古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第622話

 ダッケルク伯爵が率いるアブドルの街攻略部隊と合流する直前で、ストライスが率いる軽騎兵隊の襲撃を見た。奴は小競り合いの時に攫われた、ロードレイス族の族長の娘の息子らしい。

 戦争で敵国から気に入った女性を攫い妾にする事は、善悪の問題は別としても良く有る。負けた相手が差し出す事も有るし、族長の娘ともなれば政治的な利用価値も有ったのだろう。

 そして、ダッケルク伯爵とストライスの間には何かしらの確執が有りそうだ。純潔を好み選民思想が強い貴族連中にすれば、辺境の小数部族の血が半分流れている事は差別対象だ。

 

 僕も半分は平民である母上の血が流れている。爵位と役職と実績により黙らせているが、僕を蔑み嫌いな連中も沢山居る。立場は同じ様なモノだし、彼も自分の武力で周囲を黙らせたんだ。

 周囲に認めて欲しい、認められたい気持ちは分かる。だが、クリッペンに荷担するなら倒すしかない。彼等は配下の軽騎兵隊も含めて同じ様な境遇の者が多いと聞く、つまりクリッペンに対して忠誠心など欠片も無い。

 危なくなれば裏切るし見捨てて逃げるだろう。他の二人に合流するか、最悪は野盗となり無差別に略奪をするかも知れない対処に困った連中だ。出来れば倒した方が後腐れが無くて良い。

 

 本来ならば新体制の政権側に付いて尽力すれば立場は固まるのだが、何故に斜陽の元殿下側に付いた?男尊女卑思想か、他に考えが有ったのかは分からない。だが今回の選択はハズレだよ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 戦地故に歓待も出来ず昼間の襲撃による負傷者の手当ても有り、夕食は個別に食べる事にした。ザスキア公爵も、ダッケルク伯爵の事を見限ったみたいなので接点は減らした。

 彼等は保身の為か精鋭が守る僕等の陣地の後方に陣地を構えた。呆れる自己保身的な行動だ、普通は横並びで後方に下がるのは負傷者だけだぞ。

 医療品の援助はしたが、農民兵に使ったのは半数以下で残りは使わずに何処かに隠したみたいだ。横領し横流しする行動が目に浮かぶ、駄目だな。

 

 負傷者の呻き声が静まり返った陣地内に響く、負け戦の雰囲気が否が応にも漂っている。良くない、僕等は未だ負けてないが彼等は半分諦め責任を丸投げする相手が来た事を喜んでいる。

 アブドルの街から直線で1㎞程離れた平地に陣地を構えた。周囲には錬金で馬防柵と空堀の二重の防御陣、周囲には篝火を焚き見張りも増やし夜襲に備えた。彼等の周囲も同じ様に囲った。

 困った事に味方側から、ダッケルク伯爵側からも監視をされている。僕等の行動を誰かに流すのか、確認したいだけなのかは分からないが困った事が有る。

 

 それは夜襲の為に陣地を出れば知られる事、それを嫌い天幕から穴を掘り陣地の外に出れば、同行するクリスと同じ天幕で一夜を明かした事になる。

 結果的に違うと分かっても、過程を歪曲し広める事も考えられる。一部は事実だから妙な信憑性も生まれるし、下手をすれば戦地に妾を同行させたとか広めかねない。

 なので手間は掛かるが、僕の天幕からクリスの天幕まで穴を掘り合流し、その後で陣地の外に行く事にした。これなら見張りを立てておけば、僕等は別々の天幕に居る事になる。

 

「今晩は、クリス。それじゃ出掛けるぞ」

 

「はい、我が主様。準備は万全です」

 

 お互い闇に紛れて行動する為に全身黒装束だ。しかも彼女は完全装備、素早い動きを阻害しない様に金属は急所しか使ってない艶消し黒塗りの軽装鎧。

 腰の左右に吊したショートソードの他にも、太股や袖口に仕込んだダガーに腰の後ろに付けている魔法の収納機能が付いたポシェット。

 隠し武器として鉤爪や含み針とか全身針鼠みたいに武装している。一人当たり七百人前後を相手にするから当然なのだろうか?

 

「良い感じに月が雲に隠れている。良い襲撃日和だな」

 

 見上げる夜空には分厚い雲が月を隠しているが風は弱い、暫くは闇夜のままだろう。空気が湿ってないので雨の心配も少ない、良い襲撃日和だな。闇夜に紛れて侵入も楽だ……

 

「楽しみです。主様よりも沢山倒します、目標は千人切りです」

 

 むんって感じで小さくガッツポーズをされた。言葉の内容と仕草のギャップが酷い、本当に酷い。

 

「いや、作戦を間違えるなよ。主目的は、クリッペンの殺害か捕獲。その後に敵兵力の擦り潰しだ、クリッペンの生死は問わないが殺したら首は持ち帰る事」

 

 黙って頷くが、若干の不安は有る。兵士の殺害数を競う事に熱中して、クリッペンを逃がしたら本末転倒だ。後腐れ無く殺す方が良い、捕縛すると色々と画策する連中が味方側から湧いて出る。

 多分だが面倒な事になるのは確定だ。だから悪いが殺す、捕縛しても最終的には公開処刑だし戦って死んだ方が晒し者にならないし面子的にもマシだろう。

 魔力を地面に浸透させて直径1m程の穴を開けて飛び込む。天幕内の穴は埋めて偽装する、最悪天幕内に入られても無人なだけだから夜襲に向かったとは思われないだろう。

 人が立って歩ける程の横穴を開けながら進む、この辺の地質は砂岩なので固く脆いので補強は必要だ。深さは地表から3m程なので、音や気配は漏れない。相当の達人でも居なければ分からないだろうな。

 

「しかし魔法の灯りが有るとは言え、真っ暗で真っ直ぐ伸びるトンネルは何かに引き込まれそうな気がして怖いな」

 

「主様にも怖いモノが有るのですね?私は暗闇を怖いとは思いません、逆に落ち着きます」

 

 うーん?淡々と抑揚なく言われたが、男女の感性の違いか?それとも僕やクリスの性格の違いか?闇に生きる暗殺者だから闇が好きとかはないよね?

 度胸は男よりも女の方が有るとも言うし、心強いと考えれば良いのだろうか?気のせいか無表情なのに、わくわく楽しそうな感じがする。

 二人で千五百人が立て籠もる敵の本拠地に夜襲を掛けるのだが、全く動じてないし楽しそうでも有る。不思議と心強いものだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 陣地から200m程離れた所で一旦地表に顔を出す。月が雲に隠れているから完全な闇夜、遠くアブドルの街が見えるが監視用の篝火は少ない。

 魔力探査で周囲に巡回する敵兵も居ない事が分かる。城塞都市と言っても城壁は石積みで高さは3m程度だ、簡単に飛び越えられるが見付かる可能性も高い。

 このまま穴を掘って侵入するか、城壁を飛び越えて侵入するか少し悩む。極力見付かるリスクを減らす為に、このまま穴を掘って侵入する事にする。

 

「このまま穴を掘って侵入する。街の中に入れば領主の館に直行だが、地図は頭の中に入っているな?」

 

「はい。万が一バレた時の為の攪乱で別行動。事前に見せて貰った地図は記憶していますので大丈夫です」

 

「本当は一緒に行動したいけど、クリスが嫌がるからね。侵入したら別行動、領主の館で合流。良いね?」

 

「はい、どちらが先にクリッペンを始末するか競争です」

 

 意図的に感情を廃された彼女だが、戦う事に対してだけ感情を表す。それは心底嬉しそうな笑顔、戦う事と敵を倒す事に喜びが溢れ出している。普通に美少女なのに勿体無い。

 話が逸れたが今は、クリッペンを倒す事が最優先。もし逃げられたら兵士の殲滅、刃向かう連中の勢力を削ぐ事が大事なんだ。

 そのまま地下のトンネルを直進し、城壁を抜けて街の中に入った。顔をだした所は民家の床下みたいだが、周囲に人間の反応は無い。空き家か?そのまま床板に穴を開けて室内に入る、周囲を見回せば……

 

「倉庫だな。品物は、小石に鍋に薪?城壁から石を投げたり沸かした湯を掛けたりするのかな?」

 

「油の入った壺も有ります。防衛用の備品倉庫です、どうやら徹底抗戦の構えらしいです」

 

 造りは民家だが徴用したのだろうか?窓から外を見ると、兵士が巡回している。装備は他の街の警備兵と同じ、嫌々感もないし積極的に協力していると考えて良い。

 士気が高いのは厄介なので、早々に圧し折りたいが今は騒ぎを大きくして無用な警戒をさせたくない。このまま地中を進んで領主の館に侵入するか、幸いだが何となく方向も分かる。

 近付けば人間の反応の多い所に行けば良い。護衛として相当数の兵士を張り付けているだろう、保身に走る事は仕方無いし正解だ。まさか夜襲されるとは……

 

「主様、此処からは別行動です。領主の館でお会いしましょう」

 

「おい、クリス!ちょっと待てって……もう居ないや」

 

 伸ばした手が虚空を掴む。既に認識阻害か幻覚の魔法を発動し忽然と消えた、全く僕の言う事を聞かない悪い従者だが仕方無いと諦めるか。最初に別行動と決めてたから良いが、未だ幾つか注意と確認事項が有ったんだけど……

 幸いだが能力は高いし信頼出来るから失敗の心配は無い、クリスは僕より先にクリッペンを倒す気だ。負けん気が強い事は戦闘職には必須、まぁ良いか。

 僕は僕で動けば良い、騒ぎを起こさない為にも地中を進む事にする。此処から街の中心部の方に3㎞程進めば、領主の館に着くだろう。地味だが頑張るか……

 何となくだが油の入った壺が気になったので空間創造に収納する。素焼きの壺に10リットル位だろうか?全部で六十八個有った、品質は悪そうだが使い道は有るだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 クリスと分かれてから三十分以上は過ぎただろうか?漸く頭上に沢山の人間の反応が有る場所に辿り着いた。動きが少ないのは寝てるか、警備として巡回してるかだろう。

 そのまま地上まで穴を開けて顔を出す。領主の館の塀の内側の植栽の中だ、綺麗に手入れをされた低い木が密集している場所の中だな。周囲に人は居ないし、未だ騒ぎも起こっていない。

 館までは20m以上離れているが、見える範囲の窓ガラスは真っ暗だ。二階の幾つかの窓からはカーテン越しに中の灯りが漏れている、クリッペンの寝室はベランダの有る部屋だ。

 

「主様、地面から頭だけ出ているのは異様です。怪異です」

 

「うわっ?脅かすな!」

 

 思わず悲鳴を上げそうになったぞ!何とか堪えたけど、此処で騒いで見付かったら間抜けじゃ済まないんだぞ。わざと気配を消して近付いて後ろから声を掛けたな、脅かしたな!

 

「クリッペンの寝室は館の反対側、魔術師は全員部屋で寝ていたので始末しました」

 

「まぁそうだな。魔力は睡眠でしか回復しないから、夜は寝ているよな。防衛に魔術師は不向きだが、油断し過ぎだぞ」

 

 薄暗いので分かり辛いが、ドヤ顔をしているのは分かる。しかし同じ魔術師として情けなくなるぞ、寝ている内に知らぬ間に永眠とは。

 有る意味、恐怖も痛みも感じず良かったのか?少し騒いだので周囲を確認するが巡回の兵士も近くには居ないし、窓から漏れる灯りで僅かながら周囲も見渡せる。

 無言で穴から這い出て服に付いた汚れを払う。さて、どうやって建物の中に入るか?窓からか、壁に穴を開けるか、扉を探すか。

 

「壁沿いに左回りが目的の部屋の下に一番近いルートです。ベランダから侵入し一気に倒しましょう」

 

「いや、ベランダや窓は侵入防止対策が施してある筈だ。倒す前に護衛を呼ばれるのは面倒臭い、だから隣室から壁をぶち抜いて侵入。そのまま室内の護衛共々倒す」

 

 流石に寝室でも一人で眠ってなどいない、必ず不寝番が居て警戒している筈だ。元王族だし、プライバシー無視など慣れている。

 逆に護衛無しの無警戒の方が疑問だよ、保身に走りアブドルの街まで逃げ込んだんだ。相当警戒しているだろう、僕等は特別だから侵入出来たんだ。

 視線だけで移動する事を伝え、植栽から身体を出して左回りで移動する。途中で巡回の二人組の警備兵が居たが、クリスが無言で始末し僕が錬金で地面に埋める。

 

「此処から建物の中に入る」

 

「では私が先に……」

 

 目的の部屋の二つ隣、窓は真っ暗だから人が居ないか寝ている。主賓の寝室に近いので、警備の控え室だと思うが魔力探査でも人の反応は無い。

 無音で飛び上がり器用に窓を少しだけ開けて中に入った。暫くして手だけだして招く仕草をする、中は無人で警戒の必要無しか……

 体術に自信が無いので、黒縄(こくじょう)を使い二階に侵入する。部屋の中は金銀財宝が堆(うずたか)く積まれている、大事なモノは身近に置かないと安心しないタイプか。

 

 金貨や銀製の食器が一つの袋に無造作に突っ込まれている、つまり略奪品だ。他にも有ると思うが、取り敢えず全て空間創造に収納する。

 ダッケルク伯爵に渡したら自分のモノにするだろうから確保しておくが、泥棒みたいで嫌だな。レズンの街やハイディアの街は横領とかされてないよな?

 

「主様、隣の部屋に人が入って来ました」

 

「ああ、魔力探査で反応有り。三人だな……」

 

 クリス、耳元で囁くな。くすぐったいし、何か照れ臭い。だが三人の反応は、クリッペンの寝室から移動して来た。不寝番の交代か?

 

「僕が壁に穴を開けるから、クリスは三人共対処してくれ。非戦闘員なら殺さず捕獲、頼む」

 

 壁をなぞり魔力を浸透させる。一呼吸置いてから一気に錬金により壁を細かく砂状に砕く、その一瞬後にクリスが突入する。

 速い、そして呻き声は女性か?警戒しながら隣室に入ると若いメイド二人に、扇情的な夜着を纏った淑女が一人。当て身で失神させたのだろう、無造作にベッドに三人放り出した。

 お盛んだな。本妻か側室か妾かは知らないが、夜伽を済ませて退室したのか。金と女を身近に置く、男としては普通なのかな?確か命の危険が迫ると性欲が高まると兄弟戦士から聞いた、種の保存とか子孫を残す為とか……

 

 三人共に美人な御姉様方だ、色気の強い苦手なタイプ。クリッペンは幼女愛好家ではない、その点だけは評価しても良いだろう。彼女達みたいな非戦闘員の待遇は考えないと駄目だ。

 無干渉だと禄な目に合わされないし、彼女達が反逆した訳でもない。有る意味では被害者だ、主に付いて行っただけだし断るのは無理だったろうし。

 さて、今は余計な事は考えずに目的を達成する事だけを考えれば良い。クリスを見れば強く頷いた、手順は同じだが今回は僕も一緒に飛び込んで彼女をサポートする。漸く一人目だな……

 

 


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