古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第603話

 人外の義父三人と聖騎士団との合同模擬戦を終えて、今後の行動の詳細を詰める為に、バーナム伯爵の屋敷に招かれた。

 出迎えの中に、バーナム伯爵の親族の淑女達が混じっていたが、特に政治的意味合いもなく顔見せ程度で問題は無いと思っていた。

 先にザスキア公爵が来ている事は予想していた、だがリゼルまで来ているとは予想外だ!彼女達が一緒に行動する程、関係が深いとは思わなかった。

「呆けてないで座りなさいな」

 今日も気合いが入った衣装だな、シンプルな深紅のドレスなんて素材に自信が無ければ似合わない。両手首には同じく深紅のリボンを巻いて、『魔法障壁の腕輪』と『召喚兵の腕輪』を隠している。

 見事な金髪をアップにして纏めていて、胸元が大きく開いていて大粒のルビーのネックレス以外の装飾品は無し。

同じく深紅の口紅が妖艶さを醸し出している。

 隣のリゼルは対称的にブルーのグラデーションのシンプルなドレスだが、ネックレスにイヤリング、指輪にブレスレットと金で統一した装飾品を身に付けている。

 色は違うがデザインが同じドレスを着ているとなれば、リゼルをコーディネートしたのはザスキア公爵だ。つまりガッチリ抱え込んでいる、サリアリス様にレジスラル女官長にリゼルの四人組はヤバいだろ!

「えっと、何故にリゼルも一緒なのかな?」

 全く無関係と無関心を装い義父三人はそそくさと座った。エロール嬢は申し訳なさそうに、それでもバーナム伯爵の隣に座る。ザスキア公爵達の正面は空けてだ、つまり僕が彼女達の前に座るんだな。

 広いソファーセットだから八人が座っても余裕だ。だから淑女二人の前がポッカリと空いている、覚悟を決めて前に座る。違う意味で緊張する、妙な圧力を感じるのは気のせいか?

 余裕を演出する為に笑顔を浮かべるが内心の慌てように、リゼルがクスリと笑いやがった。躊躇無く僕には『人物鑑定』のギフトを使いやがる。

『何故にザスキア公爵と衣装も行動も一緒なのか、お揃いのドレスなのかは、後で聞くからな!』

 心の中で愚痴を言うが、見惚れる様な笑顔を浮かべるだけだ。完全に受け身に回っている、不味いかな?不味いよな?

 リゼルのギフトの有用性と王宮内での立場を考えたら、依存しそうで怖い。実際に頼りにしているし、彼女とザスキア公爵達が組めば……

 王宮内に巣くう魑魅魍魎共と真正面からぶつかっても勝てるんじゃないか?いや勝てるだろ、権謀術数に長けたザスキア公爵達に思惑が全て読まれた状態で挑む。誰も勝てないよな?

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。コッペリスの助言者が分かったから報告しに来たのよ」

「私達もリーンハルト様の模擬戦が見たかったのですが、聖騎士団に止められてしまいまして……それで先回りをしたんです」

 おお!現役公爵様まで拒めたのか。凄いな、危険だからと言ったのか、関係者以外は誰も入れるなと頑張ったのか?

 ザスキア公爵が素直に引き下がったんだ、それほど強硬に拒否はしてないだろう。だがフォローは入れておくか……

「そうだったんですか。模擬戦は開戦前の調整を含めて全力全開で戦ったので、内容を秘匿する為の人払いでした。効果は高いが装備品の破損が酷く、修繕に三日程度掛かります。つまり王都滞在を伸ばして下さい」

 この言葉に人外の義父三人が、ばつの悪そうな顔をした。自分達の鎧兜もそうだが、聖騎士団員達にも遠慮無く攻撃し鎧兜を壊した。

 逆に言えば二倍に防御力を高めた鎧兜をも破壊する攻撃を多少の手加減と共に振るう。肉体言語のコミュニケーションとしても、やり過ぎだよ。

 ザスキア公爵の目が細まり、バーナム伯爵を睨む。勝手に予定を変更させるなって意味だろう、まぁ三日程度なら大丈夫だと思う。顔を逸らしたバーナム伯爵の額に垂れる汗は、見なかった事にするか。

「このお馬鹿さん達は手加減を覚えなさいな。三日の延期は認めますが、その内の一日は私とオペラを観に行くわよ」

「良いですよ。魔力回復を見込んで三日なので、午前中で鎧兜の修繕は終わります。午後はフリーですが、仕事が滞っていますので……リゼルは仕事に付き合って貰うよ」

「はい、承りましたわ。政務関係は私に任せて下さい。御屋敷に来ている分もお手伝い致します」

『この有能な腹黒淑女め!隣に座るザスキア公爵を牽制しただろ?』

 ザスキア公爵が、リゼルを睨んだが素知らぬ顔を装っている。確かにバーリンゲン王国時代も政務の手伝いをしていただけ有り手際が良い。

 だが頼り切りは不味い、政務が出来る配下を熱望したけど、居れば居たで色々と悩んでしまう。贅沢な悩みだな、約十日なら何とか全て終わらせられるか?

 もう一人か二人、政務関係も手伝える信用出来る配下が欲しい。だが自国からの引き抜きは難しい、バーリンゲン王国から引き抜くか?宗主国からの要請なら栄転だ、忠誠心は期待出来る。

「リゼルさんの事は置いておいてコッペリスの件だけど、助言者は彼女の乳母の息子だったわ。同い年で子供の頃から一緒だった縁で、コッペリスを影から支えていたのよ」

「そしてコッペリス様が後宮に招かれた時を境に、彼女の下から離れた。助言者の名前は、ボーダー。コッペリス様に懸想(けそう)していたけれど、彼女には他に好きな男が居ました。身分差の恋は実らなかったのです」

 ふむ、確かコッペリス殿には好きな相手がいたが、アウレール王の後宮に招かれた後に相手は他の女性と結婚したと聞いたな。

 ボーダーと言う男、中々の策士らしいが、自身の恋愛については消極的だったんだろう。惚れた女を手に入れる為の努力はしなかった、身分差の恋に最初から諦めていたのか?支えるだけで幸せだった?

 まぁ侯爵令嬢とかアウレール王の寵姫を平民の家臣が奪うとか普通は不可能だよな。でもコッペリス殿の実家の為には働かなかったのか……ボーダーの能力とグンター侯爵の権力が合わされば色々な事が出来た筈だぞ。

「見守る恋だったのかな?それでお里下がりになった彼女の元には戻ったんだよね?」

 コッペリス殿と助言者であるボーダーが組んだから手強い相手となった筈だ。だからザスキア公爵はレジスラル女官長達と手を組んだ、巨大な敵に単身挑むよりは協力者を募るよ。

 歯応えが無くなり疑惑を持っていた相手が急に手強くなった理由が、リゼルの『人物鑑定』のギフトにより確かになった。

 急な展開だが、ザスキア公爵が短期間でリゼルの力を十全に使い始めた事による進展と思えば納得する。ボーダーか、出来れば此方側に引き込みたい。でも状況を考えれば無理っぽい、欲張るのは危険だな。

「ええ、戻っていたわ。急に手強くなったから不思議に思っていたけれど、影の助言者の存在が分かれば納得だわ。サリアリス様とレジスラル女官長と手を組む切欠になったから、最終的にはプラスに働いたけどね」

 そう言って影の有る笑みを浮かべた。僕に知らされた、パミュラス様を唆した事だけじゃないな。あの女傑三人が手を組む程、ボーダーは彼女達と僕に謀略を仕掛けて追い込んだんだ。

 やはり味方に引き込むのは無理っぽい、普通に排除対象だぞ。愛しのコッペリス殿を追い込んで地方に飛ばしたんだ、僕等に向ける恨み辛みは山盛りだろう。

 誰かは判明したが、身柄の拘束迄はしてないのか?地に潜られて暗躍されたらダメージは大きい、特に僕とザスキア公爵は王都を離れるんだ。対応が後手になる、厄介な相手だ。

「ボーダーの身柄ですが……」

「裏交渉で引き取ったわ。グンター侯爵とコッペリスはね、一連の謀略をボーダーの単独犯行にする条件で彼の身柄を渡したわ。ほんの少し前の話よ」

 え?斬り捨てた?トカゲの尻尾切りより酷くない?

「売られたのか?惚れた女性に尽くしたのに、我が身可愛さでボーダーを売ったのか?」

 身勝手な怒りに震える、味方が仕掛けた結果と成功に怒りを感じるとか最低なのは理解してる。でもグンター侯爵は実子の犯行の巻き添えを嫌い、ボーダーを売ったんだぞ。

 最悪の場合、問答無用で取り潰しだったからな。娘の配下一人で済むなら御の字だ。だけどコッペリス殿は、自分に惚れて尽くしてくれたボーダーを売ったのか。

 今の彼は失意のドン底だろう、愛した女性に裏切られたのだから……グンター侯爵には裏切り者疑惑が掛かっている。つまり既に目を付けられている状況で、更なる悪化は回避したい。

 でも自分もエムデン王国を裏切る事が前提なら、有能な者を切り捨てるかな?時間稼ぎにしても納得出来無い、少しはゴネるか代案を出さないのか?ボーダーは有能だ、見捨てるのは惜しい人材だろ?

「平民の配下一人で、取り敢えずの危機が去るなら売るでしょうね。私達も分かってて交渉したのよ、ボーダーの未練を無くす為にね」

「ああ、選択肢を無くして追い込んだのですね。でも引き抜きは無理そうですよ、彼の真意は……まぁ分かるのかな」

 全く我関せずなバーナム伯爵達だが、リゼルの『人物鑑定』のギフトは内緒だ。エロール嬢は黙って聞いているが色々考えてもいる。

 バーナム伯爵一族の中で参謀的な位置に居るのが彼女だから、余計な事は言えない。ザスキア公爵とリゼルに目配せをする、この話の結末は後で教えて欲しい。

 身柄を拘束されたボーダーは、これから尋問されて思っている事や考えている事を全て吐き出されて心を読まれて……最後は人知れずに処分されるだろう。

 有能だろうが得難い才能だろうが、元敵対者に甘い対応などしない。ボーダーはコッペリス殿に二度も裏切られた、だが恨み辛みで僕等に靡く事は無い。

 更に僕等を追い込む事で、コッペリス殿の関心を取り戻すかもしれない。元々縁の下の力持ちな関係だった、この予測も全く間違いじゃないと思う。

「難しい話は終わりか?」

 痺れを切らしたのか、バーナム伯爵が会話が途絶えた間に割り込んで来た。自分達が聞くには問題有りと判断したな、要は謀略は自分達の知らない所でやってくれ?

「そうですね、後は内々で話を進めます。此処から先は知らない方が良い、そう言う類(たぐい)の話ですから……」

 エロール嬢がドン引きした。驚いた顔をして後ろに下がったんだ、座りながらで器用だな。良くある反応だが、どうも僕の人物評価は噂では清廉潔白で慈悲深く優しいらしい。

 そんな僕が謀略系筆頭のザスキア公爵と黒い話をする、彼女からすれば詐欺みたいなモノなのか?裏切られたみたいな?僕も実際は真っ黒だよ、自分達の幸せの為なら何でもする。

 勿論だが建前は用意するし無闇にバラす事もしないで裏でコソコソ動く。モア教との関係も有るから外面は装う、でも敵対者には躊躇せず処分する。当然だ、危害を加える連中に情けなど不要だから。

「そう言えば、エロール嬢とリゼルが会うのは初めてですよね?バーリンゲン王国攻略の影の功労者、その成果により新貴族男爵となり……」

「私はリーンハルト様に見出された女。そして彼を支える力になる為に、直接の配下になる事をアウレール王に認めて貰いました」

 えっと?言葉を被せた後にドヤ顔で裏事情を言いやがったな!ザスキア公爵が目元を揉んで、義父三人は固まった。

 アウレール王公認の配下とか聞いてないって事だよな?また女絡みかって顔で睨んでいるし、エロール嬢は変な顔で固まっている。

 実際はアウレール王の他にレジスラル女官長もサリアリス様も認めちゃってるんだよ。だからリゼルが僕の配下は確定で揺るがない、実際助かってはいるが問題も多い。

「急激に成り上がった僕に不足する者をアウレール王が用意してくれた、そう解釈して下さい。リゼルもドヤ顔は止めてくれ、問題を増やすなよな」

「牽制です。私の明確な立ち位置を確認しておかないと、王宮内の女傑三人衆の直属みたいで嫌だったのです。私はリーンハルト様が見出して、貴方に仕える為だけに来た。違いますか?」

 ちょ、それ此処で言っちゃうのか?周りの空気を読んで、相当変な雰囲気になってるぞ。ザスキア公爵は笑顔だけど目が笑ってない、逆に義父三人は心底楽しそうだ。

 エロール嬢の僕を見る目が不快生物を見る目と同じだ。また浮気ですか?またですか?みたいだが、僕は浮気なんてしていない!

 リゼルはギフトを使い此処に居る全員の心を読んでいる、その上で言った内容にしては僕に対する配慮が全く無いって酷くない?いや、酷いだろ?

『リゼル、少し遊びが酷くないか?エロール嬢の冷たい視線が、ヒシヒシと突き刺さるんだけど?』

「ふふふ、安心して下さい。リーンハルト様は私に対して邪(よこしま)な思いは皆無ですわ。能力のみを求めています、私も容姿には自信が有りましたので残念です」

「それはそれで酷い扱いですわ。リーンハルト様は女性に対して優劣を付け過ぎます。もう少しふんわりとした対応も時には必要ですわ」

 え?八方美人的な?それって一番駄目な態度じゃない?

「夢すら見させてくれないのです。今のリーンハルト様の立場なら側室や妾が二桁は常識、それを……」

「そうなんです。面倒を見るなら最後まで見て欲しいのです。それを……」

 なんだろう?エロール嬢とリゼルが一気に意気投合して凄い勢いで僕に駄目出しを一通りした後に、二人揃ってジロリと睨んで来た。

 アレか?僕は侯爵待遇なんだから、貴族的常識に則って側室や妾を大量に娶れってか?そんな常識はクソ食らえだ!

「あらあら、リゼルさんもエロールさんも私と敵対したいのかしら?リーンハルト様に他の女が群がるとか、私的には我慢の限界かしら?」

 こ、怖い。笑顔だけど、優しい表情だけど、薄目で微笑んでいるけど、絶対に怒り狂ってる。他愛無い淑女の悪ふざけで済まない気迫が滲んでいる。

 リゼルが額から一筋の汗を垂らした。間違い無くギフトでザスキア公爵の思考を読んだ、その結果が顔面蒼白で膝の上に揃えた手も小刻みに震えている。

 バーナム伯爵に助けを求める為に視線を送ったら、顔ごと横に向けたな!年配者でしょ?沢山の側室や妾を囲ってるんだから、こんな場合の対処だって……

「「誠に申し訳御座いませんでした。少しふざけ過ぎました、深く深く反省致します」」

「今回だけですよ?特にリゼルは、リーンハルト様に絡み過ぎます。少し自重なさいな」

 足を組み替えて優しい笑顔から妖艶な笑顔に変えてきたが怖い、義父三人と模擬戦を繰り返した方がマシなレベルで怖い。

 その後、少しだけ説教された二人の淑女は退室した。フラフラと今にも倒れそうだから、今夜はバーナム伯爵家に泊まる事になるだろう。

「リーンハルト様?私、多情な男性は好きになれませんわ」

「はい、僕も常々そう考えておりますです。はい」

 飛び火しやがった、何時の間にかバーナム伯爵達も居なくなっている。ボーダーの気持ちが少しだけ分かった、これが売られた気持ちなのか……

 


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