分達が攫った神獣は、実は巫女でしたとか不要な情報だから……

◇◇◇◇◇◇

 モルベーヌとゼクスを伴い与えられた部屋に行く途中で、チェナーゼ殿とユーフィン殿に出会った。偶然じゃないな、笑顔で待ち構えていたのは何か用事だろうか?

 二人とも目がキラキラしている、チェナーゼ殿は戦闘の成果について、ユーフィン殿は詳しい情報を集めてローラン公爵に報告する為にかな?

 その後ろには、イーリンとセシリアも控えている。取り敢えず全員で御茶会の流れだろうか?ユエ殿には悪いが、彼女は神獣形態のままだな。ユーフィン殿達は幼女形態のユエ殿を知らない。

 ローラン公爵に、僕が幼女を侍らせていたとか誤報が行くのも勘弁して欲しい。ユーフィンとの婚約話も有耶無耶になったんだ、このまま誤魔化そう。

「リーンハルト殿!凄い戦果です、単独で短期間に城塞都市を二つも落とすとか信じられません」

「凄いです、恩賞は思いのままですわ!」

 ぐいぐい来るね。ユーフィン殿に両手を掴まれて上下に振られたが、恩賞は思いのままとか言われても此方から希望を出すのは駄目だよ。

 ああ、妖狼族に与える領地については要相談だった。その意味では恩賞に希望を伝えるしかないな、綺麗な泉か池が有る領地だっけ?

 アウレール王には恩賞は文句を言わずに受け取れと念を押されているから、先に妖狼族の領地の件を伝えて希望を叶えて貰えば良いな。それで相殺だ、悩みが解決して良かった。

「有り難う御座います。ですが一旦エムデン王国に帰って、準備を整えてから再度バーリンゲン王国に来ます。平定の手伝いです、属国の安定は宗主国の義務ですから……」

 やんわりと手を離す、イーリンとセシリアの視線が冷たいんだ。チェナーゼ殿は苦笑してるし、モルベーヌは……何かを読み取ったのか、更に冷たい視線をユーフィン殿に向けている。

 彼女の思考に何が有ったんだ?何を読んだんだ、側室になりたい位じゃ相手を凍えさせる迄の冷たい視線にはならないと思う。実現しない夢みたいな考えだし、乾坤一擲勝負を賭ける程でもない。

 ユーフィン殿は後は無事に帰るだけで試練は達成、見習い侍女から正式な侍女になれる、それだけで十分に幸せだろう。無茶な事はしないと思うんだが……

「立ち話も何ですから、お茶でも飲みませんか?イーリン達も全員で飲もう、僕の仕事は終わったから帰る迄はゆっくりするよ」

 実際はロンメール様の護衛任務もあるから、そう自由な時間は取れないだろう。だがゼクス五姉妹が居るので大分楽だ、アドム殿達護衛兵も居るし第四軍も到着している。

 実際は過剰戦力だよな、やらないけど王都陥落くらい余裕で出来そうだよ。この圧力を含めて、ロンメール様は交渉するのだろう。

 パゥルム女王達も大変だが結果的に国自体は残ったんだ、簒奪は成功。バーリンゲン王国は内乱にならずに平和的に王位継承が行われた、属国化のメリットは大きい。

 笑顔の女性陣に囲まれて自分の宛がわれた部屋に入る、イーリンとセシリアがお茶の準備を始めた。

 モルベーヌは僕の真後ろに控えていたが右隣に座らせる、空いていた左隣にはチェナーゼ殿が座りユーフィン殿が拗ねた。

 仕方無く向かい側正面に座ったか、左右を腹黒い侍女に座られるのも問題が多いんじゃないかな?

「僕の話は軍規に抵触する事も多いから秘密が多い、なので君達の話が聞きたいかな?」

「暇です、暇なんです!王宮に軟禁状態で息が詰まりそうです、遊びに連れ出して下さい!」

 全員分の紅茶が配られて、イーリンとセシリアが座ったタイミングで質問したけど、食い付いたのはユーフィン殿だ。もう待てません的に意気込んでいる、少しは落ち着こうよ。

 チェナーゼ殿は苦笑い、イーリンとセシリアは無表情で睨んでいる。空気を読めずにグイグイと攻めて来る、実際に身を乗り出して話しているから顔が近い。

「今は内戦状態ですよ、街に出る事も危険な状態です。僕が同行すれば守れるけど、反パゥルム女王派の連中を刺激するから無理でしょう」

「そんな、折角リーンハルト様が戻って来たのに出掛けられないのですか?」

 表情豊かにショックを受けたアピールだ、両手で口元を隠して震えながら下を向いてしまった。

 だが王宮内を彷徨くのも無理、王都の店の品揃えはエムデン王国の店より数段落ちる。余り見る意味が無い、景勝地も近くに無い。

 数日単位で移動すれば景勝地は有ると思うけど、三日後にはエムデン王国に帰る。故に遊びに行ける場所は無いな……

「街の規模は王都と言えども小さい、周辺は荒野で鑑賞出来る風景は無い。バーリンゲン王国は観光的には価値は低いですよ」

「三日後には出発します、そもそも私達は王宮から出れませんわ。私もユーフィンも仕事で来ています、我が儘は駄目ですよ」

 セシリアに言われて落ち込んだな、同じローラン公爵派閥だし先輩侍女でも有るから反発は出来無い。上目使いに見られたが、紅茶を飲む振りをして気付かない事にする。

 だが同行している侍女達のストレスも溜まっていると考えた方が良いな、何かしらで発散させないと駄目だろうか?

 だが娯楽の提供など僕には出来無い、そんな気が利いている事など無理だ。ベルメル殿に相談してみるか、どうせ二日間は暇だし配下のケアも必要かな?

 


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