古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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連載4周年記念④

 リーンハルト様に私の覚えた『山嵐』の魔法の効果の違いを教えて貰いたくて、フレイナル兄様に無理を言って王宮に連れて来て貰ったわ。

 そこで色々とフレイナル兄様の残念な一面を見せ付けられたわ。でも一番酷いのは、口添えをしてくれるって言ったのに私を何のフォローも無く、リーンハルト様の前に突き出した事。

 お陰で心の準備も未だだったし色々と焦って恥ずかしくて情けなくて、そして捨て台詞みたいな事を言って、リーンハルト様の執務室を飛び出してしまったわ。

 

 フレイナル兄様が直ぐに追って来るかと思えば中々来ない、妹分が王宮内で一人で居る心細さが分からないの?自分でも迂闊だと思う程の問題行動だわ、警備兵に捕まればフレイナル兄様にも責任が及ぶ。

 一緒に行動して良く分かったけれど、女心が全く分からないからモテないのよ。駄目な面しか見せてくれないから私の中のフレイナル兄様の評価はマイナス一直線。落ちる所まで落ちたわ、後は上がるしかないけど微妙。

 そして漸く迎えに来てくれたみたいだけど遅い、もう少しで王宮の警備兵達に見付かる所だったわ。ドキドキして待ってたんだからね!だから罰を与えます、反省して下さいね!

 

「力有る水よ、彼の者の足元に絡みなさい。魔水操術、拘束の御手!」

 

 既に自分の魔力を仕込みとして廊下の床に隠蔽して張り巡らせていたから、短い詠唱で魔法を発動させる事が出来る。

 この仕込みが中々出来なかったのよね。御父様との特訓を思い出すわ、結構なスパルタで何度か拳骨を落とされた事もある。

 それは出来無いとか覚えが悪いとかじゃなく、飽きたり集中出来なかったりと私側に非が有ったから……

 

「うわぁ!落ち着け、ウェラー。王宮内で無闇に魔法は駄目だって、痛いぞ。腰から転んだじゃないか!」

 

「デリカシーの無い、フレイナル兄様にはお似合いですわ!」

 

 廊下の床に仕込んだ魔力で水を錬金、すぐさま制御して紐状にして操り両足首を拘束する。でも所詮は水だから強度は植物の蔦程度、力を入れれば引き千切れる。でも隙をついて足を掴んで転ばせる事は容易い。

 両足首を掴み前に引っ張ったから尻餅をついたわ。前に転ばせると危ないし、一応頭から倒れた場合は『拘束の御手』で受け止める予定だった。

 でも尻餅をついただけで打ち身か捻挫位で済んだ筈、年下の妹分に良い様に負けては、フレイナル兄様のプライドが傷付いたかしら?最近は落ち着いたけど、少し前はムキになって追い掛けて来たし……

 

「ウェラー、悪戯が過ぎるぞ!お仕置きとして俺も全力で戦ってやる、でも此処じゃ危ないから練兵場に行くぞ」

 

「望む所よ!フレイナル兄様は、少しはスマートに女性をエスコートしないと何時までも独身よ」

 

「言うに事欠いて生涯独り身の独身貴族だと?俺だって本気を出せば嫁さんくらい直ぐに見付けられる、見合いだって父上がセッティングしてるんだ!何とかなる、何とかする、何とかしてくれ」

 

 他力本願、最低の回答を貰ったわ。自分で御家の繁栄の為に、現状で最上位の相手を探すのが貴族の家に生まれた者の務め。それを未だ本気を出していないだけとか、実家に寄生する働かない連中と同じ言い訳。

 アンドレアル様が探している事は知っているけれど、色よい返事が無い事も知っているわ。フレイナル兄様のお相手の条件は、年齢的にリーンハルト様と被るのよ。

 そろそろリーンハルト様に断られた連中が、何段階か評価は落ちるけど条件は……まぁそれなりな、フレイナル兄様に妥協してターゲットを替える、かも知れない。

 

「だけど、今はこのデリカシーの無い男に教育的指導が必要。ブッ倒すわ、話はそれからよ!」

 

「いや、ウェラーのお転婆振りを叩き直す。妹分であろうとも、大人気ないと言われても全力全開だ。もう負けられないんだ!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 練兵場での模擬戦は僅差の負け、悔しいけれども一応は宮廷魔術師の末席だけの事はあるのね。小刻みなファイアボールで牽制されて行動を制限、隙をつかれてファイアウォールで囲まれて終わり。私から負けを宣言したわ。

 向き合っての一対一の戦いでは地力の関係で勝てない、力押しと言う何の捻りも無い戦法に負けてしまったわ。私のゴーレム、お人形さん達の展開が早ければ結果は少し違ったかもしれない。

 でもトータルの勝ち星は私が倍以上は上回っているから平気、三回に一回は負けるけど気にしない。同じ位の成長速度なら抜かれない、今後の課題はファイアウォールに囲まれても脱出出来る方法。アイデアは幾つか有る、次は同じ手では負けないわよ。

 

「リーンハルト殿、待たせた」

 

「いやよ、放してよ。痴漢、強姦魔、女の敵!」

 

 後ろから私のお腹に手を回して抱え込まれたので逃げられないけれど、両足はフリーだからゲシゲシとフレイナル兄様の脛を本気で蹴る!

 捕まった際に両頬に思いっ切り爪を立てたわ、縦に六本の筋をつくったけど少しも気が晴れない。腕にも噛み付いたけど根性で耐えたみたい、でも私を連行する姿を見た侍女達のヒソヒソ話は聞こえたかしら?

 幼女愛好家の変態、幼子を後ろから抱き締めて喜ぶ変態、そこに兄妹のじゃれ合う微笑ましさなど無い。申し訳無いのですが、フレイナル兄様の王宮内での評価は決まったわね!

 

 いたいけな幼子に全力全開で挑む大人気ない男、この評価がフレイナル兄様の嫁取り問題にどう影響するか?それは後でのお楽しみね……

 

「ウェラー嬢?話が有るのなら聞くが、僕も忙しい身なので早く話して欲しい」

 

 リーンハルト様のフレイナル兄様を見る目が冷たい、幼女愛好家の変態を見る厳しい視線に流石のフレイナル兄様も動揺して拘束が緩んだわ。

 すかさず大きく身体を揺らして脱出する。淑女として変態に抱き締められたままなど許容出来無い屈辱だわ。壁際に控える侍女達の視線も冷たい、もう彼女達を嫁に迎えるには相当な好条件を出さないと無理。

 何やら警備計画書?を書いているみたいだし、執務机の上には色々な資料や報告書が所狭しと並んでいる。人並み以上に政務をこなす噂は本当だったんだ、本当に私と二歳しか違わないの?

 

 細かい字で色々と書き込んでいるし、派閥構成早見表とか羨ましいモノまで有る。私も公爵家と侯爵家の構成は叩き込まれたけど、伯爵以下は殆ど覚えていない。

 リーンハルト様の実家は新貴族男爵、そんな詳細な派閥構成早見表を手に入れるのは難しい筈よね?宮廷魔術師である、フレイナル兄様も持っていない。

 もしかして、モリエスティ侯爵夫人から頂いたのかしら?それとも才媛と噂される、ジゼルさん?最近家臣に引き込んだ、アシュタルさんかナナルさん?

 でも今はそんな余計な事は考えないで本題よ。リーンハルト様も忙しそうだし、早目に済ませましょう。

 

「その、伸び悩んでいますの」

 

 自分でもあざとい仕草だと思う。左右の人差し指を胸の前でツンツンしながらダイレクトに悩みを伝えるが、頬が赤く熱くなるのが分かる。

 恥ずかしくて直視出来ず、思わず顔を少し横を向けてしまう。何故か目が潤んでいるのは泣き出しそうだから?こんな感情は初めてだわ、でも何もかもが規格外の殿方を前にしては仕方無いわよ!

 

「それほど低い身長ではないと思いますよ、小魚や乳製品を多く食べると背が伸び易いと聞いています」

 

 あれ?予想外な回答を貰いましたが、確か低い身長にコンプレックスを持っていると聞いた気がします。もしかしなくても、私はリーンハルト様のコンプレックスを刺激してしまったのかしら?

 チラリと横目で見た、フレイナル兄様はドヤ顔ね。身長差はリーンハルト様に勝てる数少ない事だからね、全く子供っぽいんだから……

 

「違います!魔法です、ま・ほ・う。そんな事では有りません!」

 

「魔法ですか、僕の所に来たのなら土属性魔法を覚えたいのですか?」

 

 リーンハルト様は土属性特化魔術師、私は水属性と土属性を持つからの質問。そうです、そうなんです。私は『山嵐』の違いが知りたい、そのヒントだけでも良いので教えて欲しいのですわ。

 後は言い方、恥も外聞も無くオリジナルな部分を教えてくれとか思われたくないの、私は恥知らずな女じゃないのよ。

 中々話し出せない私に配慮してか、リーンハルト様は紅茶を手配し振る舞ってくれたわ。この気遣いが、フレイナル兄様に欠けている部分よ。見習いなさい、これが、このさり気ない配慮が女性の心を掴むのです。

 

「ほら、言っちまえよ。山嵐とその派生系の魔法を教えて欲しいってさ、早く話して楽になれよ」

 

「この、おばかぁ!」

 

 急かした上に相談内容まで言ってしまったフレイナル兄様の右頬に、麻痺毒付加の全力パンチをお見舞いする!

 ソファーの背もたれに仰け反る形で麻痺した、時々だがビクビク動いて気持ち悪い。でも誤解を招く言い方が本当に苛ついたわ、だから麻痺毒付きの全力パンチをお見舞いした事は後悔も反省もしません。

 本当にもう少しだけ空気を読むとか配慮するとかして欲しい、贅沢なお願いじゃない筈よ。リーンハルト様が困った顔をしたわ、私も思わぬ展開に絶賛(ぜっさん)困っています!

 

「山嵐は牽制用の中級魔法、派生系は魔術構成を理解した上でのオリジナルな部分が多いので……」

 

「ち、違います!オリジナルの派生系を教えて欲しいなど、私は恥知らずでは有りません!私の教わった山嵐との違いが知りたかったのです」

 

 慌てて否定する、血縁でも子弟関係でも無いのに教えろって思われるのは酷い誤解だし魔術師の常識を疑われるわ。何故、フレイナル兄様は変な事を言ったの?

 常識が無いって言うか、前は火属性魔術師最高とか火属性魔術師至上主義とか勘違いしていたから常識を何処かに置き忘れたの?

 私の言い訳に、リーンハルト様は難しい顔をして考え込んでしまったわ。誤解が解けなかったら本気で泣くわよ、此処で大泣きするわよ!

 

「違い、ですか?」

 

「悔しいですが今の私では、リーンハルト様には敵わない事は理解しました。でも同じ魔法で全然効果が違う事に納得出来ないのです!」

 

 ずっと考えていた本心からの叫びに、漸く納得しました的に表情を和らげてくれたわ。これで私の魔術師としての非常識な疑いは晴れたと思いたい。

 手に持っていた資料を片付け始めたけれど、一旦仕事を止めて話を聞いてくれるのかな?忙しそうだけど、相手をしてくれるのかな?

 少しだけ落ち着いて、リーンハルト様を見れば物凄い均一で制御された魔力を身に纏っているのが分かる。私よりも、当然だけどフレイナル兄様よりも何段階も違う。

 

「いいでしょう、練兵場に行きましょう。ハンナ、フレイナル殿は少し此処で休ませておいて下さい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 二度目の練兵場へのお誘い、でも今回は違う。上手くすれば、リーンハルト様の『山嵐』が見られるわ。これで、これで私は……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何故だろう?フレイナル兄様との模擬戦の時よりも観客が多いわ。僅かな時間で集まったにしては人数が多い、そして女官や侍女ばかりで華やかです。

 リーンハルト様は観客の黄色い声援に全く動じず、逆に軽く腕を振る余裕まで有るけど、チヤホヤされて嬉しい感じはしないわ。

 義務感?慣れさえ感じさせる態度、場数を踏んでいるのかしら?確かエムデン王国三大脳筋達や両騎士団と模擬戦を繰り返しているとか……

 

 しかも実戦経験者であり、エムデン王国の若き英雄。私は模擬戦だけれども、この稀代の魔術師と戦え……嫌だわ、練兵場に来たのは『山嵐』の魔法を見せてくれる為で模擬戦をするとは言ってないわよ。

 でも私は戦いたい、何としても模擬戦に持ち込もうと意気込んでリーンハルト様を見れば、離れた所で訓練しているラミュール様に手を振っている。

 リーンハルト様、流石に私を前にして多数の女性に下心は無さそうだけど手を振られるのは控えて下さい。私にまで注目が集まるのは、リーンハルト様のお相手は誰かと探っているからね。

 

「ウェラー嬢の山嵐を使って見せて下さい」

 

「私の?変な言い回しですわね、習熟度が段違いだけど同じでしょ?」

 

 言い回しが変じゃないかしら?オリジナリティを加えていても一応は同じ魔法よね?それとも習熟度違い?全く違う魔法じゃない筈よ。

 金貨一万枚、相場の四倍以上を注ぎ込んだのだから、それに見合ったレベルアップはしたい。今の私のお小遣いは金貨百枚を切っているのだから……

 腰に差していた金属製のロッドを抜き、先端の青い魔石に魔力を注ぎ込む。僅かだが魔法の威力を高めてくれる、御父様から誕生日プレゼントに頂いた数少ない私の宝物。

 

「大地より生えろ、断罪の剣……山嵐!」

 

 最後の詠唱の台詞は他の古文書で調べたモノを使っている、でも詠唱と魔法の威力や効果は無関係なのよね。余りに変な詠唱は嫌だから、過去に多用されたモノを真似たのよ。

 ロッドを振り上げるタイミングに合わせて槍を生やす、練兵場の地面に働き掛けて表層の土を槍に錬金する。範囲は5m四方、生やした槍は二十本で五列四本と並びは均等にしたわ。

 

「どう?全力で行ったのよ、どうかな?」

 

 思わず縋る様に質問してしまったわ。伝え聞く、リーンハルト様が模擬戦で使っていた『山嵐』とは大分違うんだもん。

 確かに山嵐は槍を大地から生やすだけ、そこから先はオリジナルの派生系だと思う。眉唾モノだけど触手みたいに動かしたり纏めて強度を増したりと、嘘か本当か分からない噂話。

 だが結果が悪い事は困惑顔の、リーンハルト様を見れば分かるわ。中々評価を言わないのは、私を傷付けない言い方を考えているのかしら?

 

「うーん、その魔法は『山嵐』じゃないよ。『山嵐』は地中に株を作り其処から生やすんだ、大地の表層を錬金して槍を生やすのとは違う。それは『剣山』とか『針千本』とか呼ばれる魔法だね」

 

「え?違うの?違う魔法なの?だって、馬鹿高い魔導書を買って漸く覚えた魔法なのに、お小遣いを全部注ぎ込んだのに……」

 

 なにその衝撃的な事実は!これは『山嵐』じゃないの?『剣山』とか『針千本』とかって、土属性魔法の中でも数は少ないけど使い手は居た筈よ。

 力が抜けて膝をついてしまう。私のお小遣いは全て下級魔法を買う為に使ってしまったの、無駄遣いだったの?

 初めてリーンハルト様が動揺を見せたけれど、泣き出した私を何とかなだめようと慌てている姿に少しだけ安心したわ。

 英雄と呼ばれていても宮廷魔術師第二席として大出世しても、泣き出した女の子の対応にはオロオロしてしまうのね。その姿を見て不謹慎だけど可笑しくなり泣き止む事が出来たわ、でも人前で大泣きとか恥ずかしい。

 

「ウェラー嬢の魔法だと範囲も狭いし一度生やして終わりだ、それでは使い勝手が悪いし簡単に対応される。参考になるかは貴女次第だけど見せよう、本物を……大地より生えろ、断罪の剣。山嵐!」

 

 一瞬で練兵場の地中10m位下に二つの魔力溜まりを感じたわ、其処から五十本位、合計百本近くの槍を50㎝間隔で十本十列にて生やした!

 私の『山嵐』より早く鋭く長く多い、そして百本の槍は鋼の蔦となり素早く複雑な動きを繰り返す。うねる様な動きに私は魅入ってしまったわ。

 百聞は一見に如かずと言うけれど、全く違う魔法の場合はどうなのかしら?思わず前に身を乗り出してしまうが、肩を掴まれて止められた。

 

 力は入っていないけど触られた部分が酷く熱い。私、興奮している。私、興奮がおさまらない。夢に描いた理想形、誰も到達出来なかった究極。

 失われた古代の魔法だと言われても信じるわ。私は今、現代の魔法の常識が砕け散った瞬間に立ち会っている。たぎる気持ちが押さえ切れない、私は今凄く興奮しているわ。

 思わずリーンハルト様のローブの端を握ってしまう。でもこの手は離さない、理想形の目標たる魔術師に出会えた。でも安易に教えは乞わない、先ずは私を認めさせてあげるわ!

 

 




日刊ランキング二十七位、有難う御座います。
これにて試験的な挿話も終了、明日から本編に戻ります。

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