古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第621話

 アブドルの街の攻略部隊の司令官、ダッケルク伯爵の非情な謀略を知った。自分の利益の為に反発する諸侯軍に被害を与えて発言力を減らす。

 どうも武闘派らしいが謀略系に近い人物らしい。パゥルム女王に味方した連中は大体が謀略系だ、純粋な武官連中は殆ど元殿下達に付いて行ったみたいだ。

 ソコソコでも良いから武官が必要になる。敗残兵の討伐や少数部族達の略奪部隊に対応するには、前線で自ら指揮し部隊を率いる武官が必要だ。

 まぁ贅沢は言えないか……街の維持と管理ならば、謀略系や内政系が理想なので間違いでも無い。少ない人材から遣り繰りして選んだのも分かる、後は直接会って話して判断すれば良いな。

◇◇◇◇◇◇

「不味い、攻め込まれている!」

 昼食を終えて、ダッケルク伯爵達と合流しようと進んだのだが多分本隊と思われる集団が攻め込まれている。1㎞程手前で彼等が丁度攻め込まれる所を見てしまった。

 昼間から籠城している連中が攻め込む?普通なら有り得ないし直ぐに見付かる筈なのに、何故接近を許した?敵は軽騎兵部隊約二百騎と魔術師が十人前後だ。

 最初に正面から突撃して来る軽騎兵部隊を待ち構えていたが、右側面からファイアーボールが数発飛んで来た。その後はストーンランスやアイスジャベリン等の中距離射撃魔法が続く、全属性混成部隊みたいだ。

「一撃当てて撤退した。僕等が間に合わないのを理解して引き上げた、深追いをすれば城壁の上から弓矢で攻撃される。敵の指揮官は中々の人物みたいですね」

「諸侯軍の兵数が減れば包囲網にも穴が開くわ。其処を突かれた訳ね、自業自得と言うには哀れだわ」

 でも、それだけじゃない。魔術師達だが平民の格好をして馬車に乗って、アブドルの街に向かっていたんだ。プライドが高く護衛が居なければ前線に行かない連中を少数で平民の格好をさせて一旦街の外に出して、襲撃のタイミングで帰らせた。

 ダッケルク伯爵は正面から突撃して来る軽騎兵隊に注意を向けさせられて、数人の平民しか居ない馬車など無視した。だから絶妙なタイミングで魔法による攻撃を受けて、乱れた陣形に軽騎兵隊が突入し蹂躙された。

 突き抜けて反転し、魔術師達を騎馬に乗せて悠然と撤退した。それを僕等が見えて敵が増援に油断した時を狙って仕掛けて来た。つまり内通者が居て、僕等の情報は筒抜けな訳だよ。

「この襲撃のタイミング、内通者が居ますね。僕等の行動は筒抜けでしょう」

 軽騎兵隊を率いていた先頭の騎馬兵だが、僕等に向かって槍を掲げた。つまりタイミングを見計らい、突撃を見せ付けた。自信の表れと僕への挑発だな。

 敵の軽騎兵隊は殆ど無傷だったし、倒されたのは此方の歩兵部隊だけだ。槍を装備していたのに躊躇無く飛び込んでいた、あの部隊の練度は高い。

 これは名の有る騎士に間違い無い。奴の情報は集めておくが、騎兵は奇襲に弱い兵種だ。夜間の乱戦は室内戦だし、広い平地が基本の騎兵の強味は全く使えない。だから僕には不利な条件じゃない、油断はしないが負ける要素も無い。

「リーンハルト様がクリスと二人で夜襲する事は分からないわ。でも時間を与えると危険ね、今夜にでも実行しましょう」

「ダッケルク伯爵にも作戦は教えられません。元々は味方同士だったんだ、顔見知りや親族が敵味方に別れている。内通者の特定は不可能でしょう」

 特定しても直ぐに次の内通者が生まれるだけで止められない。

「でも誤報は流せるわ、内通者が居るならば情報を攪乱すれば良いのよ。明日の夜に襲撃するとか、昼間にゴーレムルークを並べて正攻法で攻めるとかね。今日は怪我人の治療で手一杯だから、襲撃すると疑われる確率は低いわ」

 合流して即夜襲するとは思われないかな?普通は確率は低いと思うだろうが、奴はどうだ?確実にデオドラ男爵に通じる戦闘狂だと思う。つまり思考も超好戦的だ、普通じゃない。

 逆に此方に夜襲を掛けて来るかもしれない。あの連中の思考回路は通常とは全く違う、まさかと思う位が丁度良い。でも今は、ダッケルク伯爵と合流し負傷兵の救助と治療。それと情報交換と情報収集か……

◇◇◇◇◇◇

 敵の襲撃の傷跡は思った以上にダメージが大きかった。此処は正規兵のみで構成された部隊、ダッケルク伯爵を守る為に半数以上の五百人が詰めていた。

 残りは諸侯軍のお目付役か、街道封鎖で出払っている。今回の襲撃で死傷者と重傷者は百六人、残り約四百人が生き残りの正規兵。

 ダッケルク伯爵も負傷した。左肩を槍で貫かれたが、命に別状は無く直ぐにポーションで治したが違和感を訴えているそうだ。案内役の騎士から聞き出したのだが、正規兵の負傷者はポーションで治す。途中で会った名誉の負傷兵は戦場から帰る為の理由だな。

 そして農民兵には、貴重なポーションは使わない。数が少ない事と、モア教と揉めた為に僧侶の協力が得られない。モア教の教徒も非協力的らしい、自業自得だし強要も出来ない。

 僕とザスキア公爵、それに護衛のクリスは丁寧に天幕に通されたが既に十分以上待たされている。一応高価な紅茶も出されているので悪い対応ではないが、身分上位者に対して放置も問題だ。

 天幕は丈夫さを求めたのだろう、くすんだ茶色で部屋全体が暗い。照明も獣脂を燃やした物で臭かったので、僕がライトの魔法に切り替えた。天幕内に充満した臭いを換気する為に、入口は開け放たれているので外は見える。

 慌ただしく大勢が右往左往しているのが分かる。これが正規兵か、練度が低いので不安になる。本当にアブドルの街を任せても大丈夫なのか?攻略しても直ぐに奪われるとか……

「随分と待たせますね。司令官として被害や治療の状況確認や、部隊の再編成は大切な仕事だけど……僕等を待たせる理由には弱い」

「優先しろとは言いませんが、少々杜撰な対応では有りますわね。自ら仕掛けた味方への謀略の隙を突かれて被害甚大、無様としか言えない実態だわ」

 普段使用しているより何段階も品質が落ちるソファーが気に入らないのか、扇で膝を何回も叩いている。これは笑顔だけど実際は、私は凄く怒ってます!だよ。

 ストレスが溜まってる感じがヒシヒシと伝わってくる、最初から禄な対応をされてない不満が積み重なって爆発しそうだ。不味いな、属国から宗主国の重鎮に対する扱いじゃない。

 壁際に控える騎士達も気付いて真っ青になっている。最悪無礼討ちも許されるのが、ザスキア公爵と言う立場の女傑なんだ。彼女は我慢強い方だが、相応の扱いをしなければ普通に爆発する。

 その方向性は単純にわめき散らすとかじゃない、相当ネチっこい。コイツ等って僕等の事をどう思っているんだ?馬鹿な事をすれば一気に不利になるんだぞ!

 チラリと壁際に控える騎士達に視線を送ると、意味を理解したのか頷いてから天幕を飛び出して行った。ダッケルク伯爵を呼びに行ったのだろう、首を紐で括っても連れて来て下さい!

◇◇◇◇◇◇

 あの後、騎士が呼びに飛び出して直ぐに、ダッケルク伯爵は二人の従卒と共に天幕にやって来た。パゥルム女王派の中では武闘派らしいが、デオドラ男爵クラスを見慣れている僕からすれば見劣りする並みの騎士だな。

 クリスも一瞥してから興味が無くなったみたいで、無表情で前を向いて微動だにしない。改めて、ダッケルク伯爵を見る。身長は180㎝以上、鍛えられた肉体をしている。

 自慢の鎧は左肩当てが破損しているのは、襲撃で怪我を負ったからだな。金髪を短く刈り上げ日焼けした肌に鋭い目つき、精悍な青年だ。つまり未だ若い、二十代後半位だろうか?

「お待たせして申し訳無い。ご存知とは思うが、何分忙しくてな」

 うわぁ、結構な上から目線だよ。ご存知って自分の失敗と敗戦なのだが、他人事みたいに語ったぞ。上級貴族は割と自分本位で過失や失態を認めない連中が多いが、彼は典型的だな。

 バシンと扇で膝を叩いた、ザスキア公爵に視線を向けて固まった。見惚れる様な笑み、極上の美人に微笑まれたのに嬉しそうに出来ない。気持ちは分かる、目が笑ってないし滲み出る重圧は相当なモノだ。

 ザスキア公爵は、ダッケルク伯爵を見限った。もう相手にもしたくないのだろう、今晩アブドルの街を襲撃して落とす。明日の朝には引き継ぎをして、次の目標であるイエルマの街に移動だな。

「事前に、パゥルム女王から指示が出ていると思います。アブドルの街の攻略は僕等が引き継ぎますので、配下を纏めて後の維持管理は任せます。僕等は今日は休んで明日からにでも取り掛かります」

「なんですと?それは……」

 事務的に話を振る。既にパゥルム女王から指示書は受け取っているので、簡単な流れの説明だけで良い。明日からにでもは、午前零時を過ぎれば明日だ。間違いじゃない、これで情報が漏れても構わないし嘘も言ってない。

 この会見は早めに切り上げた方が良い。ザスキア公爵の威圧に、ダッケルク伯爵はすっかり怯えている。自分達の仕出かした事を漸く理解したのだろう、下手をすれば無礼討ち。

 下手をしなくても厳罰、指示書には丁寧に扱えって書かれていたのに実際は雑に扱った。まぁ此処で自分の失敗を認める発言は不味いのも分かる、言質を取られたくは無い。

 そんな自己保身的な思惑が透けて見える。失敗は誤報と賄賂で有耶無耶に、そんな感じで済まそうとしている。だから信用出来ない、やはり互いの立場を明確にして関わらないが最善策か?

 だが、あの軽騎兵隊を率いていた騎士の情報は聞き出さないと駄目だな。一方的な物言いに、ダッケルク伯爵は気を悪くしたみたいだ。一旦は反省しても直ぐに自分本位に考え直す、慣れてはきたが腹は立つ。

「先程の強襲で軽騎兵隊を率いていた騎士、あの者の情報を教えて下さい。中々の強者と思いますね」

 怯えていた筈なのに一瞬で怒気を滲ませたが、感情の起伏って言うか切り替えが唐突で変だぞ。

「奇襲など卑怯者のする愚策ですぞ!俺達は負けてない、卑怯な罠を押し返したのだ。普通なら負けなかった、これは巧妙な罠だ」

 しかもいきなり激昂して騒ぎ出した。彼等の感情の爆発のタイミングが分からない、不利だと思っての逆ギレか?奇襲も戦術であり、まんまと引っ掛かった方が間抜けなんだよ。

 戦争にも最低限の礼節は有る。僕等は獣じゃない、だが奇襲は卑怯な罠でもない。隙を見せたら突かれるのは常識、油断した方が悪い。

 そして軽騎兵隊を率いていた騎士の事を知っている。敵視しているのは今回の件か、もしくは過去からいがみ合っていたのか?出来るだけ聞き出すか……

「ふむ、ご存知みたいですね。では出来るだけ細かく教えて下さい、彼が何者でどう言う風に周囲から見られているのか」

「アレは蛮族の女から生まれた、身分卑しき男ですよ」

 吐き捨てる様に言った、その後からも出るわ出るわ悪口と言うか何と言うか……彼の名前は、ストライス。父親はバーリンゲン王国の男爵、母親は辺境の小数部族であるロードレイス族の部族長の娘。

 辺境での小競り合いの時に攫われたのが母親らしく、実子なれども蛮族の血を引く事で疎まれてはいるが武力が高い故に捨てられなかった。飼い殺しされていたらしいが、クリッペンの反逆に賭けたらしい。

 あの軽騎兵隊の隊員は、同じ様な境遇の連中が多く集まっている。自分達を蔑んだ、バーリンゲン王国に復讐する為に行動しているらしい。ダッケルク伯爵の言葉だけで裏は取ってないが、大体合ってるだろう。

 つまり彼等は自分達を認めて欲しい訳だ。その手段として、クリッペンに荷担した。だが手を取る相手を間違えたな。味方に引き込む事も可能だが、ずっと面倒を見る事は厳しい。

 だが、クリッペンに対して忠誠心は殆ど無い。金や待遇で裏切る可能性が高い、つまり裏を返せば不利なら簡単に逃げ出すだろう。扱いが面倒な相手だ、手強くて追い込めば簡単に裏切り逃げる。

 逃がせば残りの、コーマかザボンを頼り合流するか、最悪の場合は野盗となり正規軍から略奪をするかもしれない。無差別に略奪する可能性も有る、放置するのも問題になりそうだよ……

「ストライス、中途半端過ぎて扱いに困る。面倒事を回避する為にも、見付けたら逃がさず殲滅だな」

「そうです!逆賊に組した裏切り者など、皆殺しにすべきですぞ。パゥルム女王も望んでいます、奴等は……」

 また始まった。自分の失態を誤魔化す為にも、ストライスは生きていては困る。罵詈雑言の節々に、保身的な言葉が垣間見える。

 そして、パゥルム女王は臨時増税はしないと指示しているにも関わらず、自分の復興案では仕方無く臨時増税をする事。僕が敵の本拠地たる領主の館を攻略する時には人員を同行させたい事を頼んで来た。

 臨時増税は僕が認めたと御墨付きが欲しい、攻略の同行は共に戦ったと言う手柄の御零れが欲しいのと……クリッペンが集めた財貨が欲しい、そんな欲深い提案だ。

 はっきりと断ったし、この遣り取りは書面化し、ダッケルク伯爵とパゥルム女王宛てに同じ物を送る事にした。臨時増税など僕が許可出来る事ではないし、パゥルム女王は厳禁と指示書に明記している。

 同行は足手まといなど要らないし邪魔だ。しかも、クリッペンの集めた財貨の横取りと言うか自分の物にする気が満々だ。仮に有ったとしても、僕が押さえて後でパゥルム女王に返した方が良い。

 横領が当たり前みたいな、この連中に復興に必要な財貨を任せたら禄な事にならないのは短期間で学んだ。復興だけに用途を限定させるなら、回収した財貨はエムデン王国からの支援として渡した方が使い道に口を出せる。

 うん、それが良いな。コイツ等は金に関しても全く信用がない、普通に資金を渡しても横領するし復興するにしても手抜きをして差額を着服するな。信用なんて全く出来ない、だが領民の為には手を打つ必要有りとは苦労が増えたな………

 


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