古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

613 / 999
第607話

 近衛騎士団員達との懇親会に参加したが、それは彼等の出陣前の儀式だった。普通に仲間が死ぬ戦争、その別れを事前に済ます為の儀式だ。

 その儀式に参加させて貰ったって事は、僕は彼等に認められたのだろう。それは凄く誇らしく、また厳しい事でもある。彼等が戦死しても戦場では悲しむなって事だから……

 戦場での仲間の死は特別だ、その悲しみが戦意高揚に繋がれば良い。だが実際に仲間の死に直面すれば、怒りや悲しみや後悔など複雑な感情が絡み合い予想も出来無い行動をする。

 規律を重んじ集団戦を得意とする騎士団にとって、個人の感情で勝手に動く事は不利益でしかない。だから事前に酒を飲み、騒いで別れを済ますのだろう。

 少数精鋭、直属の魔導師団とゴーレム軍団しか使わなかった僕では考え付かない事だな。配下の魔導師団の連中が戦死する事は無かった。

 運が良かったのか、実力が高かったのか?怪我をして引退するだけだった。だから過去の仲間の死には過剰に反応してしまうのだろう、僕は誰かを喪う事に慣れてなかったんだ。

 転生して仲間以外の、家族として大切な者達が出来た。イルメラやウィンディアは仲間であり最愛の恋人だ、何れ側室に迎えて正式な家族となる。

 アーシャもジゼル嬢もニールもだ。この五人が僕の本妻と側室、大切な奥さん達だし、エレさんやリプリー、コレット達も大切な仲間だ。ユエ殿や妖狼族の連中、メルカッツ殿達、両手両足で足りるかな?

 彼等彼女等を失えば、僕は怒りに我を忘れるだろう。ザスキア公爵達、同僚もそうだな。転生してから大切な人達が増えた、増え過ぎた。

 今の僕は、喪う事に極端な恐れを抱いている。全てを守れる、救えるなんて馬鹿な考えや根拠の無い自信も抱いてない。だが努力は怠らない、怠る事は希望的観測って名前の諦めだから……

◇◇◇◇◇◇

 泥酔して轟沈した近衛騎士団員達の帰宅手配を済ませて『淑女の囁(ささや)き亭』を出たのは午前零時を過ぎていた。馬車の窓から見上げる夜空は生憎の曇り、月は全く見えない。

 厚い雲は雨雲だな、もう少ししたら雨が降り出すだろう。僅かに開けた窓から湿った風が流れ込んでくる。酔いで火照った顔に冷たい風は心地良い。

 水属性魔法で体内のアルコール分を分解しているが、許容量を超えたのか軽い頭痛がする。明日は休みだし朝寝坊確定だな、自宅に溜まっている親書の処理で終わりそうで嫌になる。

 馬車は新貴族街を抜けて貴族街を進む、先に送り出した連中は既に自分の屋敷に帰れただろう。ポツポツと屋敷の窓が明るいのは、屋敷の主人が帰宅したからだろうか?

 油や魔力の節約の為に深夜まで煌々と明かりを点けている屋敷は少ない、金回りの良い連中以外は無駄な所は最低限に抑えて見栄を張る時に散財するのが貴族だから。

 我が家もそうだ。屋敷の周囲の囲いや正門前には常夜灯を灯して警戒するが、屋敷は玄関周辺しか明かるくない。まぁゴーレム警備網は魔力探知だから照明の有無は関係無いんだけどね。

「お帰りなさいませ、旦那様」

「うん。警備ご苦労様」

 馬車の窓から顔を見せて労う。彼等は国家と民衆の為に最前線で戦う気構えを持って僕に雇われている。その気高い精神は、ウルム王国に主力が向かう間、王都の治安を守る事で発揮されるだろう。

 バーリンゲン王国の平定には連れて行かない。それはエムデン王国の為でもあるが、民衆の為とは微妙に違う。国家間の利害関係の問題だな、利益を巻き上げるには対価と現政権の安定が必要。

 元殿下達を倒すか敵兵力を擦り潰して帰る。他国の平定より自国の安定の方が大事だよな……パゥルム女王達が待ち構えていると思うけど、ザスキア公爵には勝てない。

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

「うん、サラも早く休むんだぞ。メイド長が遅番は駄目だと思うんだ」

 玄関先に横付けした馬車から降りれば、キッチリとメイド服を着込んだ彼女が一人で出迎えてくれた。既に深夜の一時過ぎ、彼女は五時には起きて仕事をしている。

 責任感が強いのは、僕が周囲からさり気なく伯爵家を仕切るメイド長は平民では駄目だと言われても彼女をメイド長に据えているからだ。

 前に本人からも恐縮されて変えて欲しいと頼まれたが断っている。譜代の家臣として選んだ人材を平民だからと変えるつもりは全く無い。サラ以外に屋敷を任せるつもりも無いと言ったら泣かれた。

 下らぬ噂を彼女に聞こえる様に言う連中が僕の近くに居る、この事実を重くみて内々に調査を進めているんだ。僕の家臣は平民が多い、コレットやエレさん達もそうだ。

 そんな大切な家臣達に嫌な思いをさせて僕から離れる様に仕向ける連中だからな。調べれば誰に行き着くのか興味深い。因みにサラは、筆頭執事であるタイラントと結婚を前提に交際を始めた。

 似合いの夫婦になるだろう。有能な二人だが僕の所為で婚期が遅れると思っていたが、まさか両思いになるとは人の縁って不思議だね。

「明日の午前中は、お休みを頂いておりますので大丈夫です」

「明日は一日屋敷に居るから、午後も休んでくれ。タイラントからも働き詰めていると聞いている、休む事も仕事だよ。いや、タイラントも休ませるから明日は二人でオペラでも観に行ってくれ」

 言いながら途中で後悔した。今王都で上演してるオペラの演目ってアレだった、恥ずかしい僕の半年の軌跡だった。それを自ら観に行って来いとか羞恥プレイだが、真っ赤になり下を向くサラを見て今更他の事など勧められない。

 もう自棄だ。僕の名前を使って良い席を取ってあげよう。タイラントには子供の頃から凄い世話になっているのに何も報いていない、この二人の幸せの門出は全力で応援する。

 挙動が不審な彼女だが、本来の仕事を思い出したのだろう。既にアーシャは寝ているので、夫婦の寝室でなく僕専用の寝室の方に案内してくれた。イルメラとウィンディアに声を掛けておきますって悪戯っぽく言うのは、彼女なりの仕返しと御礼なんだろうか?

 こういう砕けた遣り取りも譜代の家臣達との関係に繋がるのだろう。信頼や信用は只の雇用関係では築けない、長いか濃いかは分からないが、付き合い方も重要なのだろう。

◇◇◇◇◇◇

 風呂には入らず寝間着に着替える。明日は朝寝坊をして朝風呂に入ってのんびりする、一日位は何もしない日が有っても良いだろう。アーシャには近衛騎士団員達と飲むから彼等を屋敷に送り届けた場合、高確率で泊まる事になると言っておいたからな。

 明日の朝に帰って来た事を聞いて水臭いと言われるが、寝ているのに起こすのも忍びない。サイドテーブルに用意されていた水差しからコップに半分ほど冷水を注いで一気に飲み干す。

 仄かに柑橘系の味がして酔った身体に染み渡る。ベッドに倒れ込もうとした時に、ドアをノックする音が聞こえた。多分だが、サラがイルメラとウィンディアに教えたから来たのかな?

「お帰りなさいませ、リーンハルト様。近衛騎士団員の方々とは楽しく懇親出来ましたでしょうか?」

「うん、ただいま。何時も通りに全員酔い潰れたから、帰宅手配をしたよ。でも楽しかったかな」

 イルメラだけで、ウィンディアが居ない。彼女は真っ白でフワッとした夜着の腰回りを帯で締めている。薄いスベスベの生地の下は素肌だよな?

 清楚だが控え目じゃない色気というか艶っぽいと言うか……僕はフラフラと彼女に近付いて跪き、腰に抱き付いた。端から見れば縋り付いているみたいだろう。

 今夜の僕は少し変だ、ナイーブにでもなっているのか?イルメラのお腹辺りに顔を押し付ける、ミルクみたいな甘い匂いを嗅ぐと心が安らぐ。

「どうなされました?少し疲れが溜まっているのではないでしょうか?」

「少しこのままで……近衛騎士団員達と飲んだんだけど、彼等なりの別れの儀式に参加させて貰えたんだ。戦争だし、次に集まる時は何人か居ない筈なんだ……」

 優しく頭を撫でられる。何度も髪を梳くみたいに優しくだ。知り合いの、いや仲間と認めてくれた連中と死に別れる事になる。戦争だから当たり前だ、全員無事など有り得ない。

 幾ら戦局が有利であろうとも、彼等はバーナム伯爵やデオドラ男爵ほど強くない。逆にバーナム伯爵達の事を心配するのは、彼等の力を信じてないのかと拗ねられる。

 難しい。近衛騎士団員達にも『戦士の腕輪』は配備されるが、それだけで無傷で生き残れる訳じゃない。傲慢な考えだ、全員を救うとか考えるのは傲慢だ。出来る事と出来無い事があるんだ。

 優先順位を間違えるな。僕が守りたい人は、今僕の腕の中に居る。彼女達の安全が最優先だぞ、薄情と言われても八方美人にはなるな。後で後悔する事になるから……

「皆さん良い方々らしいですね。モア教の僧侶としては戦いは止めて欲しい、それが教義を守る聖戦であってもです。私はリーンハルト様が戦場に行く事は……止めません。ですが必ず帰って来て欲しいのです」

「ああ、その為に力を蓄えた。バーリンゲン王国の平定は難しくないが、油断や慢心はしない。一ヶ月以内に帰ってくるよ、約束だ。僕はイルメラと一ヶ月以上離れるのは駄目なんだ」

 イルメラ成分が不足してしまうと情緒不安定になるみたいだ。こんな弱点が有るとはな、いや依存かな?僕はイルメラに依存しているが全然構わない。

 彼女の腰を抱く腕に力を入れる。柔らかい下腹だが無駄な贅肉など無い、スベスベだし良い匂いだ。世間を賑わす英雄も、家に帰れば恋人に縋って甘える只の男だ。

 暫くはイルメラ成分の補給に勤しむ、その間ずっと優しく髪を梳いてくれた。満たされる、僕は満たされている。幸せだ、転生前では味わえなかった確かな幸せ、この幸せを必ず守る。

 ああ、雨が降り出したな。大粒みたいでガラス窓に雨粒が当たる音は大きい、だが雨音とイルメラ効果で安らぎ感は倍増しだ。

「リーンハルト様は、未だに他の人が過ごした人生の夢を見ているのでしょうか?」

 え?今その話題を聞くのか?思わず彼女を見上げる。慈愛の籠もった優しい微笑み、僕は全ての秘密をぶちまけてしまいたい誘惑に駆られるが何とか耐える。

「リーンハルト様は、古代の有名な魔術師であるツアイツ卿の人生を夢という形で追体験しているのでしょう?」

「な、え?その、何故?僕はだな」

 不味い、思考が定まらない。何故、イルメラが僕の転生前の人物を知っている?知っていて、何故そんなにも優しい表情が出来る?

 立っていた彼女がしゃがみ込んで、その豊満な胸の谷間で僕の頭を抱き締める。その柔らかさを堪能する余裕など無い、僕の最大の秘密が最愛の人にバレたんだ。

 ポンポンと赤子をあやす様に背中を軽く叩かれた。その慈愛に溢れた行動に何もかも秘密を話してしまう誘惑に駆られる、だがそれは……

「前にイルメラにだけに教えてくれましたよね?過去に若くして謀られて殺された人物の一生を夢で追体験していると。リーンハルト様の御力は伝説の古代魔術師である、ツアイツ卿と同じです」

 そうだった。僕は半分だけ真実を混ぜて彼女に話したんだ、急に扱える様になった力の秘密。誰にも教わらないのに使える古代の魔法、現代では類を見ない錬金術。

 その全てが現代では異端だ、僕は異常者なのに彼女は一生懸命尽くしてくれた。ジゼル嬢には恐れられた秘密、転生の秘儀。過去の人物が禁呪を使い現代に転生する、僕は異端だ。

「輪廻転生。それはリーンハルト様よりも、モア教の僧侶である私の方が詳しいのです。前にもちゃんとイルメラに教えてくれました、夢で見る追体験は過去の自分か祖先だと。つまり、リーンハルト様はツアイツ卿の生まれ変わりなのです」

「そうだったね。確かにアグリッサさん達が自宅に突撃してきた夜に話した事だ、僕はイルメラの予想通りに過去に滅びたルトライン帝国宮廷魔術師筆頭、古代魔術師であるツアイツの生まれ変わりだ」

 言ってしまった。最大の秘密、古代魔術師とは失われた太古の魔法を知る異常な存在。普通じゃない、排除されるべき危険人物。僕は彼女達の為に身を引いて、何処かで隠居生活を……

「酷い顔をしないで下さい。輪廻転生とは魂が生前の罪を償い新たな生を授かる事、同じ人間に生まれ変わる事は少ないらしいです。公(おおやけ)に話す事では有りませんが、禁忌な事でも有りません。リーンハルト様?」

「な、何かな?って、イルメラさん?」

 顔を両手で挟み込まれて、そのままキスされた。触れる様な軽いキスだが、啄む様に何度もされた。お互い真っ赤になってしまった、大胆ですよ、イルメラさん。

「これは私達二人だけの秘密です。他の人には秘密ですが、悪い事では有りません。ですから、その様な悲しい顔はなさらないで下さい」

「うん。ありがとう。ゴメンね、今まで黙っていて……」

「今生はお互い老衰で亡くなるまで、長生きしましょう。イルメラは、ずっとずっとリーンハルト様と一緒です」

 ああ、誰にも言わずに墓場まで持って行く秘密だったがバレてしまうとは情け無い。でも僕は赦された、イルメラに赦されたんだ。

 もう悲しむ事も一人で悩む事も無い。他人には秘密だが、その秘密を共有出来る人が居る。それだけで、それだけで僕は幸せだ。

 何時か、イルメラ以外の大切な人達にも教える事が出来るだろうか?異常者の僕を受け入れてくれるだろうか?それとも排除に動くのだろうか?

 それは今は分からない。でも今は唯一の理解者である、イルメラが居る。僕は間違い無く幸せだ、これで最大の悩みは無くなった。後は後継者たる我が子を何とか……

「ユエさんから教えて頂きました。女神ルナ様の御神託によれば、リーンハルト様の御子を最初に授かるのはイルメラです。未だ数年は先らしいですが、異教とは言え流石は神様ですね」

 え?僕の子供を最初に授かるのは、イルメラなの?女神ルナは僕には未だ教えるのは早いって言っておきながら、ユエ殿経由でイルメラに教えちゃったの?

「あの、イルメラさん?」

「これも二人だけの秘密です。早く成人して、イルメラをお嫁さんにして下さい」

 そう言って微笑む彼女を優しく抱き締める。僕の悩みは今夜解決した、イルメラと女神ルナのお陰で……

 




今年一年間、この作品を読んで頂き有難う御座いました。
物語も佳境に突入し今年中には完結出来るかと思いましたが終わらず、来年には完結まで話を持って行きたいです。
沢山の評価・感想・UAを有難う御座いました、凄く励みになりました。
特にUA1100万の大台に突入するとか考えられない珍事?自分が一番驚いています。
来年も宜しくお願いします、今年一年本当に有難う御座いました。

日刊ランキング二十七位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。