古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第581話

 スメタナの街とモレロフの街の滞在は問題無く終わった。食事のレベルは規定値以下だったらしく、シレーヌ殿達が厨房を借りて用意した。

 まぁ国境付近の鄙びた街に、大国の王族の口に合う食事が提供出来るかと言われたら無理だろう。需要が無いのに高級食材など仕入れない、売れないから。

 迷惑は金銭的に補償もしたし、リゼルがギフトで関係者の思考を読んだが悪感情は無かった。やはりパゥルム女王が親書で過度の擦り寄りを禁じたらしく、適度な距離感だったな。

 パゥルム女王は善意でなく、自分達以外の連中とロンメール様や僕が懇意になるのを嫌った感じだ。臣下が宗主国の王族や重鎮と先に懇意になる、避けるべき事案だな。

 遅くとも一ヶ月後には再度来る事になる。その時に擦り寄ると言うか、利用するというか、全力で縋ります的な感じがする。バーリンゲン王国の平定にエムデン王国と僕の力は必要不可欠だ、何とかして大幅な協力を求めて来るだろう。

 だけど次回はザスキア公爵が一緒だ、パゥルム女王やミッテルト王女では太刀打ち出来無い。過度な協力は断るか条件を付ける、甘やかしはしないだろう。そもそも同じ謀略系でも立ち位置が違うし、ザスキア公爵はパゥルム女王より二枚も三枚も上だから……

◇◇◇◇◇◇

 ソレスト荒野を抜けて漸くエムデン王国領内に入る事が出来た、国境付近に待機中のエムデン王国第四軍とも合流し護衛して貰った。

 彼等はバーリンゲン王国に圧力を掛ける為に国境付近に展開している、簒奪した不安定政権の監視が目的だ。交渉団は王都に残しているから保険的意味合いも有る。

 彼等に何か有れば躊躇なく攻め込む、そんな意思表示と属国化したとは言え宗主国の軍隊を王都近郊に配置しない配慮も含む。流石に二千人の護衛は心強かった、周辺の巡回警備まで行ってくれたので安心出来た。

「あれ?おかしいな、錯覚かな?国境線の砦の出迎えの連中の中に、ザスキア公爵が見えるんだ。スプリト伯爵とネロ殿も居るが、緊張気味なのが見ただけでも伝わってくる」

 スプリト伯爵はザスキア公爵の派閥構成員だから、彼の領地にザスキア公爵が居ても不思議じゃない。だが現役公爵が国境線まで来るか?

 いや王都を離れる事は、出来無くはないな。領地視察等、理由は幾らでも考えられる。実際に僕だって、王命とは言え王都から離れて色々やっている。

 わざわざザスキア公爵本人が国境線付近まで来たって事は王都は安定しているか、王都に入る前に先に打合せしたい事が有るのか……

「私も報告書の返事で読んだ時は驚きました、ザスキア公爵は少し焦っています。主にリーンハルト様の女関係についてですが、派手にヤリ過ぎましたね?」

 え?何その冷たい言葉と視線は!それに誤解である女関係の為に来たの?そんな馬鹿な事が有る訳ない!

「イーリン?また僕を裏切ったのか?二回目だぞ!」

 知らない内に横に立って居て声を掛けられたが酷い内容だった、この腹黒淑女はザスキア公爵に何を吹き込んだ?彼女が変な行動をする原因は僕の一応信用する腹黒い専属侍女かよ!

 確かに妖狼族の件は疑われても仕方無いと思う、フェルリルやサーフィルは妾みたいな会話を放り込んで来るし、ウルフェル殿も娘達を任せたみたいな感じになっている。

 だがユエ殿は無いだろう、僕が幼女愛好家とか誤解を受けているのか?それは無い、ユエ殿に向ける感情は父性だ。邪な思いなど砂一粒分も無い!

「ですが疑われるには状況証拠が多過ぎますわ、事実を淡々と書いた報告書を読んで思いましたから……自分で書いててですよ?」

「仮にも仕えし主だろ、配慮してくれ!ユエ殿達の件は、イーリンだって知ってるだろ?リゼルだってそうだ、何処に疑う余地が有る?」

 ジロリと睨んでも微笑まれて終わりだ、ユエ殿達は別の馬車に纏めて乗せているから良かった。一緒だったら突っ込まれただろう、チェナーゼ殿と先駆けとして挨拶に行くか。

 一旦行軍を止めて先に挨拶に行く事にする、それが身分上位者に対する礼儀であり常識だ。ロンメール様には、ザスキア公爵が来ている事を伝える。

 王族の出迎えに公爵本人も間違いじゃない、直接の領地じゃなく派閥構成員の領地でもだ。まぁ普通は領主本人だが、スプリト伯爵も居るから問題は無い。

◇◇◇◇◇◇

 チェナーゼ殿を伴い優雅に構えているザスキア公爵の下に向かう、10m手前で馬を下りて徒歩で近付く。その貼り付けた笑顔は綺麗で何か含みが有る様には見えない。

 ザスキア公爵は表情を意図的に変えられる、目が笑ってないとか口元が歪むとかは言葉でなく相手に意味を伝える手段でしかない。

 この場合は、スプリト伯爵とネロ殿を観察するのが正解。二人共疲労困憊だな、派閥トップの突然の来訪に対応に苦労しました的な?軽く僕を睨んでいるから、原因は僕で間違いなさそうだ。

「御無沙汰しております、ザスキア公爵。ロンメール様の護衛の任を受け、エムデン王国に戻って参りました」

 貴族的礼節に乗っ取り、先ずは身分最上位者に挨拶をする。その後に領主であるスプリト伯爵と、国境線防衛任務の責任者であるネロ殿に挨拶をする。

 警備の引き継ぎが必要だが詳細は副官二人に任せる、僕はロンメール様達と同行し歓待を受ける事になるだろう。王命達成と凱旋、エムデン王国内は凄い騒ぎになっているだろう……

「ロンメール様とキュラリス様の受け入れ準備は滞りなく出来ておりますわ。さてと、堅苦しい挨拶は終わりにしましょう。お帰りなさい、リーンハルト様」

「ただいま戻りました、ザスキア公爵」

 軽く微笑み合う。勿論だが、これも周囲の連中に僕とザスキア公爵が親しい関係だと分からせる意味も有る。スプリト伯爵もネロ殿も驚いているのは、上級貴族同士が殆ど身内みたいな挨拶の内容だからだ。

 まさか自分達の派閥トップが、ここまで僕と砕けた協力関係に有るとは思わなかったのだろう。だが驚いた後に安堵の表情を浮かべた、気苦労は僕に引き継いだみたいな?

「ザスキア公爵様」

「あら、チェナーゼさんも任務達成ご苦労様でしたわ」

 此方もにこやかに挨拶を交わしている。後宮警護隊、武装女官達の隊長と懇意にしている意味は深く重い。それは後宮内の警備責任者と懇意にしている、つまり……

「ザスキア公爵様の広めている年下の魅力、自分が体験して漸く理解しました。素晴らしい世界の扉が開けました」

「あらあら、チェナーゼさんも私達の仲間入りね。なにも殿方だけが若い淑女達と結ばれる事はないの、愛の形は色々有るのよ」

 え?何か不穏な会話を笑顔で交わして頷き合っていないか?あの女官や侍女達と同じ感じが、チェナーゼ殿からするのは何故だ?

 満足そうに二人で僕を見詰めて来たけどさ、ザスキア公爵は新宗教の教祖っぽい立ち位置にいない?王宮内でも上位の女官や侍女達を取り纏めていない?

 ザスキア公爵はダミーの年下好きを更に手を替え品を替えて攻めるのか?弱点を敢えて強調する程に追い込まれている?さてはコッペリス殿絡みの布石だな。

「その件については後程ゆっくりと話し合いましょう、ロンメール様を招いても宜しいですね?」

「準備は万端だ。今夜はリーンハルト卿もゆるりと休まれるが良い、疲れさせる懇親会は予定していない。明日の午前中に護衛を付けて王都に送る手配済みだ」

 スプリト伯爵が話を纏めてくれた、最悪は凱旋帰国による歓迎会と言う懇親会が用意されていると思ったのだが杞憂みたいだ。

 ザスキア公爵が気を利かせた可能性が高いな、確かに懇親会は僕やロンメール様に顔を売る絶好の機会だがリスクも含んでいる。

 スプリト伯爵と一族の連中は行きで既に懇親会を開き挨拶を終えている、帰りまで堅苦しい懇親会を開き不興を買うのを恐れたのか?

「それは御配慮して頂き有り難う御座います。ロンメール様の護衛任務を王都まで無事に行うつもりですが、祖国に戻り少し疲れが出たみたいです。僕も未だ未熟ですね」

 礼には礼を配慮には配慮を返す、スプリト伯爵とは報告会を兼ねてお茶会か飲み会を開けば良いかな。既にチェナーゼ殿が本隊に連絡、ロンメール様が乗る馬車も無事に砦の中に入った。

 後はザスキア公爵との礼儀的な挨拶を交わして、代官の屋敷に行けば良い。僕は副官を交えて警備責任者と打合せしなければならない、まぁ行きと一緒だな。

 あと少しだ、気を抜く訳にはいかない。だが今夜にでもザスキア公爵と例の件を話し合いが必要だ、年上のお姉様方の奇行についてだ……

◇◇◇◇◇◇

 歓迎の催しは無いとは言え、砦に詰める兵士や使用人達からは熱い視線を貰っている。もう全身から歓迎してますって感じだ、その純粋な気持ちは嬉しく思う。

 彼等からすれば仮想敵国が婚姻外交を経て正式に敵国になった日の翌日に、属国化し臣従させた事に驚きと喜びを感じているのだろう。

 最前線でエムデン王国を守る彼等にとっては、バーリンゲン王国は小国であれ脅威であった。そのストレスが無くなったんだ、喜び以外は無いのだろう。

 夕食は晩餐会形式で行われた、主賓は当然だがロンメール様だ。大食堂に小さめなテーブルが用意され、上座にロンメール様が座る。晩餐会用のテーブルは一人当たりの幅が70㎝と狭い、隣と近いんだ。

 その次にキュラリス様とホスト役のスプリト伯爵、その次がザスキア公爵と僕が向かい合わせに座る。最後に接待役か花を持たせる為なのか、スプリト伯爵の親族である、タイロン嬢とサナッシュ嬢の合計七人が参加者。

 ベルメル殿達女官や侍女達は不参加、チェナーゼ殿や伯爵令嬢のユーフィン殿も参加は出来無い。ユエ殿や妖狼族達は論外、部族長のウルフェル殿でも無理だろう。

 ネロ殿は護衛任務の責任者故に仕事を理由に不参加。代わりにタイロン嬢とサナッシュ嬢が参加したのだが、既に緊張してガチガチだ。

 もしロンメール様に不敬な事でも仕出かしたら物理的に首が跳ぶ、下手したら一族郎党同罪だ。だが王族を主賓に招いた晩餐会に出席する事は名誉な事であり、彼女達の箔付けにもなる。

 未婚らしいし嫁ぎ先候補が半ランク位上がる。それ位に名誉な事で有り、王都から離れた場所に住む貴族達にとっては羨望の的らしい。だが熱い視線を僕に向けた瞬間に、ザスキア公爵が咳払いし更に固まった。

 完全に顔を横には向けずに正面を向いて固まった、ザスキア公爵の不興は買えないし今夜は無言で固まったままだな。少しフォローはするか、哀れ過ぎるし……

「先ずはバーリンゲン王国を属国化させた事を祝わせて頂きたい。素晴らしい快挙だろう、流石はロンメール様ですな」

 ホスト役のスプリト伯爵がロンメール様を称える、僕はロンメール様の指揮下で行動した事になる。故に僕の個人的成果の他に、ロンメール様の指揮・指導も褒め称えられる。

 要は部下の功績は上司にも関連するって事だ、ロンメール様は武闘派ではないが評価は一段高くなった。優秀な部下を抱える上司もまた優秀、それが組織だ。

「ふふふ、父上が信頼する臣下を預けてくれたからの成果です。だが小賢しいバーリンゲン王国は完全に沈黙した、ウルム王国との決戦の障害にはならないでしょう」

「後顧の憂いが無くなった訳ですな、そして個人的な武勇をリーンハルト卿は内外に示した。これも凄い事ですぞ、貴殿は単独で一国を落とし臣従させた訳ですからな」

 順番的に次に僕を褒め称える、形式的な流れに沿って粛々と進められる晩餐会は慣れないと会話にすら参加出来無い。身分下位者は話し掛けられたら応えるが、身分上位者には話し掛けられない。

 大抵は主賓が調整し会話の流れを均等に調整する、本来は同格の相手達との懇意という名の密談だ。少人数制だから多数との面倒臭い挨拶周りは無いが、同じ位に気を使う。

 今回の参加者で主賓とホスト役以外に会話を振れるのは、僕とザスキア公爵だけだな。だが表向きな内容の会話しか出来無い、タイロン嬢やサナッシュ嬢を参加させたのは失敗だと思うぞ。

「僕等がバーリンゲン王国に行っている間に、エムデン王国に何か変わりは有りませんでしたか?」

 表向きな話題を振ってみる、応えられるのはザスキア公爵とスプリト伯爵。それとタイロン嬢とサナッシュ嬢だけだ、国境線付近にまで広まる噂話を知りたい。

 細かい話はザスキア公爵が詳しい、だが裏向きな話も有るから一般的な事が知りたい。ザスキア公爵に視線を向けたが頷いてくれたので、意図は伝わったみたいだ。

 ザスキア公爵が視線をスプリト伯爵と二人の令嬢に向ける、可哀想にサナッシュ嬢は萎縮して手が震えている。手に持つナイフが皿にカタカタと当たっているぞ、そんなにザスキア公爵が怖いのか?

「そうですな……アウレール王が正式にウルム王国に宣戦布告をした。理由は我が国の国教たるモア教のシモンズ司祭を脅迫した事、そのシモンズ司祭がエムデン王国に助けを求めた。モア教の総本山も同様の公式見解を出した、教義に反して未成年の結婚を強要された。いや脅されたですな、そしてシモンズ司祭を助けたのがリーンハルト卿だと……」

「モア教はウルム王国とバーリンゲン王国から撤退を考えていました。ですがリーンハルト様がパゥルム女王に意見し、モア教に対する今迄の悪行を悔い改めさせてバーリンゲン王国からの撤退をやめさせたとの事です」

「バーリンゲン王国には多数のモア教の信徒が居ます。彼等の為に女王にまで意見し態度を改めさせた事に、モア教の教皇様が公式に感謝の意を示しました」

 え?モア教の最上位の教皇様が僕に感謝だって?何故だ、枢機卿でも総大司教でも首座大司教でもなく、教皇様本人が大国とは言え只の臣下に対して公式に感謝?

 モア教での僕の立ち位置ってどうなっているんだ?今迄直接的に関わった方々は精々が司教か司祭、助祭以下の場合だって有ったのに教皇様本人が僕個人に感謝?

 不味い、眩暈(めまい)がして来た。血の気が引くってこう言う事なんだな。転生前の王族の時だって直接的に関係したのは枢機卿迄だ。教皇様など国王クラスじゃないと無理な存在なんだぞ……

 モア教は僕に何を見出した?何を考えて教皇様自らが公式見解など出した?普通じゃない、有り得ない、僕に何を求めた?他国のモア教関係者も僕に何らかの配慮をするだろう。

 それはバーリンゲン王国の平定に向かう僕にとって、平民の六割以上が味方になった事と同義だよ。宗教とは恐ろしい、僕は狂信者を知っているから余計に恐ろしい。

 もう僕はモア教の教義に反する事は出来無い、それは教皇様から頂いた期待を裏切る最悪の行為であり……すれば最悪は破門すら有り得る。

 不味い、手が微妙に震えている。フォークとナイフを置いてナプキンで口元を拭く、浅く呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせる。

 僕の異変に気付いたのは意外だが、サナッシュ嬢だった。心配そうに見詰めて来たので、大丈夫だと微笑んだのだが上手く表情を作れたか不安だ。

 大陸最大の宗教である、モア教の教皇様が自らの言葉で公式に感謝と言う好意的な態度を示した意味。エムデン王国内部だけの勢力争いだけでは収まらないだろう。

 先ずは感謝の寄付だな、ケチらず金貨三万枚は出そう。そして僕の地位では教皇様に直接親書は出せない、エムデン王国内のモア教の最上位司教に話を通すか。

 二クラス司祭やシモンズ司祭にも助力を頼もう、出来るだけの事をして挑まないと予測不能な事態に陥りそうだ。目的の分からない巨大宗教組織の接触か、考え過ぎなら良いのだが……

 感覚の無い手がナイフとフォークを使い肉を切り分けて口に運ぶ、味覚が無くなったみたいに味がしない肉を咀嚼し飲み込む。折角の美味しい料理が台無しだな、このメンタルの弱さは何とかしなければならない。

 一難去って、また一難。東方の諺(ことわざ)だと思ったが、今の僕にはお似合いの言葉だと思うぞ。

 


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