古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第617話

 バーリンゲン王国の王都に到着した。非常識国家の非常識な連中の洗礼を受けたが全て無視、名前と内容のリストアップだけして終了。

 宗主国の重鎮に対する態度だけでも、パゥルム女王が配下の手綱を握れてない事が分かる。思いの外、この新政権は脆いのかも知れない。

 簒奪による離叛と粛清、元々マトモで有能な人材は少ないのに更に枯渇した。だが細かい国家運営の面倒は見ない、その雑務を嫌い直轄国より属国にしたんだ。

 その辺の事情を全く汲んでくれない連中なんだよな。前は敵対していたから向こうも擦り寄りなどしなかったが、今回は唯一の味方だから更に酷い。

 汚職と不正が蔓延(はびこ)り賄賂が普通らしいので、エムデン王国とは全くの別物と考えないと気が狂いそうだ。自分の常識が揺らぐし、腹も立つから精神的にクる。

 キレて騒げばスッキリはするが、それでは属国の管理と運営を考えたらマイナス。この連中と根気良く交渉し、有利な条件を引き出したロンメール様って凄い交渉能力だよな。

 僕じゃ無理だが、今回はザスキア公爵が同行してくれている。晩餐会で粗方の希望(指示)を言って早々に討伐に向かう。それがお互いの為であり、僕の精神が安定する。

◇◇◇◇◇◇

 気疲れが増えたが、ザスキア公爵との雑談で回復した。肉体的の疲労は無い、因みにクリスは暗殺者としての好奇心から王宮の探索に向かった。

 暗殺される危険性も捨て切れないので、暗殺者としての視線で調べて貰う事も大事かなって割り切って許可したが吉と出るか凶と出るか……

 侍女達が迎えに来たので先導して貰う。此方の参加者は僕とザスキア公爵の二人、バーリンゲン王国側は、パゥルム女王にミッテルト王女。

 流石に喪に服しているオルフェイス王女は居ないだろう。後は侯爵以上の上級貴族が数人、此方が二人だから四人以内に収めてくる筈だ。

 案内の途中で柱に刻まれたレリーフの向きと番号の組合せが気になる、暗号による道案内だと思うけど法則性が分からない。リゼルも知らなかったから、極秘なのだろう。

「此方の部屋になります。水色の洞窟の間で御座います」

「少々お待ち下さい」

 水色の洞窟ね、新緑の草原とか赤褐色の岩山とか、バーリンゲン王国の観光名所に因んだ名前だな。エムデン王国は水晶に因んだ名前にしている、紫水晶や青水晶とかね。

 物々しい警備だ、広い廊下だが左右に10m間隔で近衛騎士団らしき連中が二人一組で警戒している。僕等の護衛よりは、他の連中を近付けさせない為みたいだな。

 何故か僕等よりも通路の奥や曲がり角に気を配っている、まさか女王達が居るのに臣下が突撃して来る?それは流石に無いと思いたい。

 侍女達が両開きの扉を開けてくれたので、先にザスキア公爵を通す。レディファーストだが、未警戒の部屋に先に通すのは嫌だな。

 だから魔力探査で中の様子は窺っている。中央に三人、壁際に八人。パゥルム女王は、ミッテルト王女だけじゃなくオルフェイス王女も同席させるのだろう。

 壁際に控える八人の内、二人に魔力反応有り。護衛だな、武装女官ならば晩餐会の会場に居ても変じゃない。列の左右に控えているが、残りの六人は普通の侍女だ。

 模擬戦を繰り返したからか、武人は女性でも何となく分かる。チラリと二人に視線を送れば、自分達が護衛とバレたのを理解したみたいだが動揺はしてない。流石は王族の護衛、優秀だな。

 中央のテーブルには既に三人が座っていたが立ち上がり、満面の笑みを浮かべている。いや、オルフェイス王女だけは喪服を思わせる真っ黒なドレスを着て真面目な表情だ。

 仮初めの夫婦、国家間の思惑による祝福されない結婚、そして一晩で未亡人となったんだ。国の都合の為に政略結婚を飲み込み、国の都合の為に旦那を処刑された悲劇の王女様か……

「ようこそいらっしゃいました。ザスキア公爵、リーンハルト卿。歓迎致しますわ」

 本当に嬉しそうに笑顔を浮かべるのは、困窮する国家運営の手助けに来たからだろう。信用出来る臣下も少なく未だにアブドルの街も落とせず、逆賊達は生きている。

 早急に対抗馬と言うか反逆者達の御旗となる、元殿下達三人は殺すか捕まえたい。不安要素を無くし、出来れば融資も欲しいのだろう。ロンメール様が絞れるだけ絞り取ったからな、財源は逼迫している。

 だが元殿下達の支配地を奪還出来れば財政は幾らかマシになる、エムデン王国に頼るのは無理だぞ。幾ら属国とは言え、エムデン王国は資金を投入し開発援助などしない。

 本来の目的はウルム王国との戦争中に、後方を攪乱されない為の口実作りと、手出しをさせない為の戦力の擦り潰しだった。属国化は目標にしていたが、その過程で不要な連中は間引く予定が大分残っている。

 しかも残った無能共は、エムデン王国に擦り寄り融資まで引き出そうと言って来る。自分達の立場が分かっているのか?いや、分からないからの愚行だな。

「お招き頂き有り難う御座いますわ。パゥルム女王、直接会うのは五年振り位かしら?」

 身分上位者である、ザスキア公爵が応えて軽く頭を下げるので彼女に合わせて僕も軽く頭を下げる。立場的には僕等が上だが、彼女は女王なので敬意は必要。

 この後にザスキア公爵が僕を紹介し、パゥルム女王は妹王女二人を紹介する。既に面識は有るが形式的な流れだな、ミッテルト王女も嬉しそうにしているが、オルフェイス王女は表情を変えない。

 向かい合う形で着席する。堅苦しい晩餐会の参加者は五人か、普通ならもう一人姉妹でない重鎮を同席すべきなのだが……晩餐会とか食事をしながらの会合、王族姉妹のみは対外的に微妙だぞ。

◇◇◇◇◇◇

 堅苦しい食事を終えて食後の紅茶を楽しむ。メニューは文句無し、味も量も申し分ない。食事中の会話は互いの近状報告と、バーリンゲン王国の現状だが思った以上に悪い。

 原因は諸侯軍の動きが鈍い事、つまり未だ元殿下達の影響力を恐れて直接的な対立を恐れているのかな?向こうは百戦錬磨の現役軍隊、しかも王族直属の精鋭軍隊だ。

 それに対してパゥルム女王側は、近衛騎士団に各都市に配備した守備兵、一番多いのが味方に引き込んだ貴族連中の私兵、つまり諸侯軍だが消極的らしい。

 レズンの街を任された、アチア殿。ハイディアの街を任されたベルド殿は、城塞都市の維持と防衛に掛かり切りだ。守備兵と合わせて約千人だから、アブドルの街の攻略の戦力の引き抜きは難しい。

 アブドルの街は守備兵も敵側だから寝返り策や懐柔策も期待は出来ない、奪還後には維持管理だけでも自前で千人前後の兵力が必要。攻略には三倍から五倍の兵力が必要、だが集まらない。

 此処からが本題、出された紅茶に砂糖を三杯入れて糖分を補給する。ザスキア公爵に視線を送ると頷いたが、このアイコンタクトに気付いたのはオルフェイス王女だった。

 僅かに眉を上げたが、不快に思うとか不審だと思うとかの感情じゃない。多分だが僕とザスキア公爵の力関係に気付いた、つまり姉二人の不利に思い至ったな。

 宗主国の重鎮二人は仕事上の関係じゃなく、公私に渡り協力し強固な信頼関係を築いている。姉二人が割り込む隙は微塵も無い、仲違いも対立も仕掛けられない。

 交渉事において複数の思惑が絡むと言う事は、付け入る隙が多いって事なんだ。引っ掻き回す材料が無い、連携されては何も出来ない。なのに姉二人に教える素振りも見せないのは何故?

「配下の貴族達だけれど、少し手綱が緩んでいるみたいね?随分とリーンハルト様に噛み付いたわよ」

「はい、報告は聞いております。大変不愉快な思いをさせてしまい、申し訳なく思っております」

 ザスキア公爵が仕掛けたが、パゥルム女王が認めて頭を下げた。姉に倣い妹二人も合わせて頭を下げる、王族なんだし軽々しく頭は下げないで欲しい。

 僅かながらも罪悪感が芽生える。知ってて頭を下げたのなら交渉術としては良い部類だが、ザスキア公爵的には評価が低いみたいだ。片眉を軽く上げる仕草はお気に召さない、つまり対応は不合格。

 そう言えば、イマルタ殿の処分は聞いていない。その上司たる領主についてもだ、領地問題については相当な入れ替えが有ったと聞いているし、問題児でも仕方無く使ったのか?前の領主はキャストン伯爵だったが、代わったのかな?

「リーンハルト様の常識を疑い責めたそうよ。しかも冒険者ギルドに魔術師ギルド、盗賊ギルドも平民と蔑み非難したとか……貴女なら、どうするのかしら?」

「そ、それは……」

 ザスキア公爵が攻める、晩餐会と言う本音で話せる状況だから建て前を省いてぐぃぐぃ攻める。宗主国の重鎮に国内有数のギルドを敵に回す発言を連発したからな。

 虚偽の報告が上がっても、当事者が居るのだから誤魔化す事は不可能だ。どう足掻いても、イマルタ殿は処分対象であり領主すら危ない状況だな。

 む?パゥルム女王もミッテルト王女も黙ったままで話し出さないぞ。もしかして処分保留か?虚偽の報告が上がっていて僕等の話との食い違いに困っているのか?どっちだ?

「その、イマルタからの報告では……その場で発言を取り下げて和解した。話を蒸し返す事は望んでいないと聞いておりまして……その、実情が違うので困惑しています」

 後者かよ……パゥルム女王が恥ずかしそうに答えて、ミッテルト王女は怒りで顔を赤くした。虚偽の報告を受けて、それを僕等に話してしまった。直ぐバレる虚偽報告、女王に知らせる情報の精査や裏取りはしないのか?

 元々低い信用度が更に低下した事を感じたのだろう。両手を握り締めて耐える仕草だが、此方も虐めているみたいな気分になる。妙齢の美貌の女王様は薄倖だ、お先は真っ暗闇だ。

 ミッテルト王女が下を向いて呟く、怖い独り言は放置だ。殺す殺す殺す殺す絶対殺すとブツブツ呟かれると、背中がゾクゾクしてきた。イマルタ殿と関係者は極刑だろうが、それだけじゃ駄目なんだ。

「ああ、駄目な方の予想が当たったみたいですね。和解はしていません、彼の中での常識では僕の行動は非常識らしいです。冒険者ギルド本部に魔術師ギルド本部、盗賊ギルド本部に情報収集を依頼した事は裏切り行為であり、自分達にも情報を寄越せと強請られたのです」

 全く信じてない相手に、信じろ情報も寄越せ、非常識を改めろとか言われたのです。最後は我が国の問題だから、もっと配慮して優遇しろと言われましたと締め括った。

 ザスキア公爵が、我が国の事だと言うなら自分で解決しなさいと言われたら、自分は武官じゃなくて文官だ。常識を弁えて発言を取り消せと言われた、そう知らされた時の絶望感が凄かった。

 普通なら怒って帰る暴言と対応だし、それを我が身可愛さに虚偽の報告を上げてきた。それがすんなりとパゥルム女王の元に届くとなれば、この国の王宮に勤める官吏達の質も分かる。

 汚職と賄賂、金で何とかなる腐り切った官吏達。国の最上位である女王の報告まで虚偽が罷り通る、最悪だな。

「イマルタさんの処罰は当然だけれども、彼だけの問題じゃないわ。領主も同罪、虚偽報告を未精査で上げた官吏達も同罪。でもそれは不敬とかじゃないのよ」

「背信行為、彼等は裏切り者です。ウルム王国か、旧コトプス帝国か。または逆賊の元殿下達か、利敵行為を働いた連中の対処は急務ですよ」

「キャストンや官吏達まで……ですが、彼等を処罰すれば政務が機能しなくなります」

 つまり大多数が対象であり、只でさえ少ない人材が更に不足する。国の中枢が機能不全を起こせば、どんな影響が現れるか分からない。

 辛うじて現状は維持されているが、それでも虚偽報告が罷り通る状況だからな。何れ破綻する、それも大抵は最悪の状態でだ。

 彼女達は、領主のキャストン伯爵と代官のイマルタを処分して終わらせる予定だったのに当てが外れた訳だ。人材不足は僕でさえ苦労している、解決するには人材確保だが無理だな。

「リーンハルト様、該当者を全て処分すれば人材が枯渇しますし働き手を失えば家が没落します。なのでエムデン王国の貴族の三男以降の殿方との集団見合いを希望します。居なければ居る所から呼べば良い、そう思いませんか?」

 今迄黙っていたオルフェイス王女の提案に、パゥルム女王もミッテルト王女も驚いている。淡々と抑揚も無く話す様子は、感情が全く感じられない。

 姉二人の驚き様からすれば、この提案は事前に協議されていない様に思える。だが言われたからには考えて答える必要が有る、僕も集団見合いなど初めてだぞ。

「集団見合い?我が国の貴族の三男以降の連中?」

 チラリと横目で確認した、ザスキア公爵は面白そうな顔をしている。つまり提案としては悪くないのか?下級貴族の三男以降は長男と次男の予備だが、それなりに自由が利くが金は無い。

 彼等がバーリンゲン王国の下級貴族の婿養子となり家を継げば、エムデン王国の息の掛かった連中が政務を動かす事になる。そうなればエムデン王国側に有利になる、だが援助は引き出され易くなるんだぞ。

 エムデン王国の貴族達が、バーリンゲン王国の王宮内に沢山いる事になるがメリットは少くないかな?だがザスキア公爵は否定しない。難しい、彼等とて我が家を他人に取られる訳だし嫌がる方が多いはず。

 更に言えば大量の人質を預ける事になるんだ。血族を重んじる貴族にとって、見捨てる事は出来ない。この提案は一見エムデン王国側の無職連中を役職に就けられるが、デメリットが大きい。

「それは、エムデン王国としてメリットが少ないでしょう?」

 斜陽化している国家に肩入れしても共倒れのリスクを背負い込むだけで、エムデン王国側にメリットは少ない。確かに無能や売国奴を粛清し、自分達の影響を受け易い連中を押し込む事が出来る。

 反面切り捨てる事が出来難くなる。三男以降は実家に貢献も影響も少ない連中だが、自国の貴族を切り捨てる事は難しい。最悪は大量の人質を取られて、融資を引き出されるだけだと思うのだが?

「あらあら、面白い提案ね?それはバーリンゲン王国の考えではなく、オルフェイス王女の考えね?」

「はい、私なりに考えました。足りなければ有る所から呼ぶしかなく、私達が頼れるのはエムデン王国だけ。それに膿を吐き出すだけでは浄化しません。正常な血を入れて薄めなけば駄目なのです」

「ふふふ、そう言う考え方が出来るなんて……貴女、気に入ったわ。」

 え?ザスキア公爵が微笑んで頷いているけれど、そんなにナイスアイデアじゃないよね?僕とパゥルム女王とミッテルト王女が置いてきぼりだよ、思わず視線を合わせて黙り込んでしまった。

 パゥルム女王もミッテルト王女も基本的には反対っぽい。僕も反対だ、デメリットしか思い浮かばないけれど、ザスキア公爵が面白い提案だと感じているならば……様子を見れば良いかな?

 


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