古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第618話

 粛清による人材枯渇の改善策として、処罰の対象となり家長や長男等の男手を亡くした家に婿入りする相手をエムデン王国の下級貴族の三男以降から募集する。

 所謂婿入りを前提とした集団見合いを提案して来たのは、オルフェイス王女だった。余りエムデン王国側にメリットは無いと思うのだが、ザスキア公爵は面白いアイデアだと感じたみたいだな。

 残念ながら僕にはメリットが思い浮かばない。ローラン公爵でさえ、斜陽化しているバーリンゲン王国の重鎮、レオニード公爵家と縁を切るのに苦労して僕に縁切りを依頼したんだぞ。

 無表情は変わらない、オルフェイス王女だが会話の主導権は移ったな。パゥルム女王もミッテルト王女も、横目で彼女を見ている。

 前に薄倖な未亡人王女である彼女が、バーリンゲン王国の今後の交渉の鍵になるかもって思ったが、まさか本当になるとは驚きだ。

 全員の視線が集まるのに、全く動じてないし精神に揺らぎも無い。逆に不気味なのだが、ポーカーフェイスより感情が削げ落ちたみたいで少し怖い。

「この腐り切った国の建て直しには、大鉈を振るい悪しき因習や澱んだ血を持つ家は排除する必要が有ります。そして新しい血を入れて澱みを薄める、兄上達を倒しても結果は変わらないと思いますわ」

 政権維持の為には逆賊の討伐は必須だが、国家の建て直しには猶予を与えられただけだ。健全な国家運用に必要なモノは別に有る、だが健全な国家運用をしても敵が居ては駄目だよ。

 順番として最初に邪魔な政敵の排除、それから国家運用だ。どちらが欠けても、バーリンゲン王国に未来は無い。オルフェイス王女は自分達を売った、この国と貴族達に見切りを付けたんじゃないか?

 端から聞いていると完全に切り捨てだ、不要だから粛清し新しい人材をエムデン王国側から引き込む。エムデン王国の貴族達は婿入りした家と国家に愛着を持つか?僕は持たないと思う。

 不可能だった自立、家長になれて上手くすれば爵位も貰える。国の要職に就き嫁さんも貰える、希望者はそれなりに居るだろう。だが彼等の忠誠心は、エムデン王国側に向いている。

 家族となり引き込むつもりだろうか?嫁さんが大事なら、バーリンゲン王国を盛り立てろ?いや、そんなザルみたいな作戦が上手くいくのか?貴族とは血族を大切にするが、独立した三男以降の援助を本家がするかは微妙だぞ。

「どちらにしても反抗勢力の御旗になりそうな連中は倒す必要が有ります。国内の改革は、その後です。僕は単一最強戦力として、逆賊共を倒しに来ただけ。簡単な話ですよ」

「エムデン王国側に利が少ない。だから深くは関わりたく無い、そう言う事ですわね?」

 ふむ、初めて非難する様な表情をしたな。此処迄の会話の流れに、ザスキア公爵は口を出していない。少し楽しそうな感じがするだけだ、もしかしなくても僕を試している?

 これ位の提案を切り返せないでどうするの?的な試練ですか?パゥルム女王はオロオロして、ミッテルト王女は様子見と言うか口を挟めずにいる。

 さて、困ったな。年下の少女に問い詰められるのも、端から見れば貴族の紳士としては矜持に関わる問題だろう。僕は気にしない程度の事だが、周囲の受け取り方は違う。

「先ず一つ目は、僕はイマルタ殿の非礼の対処を求めた。腐敗した官吏達の是正案は、今後の再発防止策であり今話す事とは違う。二つ目は、仮にも提案をするなら建て前でも互いのメリットとデメリットを提示しないと話にならない。裏の損得勘定は各々が考えて判断するけどね。

三つ目は、僕はパゥルム女王に懇願されて逆賊共の攻略に来ている、その相手の対応がお粗末過ぎる。ザスキア公爵も同行しているんだ。少なくとも経路の貴族達には厳重に言い含めておくべきだった、此方も何千人も来ている訳じゃない。対応出来ない言い訳にはならない。つまり信用出来る要素が全く無いのに、援助ばかりを強いる。何を考えているんだ?」

 少し強めの口調に、パゥルム女王とミッテルト王女は驚いた表情をした。比較的に優しい対応だった僕が、自分達を非難し全く信用してないと言ったからだな。

 だが、オルフェイス王女は軽く頷くだけだ。多分だが想定の範囲、元々暗殺まで仕掛けたんだから信用なんて全く無いのは理解している。序でに自分にされた仕打ちを考えれば、愛国心など無いか……

 手に持っていた扇を開いて口元を隠した。いや、隠す前にニヤリと笑った口元が見えた。ワザと見せた?この薄倖王女、もしかしなくても病んでないか?

「一々ごもっともな意見ですわ。領主のキャストンと代官のイマルタは御家取り潰しの上で一族郎党処刑、虚偽報告に関わった官吏達は本人のみ処刑、エムデン王国側からの婿入り条件を飲ませます。お詫びとして、またエムデン王国とバーリンゲン王国の絆を強める為に、私かミッテルト姉様がフレイナル様に嫁ぎます」

 こ、この王女はミッテルト王女よりも冷酷非情かも知れない。自分は未亡人で結婚対象にならない事を理解した上で提案した、ミッテルト王女の動揺が酷い。フレイナル殿の不人気な噂を知ってるのか?

 我等宮廷魔術師が婚姻対象になる事は良く有るし、悪い条件でも無いが揺さぶりにしては弱い。フレイナル殿と婚姻関係を結べば、アンドレアル殿が義父となる。

 エムデン王国の重鎮であり、宮廷魔術師の二人と親族関係になる訳だが……アンドレアル殿が個人的にバーリンゲン王国に援助する事は良いだろう、フレイナル殿の個人的資産では国家運用の援助としては微々たるモノだよ。

「本人は喜ぶでしょうが、アウレール王は許可をしないと思います。フレイナル殿のお相手は、負かしたウルム王国の貴族令嬢でしょう」

 言外に貴女達との婚姻はメリットが無いと伝えたが、僅かに微笑んだ程度で動揺すらしない。暗にエムデン王国の事情も知ってると言いたいのか?

 それとも僕とフレイナル殿の不仲説でも煽る?悪いが彼は政敵にはならないし、ウルム王国攻略で活躍する予定だ。彼の嫁取りは確実にエムデン王国が絡む、だから確実に結婚は出来る。

 望んだ相手ではないが、それなりの淑女が選ばれる筈だ。心配なのは立場や繋がり重視の場合、見目麗しいとか若いとかは度外視される事が有る。割と多いんだよ、全員が美女美少女とは限らない。それは飲み込んでくれ!

「ふふふ。同僚を妬み品位を損ねたので、自国の令嬢達からは酷評されているみたいですわね。属国とは言え王女を娶れば、その差は縮まると思いませんか?」

 有り得るから怖い、欲望に忠実そうだし直情的だから深く考えない。嫁取りで苦労しているから、隣国の王女と結婚出来るとなれば即座に了承しそうで怖い。一応は宮廷魔術師として独立しているから、親族の許可は必要としない。

 しかし、フレイナル殿の事情まで調べて話題に持ち出してくるとは……未だ幼いのに中々の強かさだな。でも未だ甘い、僕は上司として干渉出来るし父親である、アンドレアル殿にもお願い出来る。

 正当な理由が有れば説明し、諭す事も出来るだろう。だが感情は逆撫でするから不仲にはなる、其処まで見込んでも未だ足りないし未だ甘い。僕とフレイナル殿では、今は勝負にもならないよ。

「見栄で結婚する様な相手でもないでしょう。もしも甘言に唆されそうなら、上司として説教かな?僕等、宮廷魔術師は国益に沿う行動が求められますから」

「予想通りですわね。リーンハルト様はバーリンゲン王国に興味が薄い、それが確認出来ましたわ。それでも私達の為に力を貸して欲しいのです。望むなら、この身も差し出しましょう。死ねと言われるなら死にましょう。ですから、お願いですから……私達姉妹をお助け下さいませ」

「オルフェイス、貴女は……」

「何て事を言うの!」

 三人揃って、嗚咽混じりの泣き落としか。実際に死ねとか言えないが、間違って言えば彼女は直ぐに自殺するだろう。この薄倖王女は、自分の命など不要と思っている。

 命が惜しくも何ともない、姉二人の事だけが心配で国の行く末など二の次三の次だ。覚悟が据わってるから、突き放すのは不味い。何をするか分からない、予想がつかない。

 困ったぞ。ザスキア公爵の試練は失敗だ、オルフェイス王女を説得出来ずに最悪の覚悟を聞いてしまった。対処するしかないのだが、バーリンゲン王国への援助は僕の裁量だけでは決められない。

「それは……」

「はい、其処までよ。腹を括った女性の覚悟と、病んだ女性の行動について色々分かったでしょ?普通は女性関係で失敗して学ぶ事だけれども、リーンハルト様が浮気をしたり女性を捨てたりはしないでしょうからね。悪いけれど良い様に病み始めた、オルフェイス王女で練習させて貰ったわ」

 嗚呼、やっぱりだ。でも他国の王女を使って経験させる事でもないと思うのは間違いか?女性関係の修羅場って言うか、病んだ女性の扱いか?

 前にも精神鍛錬で修羅場を経験した方が身に付くとか有り得ない習得方法を考えた事が有り、馬鹿な考えと否定したのに……実際に経験するとは驚いたが、成果は無しだぞ。

「やはり試練でしたか。今回は失格、全然駄目でした」

「ふふふ、リーンハルト様の困った顔が見れて良かったわ。もう少し突き放す事が必要で、相手に細かい話はさせない事が重要なの。相手の情に訴える感情論は、優しい貴方には有効。詳細まで話させてしまい、三人に連携されて対処するしか無いと思わされたわね」

「そうですね。端から会話を続ける内容ではなかった、此方には利が無いから断るで良かった。逆に不利益を押し付ける事を叱責し、何かしらの提案を飲ませるのが正解だったのでしょうか?」

「今回の件は、イマルタさん本人は敵と内通していたとして本人は処刑、一族郎党は財産の八割没収で国外追放。キャストンさんは領地没収の上、一族郎党を含め財産も八割没収。官吏達も罷免して財産の半分を没収、お金に汚い連中だから財産没収は堪える筈よ。

辞めさせた官吏達の補充については、オルフェイス王女の提案を飲みましょう。大体二十人位かしら?不要な者や反発する者も敵と内通していた事にして叩き出しなさいな」

 おお!それなりの金を持たせての国外追放か、陸路続きの最短はウルム王国だから裏切り者説に信憑性が出る。海路は国家が押さえてるし、辺境に行けば討伐確定。

 エムデン王国を通りウルム王国に行くしかない。我が国を通過させるのも謀略だな、戦時中に何もせずに通すなど疑ってくれと思わせるには十分だろう。

 元々能力も高くなく汚職にドップリ浸かっていた奴等だし、ウルム王国が受け入れるとも思えない。上手く行っても更に国外退去、悪ければスパイ容疑で拘束から尋問。死罪よりも悪い結果が待っている可能性が高い。

「あら?何か不満そうね?」

「あの、ザスキア公爵と、リーンハルト様は……」

「事前に情報は掴んでいると思いますが、僕はザスキア公爵を一番信用しています。そして僕の足りない部分を全て補う理想的な協力者ですよ」

「お互いがお互いの不足しているモノを補える、一心同体みたいな関係かしらね」

 だから貴女達が入り込む余地など、砂粒一つ分も無いのよってドヤ顔で笑った。不満げなパゥルム女王に、悔しそうなミッテルト王女。オルフェイス王女は苦笑だな、最低限の提案は通ったが援助は未定。

 僕を取り込もうとしても駄目だって釘を刺されたんだ。此処まで親密とは思わず、擦り寄る隙も有ると思ったのに完全否定だからな。臣下の不手際も重なって最悪だが、この話は此処迄だ。

 漸く本題に入れる、逆賊の元殿下達三人の処遇。攻略の手順と、それに伴うバーリンゲン王国側のサポート。奪還したアブドルの街や他の街や村の維持管理は、パゥルム女王が手配しなければならない。

「さて、漸く此からが本題です。アブドルの街ですが、守備兵もクリッペンの遠戚や配下で固められている。説得や寝返りは不可能、故に倒します。方法は僕と精鋭で侵入、クリッペンは捕縛か殺害、配下の兵士と守備兵は降参しない限り倒します。今回は極力倒さず寝返らせるは無理だし時間も無いですから……」

 精鋭って言ったが実際は僕とクリスの二人で深夜に潜入する夜襲、手当たり次第に敵兵は倒す。悠長な事は出来ない、寝返り工作も無駄だ。

 パゥルム女王は不満そうなのは、極力兵士達は倒さずに寝返らせたいのだろう。だがエムデン王国としても、一度裏切った元正規兵達は都合が悪い存在なんだ。

 そんな連中を救済しても裏切られるリスクが増えるだけで意味が無い、奴等は殲滅する。降伏した少数を捕虜として受け入れる位だな。

「その、極力兵士達は投降させたいのです」

「領民達の被害も抑えたいので、余り無茶な事は……」

 予想通りだ。パゥルム女王とミッテルト王女は難色を示し、既に姉二人にしか興味が薄そうなオルフェイス王女は兵士や領民の事については何も心を動かされないらしい。

 彼女にとっては、兵士も領民も自分をウルム王国に売った存在でしかないのだろう。僕の居ない一ヶ月間で、彼女に何が有った?何が彼女を変えた?

 王族の務めを全うする為に意に添わない政略結婚を受け入れた彼女が、祖国に見切りを付けて姉二人だけに執着するのは何故だ?

「今回は条件的に無理なのは、お分かりでしょう。引き入れても裏切る可能性が高い、僕にも時間が無い。残敵掃討は一ヶ月以内に終わらせますから、奪還後の領地の維持管理はお願いしますね」

「ウルム王国侵攻で兵力が減るからね、エムデン王国内の治安向上と維持に英雄であるリーンハルト様の存在は必須なの。他国の事情には左右されないわよ、でも残敵掃討は終わらせる。私達の遣り方でね」

 ザスキア公爵が止めを刺した形になったが、自国か他国かを比較すれば自国を取るのは当然。これに反対は言えない、逃がした元殿下達も一ヶ月以内に倒すと言ったんだ。

 クリッペンについては問題無い、アブドルの街を攻略すれば終わる。今回は逃がさない、後腐れなく倒すか捕まえる。問題は辺境の少数部族の取り込みをしている残り二人の元殿下達だ。

 これも仕込みは済んでいる。スピーギ族から助け出した、カンシチ族のコリコ・スアク兄弟。彼等を使い少数部族達に揺さぶりを掛ける為にも、パゥルム女王に懐柔の為の飴(条件)を聞き出さねばならないな。


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