古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第579話

 悪天候だな、横殴りの強い雨の粒は大きい。既に大地は雨水を吸収しきれずに湖みたいな水溜まりとなっている。

 未だ夕方なのに真っ黒な雨雲が厚く空を覆うから夜みたいだ、篝火も鎮火してしまう大雨。稲妻が光る度に、真昼の様に明るくなる。

 女官や侍女達が怯えるからと、その緩和の為と言う謎理論により僕は女性専用として錬金した小屋に居る。何故だ?

「リーンハルト様、紅茶のお代わりをどうぞ」

「この焼き菓子は私達が作りました、是非とも食べて下さい」

「うん、有り難う。でも皆さん落ち着いているけど、僕って必要かな?」

 避雷針変わりにゴーレムルークを野営陣地の四方に少し離して配置した、全長10mのゴーレムルークなら避雷針として十分だろう。

 かなり大きな稲光がしても雷鳴が轟いても、彼女達が怖がって身をすくめるとか無いみたいだけど……本当に僕って必要かな?

「き、きゃあ?」

「こ、怖いですわ。本当ですわ、リーンハルト様」

 何故に疑問系?いざという時には女性の方が肝が据わっている場合が多いと聞く、彼女達は女官や上級侍女達だから選ばれた才女達。

 悪天候や雷程度で怖がる事は無い、つまり任務を達成した帰り道だから余裕が有り僕を歓待しているのだろう。気を使わせている訳だ。

 因みにだが自然発生の雷の直撃を受けたら僕の多重魔法障壁も抜かれる、春雷や雷光の出力は本来の雷の半分以下しかない。

 僕の買い取った屋敷(トラップハウス)に仕掛けられた罠の雷撃発生装置も同等程度、だが身に纏うだけじゃなく任意の方向に飛ばせる。

 小型化して携帯すれば誰でも雷撃が使える様になる、護身用の武器として最適だが誰でもって所が不味いか?

 無理矢理怖いです感を醸し出す淑女達を見て愛想笑いを浮かべる、やはりだが全く怖がって無い。下手をすると警備兵達の方がおっかなびっくりだぞ……

 まぁ全身に金属を身に付けているから仕方無いけどね、鎧兜や武器に雷が落ちる事は多い。その為の避雷針用ゴーレムルークだ。

「荒野での悪天候は、僕が宮廷魔術師になる為の試練の時のデスバレー以来です。あの時もドラゴン狩りを諦めて宿屋で休憩していました、二度寝した後に同じ様に雨を見ながら紅茶を飲んでたんですが……」

 懐かしい、当時はこんなに呑気にしていなかったけどね。ティルさんと昼食を共にして食後の紅茶を楽しんでいた時に、落とし穴が水没し救助に向かったんだ。

 何人も溺死した悲惨な事故だったな、結局誰も助けられなかった。絡んで来たシックスウォーリアーだっけ?自分達をランクEの強戦士パーティだって自慢した連中も全滅した。

 ドラゴンを餌に商人達を襲った疑惑の有る『忘却の風』の連中は、その後どうなったのかな?冒険者ギルド本部も疑って調べていたが、尻尾は掴んだのだろうか?

 ティルさんとも、その後は特に接触も無いし。盗賊ギルド本部に所属している筈だし、出来れば盗賊ギルド本部とは懇意にしたい。当時を思い出して憂いてしまった。

 気分転換に紅茶を飲もうとカップを持ち上げた時に気付いた、他の参加者が横を向いたり鼻を押さえたり……どうしたの?

「何ていう御馳走、憂いを帯びた美少年。最高だわ」

「年下の魅力、ザスキア公爵様の広めている世界……素晴らしいですわ」

「疲れが癒やされますわ。雷鳴をバックに美少年の憂い顔、至宝です」

「新しい世界の扉は開かれましたわ、ザスキア公爵様の紡ぐ新しい魅惑の世界。最高です……」

 え?聞いちゃいけないヤバ目な台詞を沢山聞いたぞ、ザスキア公爵の紡ぐ世界ってなに?新しい世界ってなに?

 良く分からないけど、絶対に開けちゃいけない扉を全力で蹴り開けたでしょ?駄目だと思う、新しい世界より現状の世界を保持しようよ!

 帰ったらザスキア公爵と話す必要が有る、チェナーゼ殿も言っていたけど彼女は何を広めているんだ?僕はヤバい位置に居るんじゃないのか?

 背中の汗が止まらない、早く御茶会を切り上げて帰りたい。僕の癒やしは、此処にはユエ殿しか居ない。どうしてこうなった?

◇◇◇◇◇◇

 雨は深夜になっても降り止まなかった、激しさを増して大粒の雨を錬金小屋の屋根や壁に叩き付けてくる。意外と音が五月蝿い、今後の課題だな。

 思った以上に濡れて体力を消耗するのか、見張り番の連中は三十分で交代している。十人ずつ見張りを行うので、約五時間で交代。

 出発まで三回は交代する事になる、ずぶ濡れで三回はキツい。だが彼等の仕事を奪う訳にもいかない、大量の薪を提供したので暖を取る火は絶えないだろう。

 雷は早い段階で収まった、夕食前には風も収まったが雨は相変わらず酷い。野営陣地の周辺は、僕がライティングの魔法で明るくしている。

 かなり離れた場所からでも僕等の野営陣地は視認出来るが、同時にゴーレムルークも見える。もし野盗が居たとしても攻めては来ないだろう、奴等は強い者からは逃げる。

 未だテントに入って寝るには早い、他のテントに遊びに行くのも駄目だ。ロンメール様とキュラリス様は、疲れたからと言って早々にテントに入って行った。

 ユエ殿は神獣形態のままだが、他の女官や侍女達に可愛いと騒がれたのが怖いのか、フェルリルとサーフィルと共にテントに籠もった。

 暇を持て余したので、窓際に座り外を眺めている。警備兵達は周囲の見張りだけでなく、野営陣地内も巡回している。任務に忠実だな……

 僕の唯一の暇潰しは錬金、今は魔法障壁のアミュレットを量産している。一回切りの使い捨て、だが需要は高い。勿論だが少数しか流通させない、これは交渉の切り札だ。

「黙々と何をしているのかと思えば、装飾品の錬金みたいですね」

「ベルメル殿、何か有りましたか?」

 きっちりと女官服を着込み背筋を伸ばし腹の前辺りで両手を組んだポーズが似合う、ベルメル殿が立っていた。近付いているのは察知していたが、彼女がロンメール様から離れる事は珍しい。

 少し考える仕草をしたので何かしらの話が有るのだろう、彼女用に椅子を錬金する。周囲には他に女官や侍女達は居ない。

 敢えて僕が一人で他人の目が無い時を狙って来たみたいだ、そう考えると重たい話になるのか?

「コッペリスの件で報告が有ります」

「コッペリス殿?つまりエリアル新女男爵殿の事ですね」

 向かい合って椅子に座り見つめ合う形になってしまった、年齢差は母と息子程も離れている。彼女は三十代半ば、だが後宮を仕切るレジスラル女官長の腹心。

 ザスキア公爵とも渡り合う(嫌味を言い合える)胆力を持つ才女だ、彼女ともう一人の腹心の三人が実質的に後宮を仕切っている。

 そのベルメル殿が、和解した筈のエリアル男爵の事を言って来た。またパミュラス様でも唆したか?それとも実父である、グンター侯爵に泣き付いたか?

「愚かにも友人を唆し、リーンハルト様を失脚させようとしてザスキア公爵に攻められています。レジスラル女官長にも相談し、私がザスキア公爵に協力しました」

 しました?過去形だな。つまりコッペリスは政治的失態により失脚寸前、リズリット王妃が手を回していますが無理でしょうと話を続けたが……

 あの女は和解した筈なのに、性懲りもなく未だ諦めていなかったのか?そしてザスキア公爵は、レジスラル女官長と手を組んだ。

 レジスラル女官長はクリスの件で僕に借りが有り、それをザスキア公爵は知っている。その二人が組んだ訳は、僕の為にだな。また恩が積み重なるのか……

「それは有り難う御座います」

 深々と頭を下げる、だが教えて貰い感謝して終わりじゃない。彼女達ならば僕に報告などしない、そう言う恩の売り方はしないんだ。

 つまり本題はこれからだ、ベルメル殿が敢えて恩着せがましく教えてくれた本当の理由。レジスラル女官長とベルメル殿が動くとなれば王族絡み、他は思い付かない。

 暫し真面目な顔で見つめ合う、最初に視線をそらしたのはベルメル殿だった。その嫌な呟きと、頬を赤く染めた理由は知りたくないな。

「リーンハルト様は、リズリット王妃と懇意にされてますね?」

「はい、色々とお世話になっています」

 確かに世話にはなっているが、対価も多目に渡している。彼女は信頼は出来ず、信用もしていない。僕にコッペリス殿を押し付け様とした、自分の利益の為に敵対派閥であるグンター侯爵の娘をだ。

 下手に側室にでも迎えたら、実家の爵位や力関係でジゼル嬢の代わりに本妻にと騒がれただろう。貴族的常識なら間違いではない。

 だが僕は、アウレール王からジゼル嬢との結婚のお墨付きを得ている。それを反故にしかねない、そんな策略を巡らせて来た。

「ですが信用はしていません、一度裏切られています。ギブアンドテイクな関係、それが一番しっくりきます」

 最初に肯定した時、ベルメル殿は僅かだが顔をしかめた。元々彼女達はリズリット王妃の事を良く思っていない、彼女達の一番はアウレール王であり、リズリット王妃は王の妻程度の認識だ。

 彼女達はアウレール王に仕えているので、王妃や後宮の側室達には仕えていない。この認識を間違えると彼女達との関係は悪化するんだ。

 リズリット王妃は、自分の派閥構成員であり使い易いコッペリス殿を優遇した事で、レジスラル女官長から良く思われていない。

「僕は国家に仕えし宮廷魔術師ですが、その忠誠心はアウレール王にしか向けていません。勿論ですが、王族の方々には敬意を持って仕えています。ですが優先順位は明確にしています」

「それを聞いて安心しました、私達も同じ気持ちです。リーンハルト様の思いと同じである事に安心しましたわ」

 本当に安心したみたいに小さく息を吐いていた、確かに僕は後宮ではリズリット王妃派だがパミュラス様の援助は何時切っても良いんだ。

 あれは僕に向けられる悪意の緩和でしかなく、王宮内で力を付ければ不必要になる。貿易面では優遇されているが、その他の付帯する面倒事を考えればマイナスだ。

 だがセラス王女には純粋な恩を感じている、欠点の多い年上の王女だが悪い娘じゃない。彼女との縁が切れるのは正直困るかな……

「後宮内で何か動きが有りますか?」

「御子様を産まれたパミュラス様ですが、少々微妙な立ち位置にいます。リーンハルト様に助力を申し込む可能性が有ります」

「助力、ですか?資金援助なら多少の無理はしますが……」

 資金援助なら多少は構わない、だが仕えし王の寵姫のお願い事など厄介でしかない。それは実家に頼るべき問題で、僕に縋るなよ。

 だが単純な資金援助の申し込みじゃないな、わざわざ話題に出す位だ。何を言い出すのか想像もつかない。

 ベルメル殿の笑みが深くなった、この底冷えがする笑いって……パミュラス様は御子様を産んで増長でもしたのか?

「自分を利用している女を親友だと勘違いして手助けに奔走しています、愚かな見てくれだけの女。素直に御子様を育てていれば良いものをわざわざ自分から動くなどと……」

 コレだ、コレが王宮の女官達が後宮の側室達に向ける感情だ。基本的に仕えても敬ってもいない、王の寵愛を授けられてる替えが利く女程度の認識だよ。

 正直怖い、その悪感情は僕がアウレール王を粗略に扱ったら向けられる。つまりパミュラス様はコッペリス殿の為に何かをした。

 それが女官達から敵意を向けられる理由で、それに僕を巻き込むつもりなんだ。だからザスキア公爵とレジスラル女官長は手を組んだ、僕の失脚の理由にすらなる事なんだろう。

「アウレール王に直訴でもしましたか?」

「リーンハルト様に直接的なお願いは出来無い、故に自分の侍女達に親書を託したのです。私達が押さえましたが、もしもバニシード公爵やバセット公爵の息の掛かった者にでも親書が渡れば……」

「僕とパミュラス様が密通している、動かぬ証拠になり得た。最悪ですね、前も同じ事をしようとして止められた筈では?」

 友情に負けたのか?だがその友情は本物か?コッペリス殿に騙されていないか?この大問題をリズリット王妃は揉み消そうと動いたのか?

 最悪の裏切り行為だろう、僕を失脚させようとした相手を庇う。敵対行為と取られても不思議じゃない、何故だ?何故、リズリット王妃はコッペリス殿を庇う?

 コッペリス殿、最初のイメージと違い有能じゃないぞ、本当にザスキア公爵に煮え湯を飲ませた相手か?精々小悪党程度だろ、どうにも先行するイメージと噛み合わない。

「前回は処罰した取り巻きの侍女達が勝手に起こした愚かな行い、今回は自らが指示して動きました。もう既にアウレール王に報告が上がっているでしょう」

「つまりタイミングを計ってアウレール王に報告した、そう言う事ですね?僕の居ない時期を見計らい無関係だと周囲に思わせる為に……帰国次第、レジスラル女官長への面会の調整をお願いします」

 僕に知られずに処理するつもりだったのだろう、知らせるにしても全てが終わった後でかな。それ位の気遣いが出来る才女達だが、ベルメル殿は良しとしなかった。

 相手に最善のタイミングで恩を売られるより、事前に教えてくれた事に感謝だな。此方のタイミングで御礼が出来る、つまり帰国して直ぐにだ。

 ベルメル殿は二人の陰ながらの動きに感謝して欲しくて教えてくれたんだ、だがレジスラル女官長やザスキア公爵は違うタイミングを計っていた筈だよ。

「そして事前に教えて貰い有り難う御座いました。あの二人が手を組んだのなら、僕は全く気付かなかったでしょう。恩に報いる事が出来なかったかもしれない」

「そんな事は有りませんわ、ですが知らずにいたら不利益を被ったかも知れませんから……出過ぎた真似かもしれませんが、心に留めておいて下さい」

 ええ、此方のレートで御礼が出来ます。ベルメル殿はレジスラル女官長とザスキア公爵に叱られるだろう、せめてものお詫びに魔法障壁のアミュレットを贈るか。

 迷惑料だと思って下さい。完全な善意だ、ベルメル殿は生真面目なのだろう。だが当てが外れた二人は彼女を叱責するかな?気持ちを汲めなかったのだから……

「感謝を込めて、ベルメル殿には魔法障壁のアミュレットを送ります。護符タイプは少数渡しましたが、これを渡すのはベルメル殿が初めてです」

 テーブルが無かったので直接的に手渡しになってしまったが、ベルメル殿は物凄く喜んでいた。機能を教えたら更に喜んでくれた。

 少し心配なのは、ベルメル殿もザスキア公爵から何かを教えて貰っていたみたいなんだ。年下がどうだとか、魅力が何だとか……

 ザスキア公爵には大恩を感じているが、その新しい世界なんちゃらの件については良く話し合う必要が有るのは理解したぞ。

 帰国したら先ずはザスキア公爵に御礼、その後で今回の件を聞き出そう。そうしないと駄目だ、別の危険性がムクムクと育って来るんだ!

 




日刊ランキング九位、有難う御座います。

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