古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

633 / 999
第627話

 アブドルの街の代官の妻、現アブドルの街の女代官に任命した、タマル殿から酷い話を聞いた。バーリンゲン王国とエムデン王国の関係、そして中年世代の貴族に蔓延する思考。

 この国の連中は恨みを何時までも忘れない、百年でも千年でも過去の出来事を引き摺る民族だったんだ。国家間の外交を結ぶにしても、過去に縛られては無理だ。

 外交とは、その時々の状況や関係により刻々と国益が変化する。変わらぬ条約などは無い、国力が衰えれば隣国に攻め落とされる。それが群雄割拠の戦国時代の習いだ。

 加害者は直ぐに忘れるが、被害者は何時までも忘れない。それは分かる、当然の事だ。だが訳も無く力関係も考えず自分達は被害者だから加害者は融資しろとか援助しろとかは無い、有り得ない。

 それは立場が逆転した時に報復とか仕返しとか、やられたらやり返すとかなら分かる。立場が入れ替われば対応も変わる、当たり前だな。

 現状、エムデン王国は旧コトプス帝国の残党を匿うウルム王国と戦争関係に有る。その状況下で何度も裏切り行為を行い、パゥルム女王の一発逆転の簒奪で敵国として滅ぼされずに属国化して安全を確保した。

 つまりバーリンゲン王国は滅亡の危機を回避する為に、エムデン王国に膝を屈した。戦わず負けを認め属国化したんだ、なのに敵対しないからと言ってやりたい放題とか馬鹿なの?

 宗主国は属国の面倒は見るが基本的には搾取する側であり、属国とは宗主国の方針に従うんだ。嫌なら力を蓄えて独立戦争に勝てよ、僕はお前等の体の良いお助け人じゃない!

 ストレスが溜まる、味方側が味方じゃなく足を引っ張るだけの邪魔者なんだよ。居ない方がマシだ、関わり合いにならずに放置した方がマシだ。

 なんて言えたら、どんなに気が楽になれるか……王命だし僕の仕事だから、関わり合いを断つ訳にはいかないんだよ。早く王命を達成して帰ろう、それが一番良い対応なんだろうな。

◇◇◇◇◇◇

「ん?ふぁ……眠い、寝足りない」

 ザスキア公爵との話し合いの後、遅めの昼食まで寝かせて貰ったのだが……中途半端な睡眠は、熟睡は出来たが寝足りない。

 毛布を剥いで起き上がる、少し寒いが徐々に眠気を追いやるしかない。両手で目を擦り、そのまま天井に向けて背筋を伸ばす。

 首を左右に傾けるとゴキゴキと音がする。肩も凝っているのか、十代の若い肉体に転生したとは言え疲労は溜まるが回復は早い。

「おはよう、アイン」

 ゴーレムクィーンの長女は世話焼きの姉さんスキルを取得したらしく、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。今も時間通りに肩を揺らして起こしてくれて、カーテンを開けてくれた。

 テーブルの上には水を張った鉢が置いてあり、タオルも用意されている。冷たい水で顔を洗えば、漸く意識が覚醒してきた。顔を拭いていると、身嗜みを整えてくれる。

 寝癖を直したり、服の皺を伸ばしたり。僕には世話焼き用のメイドを同行させてないので、アインが殆どの事をしてくれる。それが良いのか悪いのか、王宮の女官や侍女からは仕事を取られたと不満が出ている。

 実は錬金時に、そんな機能は付けてないのに独自に進化したんだよな。転生前のゴーレムクィーン達よりも独特な進化をしている、触媒にツインドラゴンの宝玉を使ったからかな?

 身嗜みを整えて一息つけば、今度は目覚めの紅茶まで用意してくれる。紅茶の煎れ方まで正式な手順を覚えてる、温度管理とかも適温なのが不思議だ。どうやって判断してる?

 ストレートで飲んで渋みを味わう。アーリーモーニングティーではないが完全に目覚めた。そのタイミングを見計らい、扉を開けて仕事に行けと促された。

「ダッケルク伯爵達との打合せか……ちゃんと仕事してくるよ」

 深々と頭を下げて見送ってくれたが、アインは僕の護衛として同席するんじゃなかったか?送り出してどうするんだよ……

◇◇◇◇◇◇

 廊下を一人で歩いていると、直ぐにハーミィとカーマインが案内してくれた。場所はザスキア公爵と打合せした応接室じゃない、別の広い応接室に通された。

 既にザスキア公爵とタマル殿、ダッケルク伯爵と側近の二人、守備隊の副隊長であるミグニズ殿とブングル殿も居る。ダッケルク伯爵と側近の渋い顔を見れば、既にザスキア公爵が話をしたな。

 不平不満が有る、だが宗主国の女性公爵と言う大物に文句など言えない。だが僕も侯爵待遇の伯爵であり、宮廷魔術師第二席だぞ。文句は言えないだろ……

「お待たせして申し訳無い。既に話は進んでいるみたいですね?」

 嫌みの無い笑顔で質問する。ザスキア公爵とタマル殿は苦笑い、ダッケルク伯爵と側近二人は顔を歪めた。ミグニズ殿とブングル殿は含み笑いを我慢してるが、しきれてない。

 まぁダッケルク伯爵としては了承出来ない、了承したくない内容だろう。自分がアブドルの街の全権を握れると思ったのに、実際は半分以下だ。

 反発する諸侯軍の戦力を削いだつもりが、本隊も奇襲により二割近い兵力を失った。敗戦の責任転嫁も出来ない、正規軍は壊滅したし守備隊はお咎め無し。

 自分の配下は未だアブドルの街の外、中にも入れない。だが入れるには兵達の処遇を決めないと危なくて無理だ。罰則が有るから行動を制限出来る、守備隊で捕まえられる。

「一応再度の確認になりますが……僕がパゥルム女王から与えられた権限により、タマル殿を領主とします。生き残りの守備隊は継続して任務を遂行して貰います。副隊長のどちらかを隊長に昇格、街の治安維持の権限を持たせます」

 席に座り一息ついてから、確認の為に言葉を重ねる。ダッケルク伯爵の言質を取らないと駄目だから、彼の配下が好き勝手しない楔を打たなければならない。

 守備隊に街の治安維持の権限を持たせるのは、自分の配下の連中も悪さをすれば捕まり処分される。悪さをしなければ問題無いのだが、中々そうはいかない。

 配下の失態は上司の失態、その責任を取る。いや、取らない為に配下を統率出来るかが問題だ。そして、ダッケルク伯爵は出来なそうだな。

 だが分別は有りそうだ。何か言おうとした側近の行動に気付き、その者の膝を強く掴んで黙らせた。その瞳には昨日と違い僅かながらの怯えが有る、つまり一晩で千人以上を虐殺した僕等が怖いんだ。

 自分達が一ヶ月近くも包囲し落とせなかった城塞都市を来た当日の夜に少数で落とす。カモフラージュで守備隊が裏切り侵入を手引きした事にしても、敵地に少数で乗り込む蛮勇と大量殺人の結果を示した。

 気に入らなければ何をするか分からないかもしれない、未知のモノを恐れる目……初期の頃のジゼル嬢と同じ理解出来ない恐怖、だが交渉が有利になるなら構わない。

「タマル殿、異存は無い様なので三者で書面にて確認しましょう。パゥルム女王にも報告をお願いします」

「承りました。書面締結後、街の外に待機している兵達を受け入れます」

「それが良いでしょう、僕も暫くは滞在させて頂きます。残りの元殿下の居場所が確認出来次第、出発します」

 この言葉にも、ダッケルク伯爵は苦々しく反応した。恐れた相手が暫く一緒に居る恐怖かな?まぁ訳の分からない相手を恐れるのは当たり前だ。

 そんな奴が自分を超えた権力を持っている、恐怖しか無いだろう。後はパゥルム女王から反発するなと厳重に言い含められているか……昨日の対応の失敗も有る。

 側近二人は敵意が見え隠れしている、ダッケルク伯爵ほど僕を恐れてはいない。他国の連中が自分の国で好き勝手するな位の感情か?折角邪魔な副官達を排除したのに有利にならないってか?

「僕の仕事は終わりです。後はタマル殿とダッケルク伯爵の手腕に期待します。ザスキア公爵も宜しいでしょうか?」

「リーンハルト様が奪還した街の復興を問題無く行ってくれれば、私は構わないわ。逆賊の暴政で荒れた街ですからね、領民達に無体な真似はしないで下さいな」

 無体な真似はするなと念を押されてしまったな。流石に何重にも対策されてしまえば、彼等も真面目に復興に尽力するしかない筈だ。

 其処まで念を押さないと駄目だと思われている、信用度が低い胃が痛い話でもある。そして僕もモア教の関係で、領民達の安全に配慮する事をしなければならない。

 他国の内政に干渉していると思われてもだ。ダッケルク伯爵と配下の兵達からは恨まれるだろうが構わない、彼等からの悪感情など些細な事だし大した問題でも無い。

◇◇◇◇◇◇

 ダッケルク伯爵との打合せを終えて後の事をタマル殿に任せると、アブドルの街で僕のする事は全く無い。僕の責任範囲から手離れしたから、口出しするのは逆に仕事を邪魔する事になる。

 錬金によって城壁を直そうとも思ったが、今回は壊してない。ダッケルク伯爵が攻めた時も壊れていない、つまり補修箇所は無い。野営地は人的被害が主で、後は小火(ぼや)位で既に消火されている。

 何もヤル事が無い、各ギルドからの報告も無いから此処から動けない。迂闊に街に出れば領民達は僕を持ち上げる、他国の僕が復興の中心に祭り上げられる。つまり復興政策に僕は邪魔でしかない。だから領主の館に籠もるしかない。

「寝れない……昼間中途半端に昼寝したからか?」

 大分気を使われているのだろう、夕食も接待役のタマル殿とザスキア公爵の三人だけだった。ダッケルク伯爵は物理的にも距離を置かれ、野営地で寝泊まりするそうだ。

 お疲れでしょうと早々に寝室に押し込まれたが、十時前にベッドに押し込まれても妙に目が冴えて寝れない。何度も寝返り身体の位置を変えたりしても駄目だ。

 難しい事を考えても無理、バーリンゲン王国の行く末を考えたら不安が湧き上がって余計に眠気が無くなった。困ったな、無理せず自然に眠くなるのを待つしかないか……

「寝酒を飲もう。ワインの力を借りないと駄目みたいだ、全然寝れないよ」

 毛布を蹴飛ばしベッドから起き上がる。窓のカーテンを少し開けて中庭を見下ろせば、篝火が煌々として大勢の人が忙しく動き回っている。

 ダッケルク伯爵が持ち込んだ物資の仕分けと配布だな、彼等も渋りはしたが物資を半分程度を供出した。クリッペンは女性や金目の物を奪ったが、食料や医療品は奪わなかった。

 故に直ぐに食べ物が無いとかにはならないが、民衆の慰撫に食料は効果が高い。金貨も喜ばれるが、物資が少ない時は金貨よりも現物支給だな。

「手酌でって……アイン、有り難う」

 空間創造からワインとグラスを取り出すと、アインが直ぐにワインボトルを奪い器用にコルク栓を抜いてグラスに七割ほど注いでくれた。

 摘みとして、イルメラとウィンディアが作ってくれたルラーデンも用意する。空腹感は無いが、酒だけ胃に流し込むのも問題だ。

 マナー無視で手掴みで一切れ食べる、この開放感は堪らない。ワインを一気に飲み干し、更にもう一切れ。美味い、アインが注いでくれた二杯目も飲み干す。

「どんなに高級な食材を使い一流のシェフが調理した料理よりも、家庭的な手料理の方が美味い。味覚に感情の補正が入るからだな……」

 バーリンゲン王国の件が片付けば、ウルム王国の方には立場上呼ばれない。つまりエムデン王国の治安維持に勤めれば良い、王都から離れる事が有っても国内だ。

 少し大切な人達との交流が不足気味なのが気になる、立場を固める為に必要だけど本末転倒気味な……いやいや、予定通りだ。ウルム王国との戦争に勝てば、成人式を済ませれば……

 ワイングラスを窓に向ける、透けて見える月は真っ赤だ。僕の両手も血塗れ、同族三千人殺しが四千人五千人と増えていくだろう。だが自分の、自分達の幸せの為に割り切る事が出来る。

「僕は彼女達を正式に迎え入れる事が出来る。結婚式は本妻である、ジゼル嬢とだけだが、イルメラ達も側室として正式に迎え入れられる」

 そう、正式にだ。今は配下と使用人、冒険者パーティの一員としてしか見られていない。そんな不安定な立場に置いておくのは嫌なんだ、早く正式に……

「飲み過ぎは駄目だってか?」

 三杯目を飲み干し、四杯目を注ごうとしたら止められた。首を振るのを見れば、飲み過ぎではなくピッチが早いって事か。良く見ているし、僕の体調管理までするのか。

 ルラーデンを更に一口食べる。肉に塗り込んだカラシが赤ワインの渋みを消してくれるし、肉の脂はワインが流してくれる。うん、良いチョイスだった。

 一気に飲まず口に含んで味わう。鼻に抜ける香り、舌で味わう風味、ローラン公爵ならばワイン通として飾った言葉で表現出来るのだろうが……

「僕には無理だ。でも愛情溢れた手料理と共に飲めれば最高だな」

 明日への活力、単純だけどヤル気も元気も出て来た。早くエムデン王国に帰り、イルメラ達に会う為にも残り二人の殿下を早く倒す。

 悪いが僕の幸せの踏み台になってくれ!今回の功績をもって、平民や家臣だと言われている彼女達を側室にする。

 誰にも口出しはさせない。させないだけの戦果と成果を上げて黙殺させる。だが先ずは成人式、そしてジゼル嬢との結婚式だな。

 生き急いだ感じだが、これで一段落ついて落ち着ける。漸く願った幸せが叶う所まで来ている、気を抜かなければ大丈夫だよな……

 




日刊ランキング十六位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。