古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

632 / 999
第626話

 ザスキア公爵の高貴なる魅力の虜になりつつも、身分違いの壁にブチ当たり失恋した男二人の醜態に妹殿と娘殿が冷めた目を向けている。

 ブングル殿の妹殿の名前はカーマイン、ミグニズ殿の娘殿の名前はハーミィ。二人共に逆賊共の毒牙にかかる所を救えたのは喜ばしい事だ。

 守備隊の副隊長の親族なので二人共に下級貴族の令嬢、その妹殿を攫って悪さをしようとした正規兵や一部の守備兵は腐ってたんだ。身分の差すら関係無く欲望に忠実、正しく獣(けだもの)だ。

 領主の館を臨時の指令所にしたが、女性陣が仕切っている。僕とザスキア公爵の休む寝室も準備されている、手際が良い。制圧時に結構な敵兵を倒したが、その時の戦いの痕跡も上手く消している。

 ザスキア公爵の精鋭達の野営地の準備は、冒険者ギルド支部が中心となり倒した正規兵達を片付けて整備を始めている。此方はもっと大変だ、千人近い人数の死体の片付けだから……

 そして休む前に打合せがしたいと言えば、直ぐに応接室を用意してくれる。聞けば、クリッペンに非協力的で幽閉されていた、領主の奥方が仕切っているらしい。

 領主は逆賊クリッペンに荷担した罪で守備兵に拘束されているが、奥方は旦那より領民からの人望も厚く使用人達からも信頼されている有能な人物らしい。

 後で会って噂通りの女傑ならば、ダッケルク伯爵と共に働かせるのも良いだろう。勿論だが、立場を固めた上で同格として働かせる。彼は不満に思うかも知れないが、全てを任せるには不安しかないから……

◇◇◇◇◇◇

 身体が沈み込む程フカフカなソファーに座ると、思わず全身の力を抜いてしまう。それなりに疲労していたんだな、その心地良さに眠気が襲ってきて……

 駄目だ、駄目だ。両手で目を擦り眠気を払う、今気を許したら熟睡してしまうだろう。魔法で酒の酔いは飛ばせても、眠気は飛ばせない。怪我や毒は治せるが、疲労や体力は回復出来ない。

 マナーは悪いが大きな欠伸をしながら両手を上に伸ばす、ゴキゴキと音がした。打合せが終わったら仮眠を取ろう、流石にこんな調子じゃ駄目だ。

「大分お疲れみたいね。理想的な終わり方だったし、休める時間も多目に取れるわよ。打合せは短めにして、早く寝なさいな」

「少し疲れたみたいです。気が抜けたからかな……ですが予想よりは状況は悪くない。守備兵の七割近くを味方に引き込めたのは助かりますね」

 ザスキア公爵の労りの言葉を聞いて、漸く一人目を倒した実感が湧いた。だが二人目の情報が未だ掴めない。コーマとザボンの支配地は、此処からだと左右に分かれている。

 どちらを先に攻めるかの判断を下すだけの情報も材料も無い、逆に言えばどちらでも良いのかな?左右に広がる辺境の境界線上に城塞都市が有る、移動を考えれば片側から順に攻める方が効率的だ。

 コリコとスアクの兄弟と先に接触するなら右側、コーマの支配地であるイエルマの街とブレスの街の攻略。左側ならば、ザボンの支配地であるソルンの街とシャンヤンの街。

「クリッペンは巻き返しを諦めていたのね。でも弟達に送った伝令の数が合わなかった事が気になるわ、それなりに連絡を取り合いながらも協力はしなかった。孤立無援だから自暴自棄になり、刹那的に過ごしたにしては根拠が弱いのよ」

「元々三兄弟が競う様に逃がしたのです。仲間割れか不干渉、非協力的か見捨てられたか……次の目標は情報待ちにして、アブドルの街の事を話し合いましょう」

 当事者が誰も居ないのに話し合いも変だが、ダッケルク伯爵には決めた事の通達だけで良い。協議には参加させない、意見も聞かない。

 奪還した街について、パゥルム女王から最大の裁量権を貰っている。利益を奪ったり掠めたりしない限りの条件だが、奪還して維持と管理を丸投げは危険だから追加で要求したんだ。

 パゥルム女王も薄々は僕も自分の配下も信用出来ないと考えていて、恨みが僕に向かうなら問題無いと許可した節が有る。彼女の政権基盤は弱い、下の者が割と好き勝手する。

 私欲に走る配下より属国の安定を望む僕に託した方が効果が有ると考えたのだろう、結構な権限を許した。要は丸投げだが、僕は領民を優先させるから丁度良かったんだな。

 眠気覚ましに温くなった紅茶を一気に飲む、ミルクも砂糖も入れていないので渋味が舌を刺激する。バルバドス師の影響か、甘党になりつつある。

 ザスキア公爵が自ら紅茶を注いでくれる、これも気を許した相手だからこそだ。公爵本人が世話を焼くとか本来なら有り得ない、家族か旦那位だな。

「有り難う御座います。この屋敷の女主人ですが、旦那と違い逆賊に非協力的で幽閉されていたそうです。この街の者達からの信頼も厚い、協力を要請しましょう」

「守備隊の副隊長二人は、リーンハルト様に対して忠義に近い恩を感じているらしいわ。妹と娘を助けて貰い、更に自分達もお咎めなしですからね。その度量に感じ入ったみたいだわ。女主人については会ってみないと何とも言えないわよ」

 いえ、ザスキア公爵の魅力にメロメロです。ですが一目惚れから一瞬に失恋で情けない姿を晒してしまいました。そして妹殿と娘殿から冷たい視線で見られてます。

 家族としては叶わぬ相手に懸想して醜態を見せるなって事だと思うけど、相手を想う位は良いんじゃないかな?もう二度と会う事は無いし……

 悪い二人じゃない。良く守備兵達も纏めているし、真面目で責任感も有る。街を守るには最適だが、柔軟性が弱いので指揮する頭が欲しい。

 副隊長二人は認めたが、女主人は会って確認しないと何とも言えないとは手厳しい。クリッペンに逆らったのに幽閉で済まされる相手だし、処罰するには惜しい能力だと思うぞ。

◇◇◇◇◇◇

 外に控えていた、ハーミィとカーマインに女主人を呼ぶ様に頼んだ。暫く待つとドアがノックされ、恰幅の良い中年の貴婦人が部屋に入って来た。

 礼儀作法は完璧、だが身に纏う衣装や装飾品は最低限に抑えている。着飾らず質素にさえ見えるが、今の立場なら当然だろう。

 挨拶も簡潔、媚びも含まず事務的ですらある。誠実な官吏が最初に抱いたイメージだ……成る程、領民達に信頼されるだけの事は有る。

「リーンハルト様にお伺いしたいのです。私達は反乱軍として処罰されても仕方無い状況でしたが、私もミグニズもブングルも、罪を問わず現状維持の待遇。いえ、彼等と違い私は夫が逆賊として捕まっています。親族として一番近しい妻として、共に罪を問われるのは当然ではないでしょうか?」

 この夫人も……名前はタマルと名乗ったが、自分が無罪なのは気に入らないタイプらしい。貴族は親族にも罪を負わせる場合も多い、連帯責任だな。

 親族が悪事を働くなら止めろよって事で、止められないなら同罪。一蓮托生は抑止力にもなる、大事になる前に内々で処分するとか……

 後は復讐を防ぐ為に血族を纏めて処罰するのだが、此方の方が後腐れが無くて安心だ。今回は現政権への反逆、逆らうなら一族皆殺しの可能性も有り得る。

「建て前は不要ですから本音で話します。僕は元殿下三人の討伐を請け負っていますが、奪還した街については基本的には不干渉なのです。本来なら、パゥルム女王が寄越したダッケルク伯爵に丸投げで終わり。次の目標に向かい、二度とこの街には来ないでしょう」

「そうね。何から何まで押し付けるのは、バーリンゲン王国としても無能を晒すだけ。奪還して貰った街の維持と管理は、自分達の手で行うべきですけれど……」

 僕とザスキア公爵の言葉に漸く理解出来たみたいだが、未だ足りないのだろう。それは多分だが僕の利益にならない事をしてるから、動機が弱いから。

 または貸し借りの問題を考えている。大きな借りを返す為に何を要求されるか?それが分からなければ受けられない、余計に立場が悪化するかも知れないから。

 良い条件だからと簡単に納得する程甘くないってか?その僅かに疑いを含んだ瞳が雄弁に語っている。そして、ザスキア公爵はタマル殿を好ましいと思ったみたいだ。

「悪いが僕は、ダッケルク伯爵を信用していない。バーリンゲン王国自体を信用していない、この国の貴族は変だ。賄賂に汚職、失敗の隠蔽に責任転換。他国とは言えどうなんだ?」

「フルフの街の代官の、イマルタさんも酷かったわ。あのレベルで代官に任命される、パゥルム女王の陣営の人材の薄さは問題よ」

 タマル殿の嫌そうな顔からして、イマルタ殿の無能さはバーリンゲン王国内でも有名だったのか?同じ代官の妻として同列に扱われた事が嫌だったのか?

 今迄は微動だにせず姿勢良く座っていたのに随分と動揺したみたいに小刻みに動いている。怒りでも耐えているのだろうか?

 うん、怒りに耐えているな。膝の上に置いた握り拳がドレスを握り締めて震えている。やはり、イマルタ殿は特殊な部類だったか?

「あの馬鹿者は国内随一の愚か者、取り柄は血筋だけ。ですが、申し訳有りませんが、アレと私が同じとは思わないで下さい。死んだ方がマシです、一族の面汚しがっ!」

 む?興奮して吐き捨てた。本気で嫌がってるのは分かるが、こうも感情の起伏が激しいとは……

「彼とは親族関係ですか?処罰が行かないとなれば遠縁なのですよね。勿論ですが、同列になど思ってません。貴女は有能だと思います、ダッケルク伯爵を牽制出来る程にね」

 一族か……この国は大陸の端に位置する為に、国外との婚姻外交は比較的少なく国内で結婚を繰り返している。我がエムデン王国とも婚姻関係を結んでいる家は有るが少ない。

 ローラン公爵が気にしたのは、その少ない血の繋がりに沢山ぶら下がって来そうだから縁を切りたがったんだ。小国の貴族だ、派閥の関係で近しい家と婚姻を繰り返している。

 複雑に絡み合った血筋は、家を絶やさない事を至上とする貴族の手法としては普通だ。争いに発展しても、誰かしら仲介者が居るから……

「中央と地方が蜜月なのも困る。国が纏まれば、属国関係を嫌がる奴等も出てくるでしょう。貴女に期待する事は地方都市をより良くする事、中央の口出しに否と言える程にです」

 時間も限られているので建て前を省いて本音を話す。これだけでも理解したな、興奮気味だったのに表情が変わった。

「成る程、納得はしました。ですが、リーンハルト様は……いえ、この国の若い世代もですがバーリンゲン王国の貴族の本質を知らな過ぎます。この国は、恨みを忘れない国なのです」

 タマル殿が真面目な顔で教えてくれた、バーリンゲン王国とエムデン王国との関係。それは前大戦の裏切り行為にも絡む問題だった。

 偽善的前王の政権の時に、エムデン王国は元々属国化に近かったバーリンゲン王国との関係を支配から友好国へと引き上げた。色々な融資や援助もしたそうだが、彼等が恩義を感じたり感謝する事は無かった。

 過去に自分達を属国化扱いして、今更援助されても感謝などはしない。表面上は喜び更なる援助や融資を引き出す、只それだけだ。顔では笑い感謝の言葉を言うが、腹の中では罵声を浴びせていた。

 そして旧コトプス帝国やウルム王国の甘言に乗り、秘密裏に同盟を組みエムデン王国に戦争を仕掛けた旧コトプス帝国を陰ながら協力した。彼等からすれば当然の理屈、もうエムデン王国とは対等以上の関係。

 逆に征服し支配下に置いて今迄の復讐をする権利が誰よりも有ると本気で思っている。融資や援助の恩?そんなモノは無い、勝手にしただけで頼んでも無い。

 そんな企みも、アウレール王が即位し旧コトプス帝国が滅ぼされたので潰えてしまった。そして前王と同様に融資や援助を望んでも、戦後の復興で厳しい財政のエムデン王国が行う筈もない。最低限の外交のみで、後は放置だったかな。

 元々は裏同盟で裏切り行為を行っていたのだ。関係は潜在的敵国にまで下がったが、その対応も気に入らない。先に其方が裏切ったのに、裏切られたと思ったそうだ!更に恨みが募った、自分勝手で身勝手な連中が中堅世代に多いらしい。

 全くの自業自得、タマル殿も恥じてはいたが大多数の貴族の中年以上は同じ考えらしい。特に今回は、パゥルム女王がわざわざ属国化をしてやったんだ、感謝しろ!らしい。

 なまじ敗戦からの属国化でなく、簒奪からの属国化だから国力は維持したままなので危機感が無く余計に国家間の関係は対等だと思っている。

 元殿下三人が反逆しているが、関係無いらしい。腹の中では僕等が早く鎮圧しろ位には思っている。聞けば聞くほど縁を切りたい、切りたくて仕方無い。

「私はウルム王国から政略結婚で嫁いで来ましたが最初は酷い扱いでした。彼等は自分達は優れているのに、何故周囲からは下に見られているのかが気に入らないのです。

自分より下の立場の者には高圧的に接します、私も力を付ける迄は大変でした。相手が強くなれば逆に擦り寄って来ますが、気を許しては駄目なのです。リーンハルト様も気を付けて下さい」

 そう最後に締め括り、深々と頭を下げてから退室して行った。彼女も他国から政略結婚で嫁いで来たので、相当の差別や苦労が有ったのだろう。

 だが納得した。この国の貴族の体質、確かに言われた通りだ。イマルタ殿など典型的だし、他の連中も多かれ少なかれ同じ様な事も有った。

 ザスキア公爵と目が合ったが、二人で深々と溜め息を吐いた後で笑ってしまった。この国の少なくとも貴族の連中は、協力しようが何をしようが大差は無い。

「距離を置く為の属国化、正解では有りましたが予想よりも酷い」

「敵国として滅ぼした方が良かったのかしら?私も調べたけど、此処まで根深く碌でもない事だとは思わなかったわ。関わり合いにならないのが一番、でも私達はこの荒れた国を平定しなければならない。全くの無駄働きでもね」

 何をしても感謝はされない、やって当然位に思われていたとはね。パゥルム女王やミッテルト王女はマシな方だった、若い世代は其処まで酷くはないのか?

 地方へ辺境へ近付けば近付く程、中央から飛ばされた貴族や元から地方に居る貴族達との接触が多くなる。当然だが中年世代だろう、そんな思考の連中と付き合うのか?

 それでも討伐作戦は実行しなければならない。この国では殆ど感謝されないと言われたが、別に感謝して欲しい訳でもない。属国の平定は宗主国の義務だ、気持ちを切り替えて頑張るか……

 




日刊ランキング13位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。