古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第610話

 ウェラー嬢の黒縄(こくじょう)の修得率の確認だが、遊牧民族が使用する捕縛術の輪投げの技術を盛り込んで来た。伸縮自在の黒縄は、輪投げと相性が良い。

 それと攻撃手段としての鞭、これも伸縮自在な事を生かして引き戻す時は縮めて、振り下ろす時は伸ばす。単純だが効果は高い、間合いが掴めない。

 僕は全て魔力操作するが、ウェラー嬢は有る程度は自分の腕を使わなければ駄目みたいだ。なので長期戦には向かない、未だ完全に魔力操作のみでは動かせないので課題は多いが十分に合格だ。

 だが黒縄のみの使用では、僕のゴーレムポーンは倒せない。前回の自在槍は手加減有りのレベル20とは言え倒したんだ、だから不完全燃焼みたいだ。

 なので黒縄以外の魔法の使用を許可して、仕切り直しの模擬戦をする事にした。中途半端はお互いモヤモヤするし、白黒付けるのも良いかな。

 バーリンゲン王国の宮廷魔術師達との模擬戦よりもワクワクする、アレは条件的に僕の勝利が確定していた。敵の攻撃は魔法障壁で防げるし、魔法の発動時間も僕の方が圧倒的に短い。

 距離も近かったし、多対一の数の不公平さと、ゴーレムルークという規格外の巨大ゴーレムに驚いただけで、冷静に見れば不利だったのは向こう側だ。

 まぁ圧倒的な戦力差を見せ付けて結婚式に参加した周辺諸国を黙らせるつもりが、パゥルム女王の危機感を煽り過ぎて簒奪させてしまった。

 結果的に手間も省けたし被害も最小限に収まったのだが、その分のしわ寄せが僕に来て平定の手伝いや他の面倒も見る事になった。だがそれも当初の予定通り、有る程度の敵戦力を減らし脅す事と大差無い。

 面倒臭いのは、パゥルム女王やミッテルト王女が全力で擦り寄って来る事だ。男なら誰でもハニートラップに掛かると思わないで欲しい、迷惑なんだよ。

◇◇◇◇◇◇

 練兵場の中央で、ウェラー嬢と向かい合う。距離は約30m、どちらも必殺の間合いとしては離れている。何か攻撃しても対応出来る距離だ、魔法障壁でも物理的に盾を錬金しても間に合う。

 土属性魔術師は防御力に定評が有る、それは自分なりの防御用の盾を即座に錬金出来る様に鍛錬しているから。脊髄反射で出来る様に身体に刻み付ける。

 直接攻撃魔法は他の属性魔術師よりも少ない、基本的に錬金絡みの物理的な攻撃。簡単な物は石礫(いしつぶて)を飛ばしたりする。勿論だが殺傷能力は低い。

 難しい物だとアイアンランスや黒縄(こくじょう)とかだな。山嵐を使いこなせれば、現代の土属性魔術師としては最上級だろう。だが中級牽制魔法の山嵐が、現代では上級攻撃呪文扱いだよ。

「リーンハルト兄様、手加減無しでとは自惚れません。ですが!」

「ああ、配慮はするが手加減はしない。全力で掛かって来るんだ」

 観客席が賑やかになってきた。模擬戦を始めてから時間が経っているからな、騎士団員に警備兵も集まっている。予定が有り来れない筈の、サリアリス様も居る。

 いやいやいや、特別観覧席にアウレール王とリズリット王妃。それにミュレージュ殿下にセラス王女まで居るぞ。ミュレージュ殿下は分かるが、模擬戦に興味が薄そうなセラス王女まで?

 無様な模擬戦など出来無い。ウェラー嬢は気付いていないが、周囲の観客達は気付いた。これって、ウェラー嬢の魔術師としての力の御披露目じゃないのか?

「リーンハルト兄様、行きます。濃霧よ!」

「視界の制限か……でも甘いよ」

 ロッドの一振りで、僕の周辺から魔素を含んだ霧が湧き上がる。範囲は僕を中心として半径20m、普段から使い慣れているのか鮮やかな手並みだ。

 大量の魔素を含んでいるから魔力探査が鈍る、しかも微弱だが麻痺毒の効果も練り込んでいるのはオリジナルだな。密閉空間でなら相手は既に詰んでいる。

 だが大地の上に立つ限り僕に感知出来無い事は無い。小走りで左右に……振動からしてゴーレム、それが素早く回り込もうとしている。

「ふむ、左右のゴーレムは囮だな。ウェラー嬢は正面から動いてないし、護衛のゴーレムも側に一体残している」

 魔力の放出だけでも濃霧は吹き飛ばせる。叉は黒縄で身体を上空に持ち上げて濃霧地帯から脱出する事も出来るが、前にも同じ状況で見せた対処方法だ。

 つまりウェラー嬢なら知っている可能性が高い。毎回同じ事も芸が無いし、今回は土属性魔術師らしい方法にする。つまり地中に潜り込んで、ウェラー嬢の後ろに移動する。

 軽く地面を蹴り穴を開けて身体を滑り落とした直ぐ後に、二本?いや三本かな?黒縄が水平に通過した。これは黒縄か自在槍か分からないが、三体のゴーレムに使わせたんだ。

 ゴーレムの怪力ならば、鉄製の黒縄も鞭の如く振り回せる。制御は大変だが、それを可能にするとは驚いたな。多彩な武器の使用は、臨機応変な戦いを可能とする。僕がセイン殿達に求めた事だぞ。

 更に二度三度と鉄製の鞭が風を切り裂いて振るわれる。水平だけでなく振り下ろしと霧の中を無差別に攻撃するが、当たらなければ場所の把握が出来無い。

 魔力を抑えて感知され難くしながら地中を進み、ウェラー嬢の後ろに回り込む。地面からせり上がる様に現れると、観客の方が先に気付いて騒ぎ出した。

『おぃおぃ、地面から生えて来たぞ。気持ち悪いな、リーンハルト卿は地中を自由自在に動き回れるのか?』

『あんなの使われたら、見付けるのなんて無理だぞ。空も飛ぶし地にも潜るのか、もう何でも有りだな』

『少し卑怯じゃないか?でも戦いに卑怯も何もないか……いや、年下に全力って紳士として、どうなんだ?』

『まぁ全力全開で倒そうって感じじゃないからな。指導としては良いんじゃないか?有り得ない事を模擬戦として体験出来る訳だし、実戦で初見し対応が遅れるよりマシだ』

『あんな魔法を使える魔術師が他国に居るかは疑問だけどね。サリアリス様と、どっちが強いのかな?』

 観客の……特に戦士職からは地中移動は不評だった。直ぐにウェラー嬢が気付いて、黒縄を用いた輪投げで捕獲しようとする。更に同時にゴーレム三体を突撃させて来た。

 つまりウェラー嬢は、ゴーレム制御と魔法を同時に扱える事になる。事前に操作パターンを幾つか組み込んだ事で、多少のタイムラグは有るがゴーレムを操れる。

 セイン殿達よりもゴーレム運用に関しては有能だな。だが手加減無しとの約束、それを違える事はしない。ウェラー嬢が濃霧なら、僕は……

「大地よ、沈め。奈落!」

 右足で地面を踏みつけると、ウェラー嬢を起点に半径10mの穴を空ける。この奈落は、聖騎士団との模擬戦でしか使っていない。

 多分だが初めて見る魔法だろう。さて、どう対処するか楽しみだ。

「ええっ?大地が一瞬で無くなるの?こ、黒縄よ!」

 ライル団長には通じた奈落も、素早く黒縄を左右に配したゴーレムに絡めて引っ張られる事で落下を防止。更に黒縄を操り地上10m位まで、自身の身体を持ち上げたぞ。

 前に一度だけ見せた黒縄の応用だが、身体に巻き付かせるからボディラインが露わになるので人前での使用を禁じたんだ。だが腹部を三重に巻く事で何とかしたのか。

 奈落からの蟻地獄のコンボは不発、ウェラー嬢がアイスジャベリンを詠唱している為に魔力障壁の準備をする。凄い、一旦黒縄の制御を止めて自由落下しながらアイスジャベリンを撃ってきた。

 彼女は二種類同時魔法は使えないが、巧みに切り替える事により複数の魔法を使っている様に見える。応用力が凄いが、彼女の性格から考えれば感覚的にやってるな。

 あとスカートを履いている相手に対して落とし穴攻撃は駄目だった、反省してるし後悔もしている。幸いだがフワッと広がって膝下しか見えてないから大丈夫だと思いたい、ごめんなさい。

「アイスジャベリン!」

「魔法障壁よ!」

 魔法障壁に当たりアイスジャベリンは砕けた。合計三発だが、無詠唱に近い為なのか強度が弱く簡単に砕けた。

 細かい氷の粒が周囲に散らばる……ん?不自然に砕けて周囲に散らばる?しまった、罠だ!

 ニヤリと笑った彼女と目が合った。これは罠が成功した、上手く嵌めたって事だよな。油断はしていないが、様子見の受け身だと厳しい相手に成長したな……

「氷霧旋風。切り刻め、氷刃よ!」

 わざと砕いた氷の欠片が、僕を中心に小さな竜巻となり、四方八方から氷の刃となり切り刻もうと荒れ狂う。竜巻自体が拘束魔法で、更に鎌鼬(かまいたち)の様な真空の刃とのコラボ攻撃だ。

 真空波と氷の刃、二種類の斬撃だが、僕の魔法障壁はビクともしない。だが鉄製の鎧兜なら切り刻めるし、氷は麻痺毒を含んでいる。

 身体に張り付けば、皮膚から麻痺毒が吸収される。地味にジワジワと追い込んで来る、油断すれば無色透明の麻痺毒も仕掛けて来るだろう。

「魔法障壁全開!」

 全方位に魔力を放出し氷霧旋風を弾き飛ばす。膨れ上がった魔力障壁が周囲に有った氷の塊も一掃するが、氷霧旋風は現代では中級攻撃魔法。

 前は使えなかったが、サリアリス様に教えて貰ったのだろう。麻痺毒を混ぜ込む部分はオリジナルだ、つまりサリアリス様の得意魔法。

 宮廷魔術師筆頭と第二席の個人授業だからな。成長の速さが半端ない、僕もうかうかしてられない。年下の少女の追い上げに危機感を感じたぞ。

「見事だ、ユリエルの愛娘よ!」

 向かい合って仕掛けるタイミングを計っている時に、アウレール王から声が掛かった。盛り上がっている所で水を差された感じだ、少し恨めしく思うが流れ的には模擬戦は終わりかな?

「え?アウレール王に、サリアリス様まで?え?何で?」

「落ち着いて!この模擬戦は御前試合みたいになってたんだね。ウェラー嬢の力が気になってたみたいだし、丁度良いタイミングで模擬戦を始めてたから、アウレール王が見に来たのかな?」

 本当に良い所で止めてくれる。何時の間にか、サリアリス様もアウレール王の側に控えているし今も何かを小声で話している。

 彼女にとってウェラー嬢は可愛い弟子だし悪くは扱わない筈だ。僕も後継者より同僚候補と言ったが、宮廷魔術師として働くには幾ら何でも未だ早いぞ。

 転生の秘術で見た目は未成年だが実際は三十前の成人だ。その僕に十二歳の少女が迫るんだから、才能は彼女の方が優れている。そして周囲も認めるしかない実力、だがユリエル殿はどう思うか悩む。

「ウェラー嬢?固まってないで、アウレール王に早く御礼を言うんだ」

「え?はっ?はい、ありがとうございます」

 小声で助言したが、飛び上がる位に驚いた後で漸く御礼を言って頭を凄い勢いで下げた。緊張で思考が止まったみたいだが、少し落ち着いたか?

 でも国王から声を掛けられるなんて事は稀だから、彼女の驚きと慌て振りは理解出来る。未だ少し落ち着かないのか、アワアワと動揺している。

 焦って隣に並ぶ僕の袖口を軽く掴むが、最初に執務室に突撃して来た時も同行していた、フレイナル殿の袖口を掴んでたよな……癖なのか?

「ふむ。サリアリスとリーンハルトから聞いてはいたが、魔術師として高いレベルなのは分かった。ユリエルも後継者が有能なのは自慢だろう」

 アウレール王の機嫌は悪くない。つまりウェラー嬢の能力は合格、ユリエル殿の後継者とは宮廷魔術師の事だ。

 彼女は未だ十二歳、僕は悪しき特例としても成果が半端無いから十四歳でも宮廷魔術師になれた。

 ウェラー嬢の場合は最低でも成人後の十五歳以降だよな?僕と言う前例が有るから、未だ若いからは通用しない。

「はい。お父様や我が師である、サリアリス様。そして兄弟子のリーンハルト兄様の期待に応える様に頑張ります」

「うむ、その心意気は良し。精々頑張れ、ウェラーよ」

 名前を呼ばれた?アウレール王が、ウェラー嬢の名前を呼んで期待していると言ったぞ。この言葉は重い、国王と宮廷魔術師筆頭が認めたんだ。

 今日の事は、ユリエル殿に詳細を認(したた)めた親書で報告しないと不味い。父親が不在の時に愛娘が国王の前で魔術師としての力の御披露目をしたんだ。

 宮廷魔術師団員なら十代前半でも入団可能、だが入団させずに自分の手元に置いて大事に育てていた。それを僕とサリアリス様が、アウレール王に見せてしまった……

「この先の展開が読めないが、先ずはサリアリス様の所に話を聞きに行こう。ウェラー嬢の将来に関わる事だし……」

「リーンハルト兄様?そんなに心配しなくても大丈夫です。元々宮廷魔術師を目指していましたから、良い機会だったと思います」

 笑顔が眩しい。純粋故に深く考えていないのだろうが、宮廷魔術師とは絶大な権力が有るんだ。それを保護者不在の時に周囲に示してしまった。

 アウレール王も認めた才能、数年で宮廷魔術師になれる可能性。年頃を迎える淑女、贔屓目無しに快活な美少女。悪意有る奴等には極上の御馳走だ。

 不味い。僕もサリアリス様も不在となる時期に、彼女を王都に一人で残すとか心配事が増えたよ!絶対に絡んで来るよ、誰にお守りを頼めば良いんだ?

 脳天気に喜ぶ……いや、違うな。ひねくれた思考をする僕が薄汚れているだけで、彼女は純粋なんだ。魑魅魍魎との政戦とかは、今迄は無縁だった筈だ。

 だから分からない、だから隙が有る、だから謀略に引っ掛かり易いし騙されやすい。困った、来週にはバーリンゲン王国に行くのに不安で胸が一杯だ。

「これが妹を持つ兄の気持ちか。擬似兄妹だが良く分かった、シスコンじゃない。だが何とかするのが、兄弟子の役目だな」

 嬉しそうな、ウェラー嬢の頭を撫でる。ユエ殿には父性、ウェラー嬢には兄妹愛。転生前では考えられない思考をしているが、悪くはないな。

 


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