古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第620話

 パゥルム女王と妹王女二人との打合せを終えた。問題は多いが何とかなる程度だろう、致命的に間に合わないとか無理だとかは無い。

 最大の問題は人員確保だが、悪い意味での見せしめとして、イマルタ殿の処罰が諸侯に私兵を出させる理由にはなる。

 何も死力を尽くして逆賊を討てとか言っていない。僕等が奪還した後の維持管理だ、危険な事は無く旨味だって有る。その辺を暗に示して指示を出せば良い、確約じゃなくて暗にね……

 僅かな王宮での滞在で分かったが、バーリンゲン王国の貴族達は自分達から属国化を望んだ事に対する意識が弱い。属国化してやった位の感じで接して来る、現実を歪曲して受け止める?

 些細な事でキレたりもするらしい、精神的に未熟なのか悪い意味で貴族らしいのか?そして擦り寄る為の賄賂攻勢、これが普通なら国が腐るのも分かる。

 添えられた手紙の内容も酷い。自分を取り立ててくれなら良い方で、汚職の手伝いとかだな。物資の横流しとか要求基準の引き下げ、差額は山分けとか最悪だ。

 これが普通?この国の未来は真っ暗だ。上手く操って存続させて旨味を吸い出す僕等も似た様なモノだが、少なくとも国政に対して足の引っ張り合いや国民に対して不利益や無体な事はしないぞ。

 日常的に国家予算を横領しているのだろう、悪びれる事も無く悪事に誘ってくるとか呆れを通り越して清々しい位に腐ってやがる。建国から七十年、初期の頃はエムデン王国も危険視していた強国の見る影も無しか……

◇◇◇◇◇◇

 時間も惜しいので、王宮には二日間滞在し直ぐにアブドルの街に向かう。前日に早馬による伝令で、僕等が進むルート上の領主や代官には、イマルタ殿の二の舞にならない様に厳重な通達をして貰っている。

 後はアブドルの街の攻略を任されている、ダッケルク伯爵と諸侯軍の有力貴族達も同様。僕等には干渉せず、攻略後のアブドルの街の維持管理に集中する事。

 手柄欲しさや面子の為に手伝わせろとかは断る。僕とクリスだけで十分だし、手伝うと言われても足手まといにしかならない。邪魔をせずに黙って見ていて欲しい、後は任せるから……

「擦り寄って来た諸侯のリストと手紙を見た時の、パゥルム女王の怒りは凄かったですね。他人に激しい感情は見せない女性だと思っていました」

 ザスキア公爵の専用馬車に、クリスと三人で乗っている。もう移動の為に、僕が騎乗する事は無さそうだ。馬に一人で乗るのも楽しいのだが、ザスキア公爵が悲しそうな顔をするんだ。

 まぁ、クリスも同乗してるし上級貴族の専用大型馬車は広いし乗り心地も快適だから文句は無い。防御力も、僕が固定化の魔法を重ね掛けしたから強固な移動要塞となっている。

 だが会話をするのは僕とザスキア公爵だけで、クリスは我関せずと無表情で気配を消して微動だにしない。偶に居るのを忘れる事すら有る、恐るべし暗殺技術。

「短期間で三割が、自分よりリーンハルト様に擦り寄れば、怒り心頭って感じかしら。内容も横領って、今の政策の足を引っ張るだけの事よね。本人からすれば、許せない行為でしょう」

「内外に敵が居るのと同じ、足を引っ張る味方など敵よりも始末が悪い。粛清の嵐が吹き荒れて、エムデン王国の三男以降の若手独身貴族達が婿入りする家が増えそうですね?」

 考え抜いた政策、苦労して組んだ予算、それら全ての努力を無視して成果を下げる事を現役官吏達が率先して行う。国家予算を自分のモノにしようとか、エムデン王国なら死罪相当の厳罰だぞ。

 この王都に繋がる主要な石畳の道もガタガタと煩く振動が多いのも、もしかしたら適正な予算が横領されて品質が下げられたのかも知れないな。

 横領に手抜き工事、知れば知る程に問題が浮き彫りにされる不思議な国だ。確かに征服して領地に組み込もうとすれば相当の投資が必要だが、見返りは割に合わないな。地理的な問題も有るが、誰も征服などしたがらないだろう。

「何で、こんな変な体制の国になったんでしょうか?」

「良く有る話よ。この国はね、約七十年前は辺境に追い込まれた少数部族達が中央で覇権争いをしていたのよ……」

 ザスキア公爵の話を纏めると、バーリンゲン王国とはバルゲンと言う少数部族の部族長が半数以上の部族を征服し傘下に収めて建国した国家だそうだ。

 今の辺境の少数部族とは過去に覇権争いを行い、負けても服従せずに辺境に逃げ延びた連中の末裔。故に和解等は有り得ないのだろう、それが今でも小競り合いが絶えない根本的な理由。

 そんな一代で建国を果たした初代の王は、英雄として崇められてはいたが無類の女好き。征服した部族の一番の美女を側室に迎えた、懐柔策としては有りだが次代を担う連中が沢山生まれれば……

 大量の殿下達には自分の部族と言う後ろ盾が有り、占領政策を円滑にする為に彼等には相応の地位や権力を残していた。激化する相続争い、敗者は勝者に取り込まれる。

 だが権力争いとは単純な武力での決着は最後の最後であって、最初は謀略で味方を増やす。政敵では有るが、倒せば国力が下がり他国から侵略されてしまう。

 国内での勢力争い、国外では外交を駆使して攻め込まれない様にする。その政策の成れの果てが蝙蝠(こうもり)外交だそうだ。自分達はバランスを取ってるつもりでも、征服しても旨味が無いから関心を持たれなかっただけだ。まぁ偽善的な前王は関係改善を目的として援助や融資をしていたらしいが、アウレール王が即位してからは無くしたみたいだ……

 外界を知らず自国の中だけで身内だけで争う、そんな歪な構造に色々と無理が生じたのだろう。だがウルム王国はエムデン王国との決着を付ける為に、バーリンゲン王国に協力を求め結構な見返りも提示したのだろう。

 守るかは別問題だが、バーリンゲン王国はその甘言に乗ってしまった。閉塞感の有る大陸末端の領地より大陸の中央に進出する夢を見て、手を取る相手を間違えた。地理的条件から言えば間違いではない、彼等の頭を抑えるエムデン王国を何とかしないと無理だったから……

「カシンチ族が辺境の少数部族を取り纏め始めましたが、バーリンゲン王国と手を組ませるのは難しいですね」

「確かにね、過去の確執は重いわ。民族問題は簡単には解決しない、それこそ皆殺しにして禍根を断つ位が必要。でも今回は一時的に諍いを止められれば良いのよ。最終的に物別れになっても、それ迄にバーリンゲン王国を立て直せば問題無いわ」

「要は時間稼ぎの一手、成功の是非は問わず。僕等は最初の橋渡し役に徹し、逆賊共を倒して早々にエムデン王国に帰る」

 言葉にはしないが、お互いが少数部族との衝突は占領政策に必要だと理解している。つまり完全な和解は都合が悪い、常に辺境で小競り合いをさせる必要が有る。

 最悪の場合は、秘密裏に辺境の少数部族達に援助をする事になるだろう。コリコとスアクには悪いが、多民族国家が一丸となれば脅威となるので完全統一は妨害させて貰う。

 統一してしまえば、彼等にも野心が生まれる。辺境でくすぶるより大陸の中央に進出したい、より良い環境で生活したいのは人間として当然の欲望だ。好き好んで劣悪な環境に居たくはない。

「そろそろ攻略部隊が見えて来ました」

 アブドルの街に繋がる主要な街道だから検問が敷かれている、窓から見える範囲でも十人の完全武装兵の後ろに二十人程の農民兵が見える。だが、相当疲弊しているのが遠目でも分かる。

 鎧兜は汚れて傷が付いている、手入れが行き届いて無いのは連戦によるモノか?農民兵の方は槍や鍬を杖代わりにしたり座り込んでいる者達まで居る。気になるのは農民兵の傷が新しい、つい最近怪我したみたいだ。

 しかし主要な街道の検問に正規兵を十人しか割けなかったのか、改めて見れば農民兵は普段着に粗末な武器と木の盾、農具を武器代わりに持っている者も居る。

 これはギルドからの情報通りに、アブドルの街の封鎖は穴だらけだな。既にクリッペンが居ないかも知れないし、他の兄弟との連絡も頻繁に行っているかも知れない。

 籠城相手の封鎖とは物資と情報、人間の出入りと多岐に渡る。でもアブドルの街の封鎖は形だけの穴だらけ、それでも街に籠もる意味って何だ?

 10m程近付いて漸く此方に意識を向けたみたいだ。見張りの機能はしていない、此方の兵士と短く言葉を交わし通行証を見て確認は終わりみたいだ。荷物とか馬車の中は見ない、パゥルム女王の指示かな?

「簡単に僕等を通しましたね。殆ど何も調べていない、幾ら事前に通達されていても形だけでも調べると思いましたが……」

 検問を通り過ぎる時に窓から彼等の様子を見たが、農民兵には生気が感じられない。正規兵は何かを分け合っているが、小さな布袋の中身はチラリと見えたが金貨じゃないのか?

 此方はギラギラとした表情で奪い合う様に分配している、手の平に乗せて数えて配っているが均等割りみたいだな。だが通行料が必要でも国庫に納めるべき収入だろ?まさか横領か?

「杜撰過ぎるわ。でも少しだけ袖の下を渡す様に指示していたのよ、揉めるのも嫌だし面倒臭い事も嫌。つまり敵さえも金額次第では逃がす可能性も有るわよ」

 実際に賄賂が通用するかの確認だと思うけど、普通に通用したのかよ。しかも僕等が見える範囲で直ぐに分けるとか、少しは体裁を整え様とかしないのか?

 あれ?街道脇に避けている馬車に乗っているのは負傷兵じゃないか?正規兵は馬車に乗り、農民兵はお互いに肩を貸し合いながら歩いている。

 ダッケルク伯爵はアブドルの街を攻めたな。パゥルム女王は現状維持を厳命した筈だが、指示書が届く前に攻めたのか?二倍程度の戦力で籠城する相手を攻める?まさかな……

「ザスキア公爵、負傷兵が居ます。彼等から情報を買いましょう」

「あらあら、聞き出すじゃなくて買いましょう?リーンハルト様も彼等の扱い方が馴れてきたみたいね。金貨をチラつかせれば何でも正直に包み隠さず教えてくれるでしょう」

 ザスキア公爵が側近に指示を出し、何人かに別れて話を聞き出している。アレは複数から同時に同じ事を聞いて情報を精査するのだろう。

 嘘は言わないと思うが受け取り方が違うと聞き出した情報が違うとか良く有る。後は相手の思い込みとか記憶違いとか……

 少し立派な鎧兜を着た怪我人が、この中での最上位みたいだ。僅かながらも無傷の護衛兵も居るし、彼が負傷したから序でに他の怪我人も王都に帰れるみたいだ。僅かに聞こえた会話だと、諸侯軍に参加した貴族の者らしい。箔づけに参加して、負傷して帰るのか。名誉の負傷扱い?

 ザスキア公爵は何組かの情報収集部隊を先行させた。他にも帰還する負傷兵が居るかも知れないし、検問も有るかも知れない。ダッケルク伯爵達と合流する前に、少しでも情報を集めるみたいだな……

◇◇◇◇◇◇

 アブドルの街の3㎞程手前で最後の昼食の為の休憩を取る。この後は攻略部隊と合流し、パゥルム女王の指示書の通りに方針を攻略から維持管理に変更して貰う。

 一番大きな天幕は僕とザスキア公爵の昼食会場だ。戦地だが一流の食卓が用意されていて、出来立てのコース料理が饗される。ザスキア公爵は侍女や料理人も同行させている。

 本来なら微妙だが公爵本人だし、激戦区でも何でもないからギリギリ可能だと思う。敗残兵狩りみたいなモノだが、慢心はしない。逆にザスキア公爵の戦場では有り得ない豪華な待遇が、僕等の余裕の表れと思われている。

「ダッケルク伯爵だけど、副官三人を抑えられなかったみたいよ。私達が来る前に一定の成果を上げなくては面子が潰れる、勝った後の取り分が減るとか騒いだらしいわね」

 食後の紅茶を楽しんでいる時に、ザスキア公爵から話題を振ってきた。既に派遣した調査員も戻って来ている。それと盗賊ギルド本部の所員も報告に来た、午前中に代官の屋敷でクリッペン本人を見たと……

「取り分も何も、彼等はアブドルの街の維持と管理を引き継ぐんですよ。略奪も臨時増税も認めない、逆に復興に尽力するべきなのに馬鹿な事をしたものです」

 む、ザスキア公爵の反応が薄い。つまりダッケルク伯爵の行動は馬鹿なだけじゃない、良い方か悪い方か?無駄に戦力を低下させる、諸侯軍の爵位持ちが負傷し王都に戻る。

 パゥルム女王の指示書は副官達も見た筈だ。内容は僕も知っているが、諸侯軍には旨味が無い。あくまでも、ダッケルク伯爵が臨時の代官となりアブドルの街を正規兵で守る。

 攻略に参加はしたが成果の出せない諸侯軍は王都に戻されるか、最悪は前線に送られる。そこで活躍出来る保証は無い、だから無理を押してアブドルの街を攻めて負けた。

「もしかして諸侯軍だけで、アブドルの街を攻めた?ダッケルク伯爵は邪魔な諸侯軍を負けさせて立場を悪くさせて間引きもさせた?」

 ニコリと笑った。どうやら正解したみたいだ。今回の遠征はザスキア公爵は僕の成長を促してくれている、有能な教師に非常識な教材。中々貴重な体験だし学ぶ事も多い、この遠征も得る物が有る事は嬉しい。

 転生前は、マリエッタ達に任せきりだった部分だ。今は学べる機会を得られた、それだけで幸せだ。本当に良い人達と出会えたが、甘えるだけでは駄目なんだが……今の僕では戦う事か錬金する事でしか報いる事が出来ない。

 まぁザスキア公爵の場合は必要以上に対価が必要なんだよな。借りばかりが増えるのは本能が危険だと訴えて来る、この危機感は何度も戦場で自分の命を救ったんだ。つまり、ザスキア公爵は対応を間違えれば危険なのだろう……

「そうみたいよ。馬鹿な副官三人は、上手く乗せられたみたいね。自分達の兵力だけで無謀に攻めて二割強の被害を受けたらしいわ。数人の参加した貴族が負傷し、王都に名誉の負傷扱いで帰ったらしいわ」

 二割強?約三割、二千人が千五百人前後に減ったのか。正規兵は無傷なら発言権は下がった、五割増し程度じゃ地力が弱い諸侯軍は無理を言えない。序でに邪魔な貴族達の何人かも帰したが、戦死したら別の問題が発生したぞ。

 ダッケルク伯爵も強かだとは思うが、自分本位だな。自分はそのまま臨時代官として旨味が有る、だから邪魔な諸侯軍を唆して負けさせた。味方でも関係無く、自分の利益を優先する。

 パゥルム女王派ならば政敵の戦力を減らしたって意味でギリギリ許容範囲内か?どうも謀略系寄りの配下が多い、武官って居ないのか?デオドラ男爵クラスは無理でも、ソコソコの武力でも構わないのだが……

 三人の元殿下は三人共に武闘派らしいし、主だった武官は辺境の治安維持に送られていたとか?まぁ良いか。今夜、クリスと二人で逆賊共を蹂躙する。先ずは一人目、捕縛するか討ち取るか。

 横目でクリスを見れば、基本的に無表情な彼女が嬉しそうに笑っている。捕食者の笑みか、絶対強者の余裕なのか……僕も今気付いたが、同じ様な表情をしている。口元が緩んでいるのは、戦闘狂と同じって事だな。

「主様、今夜は楽しみです。初めての二人の協同作業、どちらが多くの敵を屠るか競争です!」

「先ずはクリッペンの発見が最優先、数を競って本命を取り逃がす事は避けたい。その後ならば競い合うのも良いだろう」

 この感情を排した暗殺少女は戦う事が生き甲斐らしく、中々危険な台詞を言ってくれる。だが上手く使いこなすには必要な事だ、悪いが何人が生き残れるだろうか?

 


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