古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第623話

 アブドルの街に、クリスと二人で侵入した。今回は守備兵も敵側であり、大々的に攻め込むと領民にも被害が多く出ると思い隠密作戦にしてみた。

 自分の陣地から錬金により地下トンネルを作り、敵に見付からずに城壁内部に侵入。更に街の中も地下トンネルを使い、領主の館まで誰にも見付からずに侵入出来た。

 クリスは城壁内部に入った時点で別行動で、後から合流した。元暗殺者の技術は凄い、既に魔術師達は始末しているし正規兵の野営地も調べたらしいし……

 そして今は、クリッペンの寝室の隣部屋に居る。彼の寵愛を受けている女性の寝室らしく、そのままメイドと共に気を失わせた。

 お盛んなのは良いが、非戦闘員の彼女達には配慮が必要。放置すれば禄な事にはならない、その辺はダッケルク伯爵に厳重注意だな。

 僕はモア教から目を付けられている。教義的に、か弱い女性達の処遇に見て見ぬ振りはできない。この善意の枷が何時か巨大な枷にならない事をモアの神に祈る……

◇◇◇◇◇◇

 いよいよ逆賊クリッペンを倒す、壁をなぞり魔力を浸透させて準備をする。視線で、クリスに合図をして壁を叩き一気に砂状に変える。

 室内は明るい、周囲を見回せばベッドに……男女二人が絡み合ってる?壁際に護衛の警備兵が四人。だが壁際の兵士達の首には既にダガーが生えている、クリスが投擲したんだ。

 そのまま壁に背中を付けてズルズルと座り込んで絶命した。クリッペンも同様に首からダガーが生えている、視線を壁際に向けた一瞬の内に倒したのか?

 此方は振り向いた所を射抜かれたのか全裸で仰向けに倒れている。喉を狙う事で致命傷と騒がせない事の両方を達成した。流石に本職暗殺者には及ばない、完全にスピード負けだ。

「クリス、流石だな。スピードでは全く敵わないな」

 呆気なく終わった、血飛沫が酷いが効率的だろう。暗殺だけなら終わりだが、クリッペンに付いて来た正規兵と守備兵も倒す必要が有る。

 本来ならば逆賊とは言え倒す前に会話を交わす必要が有ったのかも知れないが、話した所で降参も降伏もしないだろう。

 殺すか殺されるか、簒奪とは血族同士が殺すか幽閉するかしないと終わらない。しかも妹本人でなく頼まれた他国の連中に殺されたでは納得出来ないだろうな。

 しかも夜襲で暗殺だから余計だろう。だが彼は為政者としては失格だ、己の欲望だけを満たす為に行動していた。バーリンゲン王国の安定の為に早く倒す必要が有ったんだ。

「でも模擬戦だと毎回負ける。主様の防御力と迎撃能力は反則」

 拗ね気味なのが分かる、表情を少しだが表す様にはなっている。気を付けないと分からない微妙な変化だけど……魔法障壁に複合探査魔法、迎撃特化魔法の『黒繭(くろまゆ)』を駆使して何とか勝っている状況なんだよな。

 肉体的スペックでは完敗、ゴーレムキングを身に纏って漸くスピードは互角。だが体術や体捌き、それに剣術や武術といった技術は全く敵わない。戦士職と魔術師の違いは有れども男としては悔しい。だがリベンジはしない、無理だから……

 思考がズレたが元に戻す。クリッペンの死体は空間創造に収納し、護衛の兵士はダガーを抜いて一列に並べて寝かせた。

 改めて同衾していた女性を見たが隣室に寝かせている女性と違い身なりが豪華じゃない。気になるのは頬が赤くなり口元が少し切れているが、叩かれたのか?

「彼女は下級貴族か裕福な平民みたいだな。髪や肌、爪の手入れに金が掛かっていない。見目は良いから、強制的に攫って来たのか?暴行の痕跡も有る、嫌なモノだな……」

「別の部屋に同じ様な女性が集められていました。乱暴はされていませんが、順番待ちみたいな感じがしました。泣いていて次は私とか呟いていました」

 淡々と同性の悲惨な状況を語り出したが、見目の良い女性達を攫ったな。最初に侵入した部屋の財貨も同じ、略奪したのか。予想より最悪な略奪行為を繰り返した、政権を奪うとか考えて無いだろ?事前情報では略奪等は控えていると聞いたが、途中で方針転換をしたのか?それとも盗賊ギルドの情報に誤りが?

 此方も方針を変える。クリスと二人で残敵掃討と思ったが、非戦闘員が多い。彼等を放置すれば碌な未来は無く、見捨てる事はモアの教義に反する。保護して有る程度は面倒を見て、その後の処遇も考える必要が有る。

 この屋敷の規模からすれば、中にいる護衛は精々居ても二十人。外を巡回している連中は、中には居場所が無い。敷地の中に警備小屋が有った筈だ。

 住み込みの使用人はメイド位で、他は良くて離れの小屋か通いだろう。魔術師を住まわせていたのは戦力になると思ったから。

 だが魔術師は防衛には適さない。気配を察知出来る腕の立つ武人か索敵役の盗賊職が最適だが、ハイディアの街で仕掛けた罠で影の護衛を使い潰したのが失敗だよ。

 まぁ敵は愚かな方が良いし、街の各所に散らばる敵兵を虱潰しに倒さないと駄目だ。または呼び寄せるか?この領主の館が火事になれば集まって来るだろう。

 いや、今迄の状況を考えれば逆に混乱し直ぐに逃げ出すか略奪して逃げ出すかだな。それでは被害が大きくなるだけ、火を付けるのは悪手だな……

「この屋敷を制圧して非戦闘員を集めて保護、その後に屋敷の外に居る敵を屠る」

「はい、分かりました。既に正規兵の野営場所は確認済みです、東西南北の四ヶ所で野営しています。ですが、警備兵は街中の自宅に散らばっていて特定は無理です」

「夜間警備の当番だけが警備小屋に詰めているのか。正規兵は人数が多いから野営、想定通りだな」

 取り敢えず彼女も隣の部屋に移動させてベッドに寝かせる、護衛兼監視用のゴーレムポーンを五体配置し安全の確保。更に隣の部屋に同じ様な財貨が有ったので、此方も回収した。金貨や宝石箱で、換金に不向きな美術品は無かった。

 やはり最初のターゲットである、クリッペンは色と欲に溺れたみたいだ。勝てない相手と戦わなければならない恐怖に欲望へと逃げたのだろうか?政権奪還は不可能だと思っていた、残りの二人もか?

 いや、今は予想や感傷に浸っている場合じゃない。先ず屋敷の制圧、非戦闘員を集めて事情の説明と保護。その後に正規兵を殲滅、警備兵は投降を呼び掛けるしかないか?時間との勝負だから急がないと駄目だ。

「朝迄には終わらせるよ」

「お任せ下さい。主様は非戦闘員の保護を優先して貰い、私は正規兵の野営地を北側から順番に襲います」

 え?うん、そうだね。でも今の僕って役立たずじゃないかな?そんな事は無いよな?非戦闘員への対応は僕しか出来ないから役割分担としては正解だよな?

◇◇◇◇◇◇

 クリスが東西南北の四ヶ所に分かれた野営地を順番に襲えば、途中で気付かれるだろう。その時に、クリッペンを守りに領主の館に来るか逃げ出すかは分からない。

 僕は略奪して逃げ出す方が多いと思っている。包囲網もザルだし、幾らでも逃げれるだろう。まぁ辺境の方にしか逃げられないのだが……

 二十体ほど錬金した、ゴーレムポーンを率いて屋敷内を制圧。執事一人にメイド八人、他にコックや下働きの連中。最初に気を失わせたのが側室殿で突撃していた時に同衾していたのは攫われた下級貴族の娘。

 その他にも軟禁されていた女性が八人居たが全員保護した。胸糞悪い話だが、攫われた女性はクリッペンが楽しんだ後に配下の連中に下げ渡していたらしい。

 戦意の維持の為か人気取りの為かは分からないが、クリスが制圧しに行った野営地に居るらしい。彼女の事だから、正規兵を皆殺しにして女性は放置だろう。

 そして寵愛を受けていた側室殿だが、この屋敷の女主人として気丈に振る舞っている。メイド達には慕われているが、攫われた女性達からすれば彼女も加害者側だな。

「時間が無いから簡潔に事実を伝える。僕はエムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・フォン・バーレイ。パゥルム女王からの要請により、逆賊たる元殿下三人の討伐に来た。クリッペンは既に倒している」

 ゴーレムポーンを背後に並べ、高圧的に告げる。なまじ反抗されても困るが、暴力で黙らせるとかはしない。事実を告げて自発的に従わせる、これが反発が最も少ないと思う。

 他国の宮廷魔術師だが噂は広まっているのだろう、英雄とか多対一で我が国の宮廷魔術師を倒したとか、大量殺人者とか色々と呟かれたが悪い噂が少ない。

 だがモア教に見捨てられた私達には必ず酷い事をするとか、異教徒扱いで殺されるとか誤解も有る。クリッペン辺りに嘘の情報でも流されたかな?噂の通りだから、降参しても無駄だとか……

「私達をどうする気なのですか?クリッペン様を倒したからと言って、貴方に従うとでも思ったのならば大きな間違いです。私達は絶対に従いません、無理強いをするならば考えが有ります」

 部屋には集めたが拘束はしていない。故に立ち上がり身振り手振りを交えて力説しているが、後ろで座り込んでいる連中は噂も半信半疑で複雑そうだ。

 一応は主の側室だが、主が死んだ後まで忠誠を押し付けるとなれば反発もするだろう。一蓮托生で死ぬのは嫌で、彼等は反逆者の家臣で普通に同罪だ。

 攫われた娘達は側室殿を睨み付けているのは恨みしか無いからだ。クリッペンと同衾しようとしていた娘は間一髪で助けられたからか、今は落ち着いている。僕に熱い視線を向けているのは無視の方向で……

「攫われた娘達は無罪解放、非戦闘員のコックや使用人達も同様。僕からバーリンゲン王国に悪い様にしないと指示を出します。側室殿と同意見の連中は、反逆者の仲間として扱う。つまりは罪を償わせる、温情は期待するな」

 側室殿と他の連中の間に亀裂を生じさせる卑怯な言い方だが、クリッペンと心中させるには非戦闘員達は哀れ過ぎる。彼等には命令されたら断る選択肢が無かった、無罪解放で良い。

 だが略奪に荷担した正規兵や警備兵は駄目だし、未だにクリッペンに忠誠心を捧げている忠臣も無罪解放は出来ない。それは割り切り非情になるしかない。

 残党狩りではないが不穏分子の芽は早めに摘んでおかないと後でパゥルム女王が苦労する。だから情に流されずに最低限の連中は処分する、現政権の維持には必須なんだ。

「簒奪者が偉そうに言うでない!貴方はパゥルムに荷担する悪人でしょう」

 ふむ、重圧に耐えて物申す事は肝が据わっているのだろう。本妻が早々に逃げ出したのに、側室とは言え最後まで行動を共にしたのは愛情故か?

 僕に突き付けた指先は微かに震えているが、何とか耐えているのだろう。彼女は自分が死ぬしか選択肢が無い事は理解して、最後の矜持で僕を詰(なじ)るんだ。

 命乞いや賄賂、色仕掛けをしない事は評価する。後は自分の最後をどうするかだが、使用人達は巻き込まないで欲しいかな……

「簒奪は王位が欲しい王族の宿痾(しゅくあ)みたいなモノで、負ければ政権は交代する。禁じ手では有るが、それはバーリンゲン王国内の問題。僕等は属国の要望により逆賊を討ちに来た、側室殿は反逆者の仲間には変わらない。僕等を恨むより無力な、クリッペンを恨め」

 そして彼女に荷担する者は居るかと聞いて、誰も名乗り上げなかった事に心が折れたのだろう。そのまま座り込んでしまったが、彼女には温情は無しで裁かれる事になる。

 ミッテルト王女辺りに任せれば拷問の後に公開処刑だろう。あの王女は敵には一切の情けはかけないし、恐怖で国民や貴族達を押さえ付ける材料にしそうだ。

 短期的には有効だが長期的には悪手でも有る。恐怖政治を続ければ何時かは破綻するし、善政に切り替えても簡単には信用されない。

「貴方に情けが有るならば、クリッペン様の後を追う事を認めて下さい」

 思い詰めた顔だ……自分の未来に思い至ったのだろう。此処でクリッペンの後を追うのが、彼女にとっては一番幸せだろう。

 ダッケルク伯爵は身柄を寄越せとか言い出すだろう。成果が欲しいからな、今は命令違反の上に敗戦の責任を問われる立場だしな。

 焦りから変な行動をしない様に良く言い含めて責任の所在をはっきりさせておく必要が有る。面倒だが、パゥルム女王に送る詳細な報告書にも署名させるか……

「良いでしょう。遺体は辱めずに埋葬する事を我が名に誓います」

「有り難う御座います。貴方の慈悲に感謝致しますわ」

 後追い自殺、貴族の淑女の自殺の殆どは毒酒を呷る事。側室殿は、どう足掻いても助ける事は不可能。身柄を渡せば最悪は弄ばれてからの、なぶり殺しか公開処刑。

 今のバーリンゲン王国なら遣りかねない、彼女の死すら自国の領民への威圧やガス抜きに利用するだろう。だから自殺を見届けて、遺体は弄ばずに晒さずに丁重に葬るのが良いんだ。

「メイドや使用人達は私が強制的に従わせたので、慈悲をお願い致します。悪いのは私だけ、他は命令されて仕方無く従ったのです」

「分かりました。その様に配慮しましょう」

 全ては自分だけの責任ですと深々と頭を下げた。この国の連中は責任を他人に押し付けたり罪を認めない連中が多いが、彼女は珍しく潔い。

 腹を括った為か、妙に清々しい顔をしている。メイド達からの感謝の言葉に、短いが全員に応えている。本来ならば良い女主だったのだろう。

「最後に貴女の名前を教えて下さい」

 クリッペン様と共に逃げる時に、名前も家族も何もかも全て捨てました。そう綺麗な笑顔を向けた後、隠し持っていた小さなナイフで胸を突いて見事に果てて魅せた。

 多分だがクリッペンに協力した守備隊の隊長クロックスは側室の兄だった筈だ、彼女は兄妹でクリッペンを支えたのだろう。だが家名を言えば親族にまで責任が及ぶ、だから自分と実家は関係無しと教えない。調べれば分かる事だが、僕の貴族としての矜持が許さないと考えたのかな?

 軽く黙祷をした後、メイドや使用人達に後を任せて残敵を掃討する為に野営地に向かう事にする。クリスは北側から時計回りに向かっているので、西側の野営に向かう事にしよう。

 上手くすれば南側の野営地を先に攻められるか、悪くても合流し共闘出来るだろう。正規兵を倒したら、ストライス率いる軽騎兵部隊を優先し最後が守備兵だな。

 




日刊ランキング三十五位、有難う御座います。

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