古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

625 / 1000
第619話

 病み始めた、オルフェイス王女との遣り取りの中で、ザスキア公爵は僕に何かを学ばせ様として結果的には失敗したので今後の課題だな。

 女の情念と言うか、我が身を顧みずに姉二人の事を僕に頼み込もうとした。対価は自分の命と言う重たいモノだったが、交渉術よりも感情と覚悟に押され気味だったんだ。

 結果的には、ザスキア公爵が突っ跳ねて一部の条件は飲むが概ね此方の条件を飲ませた。不本意なのは分かる、だが其方の都合に合わせる訳にもいかない。属国化とは安全の対価に利益を吸い上げられる利害関係の事だよ。

 今回、僕等に無礼な対応をした、イマルタ殿とキャストン伯爵、それに虚偽報告を通した官吏達には重い沙汰が下される。処刑に財産没収に国外追放だ、彼等は見せしめになるだろう。

 実行するのはパゥルム女王だ。反発も有るだろうが、健全な国家運用には必要な措置でもある。だが腐り切った膿を全て出し切れば国が機能しなくなる。

 長年の蝙蝠(こうもり)外交に汚職と賄賂の横行、自分本位で身勝手な連中が普通だと思われている異常さ。隣国としては最低だな、最小限の付き合いが正解だが属国化してしまった。

 後顧の憂いは無くなった、これでウルム王国侵攻に全力を出せる。だが新たな悩みや問題が続出した、一時的な対処は僕とザスキア公爵でするしかない。

 ウルム王国侵攻が成功すれば、バーリンゲン王国の対応も国家に引き継げる。今は我慢だな、本来の僕は単一最強戦力だから交渉事等は苦手な部類だ。

 アウレール王やザスキア公爵は、国政にも参加させる僕に交渉事も実地で学べとか考えているのかな?必要な事だとは理解出来る、だから覚えるしかない。

 立場による責任、この部分がバーリンゲン王国の連中には足りない。直させる事は難しい、長い年月の指導が必要になるだろうし場合によっては入れ替えだ、引退させて後任に引き継がせる。

 幸いなことに、官吏は世襲制じゃないので有能な者との交代は可能。オルフェイス王女が心配していた様に相当難しいだろう、バーリンゲン王国は前途多難だよ……

◇◇◇◇◇◇

 話は終わっていない、仕切り直しに冷たい果汁入りの水を頼んだ。柑橘系の爽やかな味が気持ちを切り替える、これからが本来の打合せ内容だ。

 この陶器のグラスは東方の輸入品だな、薄い乳白色の器に水が流れ出した様な形の模様。土器の進化系らしいが、エムデン王国とは文化の発展の仕方が全然違うのが面白い。

 さて、アブドルの街の奪還は夜間に少数精鋭で強襲する。実際は僕とクリスだけなのだが、それは教えない。ザスキア公爵の率いる精鋭部隊も必要だとアピールしないと駄目だから。

 人員が足りないからと別行動の依頼は受け付けない。僕とザスキア公爵軍で一緒に行動し逆賊共を殲滅する、これが今回の最低条件だ。

 少ない戦力を分ける意味など無いし、ザスキア公爵軍は少数精鋭とは言え彼女の安全の為にも、極力一緒に行動する。まぁツヴァイとドライを護衛に配置するから大丈夫だろう。

「アブドルの街を攻略している、バーリンゲン王国軍の兵力は?その構成も教えて下さい」

「国軍は掻き集めた歩兵八百人に弓兵二百人、諸侯軍は混成なので兵種の振り分けは分かりませんが合計で二千人、補給部隊は抜いています。攻略部隊の司令官は、ダッケルク伯爵ですが諸侯軍の有力貴族が、それぞれ三人の副官を出しています」

 二千人の諸侯軍が副官を三人も押し込む?少なくとも諸侯軍の三家は爵位か宮廷内の序列が高いと考えた方が良い、司令官の意見にも口を挟むだろう。

 多人数を出してる可能性が高いが、五百人前後かな?ダッケルク伯爵も副官が三人も居ては意見統一も難しいだろう。典型的な自分本位に考えて反対とかする連中だろう、負ける事とか考えていない。

 だから作戦が即決する事は無いと考えた方が良い。利権絡みでの足の引っ張り合い、亡国の危機でも変わらない連中だな。何故、こんな連中が増えるのだろうか?原因って何だ?

 そして千五百人前後が籠もる城塞都市を攻略するのに二倍程度の兵力で攻めているのか?包囲網は敷けても攻略は不可能だぞ、そもそも諸侯軍の練度にはバラつきが有る。

 下手したら包囲で分散した部隊が逆賊共に各個撃破されるかも知れない。大丈夫だろうな?此処で此方側の戦力が減ると維持管理すら怪しくなるんだけど、本当に大丈夫だよな?

「アブドルの街を落とせば、クリッペンの勢力は消滅する。しかし残りの二人、コーマとザボンの支配下の城塞都市は四つ。イエルマとブレス、ソルンとシャンヤンを維持管理する兵力を用意出来るのでしょうか?」

「城塞都市が合計五つ、守備兵を五百人ずつ配置しても二千五百人。国境の少数部族の抑えは別に二千人前後、合計四千五百人。でもこれは平均的能力を持つ兵士を前提とした最低限、低能力の連中なら割り増しが必要よ」

 この具体的な数字に、パゥルム女王やミッテルト王女は顔をしかめたが、オルフェイス王女は特に表情を変えない。今のパゥルム女王が動かせる正規兵は少ない、主要な街の警備兵を引き抜くしか人員確保は無理だろう。

 悪い事に辺境の少数部族達は、略奪部隊を差し向けて来るから内陸部の街や村の警備も疎かには出来ない。残り五つ、悠長に降伏させる手段は控えたい。僕等には時間が無い。

 此処でカシンチ族の話が有効な手段になれば良いけど、盗賊ギルド本部が調べた情報だけで裏取りはしていないんだよな。だが交渉する事で牽制と時間が稼げる、辺境の少数部族の動きが鈍るだけでも良いんだ。

「悪いけど、此方の侵攻速度を緩める訳にはいかないのよ。リーンハルト様の攻略に合わせて、治安維持部隊を派遣なさいな。遅れる事は、それだけ領民達の安全が損なわれる。為政者としての技量が試されるのよ」

「そんな人員は……やはり投降させて数を確保しなければ、王都近郊の街や村の警備に不備が生じます」

「そうです。辺境の少数部族達も、手薄な街や村を襲いに来るのです。国内に兵士を定期的に巡回させる必要も有るのです」

 切羽詰まった感じが凄いな。簒奪は成功したが勢いで行ったからか、その後の体制が全く整備されてない。姉二人を思っている筈の、オルフェイス王女は不気味に沈黙しているのが気になる。

 姉二人を思いながら、ミッテルト王女の政略結婚を勧めたりと行動にブレがないか?この国に居るよりも、エムデン王国に行った方が幸せとかか?生活レベルや安全から言えば間違いじゃないな。

 フレイナル殿の本妻ならば良い暮らしが出来るし、王族を娶るとなれば扱いは最上級。父親であるアンドレアル殿も助力するだろう。もしかしなくても、ミッテルト王女の未来を考えれば良縁か?

 この問題だらけの国よりも、宗主国の重鎮に嫁いだ方が良い。次女の幸せを思えば理解出来るが、長女の幸せはどうなんだ?

 辺境の少数部族の話に流れたので、カシンチ族の二人の兄弟の件を話しても良いか、ザスキア公爵に視線を送ると頷いてくれた。

 此処で少し有利な展開へと話題を振りたいが、パゥルム女王が少数部族との交渉に否定的だと難しい。ゴリ押しはしたくないのだが……

「前回、レズンの街とハイディアの街を攻略している途中で、少数部族の略奪部隊を倒しました。スピーギ族でしたが、奴隷として捕らわれていたカシンチ族の若者を助け出したのです。彼等二人の兄弟は自分の部族に戻り周辺の部族と連合を組み、盟主として動いています」

「リーンハルト様の仕込みが芽吹いたのよ。彼等はエムデン王国の英雄に助けられた、つまり伝手が有ると思わせて周辺の部族を取り纏めているのよ。上手く使えば辺境の部族は逆賊共に協力させずに、ある程度の動きも押さえ込めるわ」

「つまり、バーリンゲン王国として彼等と盟約を結べ……そう言う事でしょうか?」

 この辺の理解と頭の回転の速さは、パゥルム女王の有能さを伺わせるが、同時に顔をしかめたのは辺境の少数部族を認めていないと相手に分からせてしまう。

 時には感情を以て言葉以上に相手に伝える事も出来るが、今回は此方の提案に難色を示したんだ。長年手を焼いている連中には、歩み寄りは嫌って事だよな。

 だけど裏を返せば、手を焼かされているのは征服出来る力が無いからであり、相手もそれが分かっているから反抗するんだ。長年の関係に変化は必要だと思うよ……

「その条件を事前に知らせて欲しい。逆賊共を追い込んで行けば、彼等と接する機会も出て来る。今ならば、お互いが条件を飲めば時間が稼げます」

「つまり私達が落ち着く迄の時間稼ぎが出来る飴を用意しろ。最初の顔繋ぎだけ手伝ってくれますが、後は私達が交渉を進めなさいって事ですね?」

「主導権は私達、リーンハルト様にとっては彼等も深く関わるつもりは無い。彼等は私達の行動を制限する鈴、完全な和解も征服も無い。ですが一時だけは大人しくさせる為の仕込み、それを既に前回の時に種を蒔いておいたのですか……」

 ミッテルト王女も理解し、オルフェイス王女は更に裏まで読んだか。この王族三姉妹、謀略系の素養が高いのか裏を知る僕が考えられる程度の事を直ぐに理解するのか。

 彼女達は理解したのだろう。今後は辺境の少数部族達との対応だけで済まされてしまう事、エムデン王国側の我々に危機感を抱かせる様な戦力は張り付ける事が出来ず、無駄無く辺境に兵力を送れると……

 この後に提示する条件や対応、双方のメリットとデメリット等の細かい内容を詰めて何通りかの条件を認めた親書を書いて貰った。この親書が証拠として、辺境の少数部族達の懐柔の決め手となる。

 後は現在進行形で、アブドルの街を攻略している連中に対しての指示書もだ。必ず利権絡みか面子の問題で揉める、手助けして貰う側なのに条件や譲歩を求めてくる。

 その煩わしいゴタゴタを王命として強制的に言う事を聞かせる為の指示書と言う名の命令書、破れば逆賊として討伐される。だが同時に僕やパゥルム女王に敵意を抱く可能性も高い、両刃の剣だな。

 まぁ短期決戦で時間も無いから、仕方無いと妥協しよう。今は一刻も早くエムデン王国に帰りたいんだ……

◇◇◇◇◇◇

 やはり彼の魔術師としての能力は、史上最強の土属性魔術師の名前の通りに異常だわ。自分と少数の精鋭部隊だけで、兄上……いえ、逆賊共と要塞都市を五つも僅か一ヶ月以内に落とすつもりなのね。

 私達の方の準備が間に合わないかも知れないのに合わせてはくれない。そんなに簡単に短期間に要塞都市を落とせるかと言えば、既に前例が有る。二つの城塞都市を各々一日で落としているのよね、信じられない事だけど……

 ダッケルク伯爵には必ず言う事を聞けと厳命しなければならない。更なる不興は買えない、馬鹿なのはイマルタだけで十分なのよ。彼と彼の一族については、ミッテルトに任せれば良いわ。

「パゥルム姉様、一方的に決められてしまいましたわね」

「そうね。私達を信用せず、民間のギルドに調査を依頼。辺境の蛮族と既に繋ぎまで取っていた、其処まで先を見通していたのかしら?そして、ザスキア公爵。邪魔な女性だわ」

 殆ど単独でレズンの街もハイディアの街も落としている。その間に次の仕込みまで済ませる。どうやって育てたら、そんな事を未成年者が出来るの?魔術師とは早熟だけれど、限度が有るわよ。

「私達の不手際も大きいわよ。イマルタめ、八つ裂きにしてやるわ!直ぐに勅命を出して、近衛騎士団を動かして捕縛しましょう」

「私達にまるで興味が無い失礼な殿方だわ。噂と違い清廉潔白で慈悲深いは嘘、本性は普通の殿方ね。魔術師としては突き抜けていますが、その他の事は普通であり他人を頼っていましたわ」

 あら?オルフェイスのリーンハルト卿の評価は辛口ね。普通?アレが?間違い無く異常だと思うわ。彼が普通だとしたら、我が国の殆どの男性が普通以下よ。

 比較対象が悪過ぎる。単独で小国とは言え、我がバーリンゲン王国に喧嘩を売って勝つ。噂に聞く『永久凍土』の、サリアリス殿でも不可能だと思うのよ。

「確かに魔術師としては当代最強でしょう。アレで未だ未成年、今後の成長により更に強くなる。でも、その他は普通よ。恐れる要素は武力だけ、内政や駆け引きは他人頼りね」

 いやいやいや、当代最強の魔術師が殆どの事を普通にこなす方が更に異常なのよ。そんな突け込む隙なんて無いわ、普通なら十分合格点よ!偏りが無いバランスタイプ、でも武力は突き抜けて弱点など無いわ。

「確かに図ば抜けた魔法力に若い年齢、普通じゃない異常な殿方。前調査では、謀略を扱う女性を好むと報告を受けてたわね。その理由は自分に不足しているモノを補う為ね」

「アレだけの力を持ちながら、自分の足りない事を認めているのね。あの年代の男の子ならば、出来ない事を認められずに突っ走ってしまう筈なのに……素直にザスキア公爵に頼ったわ。客観的に自分を評価出来る、つまり悪い所を指摘して直す事が可能。隙は無いわよ」

 本当に、どう育てたらあんな非常識な者が育つのか不思議だわ。援助は引き出せず逆に借りだけ増える、国家に貸しを作れる未成年魔術師様よ。

「そうです。他人の言葉を聞き入れる度量が有り、善悪で言う所の善。非情にも成り切れるのに、甘い部分も多い。アンバランスなのは急に出世した事により必要な事が増えたからかしら?」

「でも取り込みは厳しいわ。自国第一主義、私達に配慮はするけど優先順位は低いわ。でも取り逃がした兄上達と裏切った連中や兵士達は、一ヶ月で討伐してくれる。先ずは奪還した街の維持と管理を行う人材集めからね、大変だけど頑張りましょう!」

 最後の最後で、フローラをウルム王国との戦争に派遣させろと言われてしまった。彼女は私達に残された唯一の宮廷魔術師、でも今後は不要になるからとも言われたわ。

 彼女と彼女の一族はエムデン王国に引き抜かれる、でも重圧で病んでしまった事を考えれば……素直にエムデン王国に渡した方が、恩も売れるし役立つわね。

 もう少し、もう少しだけ助力が欲しい。リーンハルト卿の攻略だけど、オルフェイスに任せてみようかしら。自信は有りそうだったし、ザスキア公爵も一目置いた感じがしたし……

「パゥルム姉様、凄く悪巧みしてます的な笑みですわ」

「最低限の配慮はして貰ったし、僅かですが時間も稼げます。もう一歩、踏み込んでみましょう。私達の幸せには、絶対に必要な殿方です」

「あらあら?釘を刺されたけど大丈夫なのかしら?」

 オルフェイスの暗い笑み、こんな笑い方をする様になるなんて姉として失格だわ。でも僅かながらに希望が持てた、この負債が満載だけど捨てられない国の為にもう少しだけ縋らせて下さいな。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。