古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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連載4周年記念③

 御父様とフレイナル兄様が配属されたハイゼルン砦は、リーンハルト様がウルム王国から奪い返した重要拠点。その維持と管理に、マリオン将軍と共に二人の宮廷魔術師が詰めている。

 定期的な報告の為に、フレイナル兄様は一ヶ月に数回、王都に戻って来る。流石に御父様はハイゼルン砦から離れる事は出来無い。伝令役は下っ端の役目、私も毎回御父様への手紙と贈り物を頼んでいるわ。

 ハイゼルン砦はウルム王国との戦いで重要な要所であり、この堅牢な要塞を奪還出来た事の重要性は私でも分かる。そしてウルム王国と影に潜む旧コトプス帝国との戦争は近い、御父様の予想では長くても一年以内と言っていたわ。

 そして多くの国民の期待は、リーンハルト様に向いている。単独で堅牢な要塞を攻略出来る強力な魔術師、過去の大戦で因縁深い旧コトプス帝国を完全に滅ぼす。

 アウレール王は本気で考えているらしいわ。拠点となるハイゼルン砦、強力な魔術師、回復した国力。そして国民達に厭戦の雰囲気は無く、好条件が揃っているわね。

 戦争になれば、御父様も参戦する。宮廷魔術師として最前線で敵の本隊と戦う事になるわ、それは止められないし私も覚悟は出来ている。私だって参戦したい、でも未だ子供で未熟。

 御父様の足を引っ張るだろうし評価も下げてしまうわ。私の弱点は模擬戦がメインで実戦は領地の野盗の退治だけ、怪我は負わせたが殺してはいない。

 未だ人を殺していない。宮廷魔術師を目指すとしても未熟、幾らレベルが高くても魔力が多くても、最初のハードルを越えていない。覚悟は有る、でも実際はどうだろうか?

 リーンハルト様は三千人以上の敵兵を殺しても普通に振る舞っているわ。性格に歪みが無い、つまり殺人を犯しても精神的なダメージが全く無い。

 理屈は分かる、敵兵を見逃せば味方に被害が及ぶ訳だから倒せる時に倒す。疑う余地の無い正論、でも善悪で問われると……甘い考えだ、殺人は悪だから犯してはならない。

 じゃあ自分が殺されそうになったら?家族や大切な人達に被害が及んだら?建て前は幾らでも用意出来る。後は私の気持ちの問題だけ、そして私は迷うけど躊躇うけど否定はしない。

 さて、気持ちの整理と建て前の用意も出来た。早い段階で領地の野盗の討伐か何かで経験を積もう、一回経験すれば割り切れるって言うしね。

「久し振りだな、ウェラー。ユリエル様から大量の手紙と贈り物を預かって来たぞ、親馬鹿も極まると怖いな」

「淑女の部屋にノック無く侵入するとは!フレイナル兄様は紳士として失格ですよ」

 気持ちの整理がついた直ぐ後に、タイミングを計った様にフレイナル兄様が訪ねて来たけれど……ノック無しで私の私室に突撃して来るとは、余程麻痺毒を食らいたいのね。

 この若き宮廷魔術師様は、比較対象が別格だから人気が少ない、可哀想な位に無い。私は両方と縁が有るけれど、問合わせはリーンハルト様だけ。

 一応魔術師の大家である、アンドレアル様の息子でエリート宮廷魔術師様には間違い無いのに、私に群がる淑女達からは一度も紹介して欲しいとかの話が無いのよ。

「堅い事は言うなよな。俺は君達父娘の連絡役じゃないんだぜ、ちゃんと仕事で王都に来ているんだ。少しは感謝しろよな」

 そう言って手紙の束とプレゼントらしい小箱を渡してくれたわ。国境近くの要塞に居ても、私の為にプレゼントを用意してくれる御父様は大好き!

 まぁ感謝の気持ちとして紅茶位は振る舞ってあげます。部屋付きのメイドに紅茶と何かお菓子を頼む、生まれた時からの付き合いだけど恋愛感情はゼロです。

 落ち着き無くソファーに座る一応エリート宮廷魔術師様は、心此処に有らずみたい。気持ち落ち込んでいるのかしら?フレイナル兄様でも落ち込む事が有る事に驚く、普段から凄いポジティブだから……要は子供っぽい馬鹿なのよね。

「何か落ち込んでませんか?また振られたのですか?」

「煩いな、余計なお世話だ!俺が良いなって思う女性にアプローチしても、全員が同僚の話しかしないんだ。流石の俺でも落ち込むぜ、父上も婚約者候補を探してくれるが芳しくない。若くて美人で性格の良い巨乳な淑女が居ないか?誰か紹介してくれ!」

 あー、確かにフレイナル兄様とリーンハルト様を比べたら当然の結果よね。若き英雄は宮廷魔術師第二席にして侯爵待遇の伯爵様、財力も権力も有り余計な親族も居ない。

 誠実で優しく結構ハンサムで一途、更に文化的素養も高い。バイオリン演奏にダンスも上手、モリエスティ侯爵夫人のサロンの常連。それに対してフレイナル兄様は……

 チラリと向かい側に座るフレイナル兄様を見る。落ち着きが無いのは小刻みに身体を動かしたり、色々な所に視線が彷徨うから。てか、淑女の部屋をジロジロ見る時点で普通に失格よ。

 一応宮廷魔術師の末席、爵位は無いけれど財力と権力はソコソコかしら?今は改善したけど昔は傲慢だったわね、火属性魔術師は最強とか騒いでいたし。

 派閥の柵(しがらみ)も結構有る、兄弟姉妹も居るから相続問題は揉めるわ。見た目は悪くは無い部類、でも文化的素養は低いのよね。最低限かしら、ダンスは徹底的に仕込まれているけど他の楽器の演奏とかは無理。

 比べるのは可哀想な位に、そのアレだわ。未婚の紳士達の平均値は辛うじて越えているけど、コレに妥協せず先ずはリーンハルト様に群がるわよね。うん、理解したわ。

「何だ、その哀れむ視線は!俺だって宮廷魔術師だぞ、エリートなんだぞ。それなのに恋文は来ない、舞踏会やお茶会のお誘いも無い。お付きの侍女に聞けば、奴は侍女達のお茶会にも呼ばれていやがる。嗚呼、嫉妬の力で奴を害せるのなら楽なのに……」

 オリビアやセシリア、イーリンとか狙っていたのに全員が、リーンハルト様の専属侍女として奪われたとか騒いでいるけれど……

 オリビアさんは知らないけど、セシリアさんとイーリンさんって有名な美人で才女だった筈よね。確かザスキア公爵とローラン公爵の縁者で、求婚の申し込みが殺到していた筈よ。

 リーンハルト様の専属侍女にしたって事は、両公爵家の思惑が透けて見えるわ。気楽に手を出せば強制的に派閥に引き込まれる、でもリーンハルト様は恋愛結婚を押し通すほど一途だから無駄だった?

「哀れね。フレイナル兄様じゃ、リーンハルト様に勝てる要素は身長だけよ。後は態度のデカさかしら?」

「ぐはっ!妹分にまで駄目出しされた?」

 それから三十分位、愚痴を聞かされたけど飽きたので麻痺毒で黙らせた。フレイナル兄様には英雄願望が有り、リーンハルト様が国民達から大人気なのも羨ましいらしい。

 フレイナル兄様が英雄と認められる程の偉業を達成出来るかと言われると、大量の疑問符が付くわよね。一応の幼なじみであり、一応兄様と慕う男は凄く俗っぽかったわ。

 余り遊び過ぎるのも良くないわね。フレイナル兄様は王宮に報告が有るし、私も帰りが遅くなるのは淑女として不味い。まぁ淑女として扱われる事って下心満載の擦り寄って来る連中だけだし、普通に扱って欲しいのよ。

◇◇◇◇◇◇

 フレイナル兄様の乗っていた馬車に同乗させて貰い王宮に向かう。爵位や役職、家格の関係で優先順位が変わる。フレイナル兄様は宮廷魔術師だから伯爵待遇、そこそこ優先されている。

 流石に相手が伯爵本人未満の場合だけ、伯爵本人だと同格と言えども待遇だから先方が優先されるのね。御者って凄い、変動する順位を覚えている。

 優先順位を間違えたら大問題だから当然だと思うけど、貴族は千家を越えてるし家族を含めれば数倍。家紋だけで判断するって相当記憶が良くないと……

「アレだけライバル扱いだったのに、リーンハルト殿に会いたいって何でだ?もし好きとか興味が有るとかだと、俺はユリエル様に報告しなきゃ駄目な立場なんだぞ」

「止めて下さい!色恋沙汰じゃ有りませんわ。ただ最近覚えた『山嵐』の魔法が、リーンハルト様の扱う魔法と違うのです。その差が分からない、オリジナルなのか実は違う魔法なのか……」

 対価も無くオリジナル要素を教えろって事じゃない。同じ『山嵐』の魔法なのに、効果が何倍も違う意味が知りたいのよ。

 オリジナルを組み込んでいるなら納得出来るけど、習熟度の違いとかだと納得出来無い。でも近年で特定の魔法でも、オリジナリティを組み込んだとか聞いた事が無い。

 その理由が分かれば努力する方法が分かる。習熟度なら更に練習すれば良く、オリジナリティを組み込んでいるなら無理かもしれないけど、魔導書の内容を解読し自分で改良を加える。

「ああ、確かにそうだな。俺のサンアローでも、騎士団一つは殲滅出来無い。多分だがオリジナリティを加えている筈だぞ、じゃなきゃ土属性魔術師が広域殲滅魔法など使えない筈だ」

 やはり半分オリジナルな魔法なのか……私には苦手な部類だわ。いや、現代の魔術師だったら全員同じ筈よ。

 あの『山嵐』を全く別物の魔法に作り替えたのと同じ意味だと思う。有り得ないけど現実に使って成果を上げている、何か一言でも助言が欲しいわね。

「そう難しい顔はするな、口添え位はしてやるよ。序でにセシリア殿とイーリン殿に会えるかな、オリビア殿でも良いや。彼女は家庭的そうで優しそうだし、理想の嫁だよな」

 スピスピと鼻を広げて呼吸も荒い、つまり興奮状態な訳よね。全く淑女で妹分の前で発情するって、猿じゃないんだから落ち着いて下さい気持ち悪い!

 だからリーンハルト様と比較されて落とされるんです。女性は良く見てるから減点対象です、最低です!

 情けなく俗っぽいフレイナル兄様の案内で何とか王宮内に入る事が出来たけど、何度か警備兵に止められては質問をされたわ。

 フレイナル兄様は、リーンハルト様より警備兵達に対して信用と人気、それに知名度が無いみたいで本人確認の為に何度か指輪……宮廷魔術師に与えられる身分証明代わりの物を見せていたわ。

 宮廷魔術師に任命されてから直ぐにハイゼルン砦に移動になった為なのか、活躍してないから認知度が低いのか分からないけど少し情けないわね。

 擦れ違う侍女達にも何度か声を掛けたけど軽くあしらわれていると言うか、避けられていると言うか、見ている私が悲しい対応をされていた。

「フレイナル兄様、情けない所を妹分の私に見せないで下さい」

「悪かったな、人気が無くてな!」

◇◇◇◇◇◇

 漸くリーンハルト様の執務室に到着、対応してくれた侍女がセシリアさんらしい。デレデレのフレイナル兄様に対して事務的な対応だけど、取り次いだ時にリーンハルト様に向ける感情には尊敬を感じたわ。

 実家の思惑が強く反映されていても、仕えし主は尊敬出来る人物だと思っているのね。イーリンさんもオリビアさんにも会えた、私をダシに会話を振っても二言三言で終わらせられている。

 哀れ、哀れ過ぎるわ。他に二人、ロッテさんとハンナさんは既婚者だからと挨拶すらしない。女性はそう言う所を厳しく見てます、フレイナル兄様の評価はマイナス一直線です。

「それで?僕の執務室に突撃してきた理由は何ですか?」

 むぅ、執務机に座り仕事をしている、リーンハルト様を初めて見たわ。様になっているって言うか、出来る男感が凄いわ。普通なら未成年が豪華な執務室で仕事をしていたら違和感を感じて滑稽(こっけい)な位なのに……

 なのに全く違和感を感じない、思わず見とれてしまい恥ずかしくなり、フレイナル兄様のローブを掴む。ああ、顔が熱くなり赤くなっているのが分かる。

 何か一言でも言わなければ、挨拶位はしなければ淑女としての品位に関わる問題だけど、喉がカラカラに渇いて何も言えない。リーンハルト様が不審そうに私達を見ている、正直恥ずかしい。

「いや、そのだな……」

「血迷って、ウェラー嬢との交際を認めて欲しいのなら相談する相手が違いますよ。今なら半殺しで許してあげます、それがユリエル殿との約束ですから」

 ジロリと見詰められたけど、その言葉に衝撃を受けてしまう。私がフレイナル兄様と恋仲?無い無い有り得ない、どう見ても保護者として同行して貰った妹分でしょ!

 勘違いとしても酷い、酷過ぎる。コレと恋仲とか酷過ぎる誤解、セシリアさん達の生暖かい視線って、まさか勘違いされてる?その誤解は速やかに解かないと駄目よ!

「違う!違うぞ、酷い誤解だぞ。ウェラー嬢だけでは、王宮に居るリーンハルト殿に会えないから同伴したんだ。俺だってユリエル様に殺されたくない!」

 誤解を解いてくれた筈なのに納得出来無いわ。フレイナル兄様が否定するのではなく、私が否定するのです。まるで交際の申し込みをしてない相手から、勝手に振られたみたいになってるじゃないですか!

 釈然としませんが口添えしてくれるって言われたので我慢するわ。我慢している内に早く何か言って下さい。質問の取っ掛かりが欲しいのです、後は自分で何とかしますから……

 このままでは仕事中のリーンハルト様の邪魔をしているだけです。早く何か言いなさいって意味で、掴んでいたローブを引っ張る。男ならバシッと言いなさい!

「僕も忙しいのですが、訪問の理由を教えて下さい」

「ほら、ウェラー。頼みが有るんだろ?」

 え?私が最初から言うの?口添えしてくれるって嘘だったの?

 後ろに隠れていたのに両肩に手を添えて押し出された、いきなりの出来事に更に顔が真っ赤になり恥ずかしさで涙が滲んで身体がプルプルと震えてしまう。

 フレイナル兄様への罰は後回しにして、この機会に聞きたい事を言うしかない。でも緊張と恥ずかしさと色々な感情が混じり合い上手く言葉にならない、自分ながら情けない。

「お……おね……おね、その……ああ、もう!」

「おねその?何ですか?」

「もう!リーンハルトさまの、ばかぁ!」

 八つ当たり気味に叫んで部屋を飛び出してしまった。だって心の準備が整ってないのに、いきなり前に押し出されたら何も言えなくなっても私は悪くない。

 でも思わず飛び出したけど右も左も分からない。王宮内で迷子、いえ単独での行動は色々と問題が有るわ。それは私だって分かる、最悪は捕まって処罰される。

 フレイナル兄様が追って来ると思うから走る速度を落とすけれど、全く近付いてくる魔力反応が無いって……馬鹿なの?どう言う事なの?

「もう良いわ、追って来たら返り討ちにしてあげる。全く役に立たない駄兄様にはお仕置きが必要、私が淑女の扱い方を教えて上げます」

 廊下の真ん中に立ち、腰に差していたロッドを引き抜いて構える。漸く魔力反応を感知したから追って来たのだろうが、遅いのよっ!

 


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