古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第628話

 逆賊クリッペンを倒し、アブドルの街を解放した。己の死期を察した男の最後の行動は、色と欲にまみれた随分と自分勝手なモノだった。

 金目の物を奪い女性を攫い醜い欲望に素直になった奴を見習い、配下の連中も同じ様な事をしていた。何人もの女性が醜い欲望の被害者になってしまった。

 クリッペン自身も、配下の妹を無理矢理攫い襲っていた所をクリスによって討たれた。最低の最期だろう、しかも自分の側室と一戦交えた後でだ。死期が近いと性欲が増すらしいが、本当みたいだな。

 最初の報告では略奪行為は行っていない筈だったが、応援の来ない籠城戦に敵兵に包囲され徐々に攻められて溜まったストレスを最悪の形で領民に向けた。

 悲しいが戦場では良く有る事だ。理不尽な欲望を弱者へ向ける、本来なら止めるべき立場の男も率先して女性を攫い屋敷に監禁して順番に襲っていた。

 不幸中の幸いと言って良いのかは分からないが、金目の物と女性を狙っていたので破壊活動は控え目だった。物理的な面での復興自体は問題無い、人的なケアはタマル殿任せだが……

 次の目標を決める為の情報が集まるのに数日待つ事になったが、まさか正々堂々と迎え撃つと言う行動に出られるとは思っていなかった……

◇◇◇◇◇◇

 待ち焦がれた、盗賊ギルドからの報告書が来た。前回の失敗を踏まえて、厳重に警備された応接室が用意された。タマル殿もダッケルク伯爵も情報を寄越せとは言わない。

 イマルタ殿の失態を繰り返さない為にも、パゥルム女王は指示書に厳しく書いていたからな。此処で同じ事をしたら、イマルタ殿と同じ末路だよ。

 僕とザスキア公爵、護衛としてクリスとアイン。報告する側は、冒険者ギルド本部代表フリンガ殿、魔術師ギルド本部代表トランセン殿、盗賊ギルド本部代表ピックス殿とクルシホス殿と豪華だ。

 三大ギルド本部の代表が揃い踏み、クルシホス殿の緊張状態が凄い。何か失態をすれば、即物理的に首が飛びそうだ。額に滲ませた汗、握った両の拳にも力が入り過ぎている。

 ザスキア公爵は余裕の表情だ、優雅に紅茶を飲んで完全にリラックスしている。その姿を護衛として壁際に控える、ミグニズ殿とブングル殿がチラチラと見ている。何だかな……

 周囲の確認を終えたと報告が入ったので漸く報告が聞ける。視線で促せば、クルシホス殿が各ギルド本部の代表の表情を伺い軽く頷いた。書面として報告書は貰ったが、口頭での説明を求める。

「では報告を聞こう。残り二人の元殿下の行方は掴めたのか?」

「はい、ですが少々変わった事になっておりまして……ザボンですが、リーンハルト様に挑戦状を出して来ました」

「僕に、挑戦状?」

 元第三方面軍令官末弟ザボン、支配下の城塞都市はソルン、シャンヤンの二つ。三兄弟の中では一番王族としてのプライドが高く、本人も武闘派だと公言している。

 王族の武闘派、エムデン王国のミュレージュ様も同じで近衛騎士団に所属している一流の武人だ。だが、ザボンは少し違うみたいだ。ミュレージュ様と違い一線級の戦士ではないが、自分も周囲の連中も武闘派で通している。

 そんな彼は籠城戦より野外での白兵戦を要求してきた。現状を踏まえて普通に考えると、援軍の無い籠城戦をして無駄に領民達に負担を掛けるより華々しく戦って散りたい?

「これが彼の支配地の至る所に掲げられている掲示板の文面の写しです」

 差し出された紙には日時と場所と条件が書かれているが、その相手が有利過ぎる内容を考えれば罠だろうか?罠だろうな。

「あら、三日後以降の正午にシャリテ湿原にて待つ。正々堂々の戦いを希望する……ね。三日後以降の開戦で正午限定、夜襲も無しで自分達は警戒不要。正々堂々って言うけれど、何とも自分勝手な条件よね」

「良く考えていますよ。確かシャリテ湿原は可燃性のガスが湧き出す場所です。湿地帯は重量級のゴーレムルークは運用が難しい、自重で沈み込みますから歩行が困難だ。雷光も引火し周囲を巻き込むから使用は厳しい、何故なら元とは言え王族に正々堂々と挑まれたとなれば……」

「遠距離からの攻撃は不可よね。少なくとも会話が成立する位に接近しなければならないわ。お互いの正当性を伝えてからの開戦、受けなければ卑怯者のレッテルを貼られるのよ」

 そうなんだ。準備万端待ちかまえている相手の前に、足場の悪い湿原を歩いて近付かなければならない。向こうは立ち止まり待っているだけだ、時間も有るから罠も張り放題だろう。

 30m、いや20m位迄近付かないと会話は成立しない。お互い一方的な理屈を述べるだけだが、それを省く事は出来ない。無視すれば、僕は卑怯者で軟弱者だと罵られる。

 滅びる元殿下や関係者から言われるだけだが、噂話として広まる可能性は高い。僕の評価はエムデン王国への評価に繋がるから、本当に嫌らしい挑発だ。どうせ戦うなら断り辛い有利な条件を飲ませ様としてきた。

「しかし手順が面倒なだけで不利でも何でもないですよ。20m位近付いたからとしても、ゴーレムルークが封じられたとしても、僕が平地で二千人程度の敵と戦って負ける訳がないですね。逆に炙り出す手間が省けて良かったです」

 僕の言葉に、各ギルド本部の代表達は微妙な顔をしたのは負けはしないが楽勝とか言い出すのは慢心し過ぎとか思ったのかな?

 普通の感覚なら当然の反応だろう。僕は模擬戦で敵の宮廷魔術師複数に勝ったのだが、その攻撃手段を封じられた訳だ。ゴーレムルークも雷光も使えない、敵は20m先に居る。

 魔術師の間合いとしては近過ぎるし、弓の射程圏だし、火矢を使えば火攻めも簡単だが自分達も巻き込む可能性が高い。まぁ火矢は使わないだろう、雷光対策だからな。

 その味方を巻き込む雷光対策も、僕が単身で近付けば意味が無くなる。味方を引き連れて近付くから問題になるだけで、一人なら無意味だ。普通は不利だと思うが、僕を普通だと思うなよ。

「負けるなら最後に意地を見せた。そう言う最後をお望みなのでしょう……ですが万が一の勝ち筋は用意した。逆賊の最後としては良い方だわ」

「配下の連中には勝てると言って引き留めているのかな?この状況と条件で逃げ腰なのは、自称でも武闘派の連中としては無理でしょうね」

 戦意の維持は難しい、特に勝ち目の無い状況だと著しく下がる。逃げ出す兵士達を繋ぎ止める為に、略奪行為を認めたりする。

 恐怖を紛らわす為に、更に弱い者を虐げるんだ。戦場の狂気に酔うとか、言葉に表すのは簡単だが実際は悲惨なんだよ。たまったもんじゃない。

「ザボンは領民達から略奪行為をしていますか?クリッペンは最終的には略奪行為に及んだが……」

「いえ、逆に領民達に金貨をバラ撒いています。積極的に徴兵し、傭兵も多く雇い入れています。その、辺境故に正確な情報が伝わっていないのです」

 言い辛そうな顔をしたのは、僕に関する酷い噂話を広めているのだろう。簒奪者に荷担する極悪非情な悪鬼とか?

 前回の報告では、コーマが二つの支配した城塞都市を行き来して領民に自分の正当性を説いていたり、辺境の少数部族に接触していた。

 長兄のクリッペンよりも、二人の弟の方が自分の置かれた立場を理解し足掻いているな。二人は常に最前線で戦い、兄は後ろで最後の砦として構えていた。

 実戦経験が少ないから、最後まで足掻いたりせずに欲望に走り倒されたんだな。残り二人の元殿下達の対応には気を引き締めて挑むか……

「つまり僕は正当な王族に危害を加える悪者ですか?武闘派と言いながら情報の秘匿と操作も行う、只の脳筋じゃないかも知れませんね。兄である、クリッペンよりは頑張っているかな」

「大量の空手形を切って兵力を集めています。Dランク以下ですが、ギルドに所属する冒険者や魔術師も少数ですが……その、囲い込まれています」

 この言葉の後に、各ギルド本部の代表達が揃って頭を下げた。僕に敵対するギルド構成員が居る、敵対行為だがDランク以下なら倒すのに問題は無い。

 辺境では貴重な人材だから殺さず捕縛して欲しいと言われたら困る。無力化自体は難しくないが、敵対したのに何も罰せず許すのは問題だ。

 盗賊ギルドから敵対者が出なかったのは、情報が行き渡って裏切るリスクが高いと理解しているのか?または戦力としては期待されずに勧誘が弱かったのか?斥候役に最適なのにか?

「空手形ね。勝って生き残れば報酬が貰えるが、負ければ無駄死にって事か。いや、手付け金だけは貰えるのかな?」

「その通りです。手付け金は一割、後は成功報酬です」

 成功報酬、死ねば手付け金で終わり。目的を達成し生き残って漸く残りの九割が貰えるのか。情報を意図的に操作出来るなら、僕に勝てると思わせられる。

 問題はDランク以下の冒険者と魔術師達だな。彼等は一般兵よりも強い、その彼等が所属しているギルド本部の意向を無視してザボンに味方した。

 流石は辺境の最前線で司令官として戦っていただけの事は有る。思った以上に民衆からの支持が有るのかも知れない、今回は守備兵も民衆も敵側と思った方が良い。

「ザボンの件は分かりました。コーマの方は何か分かりましたか?」

 もう一人の元殿下の動向を聞く。辺境の少数部族の取り込みは上手く行ってるのだろうか?カシンチ族の兄弟、コリコとスアクは周囲の部族を掌握したのだろうか?

 コーマに関しては少数部族の取り込みの比率が勝敗を分けそうな気がする。負けはしないが、有る程度は辺境の部族連中を懐柔し引き込まないとバーリンゲン王国は荒れる。

 辺境が荒れて平定には程遠い結果になれば帰国が遅れるのは困る、既に半月近く過ぎているんだ。その分バーリンゲン王国から派遣された第二陣が来たので、ザボンを倒して彼の支配地の事は丸投げ出来るから良かったのかな?

◇◇◇◇◇◇

 長引いた報告だったので気分転換の息抜きを兼ねて別室にて休憩する事にした。ザボンの事は大体分かったし、対応も何通りか考えが有る。

 どんなに罠を張ろうとも、直接掛かって来てくれるなら対処など如何様にもなる。湿地帯でも動けなくても、僕のリトルキングダム(視界の中の王国)の制御範囲内だ。

 取り囲む敵兵の隣に一千体のゴーレムポーンを錬金出来る。漸く数は転生前に届いたが、性能と制御は未だ未熟。今後も精進が必要だ……

「腐っても辺境の最前線で指揮を執っていただけの事は有るわね。クリッペンよりも姑息だけど、大分マシだわ」

 別室を用意されたのだが、僕と一緒の応接室で寛ぐ彼女の言葉は姑息とは言え一定の評価をしている。だが表情は辛辣だ、三兄弟がバラバラで動いている時点で失格で勝ち目など無いからな。

 最初から三人は、ザスキア公爵の評価の合格点には及ばなかった。敵の弱体化は此方の利益だし、兄弟喧嘩する様に仕向けたのだから当然なんだけどね。

 次期王になれるチャンスが王位継承権の二位と三位にも巡って来た。兄を手助けすれば勝率は上がるかも知れないが、自分が王になれる事は無い。だから万が一のチャンスに賭けて協力が消極的になってしまった。

 妹に王位を奪われた事も冷静な判断が下せなかった要因だろう。この国は男尊女卑思想が根強いから、妹とは言え女性を王と認める事は嫌だった。味方した配下連中も同じ気持ちが強かったのかな?

 しかし、彼女のソファーに横座りする姿は楽な姿勢なのに品が有る。僕がやったら、だらしなく寝ているだけだ。用意された紅茶に砂糖を三杯入れて飲む、甘味は脳の疲れを癒やすよね。

「限られた状況と戦力では最善手に近いと思います。敵に不利な条件を飲ませた上で、準備万端待ち構える。惜しむらくは、兄弟と連携しなかった事かな」

「連携しない様に一緒に色々と工作したじゃない。リーンハルト様も黒くなったわ。でも今回は直轄の正規兵千人に、二つの城塞都市の守備兵が合わせて千人。傭兵を含めれば二千五百人以上かしら……」

「領民からの志願兵も含めれば三千人位にはなりますよ。彼等を殺すのは不味いのだけれども、見分けがつくかが問題です」

 志願兵など装備は貧弱で実力も戦士としての心構えも低いから、周囲が倒されていけば怖くなり直ぐに逃げ出す。逃げ込んだ街で色々と話をしてくれれば、占領政策は楽になる。

 自らが御輿として担いだ、ザボンと軍隊が簡単に負けたとなれば心が折れて降伏する。徹底抗戦など煽動者が居なければ無理だし、降伏すれば罪を問わずとか条件を提示すれば何とかなるかな?

 パゥルム女王が第二陣として寄越した寄せ集めの軍は千人。頑張って動員したのだろう、半分ずつ分けても何とかなると思う。まぁ領民達は非協力的だろうが、それは彼等の手腕次第だ。

 少なくとも恨みは全て僕に向かうし向けるだろうから、善政を敷けば同胞である占領軍への悪意は少ない筈だ。略奪とか暴行とかしたら、泥沼化すると思うけど……

 彼等もそこ迄は馬鹿じゃないだろう。それをやったら自分達が粛清対象となる、自殺志願者じゃない限りは自重するよな?

 イマイチ信用出来ない連中なんだよ。タマル殿の話を聞いた後だと余計に思ってしまう、最悪の方を選んでしまう連中だってね。

 




日刊ランキング三十三位、有難う御座います。

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