古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第616話

 イマルタ殿の奇行を目の当たりにした。色んな意味で、バーリンゲン王国も所属する貴族達も変だ。図々しいし自分本位の我が儘な連中、非常識だと自覚が無いのだろうか?

 そんな程度の低い奴を代官に任命し饗応役も任せる。普通なら有り得ない、僕じゃなければ怒り狂って帰国するぞ。だから怒りも呆れも一周回って冷静になった、有り得ない事をする意味を考える。

 宗主国の重鎮に喧嘩を売った、当然だが報復措置を行う。国家の面子の為に曖昧に誤魔化す事は出来ない、無礼に見合った対処をする必要が有る。

 だがパゥルム女王やミッテルト王女に報告が上がれば、イマルタ殿は処刑コース直行だ。その対応に違和感と言うか、引っ掛かりを感じている。

 敢えて無能で性格的に難が有る、イマルタ殿を代官として配属した意味。僕の饗応(きょうおう)役にした意味、エムデン王国とバーリンゲン王国の関係悪化なら分かり易い。

 そんな簡単な事を行うか?それにまんまと対応してしまう、僕と言うかエムデン王国はどうなんだ?バーリンゲン王国がどうなっても構わない、その行動に利する奴等は……

◇◇◇◇◇◇

 豪華な部屋、フカフカのソファー、高級な茶葉を使用した紅茶、横座りに寛ぐザスキア公爵。何故か紅茶を淹れる事をマスターしているアイン。状況だけなら、王宮の僕の執務室と変わらない、いやアインの多機能化は異常だな。

 会話の内容もバーリンゲン王国に、どう対処するかだし変わり映えがしない。だが国外に、いや王命を受けた件で参謀役が同行してくれるのは初めてだから安心感が段違いだな。

 その分護衛にも気を使うが、ツヴァイとドライに任せれば大丈夫。一般には知られてないが、ゴーレムクィーンは指揮官タイプ。配下にゴーレムナイトを各百体ずつ仕込んでいる。

 要人護衛特化のゼクス五姉妹とも違う、自分のナイトを率いるクィーンなのだが、ナイトを使う程に追い込まれた事は無い。

 まぁクィーンがナイトを召喚する程、追い込む相手など義父達位で他にはジウ大将軍クラスだろう。だがジウ大将軍も、狂化した義父達には勝てない。

 もう人外認定じゃ済まない、異常の枠からも外れた別の生き物だと思う。三人纏めてなら、レティシアやファティ殿にも善戦出来る、それでも彼女達には勝てないけどね。

「その無礼者だけれど、程度によるけど処分は必要よ。意味も無く無罪放免など、リーンハルト様を甘く見る連中が増えるし口実を与えるわ。本当に、この国の連中って恩知らずで嫌だわ」

「口止めはしてないし状況的にも隠蔽は不可能でしたから、イマルタ殿の無礼は周囲に広まるでしょう。彼を代官に任命した領主、そしてパゥルム女王にまで……内容がくだらないだけに、噂は微妙になる精神的に嫌な罠か?」

 確かに阿保らしいのよねって、溜め息混じりのザスキア公爵だが思案顔だな。色々と考えているのだろう、邪魔をしない様に紅茶を飲もうとしたら空だった。

 直ぐにアインが王宮の侍女にも負けない手際の良さでお代わりを淹れて、更に焼き菓子まで用意してくれた。この最初のクィーンは他の妹達とは違う進化を遂げている。

 やはりウルム王国か旧コトプス帝国の残党共の罠だな、バーリンゲン王国との関係悪化は止められない。属国化した現政権を信用出来ない、エムデン王国の国民も騒ぎ出すだろう。

 嬉しくも有るが僕は英雄として彼等に好かれているから、僕に無礼な態度をしたとか噂が広まれば反バーリンゲン王国運動位はする。

 只でさえ傾き掛けているこの国にとっては負担でしかない。貿易って言うか、物資を売らない方が、生産力が低いバーリンゲン王国は堪える。

 物資の不足は経済の停滞であり、食料の不足は死活問題だ。国家の健全な運営など夢のまた夢、自給自足が出来ない国など時間さえ掛ければ兵糧攻めで簡単に落ちる。

「でも少し難しく考え過ぎじゃないかしら?疑い出したら止まらない、精神的に不安になり行動の幅を狭められる。只の無能の呆れた行動を巧妙な罠だと思ってしまうのは、良くない事よ」

 む?優しく微笑まれてしまったが、諭されているのかな?考え過ぎ、あの無能が普通の対応?そんな事が有り得るのか?頭の中に疑問ばかりが浮かぶ。

「悪い方へと考え過ぎだと?でも明らかに異常ですよ、あの非常識な奴が代官とか何らかの誰かしらの思惑が働いている筈です」

 アレが無能なのに、何の疑いもなく領主が代官に任命?つまり領主は自分の領地の管理を無能な代官にやらせる?そんな馬鹿な事は有り得ない。

 親族か親類縁者なら最初の挨拶で言ってくる筈だが何も言わなかった。つまり血の繋がらない配下だよな、ならば普通に無能は排除するだろ。

「この国はね、汚職や賄賂は日常茶飯事らしいわ。地方の領主や代官程度は、中央の連中に賄賂を贈れば爵位や役職までも金で買える。普通じゃない非常識な国だったから、政権が変わってもね?」

「直ぐに改善などしない。国が割れて人材も減り、無能でも賄賂で出世?そんな腐敗しまくった国なんですか?」

 属国化して旨味だけ吸い上げる予定が、余りの酷さに援助しないと直ぐに崩壊するハズレ国家だったと?そりゃ衰退するだろう、其処まで酷いとは知らなかった。

 駄目だ、この国は。何とかしないと、エムデン王国にまで被害が波及する。属国化どころか、一回滅んで支配階級を根絶やしにしないと健全な国家に再生など夢物語だな。

 しかし思考が誘導されると言うか、只の非常識で無能な者の行動に踊らされているとか情けないのだが、それでも疑問に思ってしまう。だがザスキア公爵の判断は尊重すべき実績が有り、僕は信じると決めた。

「早馬で、パゥルム女王に今回の件は伝えます。私達が王都に入る前に処分が決まっているでしょう。その処分の内容により、パゥルム女王の支配力とエムデン王国に対する思いが分かる。軽ければ舐めているし、保留とか私達に判断を委ねるとかなら国内を掌握していないわね」

 僕達に判断を委ねる、つまり自分では決められずに宗主国に言われたら実行する。私は悪くない、決めたのは僕達って事か?

 僕の予想だと、ミッテルト王女が処刑とか騒ぎそうだな。だが簒奪のどさくさでの処刑とは違い、一応でも政権が落ち着いた後での処刑だ。

 無闇に処刑を連発するのは恐怖政治だから、反発も多いし忠誠心も育ち難い。押さえ付ける力が弱まれば反抗する、その絶対的な武力を僕に求めるのか?

「ふぅ、本当に関わりたくは無い国ですね。前王と元殿下達は野心と自尊心には溢れているが、実力は伴っていなかった。パゥルム女王とミッテルト王女は状況を理解し最善策を打ったが、後の政権維持に難有り。

序でに貴族連中の殆どは腐敗している、何て枷が多いのか。同情はするけど、そのサポートを対価も無しに僕に求めないで欲しい。全力で縋るとか少しは配慮して欲しいと願うのは贅沢なのか?」

「前々から問題が有った国なのよ。だから下手に属国化を持ち掛けられて色々と条件を付けられるよりも、向こうから望んで来た事は良かったのよね」

 え?属国化してやったから、色々と優遇しろとか言ってくるって事?幾らなんでもそんな図々しい馬鹿な事は言わないだろう?戦えば負ける、だから恭順し属国となったんだ。

 戦争に負けての属国化ならば支配階級の貴族連中は良くて没落、悪ければ財産を没収されて取り潰し。軍属ならば軍事裁判で死刑も有り得る、戦争とはリスクが高いんだ。

 それを不利だからって下手に出て属国化したから優遇しろは無いだろう。無いな、無い無い。何度も思うけど無い、そんな自分勝手な理由が通用するかよ!

 自分の常識と彼等の常識とが全く違う事に気付いたのは、直ぐ後だった。凝り固まった常識って怖い、相手も相応の常識を持っていると勘違いしてしまう。

 それが予想を大きく逸脱し過ぎると、本当にどうして良いか分からなくなるよね?

◇◇◇◇◇◇

 バーリンゲン王国の王都に招き入れられるのは三回目だ。結婚式の出席の時と、二つの城塞都市を落とした後の凱旋以来か……

 前回はミッテルト王女の出迎えと驚いたが、今回は普通に領民達も出迎えてくれている。だがエムデン王国の領民達の熱烈歓迎とは違い、表面上だけ歓迎してるっぽい。

 前の二回は領民達の殆どは家に籠もっていた、厳戒令が敷かれていた可能性が高い。今回は僕とパゥルム女王とミッテルト王女が親密だとアピールしているのか?

 この国は良く分からない、自分の中の常識が通用しないんだ。彼等はそれを平然と行う、まるで自分の方が正しいみたいに悪びれずに。

 王都の城門を潜り抜け、真っ直ぐ王宮に繋がる大通りを通過する。前回よりも店は開いていて、それなりの賑わいをみせているが、エムデン王国と比較すると寂れている。

 先ず元気な子供が居ない、領民の貼り付けた笑顔の下の疲労を感じる。巡回する警備兵が多く、彼等の表情も固い。なにより領民達が警備兵を恐れている。警備兵が近付くと子供が怯えて親に抱き付く、良くない傾向だぞ。

 典型的な恐怖政治だな、警備兵を使い領民達を押さえ付けているのだろう。税金もキツそうだが、その回収された金がエムデン王国に流れているから下手な事は言えない。

 前回より状況は改善されていない。それどころか悪化している、経済を上手く回せないと税金は増えない。安易な増税は中・長期的にみても悪手だ、最悪の何歩手前だ?

 商業区を抜けて貴族街を通る。ここも無人の屋敷が目立つ、粛清は一族郎党全員に等しく行ったな?だから主の居ない屋敷が多いんだ。庭木の手入れ状態だけでも分かる、二割か三割は無人だぞ。

「無人の屋敷が多いですね。粛清されたか、元殿下達と共に王都から離れたのか……」

「只でさえ人材が少ないのに、離叛(りはん)と粛清ですからね。だからイマルタさんみたいな愚か者まで使わなければ駄目なのよ、困ったものだわ」

 王宮に近い場所は上級貴族が住んでいるのだろう、警備兵も常駐しているし手入れも行き届いている。だが幾つかの屋敷の門は閉鎖されている、つまり上級貴族も何人かは粛清されたな。

 人材の引き抜きも考えていたけど、有能な人材確保の望みは薄いな。フローラ殿は貴重な有能で常識人だし必ず引き抜こう、闇落ちとか勿体無い。彼女はエムデン王国の宮廷魔術師としても活躍出来る。

 病み始めたのは立場と役職と責任の重圧だから、引き抜きの条件は簡単。彼女と彼女の一族を引き抜き、バーリンゲン王国との縁を切らせる。これで無用な重圧は無くなるが、問題は真面目な彼女が責任放棄を納得するかだな……

 王宮に到着したのは午後三時過ぎ。夕食は晩餐会形式で招かれている、つまり少数での会食で相談事も出来る。大々的な舞踏会とかは戦時中だし無し、その辺の常識は弁えているらしい。

 豪華な客室に通されて晩餐会までの間は休憩。僕は疲れてはいないし快適な旅だったが、淑女であるザスキア公爵は違う。本人も疲れは無いと思うが、宗主国の重鎮に無理なスケジュールは押し付けられない。

 適切な休憩、余裕を持った予定、これが国際的且つ貴族的常識。身分上位者には国が違えど共通の対応が有る、無ければ国家間交流が円滑に進まない。人は同じ常識を持たない相手とは基本的に理解し仲良くなど出来ない。

 個人なら兎も角、国家間の約束事に独自の都合や解釈を盛り込まれても困る。異文化は尊重するが、他者との取り決めには除外だろう。特例を持ち込むなら事前に協議、後から自分達は違うとか言い出すのは無しだ。

◇◇◇◇◇◇

 部屋割りで一悶着有った。僕とザスキア公爵の部屋を離れた場所にしようとしたので、並びの部屋に変えさせた。主な理由は警備上の事だが、わざわざ部屋を遠ざける意味が透けて見えて嫌だ。

 僕もザスキア公爵も正式な伴侶、正妻は居ないから貴族的には未婚者だ。その二人を並びの部屋にあてがうのは?って事らしいが、事前に部屋割りも離さずにと伝えてある。

 宗主国からの伝達は、お願いじゃなくて命令。そこに個人的な倫理観を持ち出して勝手に変えるな、嫌なら事前に連絡しろよ!未成年の幼女を自分達の欲望の為に結婚を強要したのは誰だよ?

 これも前政権がした事だから関係有りませんとか、簒奪にしろ国として政権を引き継いだんだから無関係じゃ無いんだぞ。何で宗主国のゴリ押しで急遽部屋を変えさせられたみたいな雰囲気なんだ?

「僕等の常識を疑う様な感じでしたね。まさか自分達には非が無いとか思ってるとか?」

「全く信用してないから並びの部屋にしなさいと事前に申し入れたのに、自分達の常識で勝手に変える。この国の在り方は分かっていたつもりでも未だ甘かったのね」

 二人して溜め息を吐く、問題はソレだけじゃないんだ。休憩の為に用意させた客室に、当然の様に置かれている嘆願書の山。そんなモノを何の説明も無く置いているんだ?

 最初の嘆願書を数行読んだだけで諦めた、何故僕が名前も顔も知らない奴の領地の困窮改善に寄付しなくちゃならないんだ?宗主国の義務ってなんだ?

 ザスキア公爵の所にも同じ様に山積みの嘆願書が置かれていたらしい。其方は侍女達が内容を確認し非常識な連中のリストを作るそうなので、僕のも頼んだ。

 流石はザスキア公爵、政務も出来る侍女が沢山居るんだ。羨ましいが、そう言ってしまうと何人か派遣されて来る。それは不味い、僕にも知られたくない秘密が有る。

「晩餐会、出たくないですね。何を言ってくるのか分かったものじゃない、碌な事は有りませんよ」

「そうね。先程から謁見の申し込みが多いし、何を考えているのかしら?」

 そう。嘆願書だけじゃなく、直接陳情に来る奴等も居る。先触れを寄越すならマシで、直接本人が訪ねて来るのも多い。

 全て取り合わずに返しているが、名前だけは聞いて記録している。配下に好き勝手されている、パゥルム女王の政権基盤は弱い。

 前回は完全に敵視していたから擦り寄る事など無かったが、今回は味方だから全力で縋り付きますってか?属国化って何でもしてくれるって事じゃないぞ、何でも言う事を聞けって事だぞ。

「駄目だな、この国は。ウルム王国は良く強引な婚姻外交を押し付けられましたね、不思議だな……」

「強引に高飛車に、押さえ付ける様にしないと駄目なのかしら?甘い顔など一切しない、突き放した対応が一番?」

 ザスキア公爵が疑問系で話すとか珍しい、それだけ対応が分からないって事なのかな?確かに非常識な連中を力で押さえ付けて言う事を聞かせるのは、まぁ一般的かな?

 余り多用は出来ないしお互いの関係も信頼などは生まれない、一方的な主従関係だ。それはバーリンゲン王国の現状と同じ、国民を力で押さえ付けて従わせているだけだ。

 でもお互いに協力しより良い関係を築く未来が思い浮かばない、全く浮かばないんだ。困ったな、外交手段としては最低だぞ。でも他に手段が思い浮かばない、困ったな……

 


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