古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第615話

 バーリンゲン王国の盗賊ギルド本部に依頼した、元殿下三人の所在確認だが短時間で既に情報を集め終わっていた。流石だと褒めるべきか、敵側の防諜対策がお粗末だと思うべきか悩む。

 クリッペンは守備隊が丸ごと仲間に引き込める、アブドルの街に逃げ込み領民に自分の正当性を訴えて味方に引き込もうとしている。

 領民自体は半信半疑だが、本来自分達を守るべき守備隊が丸ごと寝返った事で迂闊な事は出来ないと大人しくしているのだろう。

 騒ぎ出せば力で押さえ付けられる、それを切欠に懐柔策から強攻策に変わるのも困る。最初に自分が原因でとなれば目も当てられない、だから大人しくしている。

 僕がアブドルの街に行くには急いでも王都から六日位は掛かる。今回はザスキア公爵と配下の兵士も居るから、彼等に合わせれば十日前後かな?

 僕とクリスだけで先行し後からザスキア公爵と合流、既に攻略中のパゥルム女王派の兵士に維持管理を引き継げば何とかなる。時間短縮とは言え、ザスキア公爵と別行動になるなら話し合いは必要だな。

「クリッペンの事は大体分かりました。残りの二人の情報を教えて下さい」

「はい。先ずはコーマですが、支配下の城塞都市はイエルマとブレスの二つ。その二つの城塞都市を行き来しています」

 クルシホス殿の報告を纏めると、小数部族との境界に有る最前線の城塞都市の二つ。イエルマの街とブレスの街を行き来して、領民に自分がバーリンゲン王国の正当な後継者だと説き伏せているらしい。

 移動を繰り返すのは、領民だけじゃなく小数部族の連中にも本人が働き掛けているから。空手形だが、自分が王位を継承すれば凄く優遇するとかだな。

 コーマはクリッペンよりも堅実だぞ。自分が第二方面軍司令官として少数部族の交渉担当だった時に培ったコネを最大限利用しているのだろう。

 時には懐柔し、時には武力で鎮圧したりして治安を維持していた手腕は認めるしかない。柔軟な交渉をしている可能性が高い、一部の少数部族は取り込まれたと見た方が良いか?

「少数部族の動きは?既に取り込まれていますか?」

「いえ、リーンハルト様の仕込みが功を奏しています。スピーギ族の末路、カンシチ族への対応。少数部族の部族長達は、リーンハルト様を恐れていますので協力には消極的です」

「仕込み?ああ……」

 もしかしなくてもスピーギ族に捕らえられていたカンシチ族の兄弟を助けた事だな。コリコとスアクは大量の物資と共に解放した、彼等は無事に自分達の部族と合流出来たのだろう。

 多分だが弱ったスピーギ族に報復戦を仕掛けて滅ぼしたのだろう。そして一連の流れを自分達の都合の良い様に脚色し周囲に広めている。

 下手したら、僕が彼等を認めて後ろ盾になってます位の事を広めているかもしれない。宗主国の重鎮とのコネは、属国の少数部族にしたら逆らい難いだろうからな。

「カンシチ族の兄弟が上手く動いてくれた。そう言う事ですね?」

「はい。流石はリーンハルト様です。辺境の少数部族達は、カンシチ族を中心に纏まりつつあります。約三割が連合を組んだみたいです」

 連合か、カンシチ族を盟主として纏まったが支配力は弱い。だが使える、少なくとも逆賊共に手を貸せばどうなるか位の想像が付く程度の圧力にはなる。

 これはクリッペンを倒したら、コーマ攻略の前にカンシチ族との接触も有りか?上手くすれば、一時的でも少数部族からの圧力が弱まるので時間は稼げる。

 弱体化したバーリンゲン王国にとっては、時間は黄金と同じ位に貴重だろう。謀反を起こした連中は正規兵三千人、溶けて無くなれば便乗する連中も必ず居る。

 カンシチ族が少数部族全体の三割を抑えられるなら、有る程度は全ての少数部族の行動に干渉出来る。連合だから多数の部族長との話し合いで行動が決まる、つまり時間も稼げる。

 事前に対価をパゥルム女王と決めれば最低限の交渉も可能、対価を決めるのも約束を守るのも、バーリンゲン王国だ。今後の付き合い方に新しい可能性が生まれるが……

 まぁ時間と共に連合は内部から主導権争いが始まり瓦解するだろうな。カンシチ族も最初から連合を組んだって事は、そこまで他の部族に干渉する力は無い。

「ふむ、カンシチ族のお手並み拝見かな。一応、パゥルム女王にはカンシチ族が辺境の少数部族を纏める条件で対価を聞いておくか。此方も、パゥルム女王の外交手腕に期待しよう」

「なる程、今後の付き合いはバーリンゲン王国が主体になるので、餌か飴を用意しろって事ですね?リーンハルト様は噂通りの清廉潔白では無い、絡め手も得意とは……油断がならない御方です」

 む?分かり易かったか。だが辺境の少数部族達と付き合うのはバーリンゲン王国であり、パゥルム女王だ。僕が勝手に条件を決められないし、提案すれば渋々だが彼女は飲むだろう。

 だがそれじゃ駄目なんだ。自分達で自主的に決めるからこそ守ろうと頑張る、お仕着せの条件など直ぐに反故にする。蝙蝠(こうもり)外交以外にも意図的に決め事を守らない前例も多いらしい。

 全く何でこんな国と国交を結び外交を継続して来たのだろう?エムデン王国の国力が回復する迄は仕方無かったのは分かるが、もう少しガツンと言っても良いと思う。

「バーリンゲン王国は自国内の取り纏めが今後の仕事なのです。国外に干渉する事は、暫くは無いでしょう。エムデン王国の庇護の下、国内の安定と発展に尽力する。これが公式の見解です」

 満面の笑みで言い切る、余所にチョッカイを掛ける余力なんて無い。正規兵三千人が溶けて無くなるんだ、今から新しい兵士を鍛える事と平行し、現有兵力で国内の治安を維持しなければならない。

 立地上、バーリンゲン王国に隣接し干渉出来るのはエムデン王国だけ。だが属国化したのだから、エムデン王国との国境に戦力を貼り付ける必要は無い。

 全ての兵力を治安維持と辺境の少数部族対策に使える。かなり楽になるだろう、そして野心を持つには戦力が足りない。前王と元殿下達が夢見た大陸中央への侵攻は、それこそ夢のまた夢だよ。

 最後のザボンの情報だが、距離と時間の関係で詳細な事は分からない。だが支配下の城塞都市はソルンの街とシャンヤンの街の二つであり、規模の大きいソルンの街に居るらしい。

 ザボンの情報は追々追加情報として入ってくる。先ずはクリッペンの対処、その後にカンシチ族に使者を送り下準備、それからコーマ攻略だ。ザボンは詳細な情報が分かり次第だな。

 予想以上の情報に嬉しくなる。クルシホス殿達に労いの言葉と追加報酬を与えて、情報収集の継続を依頼。思った以上に盗賊ギルドは使える、これはエムデン王国盗賊ギルド本部とも懇意にする意味は有るな……

◇◇◇◇◇◇

 三大ギルドの報告を聞いて、ザスキア公爵の居る客室に向かう。大広間を出ると近くに居たが警備の連中に止められたのだろうか?不機嫌そうな、イマルタ殿が近付いて来た。

 足を止めた僕の後ろには、クルシホス殿達が控えている。彼等を従えて部屋を出て来た感じになってしまったかな?まぁ依頼と言う形を取っているから問題は無いだろう。

 僕は依頼人であり、彼等は仕事を請け負った。形式的には何も問題は無い、自国のギルド経由でバーリンゲン王国の各ギルドに依頼した正規ルートだ。

「イマルタ殿、何か有りましたか?」

 用が有るから来たのだろう、言い易い様に此方から話を振る。まさか文句とかは言わないだろう、嫌みだって力関係を考えれば微妙だぞ。

「幾ら宗主国の重鎮とは言え、我が国で自由に振る舞い過ぎでは有りませんか?我が国の諜報部隊よりもギルド等を頼るとは、リーンハルト卿は我が国を貶めています」

 は?真っ赤になって苦情を言ったのか?僕に対して苦情を言ったのか?

 一瞬頭の中が真っ白になり、その後に状況を飲み込み深い怒りと呆れの感情が湧き上がる。これがバーリンゲン王国の遣り方か、確かに自分本位で図々しくて自尊心だけ高いのだな。

 更に何かを言っているが馬鹿らしい身勝手な理屈に、何でこんな奴が代官として他国の重鎮の饗応役とかやってるんだ?僕を怒らせて得をする奴の差し金か?

 怒りと呆れが一周回って落ち着いた、イマルタ殿を観察するが目が血走り口から唾を飛ばし正常な精神状態ではないと思える。これ位じゃないと平気で裏切ったり、フラフラと蝙蝠外交などしないか。ああ、何となく納得した。

「聞いているのですか?リーンハルト卿!その様な平民共など使わずに、我が国に頼れば良いのです。しかも貴重な情報を共有せずに独り占めとか非常識ですぞ!我が国の問題ならば全てを知る権利が有り……」

「バーリンゲン王国の問題と言うなら、イマルタ殿が逆賊三人の討伐をしなさい。僕は貴方達が対処出来ないからと懇願されて来たのですが、自国の問題だと言うならば他国の僕は無関係。

パゥルム女王にイマルタ殿の心意気を報告して帰りますので頑張って下さい。仮に逆賊共に負けて政権が変わっても、僕が敵討ちはしてあげます。バーリンゲン王国領を更地にしてもね」

 軽く殺気を滲ませて、一方的に自分の都合の良い事を騒ぎ立てる男を黙らせる。なる程な、最初にリリーデイル殿達が粗略に扱うのが謎だったが今は理解した。

 分かり易い無能、これを差し向けた奴は逆賊側の協力者だと思う。僕を怒らせて帰らせるか、パゥルム女王との関係に罅(ひび)を入れる為にとか。属国化が解消されても困らない、国が荒れても関係無い。

 混乱そのものが目的?なら親ウルム王国派?旧コトプス帝国の陰謀?演技じゃなく怒ったし呆れたが当初の予定を変える事はしない。だがパゥルム女王への交渉のネタを提供してくれた事には感謝だ、これで大幅な譲歩を引き出せる。

「どうされました?真っ赤から真っ青に顔色が変わるとか、何かの病気ですか?体調には気を使って下さい、これから貴方は大変ですよ。でも感謝だけはしておきますね」

 両拳を握り締めて下を向きブルブルと震えている、イマルタ殿に感謝の言葉を伝える。多分だが、今の会話と状況はパゥルム女王の所にまで報告される。

 ザスキア公爵との交渉の前に、こんな爆弾を抱えるとは、パゥルム女王に同情はする。バーリンゲン王国は予想以上に不安定だ、現政権に反逆者達。親ウルム王国派に旧コトプス帝国の陰謀と何でも有りだな。

 未だ予測の範疇だが、代官クラスでコレじゃ先が思いやられる。パゥルム女王政権って、実は短命かも。取り敢えず、反逆者とその勢力は擦り潰す。一つ一つ対応しないと駄目だ、その次は裏切り者の炙り出し。

 王都に着く前に今回の情報とイマルタ殿の怪しい行動を含めて、ザスキア公爵と話を詰めないと駄目だ。コイツ等は全力で縋って来るなら協力しろ!

 出来ないのなら、せめて邪魔はするな。何で人に頼んでやって貰うのに、上から目線で文句を言えるんだ?個人差じゃ済まない位に酷い、僕のヤル気は急降下だが王命だからヤルしかない。

 だから僕も好きにやらせて貰う。其方の都合など知らない、考慮しない。だが領民達には配慮する。ん?未だ居たのか、廊下を塞いでいるのだから早くどいて欲しいのだが……

「リーンハルト卿、私は武官ではない。その様な話には納得しない、それは無理な事だ。発言を撤回して欲しい、私はこの街を守る代官なのだ。その職務を放り出せと?」

 最初にコレをけしかけて来たとなれば、対応を見てから次の手を考えるとかかな?様子見にしては最初から飛ばし過ぎだぞ。外交問題待った無しだが、それが目的かも知れない。

 余りに酷過ぎると判断が鈍る、感情と言う不確定要素が入り込み易い。相手を怒らせる事は両刃の剣だが、完全な悪手でも無い。僕は今、予想出来ない事態に軽く混乱気味だ。

 だが下手に出るのは駄目だし、感情的に怒鳴り散らすのも駄目だ。冷静に突き放す、今はコレが正解だと思う。僕とパゥルム女王の不和を誘うなら、相手は僕の対応を見て油断する。

「知りませんよ、貴方の都合なんて。言った事には責任が伴うのは常識、我が国と繰り返したのだからバーリンゲン王国の問題。お互いに国を背負ってますから、責務を果たしましょう」

「馬鹿な!リーンハルト卿は常識を知らぬのか?私は代官で武官じゃない。戦う事など専門外だ、無茶な事を強要するな……ひぅ?」

 自分の失敗を上に報告するな!かな?軽く睨んだら漸く道を空けてくれたが、未だ不満そうだ。ミッテルト王女にバレたら、即粛清だぞ。

 ん?粛清?つまり死刑だが、安易に殺し捲るのも問題だ。僕に反抗した者、無礼を働いた者の処刑……何か引っ掛かる。この喉の奥に魚の骨が刺さった感覚、この感覚を見逃すと大抵失敗する。

 取り敢えず、イマルタ殿の処刑は無しの方向で、ザスキア公爵に相談しよう。他国の事なのだが、処刑を連発する事に忌諱感でも思ったのか?過去の自分も処刑されたから?

 いや、これも違う。この違和感って言うか焦燥感って言うか何だ?何なんだ?僕は何か思い違いをしているのか?

 


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