オークによるラコック村への夜襲。昨夜は十八匹で今夜は四匹が二回で八匹、少数で攻める意味が分からない。
オークは狡猾で知られているのに幾ら多方面から攻めていると言っても数が少ない。
逐次投入では各個撃破されるだけだ、それは初日に十五匹も倒されたオーク達が良く分かっている筈なのに何故だ?
◇◇◇◇◇◇
「大丈夫ですか?もう直ぐ教会に着きますよ」
オークに性的に襲われ掛けていた女性に声を掛ける、服は破かれていたので空間創造から毛布を渡し包んでいる。
ゴーレムポーンにお姫様抱っこさせていたが今は馬に一緒に乗せて教会へと向かう最中だ。
騎士の家に生まれたから乗馬は必須技能として身に付けている、例え自分より背の高い女性を乗せても安定した走りが出来る。
「あ、ありがと……私は、大丈夫……でも夫が……オークに……」
そう言って顔を伏せて泣き出してしまった、多分だが彼女と一緒に家に居たのなら残念だがオークに殺されたのだろう。
もう教会周辺には殆どの村人が集まっているな、二百人近い人が教会に押し掛けているが建物には入れず周りの道に座り込んでいる。
馬に乗っているのも困難な程に人が多いので馬を降りてウィンディア達を探すが……
「リーンハルト君!ああ、リタじゃない?どうしたの、怪我してない?」
タリアさんが走り寄って来たが僕の連れて来た女性を見て慌てた。そうか、リタさんって言うのか……
「うっ、タリア……私は平気だけどフランクが、オークに……」
タリアさんは屈み込む彼女の背中を優しく撫でている、任せておけば大丈夫かな?
今はウィンディアの安否とオーク達の情報だ、今ここに生き残り全員で攻めてこられたら……
倒せるとは思うが村人の犠牲も大きいな、何とか他の場所で迎え撃ちたい。
「ウィンディア!誰か、ウィンディアを知らないか?ウィンディア、何処だ!」
大声で周りに呼び掛けるが喧騒が凄くて中々声が通らない。
「リーンハルト君、コッチだよ!」
漸く人混みからピョンピョン飛び跳ねて場所をアピールしている彼女を見付けた。
良かった、無事みたいだ。
◇◇◇◇◇◇
「リーンハルト君!」
「ウィンディア?何か有ったのか?」
村人を掻き分けて彼女が僕に飛び付いたのだが、何か不安になる様な問題が発生したのか?
軽く抱きしめてから体を放す、驚いて突き飛ばしたりはしないだけの貴族的マナーは学んでいる。
「ううん、大丈夫だよ。でも村人が集まり過ぎてマークさん達の青年部も避難誘導で手一杯、見張りまで手が回らないのよ」
「少し離れよう、後は攻めて来るオーク達を迎え撃つしかないな。不用意に探しに行って擦れ違ったら大変だ」
確かに教会に僕等の居場所は無い、村人で溢れかえっている。
ゴーレムポーンに囲まれた彼女の周りは安全だと思っているのか教会から離れた僕等に付いて来る連中も多い、逆に前線で戦うから余計危ないのだが……
少し離れた場所に座れそうな木箱を見付けたのでウィンディアを座らせる。
魔力節約の為に護衛の二体を除きゴーレムポーンを魔素に還す、こんなに人が溢れていては十体位のゴーレムポーンじゃ目立たないから村人の不安要素を取り除けないだろう。
「おかしいな……襲撃が無い」
「そうね、もう村の中に入ったら騒がしい此処に真っ直ぐ来るわよね」
見張りも護衛も居ない門や柵など簡単に壊して浸入してくるだろう。だが騒がしいので奴等の来る気配が感じられない。
ウィンディアの風の魔法による探査も近くに沢山の反応が有り過ぎて判別出来ないそうだ。
不安な村人達は周りと話す事で平穏を求めているのだし、僕等が煩いから黙れと言ったら余計に……
「な、何だ……今の叫び声は……」
突然、腹の底から響く様な雄叫びが薄暗い村中に響き渡った……その雄叫びを聞いた村人達が一斉に黙る。
「オークのリーダーだな……痺れを切らして一斉に攻めて来る気か?」
雄叫びは東門の方から聞こえた、教会に最短距離の真っ直ぐ伸びる道の先からだ……
「小出しに様子見した連中が全滅したから、今度はリーダー自らが全員を引き連れて来るか……中々どうしてヤルじゃないか!」
魔法の明かりを前方に飛ばす、暗がりが明るくなりオーク達が現れた……豚に似た顔に突き出した牙、筋肉と脂肪がパンパンに詰まった太い体。
腰布を申し訳程度に纏い手には大人と同じ位の重さが有る棍棒を持った醜いモンスター達がゆっくりと近付いて来る。
その数は約二十匹、そして最後尾に雄叫びの主が居た……
「普通じゃない、肌が赤銅色だし体も二回りはデカい。奴も種の限界を突破した『名有り』かも知れないな」
確かに凄い威圧感だ、未だ50m近く離れているのに肌がザワザワと粟だって来るのが分かる。
「ウィンディア、手を出すな。僕が殺るから周りを警戒してくれ。『名有り』の群れにしては数が少ない」
「ちょ、リーンハルト君?」
奴等に向かいゆっくりと歩いて行く、空間創造からカッカラを取り出して一回転させる。
シャラシャラと宝輪が澄んだ金属音を奏でる……残りの距離は40m、向こうも僕を敵として警戒しているが一人と見ると与し易いと考えたか?
リーダーが一声吠えると配下のオーク達が一斉に襲い掛かって来る。だが大通りとはいえ道幅は8mも無いから先頭は横並びに五匹。
「クリエイトゴーレム!不死人形達よ、無言兵団よ、ゴーレム戦の真髄を見せてみろ」
カッカラを水平に振ってゴーレムポーンを錬成する。
一列目にラウンドシールド装備、二列目はランス、三列目は両手持ちアックスを装備させ八体三列の二十四体を整列させる。
「突撃!」
青銅の塊と筋肉と脂肪の塊とが激突する!
◇◇◇◇◇◇
「凄い、アレだけのオークが瞬殺だわ……」
私も村人達も言葉を失ってしまった。
リーンハルト君が初めてゴーレムを『無言兵団』と呼んだ、確かに統率された無言の殺戮人形達……
『無言兵団』とは吟遊詩人達が歌う過去の偉大なる魔術師、伝説のゴーレムマスターであるツアイツ卿の率いていたゴーレム兵団の事だ。
最初の盾持ちがオーク達の突進を止める、直ぐに二列目がランスで動きの止まったオークを刺殺。
突進も止められ先頭のオークも殺されて後ろの連中が右往左往してる時に、三列目が二列目を踏み台にして生き残りのオーク達に飛び掛かった。
両手持ちアックスを落下する勢いを乗せて振り下ろす、防ぎ様が無く殺されていくオーク……生き残りも合計二十四体のゴーレムによって倒された。
僅か一分にも満たない時間でオーク二十匹が全滅……
「囲め、円陣を組め!」
リーンハルト君の次の指示で流れる様な動きをしてオークリーダーを取り囲むゴーレム達。
内側に八体、外側に十六体……これってデオドラ男爵様との模擬戦で見せた包囲網ね。
「圧し殺せ、円殺陣!」
何時の間にか武器を槍に持ちかえた内側のゴーレムが一斉にオークリーダーに攻撃する。
オークリーダーも棍棒の一振りで二体のゴーレムを粉砕するが、直ぐに外側のゴーレムと入れ替わり攻撃の手を緩めない。
これは相当えげつない攻撃だ……休む暇も無く常に全周から槍を突き出され、倒しても倒しても攻撃の輪が崩れない。
「止めを刺せ!」
リーンハルト君の指示で二十四体のゴーレムが弱りきったリーダーに対して一斉に槍を突き出す。
全身をハリネズミの様に槍が突き刺さったオークリーダーは、そのまま崩れ落ちた……
「これが、リーンハルト君の率いるゴーレムの本当の戦い方なのね……まるで熟練の騎士団の様に統率された無言の軍団」
固唾を飲んで見守っていた村人達が一斉に沸いた!歓喜の声が深夜のラコック村に響き渡る……
リーンハルト君が杖を一振りするとゴーレム達が魔素へと還る。
淡々とオークの『名有り』の群れを滅ぼした立役者は、少し困った顔を私に向けている……
「ああ、何てアンバランスな人なんだろう……」
これだけの事が出来るのに、私の想像もつかない力を持っているのに、終わった後で私に助けを求める様な目で見るなんて……
タリアさんや他の人達が彼に走りよって行くのを見て急いで追い越して一番に抱き付く。
「やったね!リーンハルト君、大勝利だよ」
「む、いや、だから直ぐに抱き付く癖は直した方が良いぞ。年頃の娘が、むやみやたらと抱き付いたら周りから誤解を……」
やはり困った顔で、でも軽く抱き締めてくれた。オーク達よりも私の方が大変みたいな態度に周りの人達からも笑い声が聞こえる。
◇◇◇◇◇◇
「終わった、でもコレからが大変だな……今夜は残党の襲撃に備えて待機、日の出と共に被害の確認かな。
その辺はマークさんに頼むしかないか。落ち着いたら村長とゴーンを交えて話し合いだ。
領主と冒険者ギルドへの報告をどうするか決めておかないと面倒な事になるだろう」
戦うより戦った後の処理が大変なのは何時の時代も変わらないのだな。
今回の戦いは魔法迷宮の攻略と違い規模は小さいが戦争と変わらなかった。
久し振りに『無言兵団』としてゴーレム達を操ったが腕は錆びてなくて安心した。
「そうね、教会に運び込まれた怪我人は多かったわよ。死人も出たし冒険者ギルドから派遣された人達も殆ど全滅に近い。
ちゃんと話を纏めておかないと駄目ね」
今回の件、被害は最小限に抑えたつもりだが多くの死傷者が出てしまった。関係者はそれなりの責任を問われる事になる。
特に応援を拒んだ村長とゴーン、領主軍を出さなかった代官、報告は領主であるフーガ伯爵にも行くだろう。
未然に防げた被害だからな、領主の立場として代官と村長には叱責が有るだろうし冒険者ギルド本部にも依頼したのに成果が不十分だと文句を言うだろう。
主にゴーンの対応の悪さだな、報酬を独り占めにしたいから『ファング』の助言を無視したし。
「ウィンディアは少し休んだ方が良いよ、警戒は僕がするから……」
未だ日の出までには四時間以上有るだろう、だが村人達を安心させるには僕が待機してないと駄目だな……
「リーンハルト君の方が休まないと駄目でしょ!結局一人で全部倒しちゃったじゃない」
「む、だが僕が居なくなると村人達が不安になるだろう。
それに大勢の人の前で寝る趣味も無い、君はタリアさんに言えば部屋を用意してくれるだろ?僕は此処に座ってるよ」
民家の脇に積まれた木箱の上に座る、寄り掛れる壁も有るから丁度良い。
周りを見ればマークさん達青年部の連中が村人達を仕切って怪我人の治療や暖を取る為の焚き火の準備とかをしている。
後は任せておけば大丈夫だ……
「私も此処で良いわ、少し休む……」
「ちょ、おい、ウィンディア?」
何処からか毛布を貰って来て包まると僕の隣に座り寄り掛って来たが、男の前で寝顔を見せるんじゃない!
年頃の娘として、もう少し警戒心を……
直ぐに寝息をたて始めた彼女の為に静かにする事にした。元々ビックビー討伐で疲れていた上にオークの夜襲だ、緊張の糸が切れたのだろうな。
スヤスヤと眠る彼女の寝顔を盗み見ると……目が合った?
「狸寝入りかよ?」
「違います、偶然目を開けたらリーンハルト君が覗き込んでたの。何?私の寝顔がそんなに見たかった?」
猫の様に目を細めて見上げてくるが、最初の頃に感じた何を考えているか分からない腹黒さは無い。
「ち、違うぞ!そんな事は無いから、違うから……」
そのまま何も言わずにポスンと僕の膝に頭を乗せる、所謂アレだ膝枕だ。
「少しだけ、こうして寝かせてね。ほんの少しだけ……緊張が……解けて、疲れが……」
周りの村人達がニヤニヤと僕等を見ているが、彼女のお陰か変な畏怖を抱かれないで済んでいる。
直ぐに熟睡してしまった彼女の髪を軽く撫でて感謝を表す。あの畏怖の眼差しは嫌だから……