古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第587話

 凱旋帰国し直ぐに謁見室に呼ばれた、参加者はアウレール王にリズリット王妃、レジスラル女官長にベルメル殿。ザスキア公爵にサリアリス様と豪華メンバーだ。

 最初は対バーリンゲン王国について話し合いと確認だ。短期間で処理しなければならないので、殿下三人の確保は諦めて敵戦力の擦り潰しでも良いと言質を取った。

 これで煩わしい探索はせずに敵兵力を殲滅させる楽な方法も取れる、それと非協力的なバーリンゲン王国の手を使わずに各ギルドに捜索を依頼する事も認めて貰った。

 イマイチ信用出来ないバーリンゲン王国が用意した連中は使わずに済む、盗賊ギルド本部が協力してくれれば捜索や諜報関係は大丈夫だな。

 当初の考えでは、ザスキア公爵の手勢に捜索させる予定だったが必ずしも逆賊殿下三人を捕まえる必要は無くなった。だから無理に敵地に侵入する危険性も時間を掛ける必要性も無い。

 商人ギルドとは協力関係は結べないが、盗賊ギルドは何とかなりそうだ。エレさんやティルノーツさんを頼っても良いだろう、優遇に見合う対価は貰えそうだな。

◇◇◇◇◇◇

 仕切り直しの紅茶を楽しむ、前は味が分からないほど緊張したが今は少し余裕が持てて最高級品の茶葉を味わう。先ずはストレートで、次に砂糖だけ入れて飲む。

 此処からが本番なのだろう、リズリット王妃に気合いが入ったのが分かる。対応を間違えればリズリット王妃と敵対する、少し情報を整理してみるか……

 先ずはパミュラス様だが、彼女の祖国であるメルメスク公国とリズリット王妃の祖国のマゼンダ王国とは同盟を組んでいる。隣国のルクソール帝国が力を付けて来ているから、同盟を組んで対抗している。

 依頼された魔力砲も海戦でルクソール帝国より有利に立つ為のプランの一つだろう、現状の試作魔力砲でもスペック的には問題無い。

 重量が400㎏も有り装填方法に難有りだが、十分実戦でも使える。数を揃えれば敵戦艦だって沈没させられる破壊力を持っている。

 船体に僕が固定化の魔法を重ね掛けすれば早々には沈没しないだろう、サンアローかビッグバンクラスの魔法なら防げないがファイアボール程度じゃ傷も付かない。

 祖国の海軍増強の為にも僕の排除は無理だろう、今は友好的な協力関係を結んでいるし裏切りや敵対はしないな。する意味が無い、現状の関係を望むだろう。

 パミュラス様は祖国であるメルメスク公国に帰されて新しい側室が嫁いで来るが、その側室の面倒は見れない。王宮内の下級官吏達の掌握は進んでいる、負担を強いられる芝居はもう不要だ。

 だが御子様、レスティナ様の後見人は辞められない。母親は更迭されるが、御子様は残るしアウレール王の血を受け継いでいるので守るべき存在。

 レスティナ様はリズリット王妃が引き取るらしいから、援助は継続して行う。年間金貨六万枚、安い投資であり忠誠心の証明でも有る。

 リズリット王妃が面倒を見るなら、馬鹿な取り巻き達が騒ぐ事もない。だがメルメスク公国は面白く無いだろう、僕との関係が微妙になり御子様は奪われた形になる。

 此処まで聞けば、リズリット王妃が総合的には得をしている。セラス王女にミュレージュ殿下、実子二人にレスティナ様も養子となれば、アウレール王の血を引く子供を三人も擁している。だが……

 面子やプライドが許さないのだろう。王妃ではあるが、レジスラル女官長はエムデン王国の王族の血を継いでいない彼女には正式には仕えていない。

 唯一の女性公爵であるザスキア公爵は、準王家として薄いが王族の血を受け継いでいる。その二人が手を組み、自分が目を掛けていたコッペリス殿を失脚させた。

 だが国家の屋台骨を揺るがす愚かな事をしたんだ、ウルム王国との戦争を控えて裏切り行為を仕出かす馬鹿に優しい対応など出来ない。しかも父親である、グンター侯爵の動きも怪しい。

「さて、次の話題だが……パミュラスとコッペリスの件だ、お前も既に聞いているのだろう?」

 アウレール王が真面目な顔をして切り出して来た。遂に来たか、この話題が……チラリと見たリズリット王妃は無表情だ、多分だがアウレール王から事前に言い含められている。

 臣下の前で王と王妃が言い争う事など出来ないし有り得ない、彼女は王妃だが極端に言えば替えが利く存在だ。ザスキア公爵とレジスラル女官長は澄まし顔だな。

 既に手を下した後だし、アウレール王も結果は認めているのだろう。御子様を授かった側室でも有無を言わさずに更迭した、メルメスク公国にも事実は伝えた筈だ。逆恨みが無い様にだと思うが、パミュラス様の立場は無い。

「はい、寛大なる処置を頂き感謝し切れません。僕から言う事は何も有りません」

 そう言って深く頭を下げる、実際に僕が知らない内に全ては終わったんだ。だから何も言えない、言う必要も無い。文句はザスキア公爵とレジスラル女官長に対して礼を欠く行為でしかない。

 アウレール王の配慮には本当に頭が下がる、僕に女絡みの悪さはするなと警告したのに、リズリット王妃はそれを破った。例えそれが色恋絡みじゃなく、政争であっても……

 ザスキア公爵には御礼は出来たが、レジスラル女官長は未だなんだ。ベルメル殿の件も合わせて、この後にでも直ぐに話し合いがしたい。

「ふん、対処したのは俺じゃなく、ザスキアとレジスラルだがな。事後承諾はしたぞ、お前との約束だからな」

 ああ、国王と約束とか他に漏れたら大問題な会話だぞ。本当にアウレール王には良くして貰っている、借りが山の様に積み上がる。

 サリアリス様がリズリット王妃を睨んでいる、不味いかな?不味いよな?リズリット王妃も王宮内の女傑三人に睨まれたら著しく行動に制限が掛かる。

 ベルメル殿はリズリット王妃に対して全くの無関心だ、王妃でも替えが利く女性程度の認識なんだよ。女官や侍女って国に仕えてるから、王妃や側室の事は仕えし国の客人程度の認識だよな。

「心配事は御子様、レスティナ様の事です。後見人の件は引き続きお願いしたいと思います」

 この言葉に、アウレール王は考え込む様に腕を組んだ。もしかして後見人の件も不要だと考えていたのかな?確かに年間金貨六万枚は大金だが、今の僕なら大した負担じゃない。

 王族の後見人を外される方が、周囲から邪推されて負担が増える気がするんだ。それに、パミュラス様の祖国であるメルメスク公国との関係も有る。

 援助金はリズリット王妃に渡す事になるが、メルメスク公国とは貿易面で優遇されている。縁を切られるのは少し面白く無い、だが新しく来る側室の後見人にはなりたくない。

「無理な負担はさせたくない、お前には何の利益も無いだろ?」

「確かに直接的な利益は無いでしょう……ですが王族の後見人を外される事を邪推する連中が必ず居ます。それにメルメスク公国との関係も有りますので、レスティナ様が成人する迄は後見人を続けたいと思います」

 年間金貨六万枚、成人する十五歳迄の合計は金貨九十万枚、結構な負担だが構わない。それに女性王族の本来の使い道は婚姻、成人後に後見人を止めるって事は政略結婚の恩恵は要らないって意志表示だ。

 追加援助を含めれば金貨百万枚は超えるだろう、その負担の見返りは不要だと宣言した。まぁメルメスク公国との貿易が続けられるなら、実質は半分位の負担で済むと思う。

 どちらにしても途中で後見人を止めて、レスティナ様との縁を切るのは悪手だと思う。一度面倒を見ると決めたら最後までだな、だが後任の側室の面倒は見ない。

「レスティナはリズリットに面倒を見させる事は、メルメスク公国とも話はついている。先方もリーンハルトの失脚の片棒を担いだ事に恐縮していたぞ、お前の怒りの矛先が向くのは困るからな」

 単独で一国を落とせるお前と敵対したとか笑えない冗談だからなって笑いながら言われたけど、グンター侯爵はエムデン王国の上級貴族だから此方の責任も有るんじゃないかな?

 その辺の責任区分は教えてくれそうにないし、そのままスルーすれば良いのか?貿易相手国だし、後で親書を送って敵意は無いと伝えた方が良いかな?

 この辺の判断はつかない、チラリとザスキア公爵とレジスラル女官長に視線を送ると小さく頷いた。つまりレスティナ様がリズリット王妃預かりになるのは問題無し、援助を続けても大丈夫なのか……

「後任の側室の方の後見人にはなりません、あくまでもレスティナ様だけです。母親とその友人の行いと、生まれたばかりの御子様とは無関係ですから」

 余り話を蒸し返す前に纏めて欲しい、落とし所としては十分だろう。僕がリズリット王妃に更なる援助と配慮をする、結構な利益だと思う。

 僕は煩わしい側室の側近達との遣り取りは無くなり、リズリット王妃に貸しが出来る。セラス王女絡みの錬金関連では優遇して貰っているから、縁が切れるのはデメリットが大き過ぎる。

 勿論だが次は無い、サリアリス様もザスキア公爵もレジスラル女官長も頷いているから選択として間違いは無いみたいだ。

 だがアイコンタクトって言うか僕が女傑三人の表情を伺っていたのがバレたみたいで、国王夫妻が首を振り溜め息を吐いた。

 仕方無いでしょう、僕には王宮内の諸々の判断なんて分からないんです。分からなければ仲間を頼れば良い、一人で何でも出来ません!

「まぁ良い。お前、考える事を放棄してザスキア達を頼ったな?」

「はい、信頼出来る人達に頼る事も必要だと教わりました。何でも一人では出来ません、それで失敗しても後悔はしません。自分だったら、もっと酷い結果になっている筈です」

「頼る連中が曲者(くせもの)ばかりだが有能ではあるな、お前の思い切りの良さには驚かされる。レスティナの件は任せた、パミュラスは祖国に帰しコッペリスは領地で静かに暮らす事になるだろう」

「宜しくお願いします」

 これで今回の件は本当に終わりだ。パミュラス様は経緯が知られているから帰国後は祖国の判断で処罰される、コッペリス殿は……

 領地で静かに暮らすは貴族的隠語だ、病死か事故死か、処遇が軽ければ幽閉か軟禁だな。その前に影の協力者を見付けたい、簡単なのはリゼルを伴い質問する事だが難しいかな?

 リズリット王妃的には納得は出来ないが、対外的には利益が勝る。面子は保たれたが自分の気持ちをどう抑えるかが問題だろう、一度だけ視線が有ったが色々な感情がゴチャ混ぜだった。

 アウレール王がリズリット王妃を退室させた、軽く僕に頭を下げたのは悪いと思ったのか、アウレール王に諭されたのかは分からない。王妃に軽くでも頭を下げさせるとか胃が痛くなる珍事だよ。

 だが今後の関係には気を使わねばならなくなった。完全に味方ではない、腹の探り合いが必要な協力者かな?お互いに利益が有るなら裏切りは無いと思うけど、信頼は出来ない。状況による信用だけだ。

 謁見室に残ったのは僕を含めて五人、アウレール王にサリアリス様、レジスラル女官長にザスキア公爵。ベルメル殿も退室した、つまり未だ話が有るって事だ。

 長い一日だな、だがリゼルや妖狼族の事を話していない。気合いを入れて頑張るしかないな……

◇◇◇◇◇◇

 紅茶が下げられ冷たい水の入った水差しが各自に配られた、長い話し合いになるって意味だ。熱い紅茶では長時間話す喉の渇きは癒せない、一口飲めば仄かに柑橘系の爽やかな味がする。

 シトラスかな?僕以外は水を飲まないけど、緊張してるのって僕だけなの?僕からは話題は振れない、質問されたら答えるだけだ。

 全員がアウレール王の言葉を待つ、早く何か言って欲しい。緊張で喉が渇いてきた、飲んだばかりだぞ。先程の心の余裕は無くなってしまったな……

「リゼルの件だが、お前はどうしたい?」

 え?最初の質問はリゼルの事?どうしたいって希望が叶うのか?エムデン王国に公式な人物鑑定のギフト所持者は居ない、普通は隠すし噂で広まる程度の信憑性の無い話だ。

 だがジゼル嬢が人物鑑定のギフトを所持しているのをナナル達は知っていたっぽい、どうなっているんだ?

 他の連中は知らない感じだ、諜報に長けたザスキア公爵も知らなかった。ナナルは能力査定のギフト所持者だし、他人のギフトが何か分かるのかな?

「人物鑑定のギフトは交渉の切り札となるでしょう。他人の思考が読める、相手の思惑は丸裸です。危険なギフトを持つ彼女の身の安全を最優先して下さい、情報は極力秘密にする必要が有ります。

それと立場の確立、彼女はアウレール王の密命を受けてバーリンゲン王国に侍女として侵入していた。今回の功労者の一人として扱って下さい、その功績をもってアウレール王の側近にするのはどうでしょうか?」

 長い台詞を一気に言い終えた。相手の思考を読むにしても会談や密談に同席出来る立場が必要、侍女だと人払いと言われたら同席出来ない。確か心を読むには有効範囲が有るって言っていた。

 アウレール王の側に居られるのは側近か護衛、彼女は王族の影の守り手にはなれない。だから側近一択しかない、故に相応の功績が必要。

 それに流石に単独で一国を落としたとかは仲間内からの嫉妬が大きい、事前にアウレール王が手を打っていたって方が信憑性が高い。

「リーンハルトよ。自分の手柄を割いてでも、リゼルの立場を固めるのか?単独の功績だぞ、俺が仕込みをしていたとか要らぬ気遣いだな」

「いえ、リゼルの立場を固める事は最重要課題です。彼女は裏切り者の炙り出しに必須です、相応の立場にするべきです。それに……出来ればコッペリス殿の周囲に居ただろう、影の助言者を探させたいのです」

 此処で僕にも利益が有り、手柄を割く必要性を話す。ザスキア公爵と対等にやり合う影の助言者、その者を見付けて仲間に引き込むか排除する。

 敵対する可能性の方が高い、グンター侯爵に協力されたら困る。側室に召された時に離れたとなれば男性だ、女性なら取り巻きの侍女として同行させる。男子禁制の後宮だから仕方無く離れたんだ……

「コッペリスの影の助言者か、確かにリズリットが拘るだけの能力が有るとは思えない小者だったな。そうか、助言者か。それは探し出して早めに対処する必要が有るな」

 アウレール王も乗り気になったみたいだ、謀略でザスキア公爵に煮え湯を飲ませる程の策士だ。もしかしたら此方の思惑にも気付いたかもしれない。

 反エムデン王国に協力されたら困るんだ、でもグンター侯爵の様子からして彼に協力はしていない。だけどコッペリス殿がお里下がりとなり実家に行き来し始めれば、再び接近し協力する可能性が高い。

 早めにコッペリス殿に質問(尋問)し、答えなくても考えさせる事が出来れば確保は可能だ。これで長い間モヤモヤしていた事に解決の目処がたった、アウレール王が動いてくれるなら確実だ。

 気持ちが楽になった所為か、今飲んだ水は美味しく感じた。味覚って精神状態により変わるんだな、後は妖狼族の待遇と拝領する領地の希望を言えば僕の課題は終わりだ。

 成果に見合った領地の要求をして、今回の報酬とする。国王に欲しい領地を頼むなど大問題だ、だからこそバーリンゲン王国を落とした対価として適正。

 早く妖狼族を引き取る必要が有るが、流石に今回は代官任せには出来ない。領地を妖狼族が住み易い環境に変える必要も有るから、手掛けるのはバーリンゲン王国を平定した後になるかな。

 


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