古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第八部
第602話


 バーナム伯爵達三人と聖騎士団合同の模擬戦を何とか終えて、バーナム伯爵の屋敷に馬車で向かっている。成り行きで三人と同時に戦うハプニングが発生したが、乱戦・接近戦の自信は付いた。

 この三人、後半は本気で僕を殺すつもりで攻撃して来たらしい。護衛特化のゼクス五姉妹が僕を守り切れず、身に纏っていたゴーレムキングが半壊したんだぞ。

 ジウ大将軍クラスと接近戦を行っても短時間なら負けはしない。それ程の濃密な模擬戦を終えて気付いたのだが、レベルアップしていたんだ。どんだけ経験値が有ったんだ?

 レベル50以降のレベルアップに必要な経験値は膨大、それこそツインドラゴンを複数倒さないと無理だったのに……この強化して狂化して凶化した三人を倒さずとも戦うだけでレベルアップ。

 多分だが『戦士の腕輪』による能力upでレベルを押し上げているので、相当格上の三人と同時に戦う事で通常の何倍もの経験値が貰えたんだろう。

 普通に考えても頑張った。エムデン王国の武の重鎮達は呑気に世間話を始めたけど、この三人が全力全開で戦うとなれば負ける方が難しい。

 だが補給を断たれれば弱体化する。幾ら身体能力が異常でも、いや異常な身体能力を維持する為にも大量の食事が必要らしい。この三人は本当に良く食べる、特に肉料理が大好物みたいだ。

 つまり兵糧攻めに弱い、遊撃部隊の二人は五百人前後の部隊を率いて行くから必要な資機材や食料に飲料水も膨大。一日三食で千五百食、十日で合計一万五千食。

 だが逆に物資の補給さえ滞らなければ、この人外の強化された戦闘狂達は遺憾なく全力を発揮出来る。まともに対抗出来るのは、ジウ大将軍クラスだろう。

 そして、ジウ大将軍クラスはウルム王国には彼しか居ない。彼がウルム王国の最強の武人だからだ。近衛騎士団の団長や他の将軍はジウ大将軍よりも弱い、だから心配なのは上位の宮廷魔術師連中だけだ。

 それでも魔法障壁の腕輪と固定化と各属性魔法の防御力を高めた鎧兜を合わせた防御力なら、サンアローやビッグバンの一撃にも一回は耐える。

 いや、あの連中ならば広域殲滅魔法のビッグバンは分からないが、直線的なサンアローなら余裕で避けそうだ。つまり僕は間接的に、ウルム王国に引導を渡したのかな?

◇◇◇◇◇◇

 相談事は移動中の馬車の中で粗方済ませた。完全な密室だから情報の漏洩はないが、ザスキア公爵からの説明をそのまま話してくれただけだ。だが忠実に実行してくれれば失敗は無いだろう。

 バーナム伯爵の屋敷に到着した時に感じたのは、普段よりも警備が厳重な事だった。侵入者大歓迎、賊の捕縛は大好物みたいな連中が門を閉鎖し守りを固めていた。

 更に来客が多い、来客用の馬車停めに何台かの高級馬車が確認出来た。もしかしなくても派閥の構成貴族達が集まっていて、更に警備を厳重にしなければならない上級貴族が居る。

 予想だと、ザスキア公爵だな。他の上級貴族との交流は無さそうだし、共闘と言う形でバーナム伯爵の派閥は傘下に加わった。その建前上の派閥上位者への挨拶を兼ねて、他の連中も集まっているのか?

 ザスキア公爵も敵は多い、警戒は必須だろう。当主自らの帰宅だから直ぐに門が開かれ中に通される。彼等の中にも従軍する連中は居る、戦士職でレベル20以上だが全員無事で帰国は出来無い。

 そう思うと複雑な気持ちになるが、全員無事に帰国させようとか傲慢な考え方だ。彼等も望んで戦場に行く訳だ、過剰な干渉は双方にデメリットが有る。割り切るしかない、僕は大切な人と他の人と区別すると決めたじゃないか。変な同情心とかは不要だぞ!

「ふむ、我が家の家臣達もヤル気が溢れている。久し振りの正式な許可が下りた参戦、漸く戦えるんだ」

「ウチもだぞ。ケンやグレッグ、ウォーレンなど待ち切れないで模擬戦が激しくなっている。進軍の前に怪我をしないか心配になる位だ」

「だから進軍は未だ待てよな!聖騎士団は大所帯だし手続きだって有る。個人の裁量で出撃は出来無い、本当に面倒な手続きが有るんだからな」

 確かに正規軍である聖騎士団の出撃には緊急事態を除き関係各所に申請の手続きをする必要が有る、国費を使う訳だから予算を組み承認して貰わないと動けない。

 官吏達と戦わないと予算を削られる。向こうもそれが仕事なんだが、金が無いから十全の力を発揮出来ずに勝てないとか負けるとかも有る。酷い実情だが、官吏達を納得させないと駄目なんだ。

 これが侵攻されての防衛戦なら負けたら、全てを失うから事後承諾で良いし予算もそんなに気にしない。だが今回は侵攻戦、事前に準備する時間が有り予定を組めるから正規手続きが必要。

 補助金申請と自分の資産だけで動ける、バーナム伯爵やデオドラ男爵の何倍も、ライル団長は苦労する。その分結果を出さないと、バーナム伯爵達は赤字だ。

 馬車を降りて挨拶等は一切無く、会話しながら屋敷の中に入ろうとするのは駄目だと思うんだ。仮にも僕は上級貴族であり、エムデン王国内の役職で言えば上司だ。

 盛大に出迎えて欲しい訳じゃないが、建前だけでも取り繕って貰えると助かる。出迎えの挨拶をする為に、エロール嬢がドレスアップして待っているのに片手を上げて挨拶終わりは駄目です。

 気楽な身内だけって事でもだ、ザスキア公爵の関係者や護衛の目が何処に有るのか分からない。今は味方だけど、自分の欲望を抑えられず情報を政敵に売る配下は居るだろう。

「んんっ!バーナム伯爵、折角のエロール嬢の出迎えです。手順を省くのは宜しくないですよ」

「む?お堅い奴だな。だが確かに、エロールはリーンハルト殿を待ち焦がれていたし軽く流すのは駄目か……」

 なんですか?その久々に会う付き合い始めた男女みたいな言い回しは?ニヤニヤする中年の需要など有りません。誤解を生む発言は控えて下さい、エロール嬢が真っ赤になってますよ。

「違います。ザスキア公爵の手の者も居る中では、貴族的なマナーに則って行動して下さいって事です。王宮に巣くう魑魅魍魎にネタを与えるのは避けたいんです。本当に奴等は鬱陶(うっとう)しくて面倒臭いんですよ」

 小声で状況を説明する。飼い殺されていた期間が長かった所為だと思うが、この辺が疎かになっているんだよな。マナー重視の場に招かれる事が少なかったのかな?

 小者が喜ぶくだらない醜聞だけど、使い方次第では致命傷になりかねない。特に上位貴族、ザスキア公爵を疎かに扱ったとか貴族院辺りに告げ口でもされたら……

 聞かなかった、内々で済ませるとか対処をしてくれるだろうが、それは貸しを作るのと同じ事。不利益な事は控えて欲しい、ライル団長はマシだけど残りの二人は微妙な時が有る。

「リーンハルト殿の王宮内での行動には、慣れすら感じる安定感が有るらしいな。本当に最近迄は新貴族男爵の長男だったんだよな?」

「ザスキア公爵やモリエスティ侯爵夫人、レジスラル女官長のスパルタ教育の賜物です。立場に合ったマナーを身に付ける為の強制的な教育と言う名の……アレを一度受けてみますか?模擬戦とは違う意味で濃密な経験が積めますよ」

 その言葉に顔を背けたりしかめたり、露骨に嫌がっていますね。確かに大人になってまで、マナーの勉強とか嫌なのは分かりますが……

 レジスラル女官長のスパルタ教育は有名だ。王族の方々に有無を言わさず強制的に教育を施せる事の凄さは、普通はピンと来ないだろう。

 だが身分差をモノともせずに王族に言う事を聞かせる事は、例え教育のみと言っても凄い事なんだ。ロンメール様やミュレージュ様は良い方々だが、中には特権意識の高い連中も居る。

 そう言う連中は大抵能力が低く問題が有る。要は我が儘だから厳しい教育は嫌い、学ばないから能力が低い。身分差にモノを言わせる困った連中だ。有能な者は数える程しか居ない、殆どが普通だ。

 王族と臣下の貴族には歴然とした差が有る、公爵家当主だって建前上は逆らえない。まぁ裏で工作し根回しして対抗する事は可能だ、彼等も大貴族の影響力は理解している。

 王位継承権二桁以降の困った連中は婚姻外交にも使えず飼い殺しが基本、血筋のみを後世に受け継がせるだけが仕事らしい。残念ながら、エムデン王国にも数名だが居る。

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様。四度目の王命達成、おめでとうございます」

「久し振りですね、エロール様。無事に王命を達成出来て安心しています」

 彼女を先頭に後ろに控える使用人一同が揃って頭を下げてくれる。統制の取れた見事な行動だが、見知らぬ着飾った淑女も三人居るな。誰だろう、バーナム伯爵の親類か?

 立ち位置は使用人達の前だし衣装も高価そうなドレス、装飾品も見事だが魔力反応は無しか……まぁ紹介されなければ顔見せ程度と割り切れば良いかな?

 取り敢えず体面だけは取り繕う事が出来たと割り切ろう。どうせ話し合いは馬車の中で終わったし模擬戦も満足しただろうから、次は懇親会を兼ねた飲み比べだろう。

 バーナム伯爵の派閥の連中とは半数位と良好な関係を結び自分の屋敷にも招いているが、今回は残りの半数が動いている感じがする。

 初期の頃に反発した連中との関係改善はしてないんだ。僕も王都を離れる事が多かったから絡みも少ない、アーシャ絡みで反発してきた連中とは関係改善などしない。

 さて、今夜の主賓であるザスキア公爵を待たせる訳にはいかない。そろそろ屋敷の中に案内して貰うか、酒を飲む前に最終調整が必要。壊した鎧兜の修復の為に、出発に数日の延期が発生したから……

「既にザスキア公爵が来られているみたいですので、挨拶に伺いたいのですが宜しいでしょうか?お三方も同席して下さい、今後の行動の最終調整が必要です」

「む、そうか?まぁそうだな、仕方無いか……エロールは同席しろ」

 彼女の後ろに控える淑女達から落胆と、エロール嬢に対する不満を感じた。多分だが早く自分達を紹介しろ、かな?

 歴然とした身分差の関係で子爵以下の令嬢達が誰の紹介も無く直接的に僕に話し掛ける事はマナー違反だからな、諦めて下さい。

 チラリと顔の確認はしたが見覚えが有るかな?程度だから挨拶はしていない。多分だがバーナム伯爵主催の舞踏会か何かで見た程度だな、壁の華の連中か?だから無視しても問題は無いが後で誰の令嬢かは聞いておくか……

◇◇◇◇◇◇

 エロール嬢の案内で応接室に向かう、執事とメイド数人が同行するが例の淑女達は付いて来ない。まぁ付いて来たら逆に問題だろう、立場を弁えろ的な?

 だがザスキア公爵の前で話題にするのは不味い、彼女が敵と認識すれば僕の知らない内に……いや、出迎えに参加しただけでソレは可哀想だから無しだ。

「エロール様、後ろに控えていた淑女の方々ですが親類でしょうか?」

 歩きながらの会話はマナー的に微妙だが、先に確認しておかないと不味いと判断した。バーナム伯爵が何も言わなかった事を考えれば、派閥構成貴族じゃなく親族だな。

 だが武器を持っていなかった事を考えれば、武闘派の派閥に属する貴族の令嬢としては普通の感性なのだろう。御婦人方や淑女達でも半数位は武器を携帯していたし。

 バーナム伯爵の派閥は色々と普通じゃない事は理解していたが、普通の令嬢も居たんだな。それはそれで安心した、妻が好戦的なのは嫌だからね。

「私の従姉妹達、養子の私とは血の繋がりは有りません」

「つまりバーナム伯爵の親類達ですか……特に挨拶は必要無かったと考えて良いのでしょうか?」

「ああ、構わない。俺の親族だし顔見せ程度ならと許可しただけだ、側室や妾などは望んでいないから安心してくれ」

 エロール嬢が冷淡な対応をして、バーナム伯爵が突き放した。つまり見た目は良い部類だが、僕に嫁がせるには問題が有る。

 それは本人なのか、それとも親族達なのかは分からない。だがバーナム伯爵の屋敷で有る程度は自由に振る舞う事は出来る、微妙な位置に居る方々な訳だ。

 出迎えの中に居た理由と、今後の対応や立ち位置を知る事が出来たので一安心だ。そろそろ本題に移ろう、バーナム伯爵の屋敷の中で一番豪華な応接室の前まで来た。

 この中にザスキア公爵が居る、今後の予定の若干の変更。それに伴う影響、出発が三日か四日遅れるが問題は無い。向こうでの予定を早めれば良い、誤差の内だと割り切ろう。

「えっと、何故にザスキア公爵と一緒にリゼルが居るのかな?」

 エロール嬢がノックの後に、ザスキア公爵の許可を貰い応接室に入ったのだが……艶っぽく微笑むザスキア公爵と、困惑気味なリゼルが並んで座っている。

 そう、並んで座っているんだ。彼女達は何時の間に仲良くと言うか、一緒に行動する関係になったんだ?もしかして、リゼルの使用した馬車を手配した協力者ってザスキア公爵か?

「ふふふ、来ちゃったわ」

「お先にお邪魔しています」

 ザスキア公爵はフレンドリーに、リゼルは固い挨拶をしてくれたが……来ちゃったとか、言い回しは変じゃない?

 


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