古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第613話

 二回目のバーリンゲン王国領内の移動は順調だ。前回と違い女官や侍女達も居ないので、通常の行軍速度で移動する事が出来る。ザスキア公爵の世話役の女性陣は護衛も兼ねる強者揃い、移動に問題は無い。

 ザスキア公爵の乗る大型馬車は高性能故に、速度を出しても乗っている者達にガタガタという振動は伝わらない。バーリンゲン王国領内の道は悪路だが、問題は殆ど無い。予算が無い国は、インフラ整備もままならない。

 敢えて問題を上げるなら、四六時中ザスキア公爵と一緒に広いとは言え馬車の中と言う密閉空間に居る事だけだ。気を使わない関係とは言っても限度は有る。移動する密室だが、クリスも居るし対外的には言い訳が立つのか?

 

 他にもクリスと護衛のツヴァイが同乗しているが、前者は気配を消して微動だにせず、後者はゴーレムだから会話に参加は出来ないがジェスチャーで何となく意思疎通が出来る。

 バーリンゲン王国領内は乾燥した荒野が続くだけで、景色を楽しむ事は出来ない。僅かな草木に生き物などトカゲか昆虫くらいだよ。空には禿鷹が旋回してるし、本当に環境は悪い。錬金による大規模土木改修を継続的にすれば豊かな大地になる、継続には資金が大量に必要だが……

 唯一良かった事は晴天が続いた事、雨天時の行軍は速度も体力も落ちる。夜営時に通り雨が降った位だが、錬金で小屋を作り中に天幕を設営したから大丈夫。後は順調にバーリンゲン王国の王都に向かっている。

 

「順調ですね。この分なら昼過ぎにはフルフの街に到着しますね」

 

 国境付近最大の三百年以上の歴史を持つ城塞都市、前回はその秘密に辿り付いた。過去のマリエッタ達の行動が少しだけ知る事が出来て、そして凄く懐かしく嬉しかった。

 まさか我が祖国の滅亡の原因が、逃がした元配下達が僕の敵討ちの為に、近隣諸国に働きかけて連合を組ませて戦いを挑んだとか驚愕の新事実だ。

 今の時代には突出した魔法技術を危険視した周辺諸国が、連合を組んで僕と魔導師団が居なくなり弱体した祖国を滅ぼしたと伝えられている。勝ったマリエッタ達が、そう言う風に歴史を変えて伝えたのだろう。

 

 復讐で元所属していた大国を滅ぼしましたじゃ、良い様に使われた周辺諸国も納得しない。建て前は必要で、マリエッタ達はルトライン帝国滅亡という結果だけを望んだのだろう。

 

「ふふふ、そうね。王都に一番近くて大きな街ですから、誰かが出迎えてくれるかも知れないわよ?」

 

 幾らなんでもバーリンゲン王国関係者が、手前の街で待ち伏せしてれば有らぬ噂を立てられますよと笑ったのだが……

 本当に待っているとは思わなかった。普通は王都で待っているだろうに、何を先走っているんだ?今回は面倒事の相手をしている時間的余裕は無いんだぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 半月以上も前に立ち寄ったフルフの街、コウ川の中洲に有り岩山の周囲を石垣で固めた城塞都市。だが本来の姿は三百年前のルトライン帝国が、アスカロン砦と名付けた秘密要塞だ。

 上部の構造物はダミーであり、本来の要塞としての機能は岩山の中に有る。小さな軍港まで内包し千人の兵力を常駐させる事が出来る、だが侵入方法・経路は現代に伝わっていない。

 今では小規模ながら堅牢な要塞として、バーリンゲン王国の王都を守る最後の砦となっているが、属国化したから不要だな。此方側には敵は居ない、少数部族と隣接する方に戦力を固めれば良い。

 

 周囲の城下町を通過し東西に一本ずつ有る、跳ね上げ式の橋を通過する。この橋には魔術的な仕掛けが有り、簡単に分解する事が出来る。

 何も知らない侵入者は橋と共に流れが急なコウ川に落ちる事になる、結構悪辣な仕掛けだが難しい作りじゃないから僕も復元出来る。

 発想は悪くないが、バーリンゲン王国側も昔から有った橋を利用しているだけで分解したら復元は無理らしい。折角の設備なのに調査はしなかったみたいだ、勿体無いな。

 

「これは各ギルド本部の使者殿がお出迎えとは……パゥルム女王としては面白く無いかな?」

 

「そうね。でも事前にバーリンゲン王国には知らせていたし、エムデン王国のギルド本部経由で依頼していたのでしょ?ならば文句は言えないわ」

 

 跳ね上げ式の橋を渡れば、見知った連中が整列している。ハイディアの街の冒険者ギルド支部のヤールデイル殿と、レズンの街の冒険者ギルド支部のリリーデイル殿。

 珍しい緑色の髪をしている三十代半ば位の妖艶な美女姉妹だ。二人共に僕と面識が有り、そして高レベルの冒険者でもある。正直派手目な女性には少し苦手意識が有る。

 その隣にはハイディアの街の魔術師ギルド支部のメッス殿も居る。レズンの街の魔術師ギルド支部のロボロ殿は高齢だから出迎えには来なかったみたいだな。

 

「前回立ち寄った、ハイディアの街とレズンの街の冒険者ギルド支部長と魔術師ギルド支部長が居ます。出迎えに顔見知りを用意した、やはりバーリンゲン王国の関係者は居ないですね」

 

「完全な抜け駆けね。一番期待している盗賊ギルドの関係者も居ないみたいだし……リーンハルト様の所属するギルドの他国の支部長の出迎えねぇ」

 

 一寸だけ口調が黒いのは、良からぬ考えを持って抜け駆けしたって警戒しているのか?いや、単純に僕と懇意にしていますアピールだろう。

 結局両ギルドから貢ぎ物を貰ったけど、同等価値だが貴重でないマジックアイテムをエムデン王国の両ギルド本部経由で送った。故に金銭的な貸し借りは無い。

 未だギルド本部の代表が来てないから擦り寄りでも無いだろう。大袈裟にすれば、パゥルム女王やミッテルト王女が騒ぎ出す。

 

 フルフの街の両ギルド支部長が居ないのが少し気になるが、知らない連中を増やすより見知った連中に任せた程度の事だと思う。

 まぁ貼り付けた笑顔が胡散臭いっていうか、完全に作り笑いだよな。僕に対して精一杯歓迎してますアピールだが、元々自由が好きで拘束されるのを嫌う冒険者と、知識欲が強く協調性の無い魔術師だ。

 本来こういう接待は苦手な連中だし、支部長とは言え若い頃はバリバリ活動していたのだから苦手だろう。まぁこれ位の事が出来ないと、管理職としては失格だよ。

 

「露骨な擦り寄りって訳ではないでしょう。顔見知りだし、王都に入る前に先駆けて挨拶をしたかった。交渉を持ち出したら注意すれば良いでしょう」

 

「そうね。でも私の存在を知ったらどうなるのかしら?」

 

 ああ、悪戯っ子な表情をしちゃってるよ。僕に挨拶しに抜け駆けしたら、エムデン王国に五人しか居ない公爵本人が一緒でしたじゃ驚くだろう。だがザスキア公爵の存在は既に知れ渡っている筈だ、立ち寄る街で普通に歓待されてたし親書で事前に伝えてある。

 勿論だが、僕との親密度合いは知られてない。ザスキア公爵は一般の目の有る所では、距離を置いた関係を維持していた。全ては、パゥルム女王とミッテルト王女を騙す為にだ。

 事前情報は全てダミー、主導権を握る為の情報戦はエムデン王国を出発する前から始まっている。パゥルム女王達が僕との偽りの親密さを演出しようが擦り寄って来ようが全て無駄な足掻きでしかない。

 

 お前達が擦り寄ろうとしている相手は既に私と親密なのよ、諦めなさいな!これ位の事を言うのだろう。だがパゥルム女王達への牽制としては良い部類だな、他国の王族が僕と親密になろうとか不可能だから。

 

「まぁ僕だけで対応します、ザスキア公爵が出るのは未だ早いですよ。本番は王都に着いてからのお楽しみ、未だ前菜です」

 

「あらあら、リーンハルト様もすっかり黒くなって来たわね。純真無垢な少年は一皮剥けば老獪な腹黒い紳士、皆さん優しそうな容姿と誠実な性格に騙されるのよ」

 

 噂話で先入観を持たせて、第一印象で噂話を肯定させると、割と簡単に信じちゃうらしいからな。思い込みって危ないから気をつけないと駄目なんだ。

 僕の場合は敬虔なモアの信徒って噂話に、更にモア教の教皇様から個人に感謝の言葉を貰ったってスパイスが掛かってるから大変だ。

 実物を知らないのに、会った事すらないのに、品行方正で誠実で清貧を好むとか偶像が先行しちゃうんだよ。だから頼めば何とかなる、困っているなら助けて貰える。

 そんな淡い期待が有るのだろうが、全てを叶えてあげられる訳もない。それは希望的観測で、夢物語でしかない。僕にも出来る事と出来ない事が有り、メリットとデメリットも天秤に掛ける。

 

「純真無垢な少年だったら魑魅魍魎が蔓延る王宮で生き延びていません。人は置かれた環境に適合し成長する、適合出来なければ蹴落とされて消えるだけ。簡単な話です」

 

 魑魅魍魎が蔓延る王宮内で生き残るにはね、まっさらな真っ白じゃ直ぐに食い散らかされて終わってしまう。伊達に公爵家と政争を繰り広げてはいない。

 まぁバニシード公爵との政争は一段落する、今回の戦争で彼は勢力を更に落とす。多くの派閥構成貴族の連中も移籍するだろう、財力も人員も磨り減る。もう巻き返しは無理だ。

 公爵五家の最下位に転落、下手をすれば僕と同等以下の勢力になるだろう。そして残りの公爵四家からも猛追が有る。もしかしたら名前だけで権力の無い公爵家になるかも知れないな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕だけ馬車を降りて出迎えてくれた連中の前に歩いて行く、普通なら有り得ないがザスキア公爵と同乗している事を隠す為には仕方無い。

 僕が出て来た後で、着飾った中肉中背の貴族風の男が現れた。多分代官だと思うが面識は無い。パゥルム女王が即位した後で大幅な人事異動が有ったから、知らなくても仕方無い。パゥルム女王派の貴族なのは間違い無いだろう。僕とは敵対しない、精々がご機嫌取り位かな?貼り付けた笑みは良く見る大量に媚びを含んだモノで萎える。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様。新しくフルフの街の代官に任命された、イマルタです」

 

 ふむ、着飾った貴族男性が一人、前に進み出て両手を広げて歓迎の挨拶をしたが彼が新しい代官か。大規模な人事異動が有った、優良なフルフの街を任されたのなら有能なのか?

 能力はソコソコだが裏切る可能性の低い血族か忠誠心の厚い者かな?第一印象は切れ者な感じはしないし、大袈裟で媚びと卑屈さが目立つ。

 現状維持に長けている官僚タイプか、裏切らない小心者の従順なタイプか?実は能有る鷹は爪を隠すタイプか?無能な人材では務まらない重要拠点だし、最後のヤツが正解か?

 

「リーンハルト・フォン・バーレイです。予定通り今夜の宿の手配を頼みます」

 

 貴族的な型通りの挨拶を交わし宿泊先の案内を頼む、宗主国の重鎮だからと無闇に偉ぶらず礼節は守る。今回も公式な国賓待遇で招かれているので、宿泊先は街で一番の宿屋を借り上げるか砦の内部の貴賓室になるだろう。

 つまり僕は前回と同じ部屋で、ザスキア公爵はロンメール様夫妻が泊まった部屋が順当だな。エムデン王国の序列では、ザスキア公爵が僕の上となる。領地の増えた今の僕は侯爵七家筆頭のアヒム侯爵と同等らしい。

 そして宮廷魔術師第二席の役職を足すと僅かに僕が勝る。血筋や歴史に役職と功績が勝った感じだろうか?飛ぶ鳥を落とす勢いで出世街道をばく進しているのが僕だそうだ。

 

「リーンハルト様。御用命の件、順調に進めております」

 

「既に三人の元殿下共の所在は掴んでおります」

 

「む、そうか。報告は後程ゆっくり聞かせて貰おう」

 

 挨拶が終わった後のタイミングで、冒険者ギルド支部長の姉妹が話し掛けて来た。どうやら魔術師ギルドと盗賊ギルドの取り纏めは冒険者ギルドなのか?

 だがイマルタ殿が面白くない顔で睨んでいる。でも文句は言わない、いや言えないか。代官を任される程の男が、冒険者ギルドの支部長に遠慮する?

 これは彼等の力関係を紐解く材料になる。バーリンゲン王国自体の国力が低下したし、国家の維持に各ギルド本部の応援を依頼したとか?

 

 これから各ギルド本部の力を借りる予定だし、この不可思議な力関係は知っておく必要が有りそうだ。不機嫌さを隠さない、イマルタ殿は感情の制御はイマイチだな。

 国内情勢が円滑でないと知られてしまうぞ。泰然として各ギルド本部に任せていると思わせないと、国家権力に民間団体が幅を利かせていると思わせる。

 つまり、パゥルム女王の新政権は権威を知らしめていない危機的状況だ。確かに逃がした元殿下達が全員生き残っているから、政権交代も有りと国民が様子を見ている?

 

 駄目だな。パゥルム女王の新政権は上手く機能していない、王都に行く前に僕に思わせてしまうとは……テコ入れを急がないと安定した傀儡政権には程遠い。

 

「同行者のザスキア公爵を待たせる訳にはいきません。イマルタ殿、案内を頼みます。リリーデイル殿達は後で連絡しますから、待機して下さい」

 

「分かりました。エムデン王国で唯一の女公爵である、ザスキア公爵を迎える事が出来るとは嬉しい事ですな」

 

 わざとらしい程の笑顔と態度、リリーデイル殿達を待たせて話を振られた事の喜びと優越感。擬態なら大したモノだが本心っぽい。

 未だ王都にも辿り着いていないのに、既に問題は山盛り。だが僕のヤル事は変わらない、変わらないが相談は必要。

 パゥルム女王とミッテルト王女は、僕達に何をお願いしてくるか予想よりも大事になる事だけは確かだ。だがそれは、ザスキア公爵を説得しなければ無理な夢物語だな。

 

 ザスキア公爵のお手並み拝見だが、得意分野でも有るから結果は分かり切っている。これを予定調和と言うのかな?

 


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