古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第582話

 エムデン王国領内に帰ってきた。サプライズなのか必要が有ったのかは不明だが、ザスキア公爵自らが出迎えてくれた。公爵本人の出迎えに、領主で派閥構成員のスプリト伯爵は緊張気味だ。

 そして僕も何気なく聞いた最近の噂話の件で、大陸最大の宗教組織であるモア教の教皇様から感謝の言葉を頂いたそうだ。正直、胃に穴が開きそうな程ストレスを感じている。

 モア教は自由度が高い、懐が深い宗教で他の宗教も否定しない。友愛が教義であり、力有る者は力無き者を守る事が推奨される。相互扶助、助け合い、考え方は色々有る。

 社会に奉仕し慈悲深い行いが尊ばれる、宗教とは心の拠り所であり、モア教の司祭や司教等の聖職者達は殆どが清廉潔白で清貧を好む。

 腐敗など殆ど無い理想的な聖職者達であるが、権力者の介入を極端に嫌う事でも有名だ。変に権力に固執しないので良いのだが、枢機卿以上が個人を褒め称える事は少ない。

 そのモア教が上級貴族でエムデン王国の中枢近くにいる僕を教皇様自らが感謝するだって?有り得ない、前例が無い、何が起こっているんだ?

◇◇◇◇◇◇

 余りの衝撃により意識が半分トンでいた晩餐会を終えて、お茶会と言う名の情報交換会を行う為に別室に通された。参加者は僕とザスキア公爵、イーリンとセシリアの四人だ。

 深夜の密会とか騒ぐ奴は居ない、領主の館はザスキア公爵のテリトリーであり、周囲には信用の置ける配下で固めている。

 リゼルとユエ殿達は一つの部屋に纏めて休んで貰っている、その方が守り易いし安心だから。ツヴァイとドライが護衛しているから大丈夫、ロンメール様にはゼクス五姉妹を配置した。

 窓の無い隠し部屋、防諜対策は万全だ。僕自身も魔法で色々調べているし、探査魔法で周囲に人が居ないのも確認済みだ。

 この隠し部屋だが壁が最大1mも有り中の話し声は全く聞こえないらしい、砦が落とされた時の避難場所にも使うらしく食料等の備蓄もしている。

 最大十人が一ヶ月間は隠れていられるのだが、完全な袋小路と言うか出入口は一ヶ所しかない。砦の外に出られる隠し通路は必須だと思うんだが……

 イーリンとセシリアは地味だが仕立ての良いドレスをきていて、胸元の大きく開いた青色のグラデーションのドレスを着たザスキア公爵の良い引き立て役になっている。

 大粒のサファイアのイヤリング、胸元を飾る巨大なオパールのペンダント、間違い無く正装だろう。あのオパールのペンダントはサイズも品質も国宝級の逸品だな。

 対照的に両手首には青色のリボンを巻いているだけだ、僕が渡した四属性のレジストリングと魔法障壁のブレスレットを隠す為にだな。

「わざわざザスキア公爵が出迎えてくれた裏の理由はなんでしょうか?」

 建て前の挨拶を省いて直接切り込む、時間が惜しいのではなく、そう言う形式的な事は省いても構わない関係だ。一応だが建前的に僕とザスキア公爵の前にだけワイングラスが置かれている、だが手は付けない。

 飲み過ぎは色々と不味い、ザスキア公爵との交渉は彼女や周りの表情や仕草も観察し対応する必要が有る。力押しで終わらせたバーリンゲン王国の出来事の方が余程楽だったな……

 ザスキア公爵は味方だが常に試されている感じもするので無様な事は出来無い。彼女の両脇に立つ、イーリンとセシリアも緊張気味だな。毎日メイド服を着て僕の世話をしてくれたとか教えたら、怖い事になりそうだ……

「リーンハルト様が予定より早くバーリンゲン王国を属国化した事でね、不穏な動きをする連中が慌てて動き出したみたいなのよ」

 本当に嫌そうな顔をしている、つまり日常的から中立以下の敵対寄りの相手。だから驚きや悔しさよりも嫌悪感が滲み出ている、僕もザスキア公爵も敵は多い。

 僕は貴族の最下層から宮廷魔術師第二席まで上り詰めた成り上がり、従来貴族の連中からの嫉妬の対象だ。ザスキア公爵は男尊女卑が蔓延する貴族社会で、唯一の女性公爵。

 普通なら家の繁栄を考えて無闇に敵対行動はしないが、嫉妬心が絡むと予想外の行動を平気でする。特に当主以外の連中に、その傾向が多い。

「不穏な動き?裏切りか内通者、それも上級貴族の中にですね?グンター侯爵かカルステン侯爵でしょうか?」

 僕と敵対している、またはしそうな連中は敵国からすれば裏切り者や内通者に仕立てやすい。上級貴族の中で怪しいのはこの二人、バニシード公爵やバセット公爵は僕が嫌いでもアウレール王への忠誠心が勝る。

 グンター侯爵はコッペリス殿絡みで色々と僕に対して小細工しているのは、ベルメル殿から教えて貰っている。クリストハルト侯爵の件も有るし、歴史有る家柄が有能だとは限らない。

 それ以下の連中は数が纏まらないと脅威にはなりえず、単体ならば直ぐに処理される。侯爵級の連中だと簡単には対処は出来無い、家柄と血筋と歴史のみ取り柄の侯爵七家は……

「あら?何故その二人なのかしら?」

「ザスキア公爵が危険視する相手、伯爵以下なら数が纏まらないと脅威にはなり得ない。公爵五家はアウレール王への忠誠心は厚い、僕等と敵対中のバニシード公爵だって裏切りは有り得ない。侯爵七家で不穏な動きをしそうなのは下位の三家、だがクリストハルト侯爵は除外しても良いでしょう」

 此処までの予想は簡単だ、誰でも少し考えれば分かる。侯爵七家筆頭のアヒム侯爵は舞踏会に呼ばれた時に派閥構成貴族達とも話したが、特に悪意無く中立路線だと感じた。

 ラデンブルグ侯爵はバセット公爵と歩調を合わせているから問題無い、利に聡いエルマー侯爵はエムデン王国が有利な現状で裏切りは無い。モリエスティ侯爵は……

 夫人がしっかり者だから安心だ、彼は『神の御言葉』のギフトにより操り人形だから誰かが唆そうとしても話にならないだろう。何たって会話が成立しないと思うから、あの違和感に誰も疑問を抱かないのが不思議だ。

「正解よ。彼等は私達が調べているけれど、その言動が真っ黒なのよ。アウレール王の前でさえ、消極的ながら敵対寄りな意見を言うわ。あの二人とバセット公爵とバニシード公爵が、対ウルム王国の第一陣なのよ」

「それは……バニシード公爵としては名誉回復汚名返上のチャンス、何としてでも主導権を握りたい。バセット公爵は……その、お気の毒様ですかね?その状況では協力体制は無理で単独で成果を出すしかない」

 ザスキア公爵がヤレヤレ的に溜め息を吐いた、バセット公爵への同情だが協力はしないな。共闘しているニーレンス公爵もローラン公爵も同じだろう。

 バニシード公爵は敵対中のバセット公爵に協力は申し込めず、裏切り者疑惑の二人には不安で協力など頼めない。どのみち現状のバニシード公爵の勢力は弱っているから無理強いも厳しい。

 公爵二家は独自の勢力のみで対ウルム王国の先陣を切るしかない、味方は潜在的には敵と変わらない。敵にも味方にも注意して戦争をするって大変だな、厳し過ぎる。

「僕はバセット公爵とは中立で不干渉ですが、他の方々はどうなんですか?確かバセット公爵はニーレンス公爵と手を組んでいた筈ですが……」

 ロッテとハンナが言っていた、内政系の二人が手を組み他の公爵三家と対抗していた筈だと……だけど今はニーレンス公爵とローラン公爵、ザスキア公爵の三家が協力体制を敷いている。

 つまり見捨てたか不干渉にまで関係性を下げた?バセット公爵の味方はラデンブルグ侯爵だけか?不足の戦力を派閥構成貴族だけから集めても厳しい筈だ、彼等の中に武闘派は少ない。

 ニーレンス公爵達からの助力は無い、侯爵七家からはラデンブルグ侯爵だけ、他の派閥構成貴族達を纏めても戦力としては心許ない。

「バセット公爵は、僕に助力を求めて来る?でもバーナム伯爵達は、ザスキア公爵の傘下に入っている。僕はバーリンゲン王国の平定に向かう、助力は無理だな。この考えは違う、なら何だろう?」

「殆ど正解よ。バセット公爵は酒の席の愚痴で、民衆達はリーンハルト様がウルム王国の攻略を望んでいると言ったわ。それをアウレール王に報告したのが、グンター侯爵とカルステン侯爵よ」

 は?そんな馬鹿な事をアウレール王の前で言ったのか?当初から僕とザスキア公爵がバーリンゲン王国の攻略、過去の大戦の関係者がウルム王国攻略と決めていた筈だぞ。

 仮にそんな噂話が有るならば、上書きするのが臣下の務めで義務だろう。アウレール王の意に添えないとか馬鹿なの?公表されたら酒の上の愚痴で済まされない。

 これがグンター侯爵とカルステン侯爵が裏切り者疑惑の証拠の一部か、バセット公爵からの敵意も織り込み済みで馬鹿な事を言ったんだな。

 チラリと女性陣の様子を伺う、イーリンとセシリアは落ち着いている。つまり事前に知っていた、僕に教えないとは不義理だぞ。

 ザスキア公爵は真剣な顔だが、ワインを味わう余裕が有る。未だ本題に達してないが、大筋は決めていて望んだ流れになっている。

 国家が一丸にならねば勝てない戦争を前に裏切り者疑惑が有る奴が上級貴族に二人も居る、最悪だがアウレール王が彼等を第一陣にしたのは……

「第二陣が本隊ですね?裏切るなら踏み潰す、僕は両騎士団の戦力増強を行います。そうですね、今から準備すれば全員に基礎能力80%アップのマジックアイテムと使い捨ての魔法障壁のアミュレット。それに鎧兜に固定化の魔法を重ね掛けして……」

「落ち着きなさいな!そんな魔導騎士団っぽい改造は待ちなさい、関係各所から悲鳴が上がるわよ。彼等のお目付役は、バーナム伯爵とデオドラ男爵よ。第二陣の前に、アウレール王が公認で野獣を檻から解き放ったわ。貴方が強化するのは彼等が最優先よ」

 ザスキア公爵の傘下に組み込まれた彼等の強化、それは最終的には僕等の手柄にも関係してくる。同じ派閥の構成員の成果は、派閥のトップの成果に等しい。

 第二陣の前となれば遊撃部隊だな、バーナム伯爵の派閥構成貴族達の総戦力は千人前後。補充や予備兵力を考えれば、最初に投入出来るのは半数から六割程度。

 全員の鎧兜に固定化の魔法を重ね掛けして、僕と親しい連中には更に魔力付加した武器を貸与するか。それだけで二倍以上の戦力強化にはなる、あの二人を軸として五百人の強化された戦士達がフォローする。

「あれ?バッカイ騎士団長やジウ大将軍クラスが相手じゃなきゃ負けないかな?聖堂騎士団は僕が壊滅させたし、ウルム王国の騎士団って近衛騎士団しか残ってない?」

 冷静に考えればハイゼルン砦攻略の時に、聖堂騎士団とジウ大将軍、それに旧コトプス帝国に裏切ってついた二人の将軍を倒している。ピッカーとゴッドバルドだっけ?

 だけど宮廷魔術師連中は間引いてない、彼等が出張ってくればサリアリス様達に負担が掛かる。ユリエル殿やアンドレアル殿、ラミュール殿やリッパー殿なら互角以上。

 フレイナル殿は頑張ってくれないと不安だ、ウチは宮廷魔術師を二人亡くしているから絶対数が少ない。気分転換にフローラ殿に助力を頼む?バーリンゲン王国の平定に彼女は使わないし妙案か?

「そうね、第二陣にライル団長率いる聖騎士団。それに常備軍と王家直轄軍も動員されるわ、第三陣はニーレンス公爵とローラン公爵が率いる諸侯軍よ。彼等にも助力なさいな」

 うわぁ?裏切り者疑惑の連中の後ろには、バーナム伯爵の派閥構成貴族軍、更にその後ろにはライル団長率いる本隊、そして第三陣としてニーレンス公爵とローラン公爵が率いる諸侯軍か。

 そしてアウレール王率いる予備兵力の部隊が続く、重厚な布陣だな。多分だが油断しなければ負けない、それだけの戦力差が有る。

 不安要素は敵の宮廷魔術師だけ、向こうの宮廷魔術師筆頭ファルスナー殿は中々の強さを持っている。

 僕に負けた第二席のグリルビークスもアンドレアル殿と同等の強さを持っている、条件次第では負けも有り得る。対魔術師特化魔術師、フローラ殿を使うか……

「ウルム王国の宮廷魔術師達、ウチの連中では絶対数の関係で対処が厳しいですね。サリアリス様はアウレール王の護衛、残りは五人。でもフレイナル殿では心許ない」

「そうね、向こうも筆頭魔術師のファルスナー殿は最後の要、第二席以下は八人居るわ。でもリーンハルト様の参戦は駄目よ」

 真面目な顔で止められた、勿論だが駄目なのは承知している。ウチの宮廷魔術師団員は微妙だ、セイン殿達はニーレンス公爵の戦力にカウントさせる。

 他の連中だと風属性魔術師達は協力的だが、ユリエル殿とリッパー殿が使うだろう。火属性魔術師達は微妙だ、アンドレアル殿の配下は全体の四割。

 残りの六割ってどうなっているのかな?公爵五家が引き抜き合戦をしたけど、僕への憎しみが強くてバニシード公爵に流れたんだっけ?

「勿論ですが参戦はしませんよ。ですが対策無しは不味い、簡単なのはバーナム伯爵達に属性魔法防御を施した鎧兜を与えて、更に魔法障壁のブレスレットを持たせれば接近して倒せる。だが敵地への単独侵攻が前提です、それは不安が有るのです」

「何人か倒したら対処されるわね、でも三人ないし二人で攻めれば早々に負けないわ。でも戦士では魔術師を感知出来無い、不意打ちは防げないわね」

 そう、強化したバーナム伯爵やデオドラ男爵ならファルスナー殿でも倒せるだろう。だが居場所を掴めない、間者を多く放たないと攻められずに逃げられる。

 クリスを強化して投入するか?彼女ならば暗殺者として完成しているから可能だが、暗殺は体面が悪い。数人なら良いが全員は無理だし、僕の配下をウルム王国攻略に使うのは反対されそうだ。

 難しい、人の感情は微妙だ。何かの拍子に味方にも敵にもなる、ウルム王国攻略関係で僕の手柄が増えるのは許容出来無い連中が必ず居る。有利な段階での参戦は無理だな、不利にならないと駄目って何だよ?

「まぁ此処で考えても駄目かな、サリアリス様と相談してみます」

 僕とザスキア公爵だけで考えても無意味だ、サリアリス様達だって当然考えている筈だ。他人を頼る事の大切さは身に染みている、帰ったら報告と相談で良いんだ。

 それと僕には確かめないと駄目な事が有る、これは僕とザスキア公爵だけで話し合い解決する必要が有る。身に纏う雰囲気を変えてジロリとザスキア公爵を睨む、苦笑されたって事は……

「ザスキア公爵に聞きたい事が有ります」

「あらあら、何かしら?」

 余裕の笑みだ、僕が何を言っても対処出来る準備をしているな。バレる事前提、またはバレても困らないんだな。だが此処で否定しないと、なし崩し的に何かされそうな不安が有る。

 ザスキア公爵の事だから、僕の不利益にはならないと思う、いや思いたい。だが年下の魅力とか少年愛好家の淑女を増やすのは駄目だと思うんだ、絶対駄目だ。

 幼女愛好家よりはマシだと思うけど、少年の貞操と少女の貞操は全く別物。少年は未経験でも経験済みでも立場は変わらない、だが少女の場合は問題だ。

「ザスキア公爵が御姉様方に広めている新しい世界、それってなんですか?」

 この直球にニヤリと男らしい笑みを浮かべた、イーリンもセシリアもだ。不味いぞ、全員毒されていたんだ!

 




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