古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第611話

 ウェラー嬢との模擬戦、本来は黒縄(こくじょう)の修得率の確認だった。だが黒縄の使用だけでは縛り感が強く全体的なレベルアップの確認が出来無い。

 なので配慮はするが手加減はしない模擬戦に切り替えて戦っていたのだが、丁度良い時に、観戦していたアウレール王に声を掛けられたので中止にした。

 不完全燃焼。お互いに遠慮と配慮をしつつ、仕切り直しの僅かな溜めでお互いに次の魔法を準備していたのに使わずに終わる。だが御言葉を頂いた後に、更に戦う事は問題になりそうなので模擬戦は引き分けにした……

◇◇◇◇◇◇

 サリアリス様の執務室に、ウェラー嬢を伴いお邪魔している。アウレール王の行動が、偶然見に来たとは思えないから。飾り気の無い実用的な内装、だがソファーは最高級品で身体が沈み込む。

 前回とは違うから、定期的に入れ替えているみたいだ。向かい側に座るウェラー嬢は、宮廷魔術師筆頭と第二席の二人が教える逸材。

 早い時期、それこそ後四年か五年で宮廷魔術師になれる事は確信している。だがユリエル殿の許可も必要だし、勝手に話は進められない。

 ウェラー嬢の才能は、早くから父親であるユリエル殿が見出して大切に育てていたんだ。知らない内に、サリアリス様に弟子入りもさせたし父親としては思う所が有るだろう。

 先に執務室に通されたが、サリアリス様は用事が有り待つ事になっている。ウェラー嬢は僕がバーリンゲン王国に行っている間に何度か呼ばれたのか、慣れた感じだな。

 時折、会話を分割する侍女達と普通に日常会話をしている。どうやら王都で流行っている、パティスリーワイズの焼き菓子の評価みたいだ。

 ウェラー嬢はサリアリス様に呼ばれる時には、必ず手土産として菓子類を持参するらしい。最近はサリアリス様も手土産の菓子類を楽しみにしているみたいだが、甘党だったのは知らなかった。

 僕が遊びに来た……いやいや、仕事上や相談で来た時にも焼き菓子や果物を出してくれたが自分は殆ど食べていなかったと思う。もしかして、ウェラー嬢に気を使っている?

 ウェラー嬢は甘党だ。今も自分の分を食べ終わり、僕が差し出した焼き菓子を食べている。お代わりも貰えるけど、身分上位者の執務室でバクバク食べるのも問題かな。

「さて、ウェラー嬢に『山嵐』と『魔力刃』の魔導書を渡しておくよ。自在槍と黒縄を使いこなせるんだ、この二つを合わせて覚えれば……自分だけのオリジナル魔法も編み出せる」

 空間創造から二冊の魔導書を取り出して渡す。実用的で一切余計な物を排除し、皮表紙には金文字で各々『山嵐』『魔力刃』と僕の名前だけが書いてある。

 経歴なども一切ない、最初に『エムデン王国宮廷魔術師第二席リーンハルト・ローゼンクロス・スピノ・アクロカント・ティラ・フォン・バーレイ箸。魔導の深淵を求める者よ、安寧と怠惰を捨てて邁進する事を望む』と一文を入れた。

 正式な名前が長い、複数の領地を持つ上級貴族の正式名称は兎に角長ったらしいので覚えるのは大変だ。普段は略式のリーンハルト・フォン・バーレイだけで良いが、正式な場所では長い名前を使わないと駄目なんだよな。

 この魔導書は魔術師ギルド本部に渡したレジストストーン等の魔導書にも書いてある、人の書いた魔導書で満足するなって意味だが漸くソレを超える人物が現れた。

 後継者じゃなく同僚候補、僕よりも二歳も年下だが転生の秘術でズルをした僕よりも才能が有る勝ち気で生意気で真面目な少女。サリアリス様も気に入り愛弟子にした才女。

「凄い。でも本当に貰っても良いのですか?この魔導書の価値は、金貨には変えられない貴重なモノです。黒縄の魔導書も金貨十万枚で売って欲しいと、問合わせが来ました。勿論ですが拒否しましたが……」

 未だ読まずに、だがガッチリと抱え込んでいるが無償で貰うには価値が大き過ぎて困るって感じかな?貸し借りの怖さを僕が相手でも感じているのだろう。

 有能な魔術師ほど分かる価値だ。コレを対価無しで貰う事に抵抗が有る、それは常識的な事で好感が持てる。遠慮はしないで欲しい、僕が望んで渡しているのだから……

 パゥルム女王やミッテルト王女みたいな、図々しい連中の相手をしてきたから新鮮な感じがする。まぁ遠慮されても僕が困るから気にしないでくれ、君には早い段階で宮廷魔術師になって欲しいのだから……

「構わない。ウェラー嬢ならば魔導書を理解し、更なる高みに登れる筈だ。そして僕はそれを待っている、凡百の魔術師では到達出来無い高みに至れる連中をね」

「それは随分と私に期待しているのですね。正直、嬉しくもあり重圧も感じます。勿論ですが、精一杯努力し期待に添える様に頑張ります」

 真面目な顔のまま深々と頭を下げた。彼女なら安易に妥協せず、更なる高みを目指す努力は厭わないだろう。これで同僚候補の一人目が埋まった、残りの二人目はフローラ殿だ。

 だが彼女とは入れ違いになるだろう。僕は明日には王都を発ちバーリンゲン王国に向かう。彼女も要請を受けて準備し此方に向かうのは十日前後か?それとも僕が向こうで説得しないと駄目か?

 ならばバーリンゲン王国で会えるかな?可能なら実情を伝えて、僕からも引き抜きの話をしよう。残された親族の件も有るし、それなりの時間は必要だろう。

 どちらにしても、フローラ殿はバーリンゲン王国に居たら使い潰される。色々な柵(しがらみ)や重圧に押し潰されるのは目に見えている、解放する術は全ての柵を断ち切る事。

 家族や親しき親族を引き連れて、エムデン王国に鞍替えするしかない。そうすれば新天地で、宗主国の宮廷魔術師として新しい生活を迎えられる。

 バーリンゲン王国は渋るだろう。だが彼の国に宮廷魔術師は不要、国内の小数部族の鎮圧だけなら宮廷魔術師団員で事足りる。それに僕が有る程度の反乱を企てる部族を間引けば、バーリンゲン王国は安泰だ。

◇◇◇◇◇◇

 あれから二冊の魔導書の内容の質問や、模擬戦の総評をしていると漸くサリアリス様が執務室に戻って来た。機嫌は良さそうだ、にこやかに笑いながら僕の隣に座った。

 この自他共に厳しい老女は、最近少し丸くなったと噂になっている。その理由は僕とウェラー嬢だろう、才能と努力を愛する彼女の眼鏡に叶う相手は少なかったんだ。

 直接会った事は無い親族の連中は全員が魔術師だが、誰一人宮廷魔術師団員にすらならなかった。故に距離を置かれたのだが、僕とウェラー嬢を疎ましく思っているだろう。

「サリアリス様、先程のアウレール王の事ですが……」

 全員に紅茶が入れ替えられたタイミングで聞いてみる。偶然で片付けるには、アウレール王の行動は不思議だろう。本来ならば国王は気楽に練兵場などに来ない。

 見たければ呼べば良い。そう言う権力の有る方なのだ、途中から観戦とか中途半端な事は周囲が認めない。今回の場合も仕切り直しだったが、途中だった。

 この疑問を言葉と視線に込めたのだが、表情は変わらず微笑んでいるだけだ。端から見れば信じられないだろうが、孫馬鹿な老女だろうな。

「そんなに警戒するでない。ウェラーの実力ならば、既に宮廷魔術師の末席は十分に務まる。だが才能は足りても、圧倒的に経験が足りぬ。その経験を積む為の布石じゃよ」

「経験を積む布石?経験……魔術師の……それは戦闘経験、つまりウルム王国との戦争に参加させるのですか?それは性急に過ぎます」

 彼女に足りない経験とは人殺し。領地の治安維持に参加し、野盗の討伐では実戦を経験し敵も倒した。だが怪我を負わせるだけで殺してはいない。

 確かに対人戦で経験を積むなら戦争は最善だろう。人を殺しても揺るがない強固な意志は、宮廷魔術師には必須だが……それでも未だ早い。

 成人後に経験した僕やレディセンス殿でさえ、初陣では戦場の狂気に飲まれて萎縮した。それを十二歳の少女にやらせるのは少々酷だぞ。甘いと言われようと、もっと時間を掛けて経験させるべきだ。

「ふむ?リーンハルトは反対みたいじゃな。確かに、ウェラーは幼い。未だ戦場に出すには早過ぎるじゃろうな」

「でも戦場に送る言い方です。僕は甘いと言われても反対です、どうしてもと言うならゼクス達を護衛として同行させて下さい」

 チラリと横目で見た、ウェラー嬢も緊張している。覚悟は有るだろうが、人を殺す事は十二歳の少女には未だ重過ぎる。彼女の精神が病んだらどうする?

 基本的にヤンチャはすれども優しい彼女に、戦争と言う大量殺人の現場に放り込むのは未だ反対だ。自分だけでも悩むのに、周囲の連中も普通に人を殺し殺されるのが戦場。

 同じ様に素人を徴兵する雑兵達は、集団で戦場に放り込む事で全員が同じ状況に強制的になる。他の連中も殺している、殺さないと自分が殺される。

 そう言う集団心理が働き理性が麻痺する。そして大半は終わった後で後悔するが、戦う事は一回じゃない。何回も戦い殺し合い生き延びて、雑兵が精強な古参の兵となる。

 嫌な言い方だが沢山居るから代えが利くし、精神が病んだり罪悪感に苛まれた連中は生き残れない。中には殺戮の喜びに酔う奴も居るが、兵士としては優秀だから戦時中は重宝される。

 大抵は戦後に正式に国軍に入隊するか傭兵になるかだ。その差は規律を重んじるか自由を求めるかだけで、合法的に人を殺す理由を求めている。自由に殺人を犯しそうな奴は退役と共に密かに処分だ。

 極端な例だが、戦争を経験するとはそう言う事だ。だが大抵は国の為に、家族の為に、守るべき者の為にと正しい理由を胸に秘めて罪悪感を黙殺する。

 まぁ一般兵と距離を置いていた僕では、彼等の本当の心の機微は分からない。ただ聞いた事をそれらしく考えただけで正解とは限らない、一般的な戯れ言だ。

 ウェラー嬢の場合は魔術師として参戦するから、護衛を付けて中・遠距離攻撃魔法を撃ち込むだけだ。直接手を下すが、距離が離れているから未だマシだとは思う……

「リーンハルト兄様が心配してくれる事は凄く嬉しいです。確かに覚悟はしていますが、実際に手を下した時にどう感じるかは分かりません。でも私も宮廷魔術師の娘、無様な事にはなりません」

「ウェラー嬢、だけど……」

 僕が考えているよりも良く考えているし、しっかりしている。そこまで覚悟が有るならば、認めるしかないのか?だが人格が固まりつつある少女時代に、大量殺人とかキツくないか?

 僕も周囲からは同じ様に見られている、成人前の十四歳で既に三千人の敵兵を殺した英雄様(大量殺人者)だ。モンスターは数倍殺している、だが端から見れば普通にしている。

 こんな紛い物の前例が居るから、ウェラー嬢にも期待がかかる。僕が出来たんだから大丈夫、問題なんて無いってね。でも僕は転生の秘術を用いて人生をやり直している反則者だよ。

「私は大丈夫です。宮廷魔術師を目指すとは、そう言う事ですから。この大舞台で実績を積ませて貰える事に、私は感謝します」

 向かい側に座っていた、ウェラー嬢が僕の近くまで来たと思ったら、隣に座り膝の上に両手を乗せて来た。ゆとりが有るソファーだが、二人が座るには狭い。

 そして彼女の覚悟は本物だ。僕は年下の少女だからと、知らぬ間に評価を低くしていたのか?それは失礼な事をしていたんだな、反省。

 そんな事を考えていたら、ウェラー嬢が不安そうな顔で見上げて来た。つい頭を撫でてしまう、十二歳の少女の頭を撫でる十四歳……変かな?

「麗しい兄妹愛じゃがな。ウェラーは侵攻戦には参加はさせないぞ。儂と共に、アウレール王を守る為に、ハイゼルン砦に詰める。勿論だが防衛戦には参加する事になるだろう、これはユリエルの馬鹿を大人しくさせる為じゃよ」

「え?お父様の?」

「ユリエル殿を大人しくさせるって、まさか……いや、幾ら何でもそれは……」

 吐き捨てる迄は行かないが、結構な悪感情を感じたぞ。ユリエル殿が暴走した、つまりウェラー嬢関連しか原因は考えられない。

 彼を大人しくさせる為に、愛娘のウェラー嬢をハイゼルン砦に行かせる為の布石。魔術師としての能力を認め、師であるサリアリス様と共に、アウレール王の護衛としてハイゼルン砦に詰める。

 信じたくは無いが、この大切な時期に重要な拠点たるハイゼルン砦を任されていた宮廷魔術師が……まさか王都に戻りたい、ウェラー嬢に会いたいとか騒いだとか?

「無いな。無い無い、有り得ない。僕の考え過ぎだ」

「そうです。いくらお父様が子煩悩でも、限度が有ります」

 僕とウェラー嬢の否定に、サリアリス様が溜め息を吐いた後に首を振った。つまり僕等の否定を否定した、ユリエル殿は本当に王都に戻ると騒いだのか?

 ウェラー嬢が額に手を当てて上を向いて首を振る、実の父親の無法振りに呆れたのだろう。だけど原因の殆どはサリアリス様と僕との関係を疑ったんだ。

 愛娘に近付く不埒者を断罪する為には大袈裟だけど、ウェラー嬢からの手紙の内容はサリアリス様と僕しか書かれてなければ疑いもするか……

「サリアリス様。申し訳有りませんが、僕とウェラー嬢の関係について正しく、ユリエル殿に伝えて下さい。不安を煽る奴等は敵です、謀略です」

「ウェラーの事は儂に任せてくれ。我が愛弟子の成長を馬鹿親に見せ付ければ噂の様な浮かれた事など、する暇など無いと理解するじゃろう。儂的には、リーンハルトとウェラーはお似合いだと思うがな」

 いや、そんな危険な発言は止めて下さい。ウェラー嬢が真っ赤になって俯いてしまったのは、冗談でも自分の師から言われたくはなかったのだろう。

 微妙な空気の中、サリアリス様と壁際に控える専属侍女達の笑顔が凄く気になります。確かにサリアリス様的には、自分が認めた愛弟子には相応の相手を望むのは分かる。

 分かるが、色々と問題を含んでるし危険でしかないから、この話はスルーしよう。僕は気にしない、聞かなかったんだ。そう知らないから仕方無い、それが最適解だな。

「リーンハルト兄様と私がですか?確かに最優の相手、私に言い寄る凡百な殿方を寄せ付けない最強の虫除け。リーンハルト兄様!私と婚約しましょう、煩わしい殿方が居なくなります」

「うん、煩わしい紳士達は居なくなるけど、完全にユリエル殿を刺激するから無しの方向で……」

 抜群の折角の虫除け効果が!とか言ってる事を見ても、ウェラー嬢には未だ早いみたいだ。良かった、本気だったら色々とヤバかった。

 ウェラー嬢の頭を撫でる。未だ恋愛事には無関心みたいで良かった、ウェラー嬢位の年齢だと見合いをしたり既に婚約者が居る者も珍しくない。

 僕を嬉しそうに見上げている、ウェラー嬢は恋愛には興味が薄い。だがそれで良い、今は未だ分からなくても良いんだ。だが困った事に彼女に似合う相手が居ないのも事実なんだよな……

 


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