古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第589話

 謁見室でアウレール王達と密談を交わした後、僕は王宮内に軟禁されている。イーリンの報告によれば、アウレール王は今回の僕の成果を大々的に国内外に発表したそうだ。

 リゼルの件は概ね打合せ通りだ、アウレール王の指示で潜入工作員として五年も前にバーリンゲン王国に忍び込ませ僕と連携し色々と工作し属国化させた。

 その成果をもって僕の配下になりたいと希望し、アウレール王が叶えた事になっている。側室や妾でなく家臣団に迎えて欲しい、僕の派閥に完全に食い込みやがった。

 妖狼族はもっと酷い、旧コトプス帝国のリーマ卿の謀略で神獣を人質(狼質)に取られて脅迫され仕方無く僕に挑んだが返り討ち。

 理由を聞いて義憤に駆られた僕が、人質(狼質)を奪還し無事に神獣を彼等の元に返した事に感激し配下になる事を望んだ。

 そして僕は快く迎え入れて、めでたしめでたし。簡単に言えば、そんな美談で纏めたらしい。そして脚色されたサブストーリーも、噂話として国内外に流れた。

 特にバーリンゲン王国とウルム王国の宮廷魔術師と五対一で戦い圧勝した事や、二つの城塞都市を陥落させた事は盛大に話が盛られている。

 国民達の戦意高揚に必要な事とは言え、こんなにも話が盛られて事実とかけ離れると怖くなる。戦神とか軍神とかは止めてくれ、宗教関係者に喧嘩を売る呼び名だぞ。

 その所為かエムデン王国内では反戦や厭戦ムードは皆無だ、前大戦での国力低下は完全に回復している。そして因縁深い旧コトプス帝国に協力する、ウルム王国の事を完全に敵視している。

 開戦前としては理想的な国内情勢、周辺諸国も表向きにウルム王国に協力する事は無いと明言している。ウルム王国を追い込めば参戦希望位する雰囲気だ。

 特に旧コトプス帝国領に隣接している、バルト王国とデンバー帝国は小競り合いを繰り返した関係だ。参戦希望は強い、確か領地も奪われていた筈だ。

 旧領の回復の為にも対ウルム王国戦で成果を上げたい、または隣接するウルム王国の領地が欲しい。現状はエムデン王国が圧倒的に有利、何とか参戦したくて色々画策してる筈だろう。

 一方的な勝利を収める為にも、デオドラ男爵達の狂化……いや、強化は必須。自重しない装備の錬金を始めるかな。

◇◇◇◇◇◇

 久し振りの自分の執務室、机の上には山積みの親書、分厚い祝い品の目録、ソファーに横座りに寛ぐザスキア公爵。うん、少し変だが日常に戻って来た感じだな。

 壁際にはハンナとロッテ、それにオリビアが控えている。イーリンはユエ殿の世話に、セシリアはローラン公爵に報告に向かった。

 ユエ殿とフェルリル達は、僕の屋敷に向かわせた。凄く不安だが大まかな説明はイーリンに任せる事にした、放置は無理だし僕は王宮から動けない。

 セシリアはユーフィン殿の事を含めての事前説明だ、僕が直接説明する前に話は通しておかないと不味いので親書も持たせた。誤解の無い様に気を使う。

 仮初めの婚約の件は言わずに済んだし、縁を切りたかったサルカフィー殿の実家は逆賊として御家断絶。擦り寄られても拒絶するしかない、迎え入れるのは不可能。

 国家に逆らった者共など幾ら血縁者、親戚だとしても断れる。他家も文句など言えないから理想的な手切れだ、血縁者の中から有能な者だけ秘密裏に取り込んでいるらしい。

 ユーフィン殿には最後に泣かれて愚痴を言われたが、特に関係が拗れたとか敵対したとかは無い。まぁ最初から仮初めだったし、夢幻だと諦めてくれ!

 実家の為に利益の無いサルカフィー殿からの求婚は潰したんだ、僕を婚姻によるローラン公爵派閥に引き抜く事は出来なかったが総合的にはプラスだろう。

 一応だが大甘ではあるが見習い侍女から正式な侍女に昇格した、僕もベルメル殿に口添えをしたんだ。少し自由に振る舞い過ぎて仕事に支障がね……

「祝いの手紙の筈だけど、前より政略結婚の匂いが濃厚になってきたな。派閥に加わりたい的な印象も受ける、直接的じゃない分難しい」

 最新の親書には、リゼルの事を側室候補と勘違いして焦りを感じるモノも多い。余りに枚数が多いので、流し読みして優先順位を決めようとしたけど……

 バセット公爵の派閥構成員達が擦り寄って来ているのは、当主が見限られたのか単純に罠なのか判断が難しい。他の公爵家から一人だけ距離を置かれた事が原因だな、良く周りを見ている連中だ。

 バニシード公爵の派閥構成員は更に露骨だな、完全な鞍替えだ。確かに派閥を構成する貴族達と直接的には争ってない、当主であるバニシード公爵と直接戦っている。

 下の者からすれば、当主であるバニシード公爵の衰退振りは派閥の力に直結する。一蓮托生、呉越同舟は嫌だって事なのだろう。

 色々な条件を提示しているが、この親書をバニシード公爵に見せるだけで偉い事になるんだぞ。なりふり構わず擦り寄って来るのは、パゥルム女王達だけで十分だぞ。

「露骨な擦り寄りが目立ってきました、バニシード公爵もバセット公爵も追い込まれているみたいですね」

「彼等の派閥でも末端でなく力有る者達からでしょ?普通は派閥移籍なんて裏切り行為の証拠を仄めかす事を親書に書かないわ」

「つまり本気度を示している?あとは当主公認の罠かな、聞けば今度の出兵に大分負担を掛けているとか……」

 横座りで優雅に寛ぐザスキア公爵が、表情を変えずに言った言葉は中々考えさせられる。彼等の派閥は荒れている、派閥の上位者がなりふり構わず移籍を希望してくる。

 これは当主を見限ったからだ、そして報復を恐れていない。つまり彼等は自分の仕えし当主が失脚ないし衰退すると確信したから、露骨な擦り寄りをしてきた。

 確かにバニシード公爵は全盛期の勢力を取り戻す事は不可能だろう、余程の貢献をしないと無理だ。少なくても十年単位の時間は掛かる、バセット公爵は微妙だな。

 ニーレンス公爵とローラン公爵が、ザスキア公爵と手を組んでいる。この三家と僕が固まっている内は突出した成果は出せない、故に配下の連中は先の無さを感じたのか?

 間違い無く僕は勝ち組、バセット公爵もバニシード公爵も正面切って僕に挑んでも勝ち目は無いと思っているだろう。バセット公爵は何とかして僕等の連合に入りたい、バニシード公爵は直接的な敵対を抑えて勢力を盛り返したい。

 故に今回の出兵には全力で当たる、派閥の貴族達にも最大数の戦力を出す様に指示するだろう。戦争とは貴族達に大きな負担を強いる、下手をすれば親族は戦死し財産は大きく損なわれる。

「ん?確かリーマ卿の謀略により裏切り行為と後方攪乱の為に傭兵団が入り込んでいるって話ですよね?彼等の領地って防衛戦力は最低限でしょう、助言しても聞き入れないでしょうね」

「名誉の回復、裏切り者の汚名を晴らす為に、あの二人は最大戦力を投入するわ。私達が領地を守る為に兵力を残せと言っても無駄ね、逆に噛み付いてくるわよ」

 今度も表情は変えない、つまり彼等の領地が荒れる事も想定内なのだろう。領民が困っても、政敵の失脚の材料でしかない。

 勿論だが彼女は対策も考えている、被害は最低限で抑えて傭兵団を殲滅し手柄を立てる。効果的過ぎる、流石としか言えない。

 ニーレンス公爵達が三割の兵力を残す意味が国内の安定化、その分ウルム王国に対する戦力が抑えられた。だがバーナム伯爵とデオドラ男爵の参戦許可が、その不利な戦力をひっくり返した。

「侵入した傭兵団の動向は監視していると言いましたよね?やはり彼等の領地に潜伏していますか?」

「ええ、二重三重の謀略を仕掛けて来るわね。嫌になるわ、全くお馬鹿さん達のフォローも大変よね」

 此処で笑顔を見せた、つまり領民の被害は最低限に抑えるから気に病むなって事だな。彼女は僕が領民達に対して優しいから被害を最低限に抑えるつもりだ。

 出来れば被害を大きくして、そのまま政敵の勢力を削ぎたい。でも僕は知れば認められない、モア教の教義に反する事は出来ない制限を掛けられたから。

 まさか教皇様の感謝の言葉って、今回の戦争による信者の被害を最低限に抑える為の布石か?勿論だが領民達の被害は極力抑えるつもりだが、それに強制力を持たされた?

「そんな顔をしなくても、領民達の被害は最低限に抑えるから安心なさいな」

「ありがとうございます。モア教の教皇様の感謝の言葉って、僕の行動に枷を嵌めに来たのかなって邪推してしまって……」

 この言葉にザスキア公爵も考え出した、言われてみれば行動に制限が掛かる。元々僕は領民達の被害を抑える為に行動している、だから念を押されても変わらない。

 だが状況により領民達に負担や被害を強いる事が無いとは言い切れない、その場合は条件の悪い方を選択するしかない。僕と協力関係を結んでいる相手も同じ、配慮せざるをえない。

 公爵三家がだ、この事に思い当たったのか苦々しい顔をした。接点の無かった謎の多い教主様だが、相当な食わせ者みたいだな。いや穿った見方過ぎるか?

「そうね。謎の多い人物らしいし、少し調べてみましょう」

「総本山の最奥、国王クラスにしか会わない御方です。無理はしないで下さい、やぶ蛇だと笑えませんから」

 大陸最大宗教モア教の教皇様の動向、異例の感謝の言葉、素直に受け取り喜ぶには僕は薄汚れ過ぎた。必ず裏が有る、善意か悪意か、利用するのか協力したいのか、その謎は未だ分からない。

 調査も細心の注意が必要、僕では不可能だからザスキア公爵を頼ってしまった。これが宗教の闇とか引っ張らないと良いのだが……

 兎に角、勘でしかないが何の行動もせずに静観する事がどうしようもなく不安なんだ。ニクラス司祭やシモンズ司祭を頼ってみるか、下手な諜報要員よりは状況が分かるかも知れない。

◇◇◇◇◇◇

 晩餐会は前回と同様に紫水晶の間で行われる事になった、王族か他国の上級貴族や王族しか使えない最高級の持て成しの部屋。

 短期間で二回も、しかも主賓として呼ばれたのは僕だけだろうな。前回は国王夫妻にサリアリス様、公爵四家と僕で八人だった。

 今回は国王夫妻にロンメール様にサリアリス様、公爵三家と僕の同じく八人。キュラリス様とバセット公爵は呼ばれなかった。キュラリス様には教えられない話、バセット公爵は裏切り者疑惑を晴らす迄は冷たい対応なのか?

 国王夫妻が来られる迄は壁際に控えて待つ、ロンメール様は既に来て待っている。僕は主賓だから今回は遅れても大丈夫、警護の近衛騎士団員は顔見知り、飲み仲間って奴だな。

 会話は無く全員が無言で壁際に並ぶ、この場に呼ばれた者達はアウレール王の腹心中の腹心。特に公爵三家は最近手を組んで色々と行動している、元々有能で勢力の大きい連中だ。

 政治・諜報・軍事、それに国家の最大戦力たる宮廷魔術師筆頭と第二席だ。僕等が手を組めば大抵の事は何とかなる。それがウルム王国に戦争で勝てと言われても可能だろう。

「よう!待たせたな。リーンハルト、少しは休めたか?」

「はい、ありがとうございます。戦場から日常に帰還出来たと実感しています、執務室に積まれた親書の山を見る迄ですが……」

 命の危機は減ったが事務仕事が山積みで疲れました感を出して笑いを取る、晩餐会に主賓として呼ばれたからには会話のネタを振り盛り上げる役も担う。

 限られたメンバーによる懇親も晩餐会の側面だ、大抵は重たい話を食事をしながら話し合いましょうだろう。その為に隣との距離は近い、自分のスペースなど幅70㎝位だ。

 少し笑いが取れた所で着席する、上座にアウレール王と僕が向かい合わせに座る。アウレール王の隣はリズリット王妃、僕の隣はロンメール様。

 後はサリアリス様と公爵三家が順番に座る。リズリット王妃を参加させたとなれば、アウレール王はリズリット王妃を許したと同義だな。

 大分やらかしてくれたが、レジスラル女官長とザスキア公爵が協力関係を築けたから結果的にはプラスに働いた。

 彼女達にとっては共通の敵を排除する為の行動だが、結果的には後宮の派閥争いを牽制出来る程の力を手に入れた。もうリズリット王妃でも無理強いは不可能だろう……

「リーンハルト、改めて良くやった。煩わしかったバーリンゲン王国を完全に沈黙させた意味は大きい」

「王命を達成出来て安心しております。速やかに残党共を殲滅し戻って参ります」

 俺は喧嘩を売って来いと言ったのに、負かして属国化させてくるとは驚いたぞ!そう言って笑いを取った、周囲も僕の成果に表向きは喜んでいる。

 出る杭は打ちたくても既に丸太以上の太さになっている。急激な出世や権力の増大だが、協力関係を築いている為かニーレンス公爵達に危機感は感じられない。

 バニシード公爵やバセット公爵の派閥の連中からの接触も、現状を見極めて蠢いているのだろう。最初は全部断る、受け入れるとしても、もっと追い込んで味方として信用出来るか見極めてからだ。

「ロンメールも良くやった。搾り取れるだけ搾り取ったな、これでエムデン王国も継続的に財政が楽になる。戦争は兎に角金が掛かるからな……」

「ありがとうございます、リーンハルト卿の存在が交渉を楽にしました。城塞都市二つの攻略の理想的な結果に、彼等も反論の余地が無かったのです」

 アウレール王は、もう一人の主賓である、ロンメール様にも労りの言葉を掛けた。親子仲は良好、そして交渉事は腹黒く謀略に富むロンメール様の真骨頂だな。

 武力のグーデリアル殿下、知略のロンメール様。この二人が次代のエムデン王国を導く指導者になるのだろう、未だ若いアウレール王の引退は相当先だけど……

 食前酒が配られたので乾杯し晩餐会がスタートする、僕は主賓として料理の入れ替えの基準となる。だから周囲の食べる速さを確認しながら食事をする、僕が食べ終われば全員強制的に料理が入れ替えられるから。

「パゥルム女王から、ミッテルト王女とリーンハルトとの婚姻外交の申し込みが有ったぞ」

 最初の料理の入れ替えのタイミングで、アウレール王から話題が振られたが本当に申し込んで来たのか。ちゃんと無理だって教えたのに、万が一の可能性に賭けた?

 違うな、揺さぶりだろう。僕はもう一度バーリンゲン王国に国内平定と逆賊の討伐に向かう、そんな話がエムデン王国内に広がれば邪推する連中は必ず居る。

 世論を誘導するつもりか?彼女の為に、国内を平定し逆賊を討つ。その成果をもって、ミッテルト王女を娶るとかバーリンゲン王国としては理想的だな。

「事前に断っています。情勢が読めないほど愚かではないと感じていましたが、少し裏が有るのか万が一の可能性に賭けたのか?」

 苦笑混じりに言えば、アウレール王も苦笑いだ。属国が宗主国に人質紛いの婚姻外交を申し込む場合は多いが、僕とミッテルト王女の婚姻はバーリンゲン王国にしか利益は無い。

 やはり駄目元で申し込んだが揺さぶりを掛けて来たのと、バーリンゲン王国内で何かに利用する布石だろうか?そんな話が断られる事が前提でも進行していれば……

 反パゥルム女王派の連中への牽制になる、宗主国への太いパイプと直接的な武力を持ち再度平定に来る僕の圧力。本当に全力で縋って来るな、無下には扱えないが少しは遠慮して欲しい。

「今回は私が同行しますから大丈夫ですわ。パゥルム女王に楽などさせません、ギリギリまで酷使しますから」

「ふむ、ザスキアなら大丈夫だな。パゥルム女王に同情だけはしてやるか」

 アウレール王が認めちゃったよ、このメンバーの前で……

 ザスキア公爵は甘くない、僕より格段に手強い相手だぞ。パゥルム女王やミッテルト王女では太刀打ちは不可能、立場も才能も格上の相手にどう立ち向かう?

 何となくだが今回の平定の件だが、オルフェイス王女の動きが鍵になりそうな気がするんだ。年下だが一番肝が据わっているし、国の為に政略結婚も受け入れた。

 その彼女が祖国の危機に無反応とは思えない、現に人質としてエムデン王国に来たいと言ったんだ。人質生活など辛いだけだ、愛国心か王族としての責務か。

 必ず絡んで来る、ザスキア公爵を出し抜ける程の才覚が有るならば協力し恩を売るのも有りかもしれないな。

 




日刊ランキング二十二位、通算UA1100万超え、有難う御座いました。

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