古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第604話

 久し振りの家族サービスの為に王立オペラ劇場に来ている。滞在予定が三日延びたので余裕が出来た、内一日はザスキア公爵ともオペラを観る事にしている。

 同じ演目を短時間で二回も観る事は勿体無いし無駄かなって思っていたが、貴種たる我等貴族の誇れる趣味としてオペラが有り、何度も観ても良い。通になると連続で観るのも普通らしい。

 僕としては興味が薄い部類なので、同じ演目は一回観れば満足だが女性陣はそうでもないらしい。毎回違う楽しみ方が有るそうだが、内容は聞いていない。前日に無理を承知で、アドー支配人に予約を頼んだが快諾してくれた。

 格式の高い王立オペラ劇場だが、他にも民間のオペラ劇場が王都には幾つか有るしレベルも大差は無い。当然だが演目も違えば出演者も違う、観たい演目により劇場を変える事は良く有る事らしい。

 豪華な貴族専用の貴賓室や特別室が必ず有るから、民間のオペラ劇場にも通う貴族は多い。場合によっては、侯爵本人クラスも通う。流石に更に上の公爵クラスになると、自分の屋敷内に専用の劇場を所有しており呼び付ける。

 ザスキア公爵もそうだった。彼女は僕とオペラを観る為だけに、公演中の主演女優を呼び寄せたんだ。まぁ主演女優のアンヌマリー嬢は親族だったけど……兎に角財力の差が凄い、僕も近年では稼いでいる方だが桁が違う。

 そして僕は、複数有るオペラ劇場の中でも王立オペラ劇場にしか行かない。興味が薄いから特に複数の劇場を梯子しないだけなのだが、アドー支配人や主演女優のアンヌマリー嬢にとっては凄く誇らしい事らしい。

 最近何かと話題の僕が、毎回通うだけでも評価が高くなる。全くの誤解だが、モリエスティ侯爵夫人のサロンの常連の僕は芸術に精通した文化人らしい。その僕が絶賛?している、王立オペラ劇場は王都で一番の人気だそうだ。

 予約を頼んだ筈なのに、返事は丁寧な礼状と招待状のセットだった。二番目の特別室が空いていたので大丈夫、是非とも側室や婚約者の方々とお越し下さいだそうだ。

 前回訪ねた時は、バセット公爵の三女のラーナ嬢と、バニシード公爵の七女のルイン嬢の争いに巻き込まれた。表向きな原因は僕の特別室の隣を予約していたルイン嬢に、ラーナ嬢が場所を代われと迫った事だった。

 裏の事情は元々は親しい友人だったが、派閥争いの関係で反発し合う関係になってしまった。他に誰も居なければ大事にはならなかったが、双方友人が一緒だったんだ。

 体面や面子の関係で引くに引けず、不本意ながら諍(いさか)いの原因らしい僕を巻き込んだ。僕にとっては、バセット公爵は中立、バニシード公爵は敵対関係。双方の関係者とは適度な距離を置きたかったのだが、ラーナ嬢を自分の特別室に招く事でトラブルを回避した。

 公演時間が間近だったし、上級貴族の専用馬車停めで公爵令嬢達が騒ぎを起こし続けるのも不味い。アドー支配人も二人に詰め寄られて困っていたし、仕方無かった。対応としても及第点だった筈だ。

 ラーナ嬢から詳細も聞けたし今となっては良い思い出なのだが、ラーナ嬢とは四季の挨拶を交わす程度に友好関係を維持している。ルイン嬢は敵対してる派閥の令嬢だから、あれ以来の接点は無い。

 何が言いたいかと言えば、アドー支配人が宣伝したのか僕絡みの情報は収集されているのか分からないのだが……知り合いの令嬢と鉢合わせなのは、偶然と考えるには苦しい。

「偶然ですね、メディア様、ファティ殿。お久し振りです、変わりは有りませんか?」

 魔力感知で遠くからでも居るのは分かっていた、忘れがちだがメディア嬢はワルキューレと名付けた女性型ゴーレムを操る土属性魔術師だ。だが先に特別室に案内されているかと思えば馬車停めで待っているとは驚いた。

 エルフ族のファティ殿の感知魔法は桁違いだし、公爵家の諜報能力は馬鹿にならない。家族サービスだと思っていたが、ニーレンス公爵家との懇親と思えば良いかな?最近はザスキア公爵との絡みが多いし、ニーレンス公爵とローラン公爵とも懇親しないとバランスが悪い。

 公爵三家と協力体制を結んでいるが、差を付けると思わぬ所で綻びが生じる。軽く考える事は出来無い、人間関係は難しい。転生前は無言で従うゴーレムに甘えたが、今生は改善しないと駄目なんだ。

「あら、本当に偶然ですわね。リーンハルト様の御活躍は、私の耳にも入っておりますわ」

「久しいな、リーンハルト。また強くなってるな、どうなっているんだ?お前には毎回驚かされる、また模擬戦をするか?いや、しよう。私は五年も待てないぞ」

 ファティ殿から無茶振りが来た、絶世の美女だが酷薄な感じがする彼女が僅かに感情を表している。それは再戦したいと言う欲望の現れだが、感情表現が希薄なエルフ族としては珍しい。

 アイン達ゴーレムクィーン五姉妹と決着を付けたいのだろう、掴みかかる事はしないが身を乗り出して迫ってくる。同行している、ジゼル嬢は呆れ顔だが、アーシャは不安顔で、イルメラとウィンディアは無表情で怖い。

 おい、ニール!腰に差したロングソードの柄に手を乗せるんじゃない。それは明確な敵対的意志を表す行為なんだぞ。何か有れば直ぐに叩き斬るとか止めてくれ!クリスも気配を消して身構えるな、その両袖に隠したナイフに手を伸ばすんじゃない。

 現状でもアイン達とゼクス達十姉妹を投入すれば、樹呪童(きじゅわらし)達とは互角以上に戦えるだろう。だが僕とファティ殿との力量差は圧倒的に負けている。

 彼女は未だ全力を出してない、樹呪童だけじゃない。精霊魔法は人間の操る属性魔法とは全く違う、彼女は当然切り札を隠している。未だ完全に力を取り戻してないから、挑めば負ける。だから頑張って準備をしているんだぞ。

 視界の隅に、アドー支配人と主演女優のアンヌマリー嬢が見えるがオロオロしている。出迎えに来てみれば偉い現場に遭遇してしまった、流石の二人も公爵令嬢とエルフ族の対応は厳しいのか?何とかして下さい的な視線を僕に向けている、騒ぎが大きくなる前に何とかしますけど……

「模擬戦は早いです。僕は力を蓄えている最中ですから、今暫く待って下さい。それと宜しければ、お二人を僕の予約した特別室に御招待しますよ」

 社交辞令と余所行きの笑顔を添えて誘ってみる。断ってくれれば深追いはしない、だがこの状況でお互い別々でオペラを楽しみましょうは通用しない。

 ニタリと笑ってジゼル嬢を見る、メディア様に溜め息をはく。この二人は悪友の関係になっても、偶に悪戯をし合うんだ。大抵はメディア嬢から仕掛けて来る、ジゼル嬢が許容する範囲内でね。

 公爵令嬢と男爵令嬢、僕と結婚しても公爵令嬢と伯爵夫人。身分差は大きい、縮まる事もない。だが不思議と仲は悪く無い、要は似た者同士かな。

「そうですわね。折角私のナイト様からのお誘いですし、お邪魔させて頂きますわ」

「模擬戦は延期か……まぁ抜け駆けはレティシアが怒るから仕方無いか。しかし彼女がリーンハルトの仲間になるとはな、我が王も驚いていたぞ」

 メディア嬢とファティ殿の言葉と輝く笑顔に、ジゼル嬢のコメカミに青白い血管が浮き出る。メディア嬢は僕には異性としての興味が全く無いのに、対外的に友好関係が強いと思わせる為に私のナイト様と呼ぶ。

 僕は魔術師で騎士じゃない。だが高貴なる姫と騎士の関係は、世の中の淑女達には好まれるシチュエーションらしい。前にエルナ嬢も年甲斐も無く憧れるとか言っていたな……

 模擬戦については、ニールもクリスも私も参加します感が凄い。ニールは厳しいが、暗殺術に長けたクリスなら良い所まで行きそうだな。幻術を駆使すれば、或いは……

「ええ、是非とも来て下さい」

 未だその設定を使うんですね?僕は魔術師であって騎士ではないので、そろそろ止めて欲しい。確かに彼女の中では、僕は剣を使わなくとも色々な事から守るナイトなのだろう。

 ニーレンス公爵との関係も有るし、彼女を害する者が居るなら物理的にも排除する。それはジゼル嬢達に向ける無償の愛じゃなくて打算的なモノなんだけどね。

 勿論だが、友人としてなら好意は有る。他の令嬢達と比べたら遥かにマシな部類だ、政略結婚を意識しない貴族令嬢の知り合いは少ない。ルーテシア嬢やヒルダ嬢位か?

 エロール嬢やウェラー嬢は貴族令嬢より魔術師としての側面が強い、魔術師の血を残すならば可能性が高い相手だがそんなつもりも無い。ウェラー嬢は同僚候補だし。

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様。それと……」

 話が一段落したタイミングで、アドー支配人が声を掛けてきた。そのホッとした表情は、面倒事は全てお願いしますですか?まぁ彼からすれば、今回の原因は僕だから仕方無いか。

 アドー支配人の後に主演女優のアンヌマリー嬢も出迎えて歓迎の言葉を貰った、そろそろ周囲に他の観客も集まって来たし潮時かな?特別室に案内して貰うか。

 せめてもの愛情表現の為に、アーシャとジゼル嬢の腰に手を回して歩く。馬車停めに来客の貴族達が集まり僕等に注目している、家族円満とニーレンス公爵家とも良好な関係だと話は広まるだろう。

 必要以上に身体を寄せて来るから歩き辛い、ジゼル嬢とアーシャ姉妹にガッチリと抱きかかえられる。可愛い嫉妬と独占欲だと思うが、僕って他からどんな風に見られているのだろうか?

◇◇◇◇◇◇

 何度目かの特別室、今回は人数が多いが無駄に広いから大丈夫だ。僕を中心に右側にアーシャとジゼル嬢、左側にメディア嬢とファティ殿。ニールは護衛、イルメラとウィンディア、それにクリスはメイドの立場だから後ろに座って貰う。

 イルメラ達は今の立場では僕の隣には座れない。それを強行すれば、メディア嬢が気付く。貴族のマナーを破ってまで側にいさせる相手、疑ってくれって意味だ。

 まだ早い、養子縁組をして僕に嫁ぐ迄は疑われるのは駄目だ。立場が弱い、何をされるか分からないリスクは負えない。だが椅子には全員座らせる、オペラは公演時間が長い。今回は休憩を含めて六時間を超えるんだ。

「リーンハルト様は芸術関係に深い造詣が有ると噂になってますわ」

「装飾品の作成には自信が有ります。ですが他は全く自信なんて有りません、最低限の知識だけです。特に印象派の絵画とか理解の範囲外です。写実派な作品は何となく分かる位です」

 笑って否定する、僕は文化人じゃない。錬金術に絡む装飾品や彫刻類は得意分野だが、その他は全く駄目だ。音楽は実績を作ったから謙遜は駄目だが、絵画とか綺麗ですねとかしか感想が無い。

 チラリと横目で見る、メディア嬢は嬉しそうだな。周囲からの羨望の眼差しとか注目されるのが好きなんだ。社交界での振る舞いは誰よりも長けた御嬢様でも有る、その方面ではジゼル嬢も勝てないだろう。彼女は生粋の最上級令嬢、貴婦人としてならセラス王女でも敵わない。

 隣に座るアーシャも嬉しそうにして、メディア嬢の事も歓迎してますって態度だが……大人しい彼女が珍しく僕の手に自分の手を重ねているのは、所有権アピールか?仕事とは言え、少し構わな過ぎたかな?

 僕とメディア嬢はお互いの関係にメリットを見出しているだけで恋愛感情は皆無だ。双方納得し理解もしているが、周囲の受け止め方は違うのか?僕の本妻は、アウレール王が認めたジゼル嬢だ。

 これは覆す事が不可能な事実であり、メディア嬢が成り代わる事も無理。公爵令嬢が側室に入る事も無理、貴族の常識に照らし合わせれば分かる事だ。

 だが人間は理屈でなく感情で動く、正論が常に受け入れられる事は無い。だからアーシャの可愛い私の旦那様アピールに応える為に重ねた手の指を絡める、所謂恋人繋ぎだな。

「あらあら、まぁまぁ!本当に相思相愛なのですね。仮面夫婦が多い貴族の中では大変に珍しいですわ。本当に羨ましいです」

「僕は色々特殊ですから、恋愛結婚が出来て幸せです。アウレール王の配慮には、本当に感謝しています」

「照れもなく素直に惚気られるとは……あの群がる令嬢達を路傍の石の如く冷めた目で見ていた、リーンハルト様もアーシャ様には甘々ですわね」

 わざとらしくハンカチで目元を押さえないで下さい。その涙は僕の成長を喜ぶ涙ですよね?女性の扱いに慣れた事が悲しいとか思わないで下さい。

 ジゼル嬢だけでなく、僕にまで悪戯を仕掛けて来るとは驚いた。そう言えばメディア嬢には浮いた噂が無い、未だニーレンス公爵のお眼鏡に叶った紳士は居ないのか?

 彼女も適齢期だし、ニーレンス公爵家を支える人材に嫁ぐ筈なのだが……もしかして王族との結婚も視野に入れているだろうか?身分的には可能だし、彼女の価値を考えればアウレール王の側室だって十分に狙える。

 でもそれは僕が考える事じゃない、彼女の旦那になる男は幸せだとは思う。思うが色々と大変だろう、次期公爵の後継者争いの参加資格を得るのだから。

「何でしょう?私をジッと見詰めるなんて、リーンハルト様にしては珍しいですわね」

「いえ、色々と大変ですが頑張って下さい」

「え?大変なのは、リーンハルト様の方ではないでしょうか?バーリンゲン王国の平定を僅かな手勢で行うのですよ」

 いえ、もう残務処理くらいの簡単な仕事です。僕よりも大変なのは、実はメディア嬢なんですよ。

 


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