古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第624話

 時刻は既に深夜三時を過ぎている、領主の館で少し時間を取り過ぎたが仕方無い。日の出まで三時間弱、雲は無くなり月明かりが優しく大地を照らしている。

 早朝には城塞の門を開けて、ザスキア公爵と配下の精鋭達を受け入れる手筈となっている。時間は僅かしか残されていない、領主の館を飛び出し西側の野営地に馬ゴーレムに乗り疾走する。

 道の両脇の建物は全て窓や扉を固く閉めて灯りすら漏れない、通行人も居ない無人の廃墟みたいだ。街灯すら無く月明かりを頼りに野営地に向かう、そこだけ篝火が焚かれ暗闇から浮き上がる様に目立っている。

 逃げも隠れもせずに真っ直ぐに進む、こんな時間なのに馬車と追走する複数の兵士が先に野営地に入り込んでいるのが見えた。監視か巡回か何かの人員移動だろうか?その割には領主の館の騒ぎには誰も来なかったぞ。

 いや、降りて……降ろされているのは若い女性達だ。遠目でも分かる、夜着のまま連行されているのは深夜にも関わらず何処かから攫って来たのか?こんな時間にか?

 もう10mも離れてない距離まで近付いても此方に気付かない。下品な笑い声が響く、コイツ等はアブドルの街でやりたい放題なのか。統制も規律も何も無い、欲望にまみれた屑共め。

「遅かったじゃねぇか?待ち切れなかったぞ」

「悪いな。この付近にゃ良い女が居なくなったし、中心部の方まで探しに行ったんだ。もうこの辺に居る女は、ババァか遊び過ぎて壊れた奴だけだぜ」

「最近は連中も女を隠す様になったから、見付けるのも一苦労なんだよ。さぁ早く楽しもうぜ!お前等も昼には解放するから泣くな、諦めろ」

 人攫い部隊は十人、門番は四人。話の内容から毎晩女性を攫い事が済んだら解放してるのか……だから領民達は妻や娘を隠して守っているが、遠出までして攫っていやがる。

 馬ゴーレムから降りて徒歩で近付くが未だ此方に気付かない。馬車から降ろされた娘達にギラギラとした欲望を向けるだけ、警戒心が全く無い。街の中だから安心だとか油断し過ぎだぞ。

 娘達は五人、毎晩の様に攫われていれば上手く隠すかしているのだろう。最悪だな、治安なんて最低だし民意も下がり捲って最低だ。守備兵も同様だったら更に最悪だろう。

「何だ?餓鬼じゃねぇか?姉ちゃんでも攫われて取り返しに来たのか?」

 漸く僕に気付いてロングソードを抜いて向けて来たが隙だらけ。正規兵の装備には違いないが、着崩してるし手入れも悪そうだ。傷は兎も角、汚れは許されない。コイツ等には正規兵の誇りや矜持は低そうだ。

 他の連中はニヤニヤしているだけで、ロングソードを抜こうともしない。城塞都市の中だからって気を抜き過ぎだろう、少しは侵入者を警戒しろ。

 女性達からは、逃げてとか危ないとかの善意の言葉を向けられた。正直嬉しい、他が酷過ぎだよ。僅かな善意が輝いて感じる、だから必ず助ける。

「俺達が楽しんだら帰してやるからよ。お前も帰れ、殺されない内にな」

「ギャハハ!それ良いな。帰すから帰れか、冗談かよ?」

「いや、子供の男が好きな奴も居ただろ?生意気そうな餓鬼にゃ、お仕置きが必要だぞ。コイツも捕まえておくか……」

「そりゃ良いな!姉ちゃん達と一緒に可愛がって貰えよ」

 嗚呼、敗戦の兵士って皆同じ様に狂ってるよな。どうせ死ぬなら好き勝手して弱者から奪えるだけ奪う、追い詰められた連中の行動は何時の時代も変わらない。

 正規兵でコレじゃ守備兵も似たり寄ったりだな、早々に殲滅しよう。だが攫われた女性が、子供は助けてあげてとか叩かれても怒鳴られても、我が身を省みずに言ってくれている。

 人の評価は分からないものだ、コイツ等みたいに酷い連中も居れば悲惨な境遇でも他人を思いやれる女性も居る。

 人はそれぞれ、僕の一方的な思いや判断も考え物か。先入観?いや、この国の他の連中酷過ぎ?だが中には自己犠牲も厭わない尊い人も居た。

 国を見ずに住んでいる人達を見れば、中には尊敬出来る立派な者達も居る。だが国に仕えている連中の評価は下の下だな。

「馬鹿者共、敵襲だよ。僕はエムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・フォン・バーレイ。逆賊として貴様等を殲滅する、精々足掻け」

 空間創造からカッカラを取り出して頭上で一回転させて振り下ろす、シャラシャラとした音が荒んだ心に響く。お前達には手加減無しの本気で相手をしよう。時間も無いから油断無く確実に倒す、お前達は殲滅させる。

 此処まで言っても未だ半信半疑なのか状況を把握出来ないのか?ボケッと突っ立ているだけだ、早く武器を構えろ!無抵抗の連中を一方的に攻撃するのは気が引ける、だが攻撃はする。

「何だと、この糞餓鬼が敵だと?」

「エムデン王国の宮廷魔術師?確か昨日増援が来たって……だが子供だぞ」

「魔術師だが餓鬼だ。こんなに接近してれば関係無い、ぶっ殺せ!」

 馬鹿話で勝手に盛り上がり、敵である僕が直ぐ側まで近付くまで無警戒。しかも仲間内で会話とか馬鹿なのか?敵の情報位は全軍に通達しろよ、昨日僕とザスキア公爵が増援に来た事は知ってるだろ?

 甘くみられたモノだな。だが知らないからと言って手加減はしない、ハーフプレートメイルに真っ黒なローブを羽織って杖を構えている者が近付けば普通は警戒するぞ。

 子供でも女性でも魔術師は脅威であり、自分達が常に加害者側だと思うのは大間違いだ。今のお前達は僕に狩られる害獣でしかない、精々足掻いてみせろ!

「その罪を自覚し後悔して、そして死ね。アイアンランス、乱れ撃ち!」

 両手を広げて自分の周囲に五十本のアイアンランスを浮かべた時に、奴等は驚愕の表情を浮かべ二つの行動を取った。女性達を盾にしようとするか、後ろを向いて逃げ出すかだ。

 どちらも恐怖に染まった顔をしている、漸く狩られる側だと気付いたか?僕のアイアンランスの命中精度は高い、小柄な女性の影に全て身を隠せる訳が無い。

 肩や足、頭が見えている。その部分を狙い撃ちにして、よろけたり倒れたりした所を追撃し止めを刺す。背中を見せて逃げ出した奴等は簡単だ。

 確実に倒す為に三本ずつ胴体に撃ち込むが、威力が強く貫通してしまった。まぁ致命傷だな、即死を免れても出血多量で死ぬだろう。

「て、敵襲だ!敵が攻めて来やがったぞ!」

「野営地に侵入しやがったが、敵は一人だけだ!」

「逃げろ、敵は魔術師……エムデン王国の宮廷魔術師だ、ゲフッ」

 騒ぎを聞き付けて此方を遠巻きに伺っていた奴等も居たらしい。騒ぎ出せば場所は特定出来る、魔力探査をする迄もない。

 アイアンランスの飽和攻撃で殲滅、残りはゴーレムによる数の暴力で倒す。僕も焦っていたんだな、本来ならゴーレムで包囲し逃げ道を封じてから攻撃だった。

 少し急ぎ過ぎて雑になっているのかも知れない、反省しよう。次は上手くやれば良い、今は速やかに敵を殲滅する事を考えれば良いんだ。

「クリエイトゴーレム!ゴーレムポーンよ、敵を殲滅するぞ。僕のリトルキングダム(視界の中の王国)から逃げられるとは思うな!」

 自分を中心にロングソードとラウンドシールド装備のゴーレムポーンを百体錬金する。野営地全体に魔力を浸透させて探査範囲を全体に広げれば、誰も逃がさない。

 大量に現れたゴーレムポーンを見て、戦う事はせずに我先にと逃げ出す。脇目も振らずに走り出す連中を逃がさない様にゴーレムポーンを制御し追撃、武器を放り出し他人を押し除けてでも逃げる奴等を容赦無く倒していく。

 腰が抜けて座り込む女性達だが、危害を加えられずやりたい放題だった連中が倒されるのを見て複雑な表情をしている。加害者でも殺されるのは辛いとか悲しいとか哀れだとか思っているのだろうか?

「僕のリトルキングダム(視界の中の王国)からは逃げられないよ。諦めて死ね、貴様等に対して慈悲は無い」

 もう見える範囲の敵は倒した。後は遠隔操作によるゴーレムポーンの自動制御による戦闘で終わり、二百人弱は居た敵兵も十五分と保たずに全滅した。

 篝火を倒したのか、連中が攪乱の為に放火したのか幾つかの天幕が燃えている。これで街中に野営地が襲撃されたのがバレたな、無事な敵兵が集まって来るか?

 恐る恐る女性達が近付いて来る。状況の確認か、庇護を求めに来たのか……十分な対応はしよう、彼女達には荒んだ心を癒やしてくれた恩が有る。

「あ、あの……貴方様は本当に、アブドルの街を滅ぼしに来たのでしょうか?」

「エムデン王国の宮廷魔術師第二席様は、類い希な残忍な性格だと聞いています」

「同族三千人殺しの狂人、無慈悲な殺戮者だと……でも噂とは大分違います」

 天幕が燃える炎の明かりで野営地全体が見渡せる。焦げ臭い有機物が燃える臭い、その光景を眺めていると遠巻きに見ていた女性達が近付いて来た。

 肩を抱き合い身を寄せ合いながら、五人全員で固まっている。怖いけれど逃げ出せない、だから僕に事情を聞くんだな。

 この惨状を引き起こした本人だし、逃げられないと観念しているのかも知れない。だが恐怖心は薄そうなのは、危害を加えられる確率は半々位だと思ってるのかな?

「ん?ああ、クリッペンが嘘を吐いたんだろうね。正直に自分達は逆賊とは言わないだろ?奴は自分の息の掛かった者が多い、この街に逃げ込んだが再起を図る気はなかった。最後まで好き勝手したかっただけなんだよ」

 僕の言葉に納得したのか、この戦いの勝利者の僕の言う事を信じた方が良いと判断したかは分からないが安堵の息を吐いた。だが自分達を虐げていた連中は全員倒され、クリッペンも倒されたと聞いたんだ。

 アブドルの街の復興は大変だ。ダッケルク伯爵も信用ならないし、向こうも勝手に報告も相談もせずに街を制圧したと聞けば反発するだろう。

 裏切り者や情報を漏洩しそうな連中が居るから信じられないんだが、彼等にとっては正当な要求らしい。関わりたくはないが、約束したし関わらない訳にもいかない。

 ザスキア公爵に相談と言うか頼ろう。僕だけじゃ、何か見落とすとか間違えるとかしそうで怖い。戦うだけなら自信は有るが、苦手な分野が多過ぎるんだよ。

「主様。三ヶ所の野営地の制圧、完了致しました。反逆者共は殲滅しました」

 音も無く背後に現れ声を掛ける。普通なら驚いてしまうが、魔力探査で捉えていたのでみっともない姿を曝さずに済んだ。

「うん。気配を消して来ないでくれ、結構心臓に悪いんだぞ」

 敵地故に用心の為、魔力探査はしているのに側に現れるまで反応が掴めない。自動防御の魔法障壁が無ければ、簡単に攻撃を許してしまう。

 そして凄惨な殲滅戦だったのが分かる。頬に付いた返り血、整ってはいるが無表情。しかも突然現れた異常な行動力、どれも普通じゃない。

 攫われた女性達も僅かに身体を離して距離を置いている。あからさまな拒否反応が無いのは、会話の内容から僕の仲間だと分かるからか?状況把握能力が高いな……

「他の野営地にも、攫われた女性達は居たか?」

「一ヶ所だけ、ゲスな行為をしていたので全員殺して女性達は逃がしました」

 もう夜中の二時を過ぎてるし、こんなに遅くまで欲望丸出しな連中が四ヶ所の野営地で半分かよ。本当にやりたい放題していたんだな、再起を図る努力とかしなかったのか?

 三兄弟合わせれば正規兵三千人、辺境に近いとは言え拠点も有った。僕等が帰った一ヶ月の間で行動を起こせば、再起の可能性は有った。

 三兄弟が協力し王都に攻め込めば、パゥルム女王はエムデン王国に逃げ込むしかなかった筈だ。そして政権を奪還し、改めて属国化を申し込めば……

「君達は守備兵達の事を知っているか?彼等もコイツ等と同じ様な連中なのか?何処に詰めているか?城壁に詰めている見張り連中は、守備兵達なんだろ?」

 正規兵達は見張り等は守備兵任せだと聞いている。彼等より上位に位置し、見張りや巡回等の雑務はしない純粋な戦闘要員らしい。

 そんな連中が街中でやりたい放題好き勝手し放題だった。だが守備兵達は元からアブドルの街に住んでるから、下手したら自宅通い。

 彼等を倒す為に、いちいち民家を見て回る事はしたくないし無駄だろう。同じ街に住む彼女達なら、何かしらの情報を持っていないか?

「あの、守備兵さん達ですが……」

「好き勝手していたのは、クリッペン様の親類関係の僅かな方々だけです」

「正規の兵隊さん達の横暴を止めようとして処罰された方も居ます。お願いですから無差別に殺すのは止めて下さい」

 助命嘆願って言うのかな?両手を胸の前で組んで並んで見上げる様に言ってきた。彼女達の表情が真剣なのは、守備兵達の中で酷い連中は一部だけ。

 クリッペンと縁戚関係に有った奴等だけで、他の大多数は街を守る連中だったのだろう。普通の連中は投降させて協力させる事も可能か?

 少ない兵力の補充は出来るが、問題はダッケルク伯爵の面子だ。彼は一度負けている、幾ら投降したからと言っても配下に組み込む事に納得はしない。

 自分の失敗を隠す為に処刑とか言い出しそうだし、無罪放免など認めないとかゴネそうだ。だが、ダッケルク伯爵の部隊を倒したのは……

「クリス、街中で軽騎兵隊の連中を見たか?あの、ストライスとか言う奴は?」

「軽騎兵隊の野営地は無人でした。焚き火の跡から直前迄は居た痕跡は有りましたが、逃げ出した後でした」

「状況判断が良過ぎる。僅かな時間で、深夜に馬と共に全員が逃げ出す。異変を察知し、直ぐに逃げ出さないと時間的に無理な筈だ」

 領主の館の異変は外部に漏れてない筈だ。クリスが最初の野営地を襲った時に察知して直ぐに逃げ出した、周りに知らせず迎え撃ちもせずに……

 厄介だな、ストライスの行動が予想出来ない。生き残りの元殿下に合流するか、野盗化して国内を荒らし回るか?僕等が去るまで大人しくしているか?

 一番厄介な奴を逃がした。騎兵が夜に移動とか、軍馬とは言え並みの技量では難しい。配下のロードレイス族は馬の扱いに長けた騎馬民族なのか?

「確かに要注意だが、戦力的には大した事は無いから今は無視でも良いか。直接戦えば、負ける事は無いからな」

「追いますか?今からなら未だ間に合うと思います」

 え?真面目な顔だけど、馬に乗って逃げ出した連中の追跡とか出来るの?僕でも無理だぞ。

「いや、今はアブドルの街の事を優先しよう。クリッペン派の守備兵を倒す、それで落ち着くだろう。君達は、クリッペン派の守備兵達の場所を知らないか?」

 可能性としては中心地の大きめな屋敷のどれかだろう。権力にモノを言わせて、商人の屋敷とかを接収した可能性も……

「あの、この野営地に居た筈です」

「遠巻きに眺めていた人達の中に居ましたから間違い無いです」

 え?知らない内に一緒に倒していたのか。それは無駄が省けたのだが、今回は行き当たりばったりで運の要素が多いな。

 先ずは助けた彼女達を使って、マトモな守備兵を集めて事情を説明しパゥルム女王派に引き込んでアブドルの街の維持と管理を手伝わせる。

 ダッケルク伯爵の説得は、ザスキア公爵に知恵を借りる。ある程度の復興の見通しを立てて支援して、ヤル事は沢山有るぞ。

「悪いがマトモな守備兵を領主の館に集めてくれ。この街は、クリッペンの暴政から解放された。守備兵は投降すれば身分も待遇も保証する、この街を守る気概が有るならね」

「私の兄が副隊長の一人です。兄に頼んで集めさせますので、宜しくお願いします。救世主様」

 おぃおぃ、救世主様とか止めてくれ!宗教的にアウトだよ、モア教の信徒の僕が救世主様とか笑えない冗談でしかないぞ。

 だが解放された喜びか、新たな支配者っぽい僕がクリッペンよりマトモだから嬉しいのか、彼女達が生き生きと動き始めたのを黙って眺める。

 一応は成功、明日の朝には……もう数時間後だが、アブドルの街を解放したとして、ザスキア公爵達を街中に招き入れる事は出来る。

 先ずは一つ目、残りは四つ。一ヶ月以内に完全制覇は難しいが、ヤルしかないんだ!

 




来週からGWですが、皆様はどう過ごされるにでしょうか?自分は静岡県の某温泉に二泊三日の旅行を予定しています。
日々の感謝を込めて4/26(木)から5/6(日)までの11日間、連続投稿を行いますので宜しくお願いします。

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