古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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誤字脱字報告有難う御座いました。凄く助かっています。


第576話

 パゥルム女王の依頼で二つの城塞都市を攻略して戻って来た、その成果を踏まえた交渉をロンメール様が行うので僕は待機だ。

 通常の護衛任務は行うが、拠点防御の為にアドム殿達副官二人に頼んで終わり。僕は有事の際に対処すれば良く、割と時間を持て余している。

 昨日絡んで来た、ユーフィン殿はイーリンが女官達の総責任者であるベルメル殿やスプルース殿に告げ口したらしく厳しく叱られていた。

 ロンメール様とキュラリス様の世話という仕事が有るのに、身分上位者で警備の総責任者に対して遊びに連れてっては駄目だった。

 僕も庇う事は出来無い、スプルース殿に侍女としての心構えをみっちり仕込まれているそうだ。今回は伯爵令嬢として舞踏会に参加もしたが、普段の仕事では関係無いからね。

 イーリンが嬉しそうに教えてくれた、もしかしてユーフィン殿は僕の専属侍女達やモルベーヌから嫌われているのか?頑張れってエールは送ろう!

「暇ではないが、時間は作れるな。とは言え何かするとかも無い、僕は魔法以外は時間潰しも出来無いのか……」

 前にも悩んだ事を思い出す、僕の趣味は実益を兼ねた魔法絡みで特に錬金だ。他に思い付くモノは特に無い、警備兵達との模擬戦は周囲を警戒させる。

 欲望塗れのバーリンゲン王国の貴族からの舞踏会や御茶会などお断り、参加する意味など欠片も無い。逆に余計な苦労を背負い込むだけだ。

 無駄に広い客室のソファーに座り天井を見上げる、視界の隅に積まれた親書やお誘いの手紙は無視だ。読まずに返却して貰おう、他国だし緊急時だし良いだろう。

 宗主国の重鎮と伝手を作りたい、序でに娘を気に入ってくれたら尚良い。そんな欲望塗れの手紙など読みたくない、放置推奨だな。

 あれから魔牛族からの接触は無い、適度に距離を置いての不干渉。ファティ殿を通じて、レティシアに詳細を報告するか。

 色々と相談とお願いが有るからな、僕は人間至上主義者達と完全に敵対した。要らぬ事を吹き込まれる前に話し合う必要が有る。

「リーンハルト様、新しい手紙が来ています」

「そこに積んでくれ、読まずに返却だよ」

 イーリンが手紙の束を持って来た、既に15㎝は越えている。積めば倒れるかな、積んだら倒れたよ。

 大体四十通位かな?少ない方だとは思うが名前と派閥構成を調べれば、彼等の思惑が色々分かるかも知れない。無駄に拒絶だけじゃ駄目だ、全く面倒臭い。

 どんな思惑で誰が近付いて来たか知る必要が有る、一ヶ月後には再度来るし敵対こそしてないが完全な味方じゃないし調査は必要だ。

「前言撤回、悪いが名前と順番、分かれば所属派閥も知りたい。内容も流し読み位はするか、王宮内の僕に手紙を届けられる連中は把握しておく必要が有る。全く面倒臭いけどね」

「それが良いと思います。名前と順番は直ぐに、それと派閥構成は………モルベーヌに調べさせますわ、彼女もリーンハルト様の役に立ちたいと申しておりました」

 正に適材適所だな、モルベーヌなら前の立場上、バーリンゲン王国の貴族絡みなら大体分かるだろう。

 イーリンとセシリアとは打ち解けたみたいだな、ユーフィン殿は拒絶に近かったのに女性とは不思議な生き物だ。理解の枠外に居るよ……

 手早く仕分けし名前をチェックし終わった手紙を渡してくれたので、ペーパーナイフで封を切る。仄かに香水の香りがするし便箋は最高級だ、さて記念すべき第一号は……

「恋文って名前のハニートラップか、王家主催の舞踏会で話したとか知らないぞ」

 我が屋敷の御茶会に来て欲しい、御茶会なのに指定時間は夕方だよ。なし崩し的に夕食に御招待、良ければ泊まって下さいとか?

 次はもっと直球だ、自慢の愛娘を側室に貰って欲しい。一度会って見れば絶対に気に入ります?会わないって、嫌だって!

 三通目、礼節に則った誘いで割とマシだが一族総出で待ち構える舞踏会に参加なんてしないよ。僕はロンメール様の護衛、その任務を蔑ろにするお誘いばかりだ。

「結構酷いな、相手の立場を重んじない自己中心的な誘いばかりだ。普通に参加しないって、もしかしなくても罠か?僕の立場を悪くする為の罠だな?」

 テーブルに招待状を放り投げる、未だ三十通以上有るのを全部読むのか?もう少し考えろよ、普通に駄目だろ!

 嫌々だが我が儘は言えない、これも属国化したバーリンゲン王国の平定に必要な情報だ。敵味方、役に立つ立たない、信用出来る出来無いと判断する材料の一部にはなる。

 パゥルム女王のお仕着せの連中だけだと全く信用出来無い、それは今回の件で実地で学んだよ。彼女が使い易い連中と、僕が使えると思う連中は違う。

「お待たせ致しました、リーンハルト様」

「悪い、モルベーヌ。この手紙の送り主達の派閥構成を表に纏めてくれ、明日以降未だ増えると思うけどね」

 セシリアとイーリンも手伝いに参加してくれた、途中から増える山積みの手紙を何とか四人で仕分けし終わった時は夕方になっていた。

 半日使って纏めた内容から言えば、パゥルム女王に恭順した貴族連中は全員手紙を送って来た。御茶会に舞踏会、夕食会に側室希望と多岐に渡る内容だが……

 結果は全て僕をバーリンゲン王国に縛り付ける為にだ、つまりパゥルム女王が配下の貴族連中に命令したんだな。自分達が拒否されたら、今度は配下かよ……

 流石に公爵と侯爵関連は居なかった、逆に彼等は僕と縁が強くなるとパゥルム女王が困るんだ。勢力図が書き換えられる可能性が高い、それと元殿下側に付いたレオニード公爵家は取り潰しになっている。

 モルベーヌに取り潰された貴族連中の中に有能な者が居るか聞いたが、綺麗な笑顔を浮かべて両手を胸の前でクロスした。つまり使える奴など殆ど居ないんだ……

 有能な家臣が欲しい、現状足りないんだ。紐付きじゃない有能な家臣を探しているが、残念ながら中々居ない。能力は普通でも信用出来る家臣が欲しい、お祖父様や親族連中は領地改革で手一杯だし……

「モルベーヌの知る範囲で、バーリンゲン王国の有能で信用出来そうな連中は居るかな?」

 仕事を手伝って貰ったので全員に紅茶とケーキを振る舞う、ケーキはエムデン王国の王都で人気のパティスリーワイズの特注品だ。

 一寸した報酬用に大量に注文生産して空間創造にストックしている、気軽な金貨一枚の焼き菓子から金貨十枚以上の最高級ケーキ迄、淑女の持て成し用として重宝している。

 全員が貴族令嬢だけあり、マナーも完璧だ。だが若い娘だけあり甘いものは大好き、自然と笑みが零れているな。

「突出した有能な者はキャストン伯爵位ですわ、残りの方々は一族単位で纏まり集団で行動しています。基本的に親族血族以外は信用出来ませんわ。

政略結婚を多用し一族を増やすのが、バーリンゲン王国のやり方です。ですが長年の政略結婚で血の混じり方が複雑になり、無条件で信じられるのは家族位ですわ」

「貴族は血族を重用する、間違いじゃないけど新興貴族の僕には譜代の家臣が居ない。親族は少ない、厳しい状況だな。そして人材が居ないのか……モルベーヌや妖狼族を引き抜けたのは良かった、後は残念な連中なのか」

 影の護衛達や女官・侍女連中には有能な者は多いが、上に立つ者に有能な者がキャストン伯爵だけって厳しい陣容だ。

 残りは一族や派閥単位でしか使えない、それでも数の脅威は馬鹿に出来無いが調整が難しい。報酬だって個人依頼より多くなるだろうし……

「あれ?フローラ殿は信用出来無い?」

 政治的には生真面目で正直過ぎる性格が災いしてイマイチだけど、十分に信用出来ると思うんだ。魔術師としても有能だ、引き抜きは無理だが選別から外れる程じゃない。

 だがフローラ殿の名前を聞いた、モルベーヌは何故か顔をしかめた。何か事情が有るみたいだ、視線で言葉を促す。

「彼女は今、闇に捕らわれています。その心情は混沌とし常識は通用しない、心が壊れるのも時間の問題でしょう」

 最後に見た彼女の姿を思い出す、濁った瞳にやさぐれた態度。絶望感満載、疲労感満載、確かに酷い状況だった。

「同僚の捕縛に処刑、前任者のマドックス殿が責任を放棄し引退し強制的に宮廷魔術師筆頭に就任させられた重圧。仕えていた前王を裏切り簒奪に力を貸した……確かに闇落ちする理由は多いな」

 生真面目な彼女の事だ、このままではバーリンゲン王国は滅びるし国民達には苦渋を強いると思い、パゥルム女王に力を貸した。

 その葛藤は凄かった筈だ、そして同僚達の捕縛と処刑にも関係した。国の為とは言え割り切って行動出来る訳じゃない、どこかで心が壊れてしまう。

 闇に落ち、善悪の判断も付かず言われた通りに行動する最悪の暴力装置となる。ミッテルト王女と組ませたら恐怖政治の中心的存在になる、それはヤバいだろう。

「リーンハルト様、フローラ様が心配なのですか?」

 人物鑑定のギフトを使われたのに気付かなかった、僕の弱点ってコレだよな。注意力散漫、常に冷静じゃなければ駄目な魔術師として失格だ。

 女性陣が不機嫌そうなのは他国の女性に気を使うなって事だと思う、浮気とかの心配はしないが下手に情に流されるなって事だな。

 だがフローラ殿は新生バーリンゲン王国の宮廷魔術師の要、未だ若いが筆頭として重責を担わねばならない。彼女の存在は、エムデン王国にも関係してくる。

 最悪の場合は強制的に排除、そしてそれは僕の役目となるだろう。彼女は高位の魔術師であり、勝てる連中は限られる。

 無責任のマドックス殿を強制的に連れ戻しても役に立つか怪しい、彼は心が折れている。宮廷魔術師筆頭だったのに、メンタルが弱過ぎだ。

「む?心を読んだのか……思考の海に沈むと周囲の警戒が疎かになる、彼女は知り合いの宮廷魔術師の中ではマトモだ。心が壊れるのは忍びない、だが……」

「他国の宮廷魔術師です、過度な干渉は控えるべきですわ。それにフローラ様の心配事を解決するには、この国の健全化が必須条件です」

 イーリンが否定し、セシリアも頷いた。理屈では分かる、彼女の悩み事の原因はエムデン王国であり、僕等も関係している。

 そして改善は不可能だ、アウレール王が方針を変えない限り僕等はバーリンゲン王国を食い荒らす害虫でしかない。

 勢力争いに負けたバーリンゲン王国が背負わなければならないリスクだ、嫌なら最初から敵対などしなければ良かったんだよ。

「属国化して旨い汁を吸う僕等では根本的な改善は不可能だ、理解はしているよ。彼女を救うにはバーリンゲン王国の完全自立と安定、だがそれは不可能なんだ」

 または完全に支配下に置く事によりエムデン王国の一部として自治を認めるとか?少なくとも新生バーリンゲン王国政権が安定するまで、彼女が休める事は無い。

 戦力の要である宮廷魔術師は実質的に筆頭である彼女だけ、宮廷魔術師団員は半数以下で能力は微妙らしい。宮廷魔術師ですら選定基準を下げて数を揃えたそうだ。

 まぁ属国化してエムデン王国の庇護下に置かれたから、戦う相手は逃げ出した元殿下達と辺境の少数部族だけだ。魔術師の必要性は低い、どの道フローラ殿は王都から動けないだろう。

「フローラ殿の事は様子見だな、どちらにせよ僕に出来る事は無い」

 フローラ殿に関しては今は出来る事が無い、国の為にと割り切って貰えれば良いのだが、彼女の性格的に難しい。

 来月には戻って来るし国内の安定化には力を貸せる、負担は減らせるだろう。フローラ殿については、パゥルム女王とミッテルト王女に話しておくか。

 大切な残された魔術師なんだ、使い潰すのは得策じゃない。だが僕からのお願いじゃない、彼女達の為にだ。変な借りは作らない。

「承りました、それと私がモルベーヌと呼ばれるのは問題になります。死亡した事になってますから、誰か他の人達に聞かれたら……」

「む、そうだね」

 イーリンとセシリアには、モルベーヌやユエ殿の件は教えている。ザスキア公爵には話す事だし、今内緒にしても何れは伝わる。

 ならば最初から教えておくのが信頼を勝ち取る選択だ、それに僕は謀略は苦手だから彼女達の助言は必須。

 確かにモルベーヌの経歴は死亡としてバーリンゲン王国側は処理をする、彼女の記録は残らない。バーリンゲン王国側も後ろ暗いから望む結果だろう。

「リゼル、新しい名前はリゼルだ。家名はアウレール王と相談だが、名前はリゼルだよ。理由は心を読んでくれ」

「リゼル、私の新しい名前はリゼル。リーンハルト様が名付け親……」

 イーリンとセシリアの視線が冷たい、何故に名前を付けただけで非難されるんだ?君達なら何となくでも理由は分かるだろ?自分好みで名付けてないぞ!

『理由は僕の婚約者の名前がジゼルだから、ミスリードの意味も含めてリゼルだ。名前にまで僕の都合を押し付けて悪いと思っている、償いはしよう』

「リーンハルト様の好きな名前を私に付ける、意味深ですわ。私の側室や妾の話を断りながら、好きな名前で呼びたいなどと……いけない殿方ですわ」

「え?そう言う解釈する?真逆とは言わないが結構違うぞ、それじゃ色々と邪推されるから止めなさい」

 身体をくねらせて照れ屋っぽくしているが、顔がニヤリと笑ってやがる。リゼルはイーリンやセシリアに毒された、腹黒淑女が新しく生まれた。

 その名はリゼル、アウレール王に近しい位置に居る女官は僕に対して腹黒かった。その程度で彼女の価値は下がらないが、僕のテンションは下がる。

 リゼルの置かれた状況は微妙だ、僕の関係者位にした方が良いのか全く無関係を装った方が良いのか?それはアウレール王に判断して貰おう、僕には無理だ丸投げだ。

 


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