古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第629話

 ザボンから挑戦状を叩き付けられた!指定の場所と時間で待つという向こうに有利過ぎる条件だが、挑まれたからには受けなければならない。

 無視して奇襲しても良いのだが、お互いの正当性を掲げる戦いに卑怯な真似は問題だ。相手は元王族、僕は侯爵待遇の宮廷魔術師第二席。圧倒的強者である我々が、弱者に卑怯な真似をして勝つ。

 勿論だが勝つ事が大事なのだが、他者から口を突っ込まれるネタは極力無くした方が良い。結果だけじゃなくて、過程にまで口を挟む奴等が多い。

 他国もだが、自国にも僕を批判してくる連中が居るから気が抜けない。特にウルム王国と旧コトプス帝国の残党共が、エムデン王国に謀略を仕掛けて来ているんだ。

 変なネタを与えるのは不味い、面倒だがザボンの思惑に乗るしかない。だが僕が合理主義者で騎士道精神とかが希薄だったら、ザボンの策は大失敗なんだよな。

 自分達の居場所を知らせて、最大戦力を集めて待っている。先にソルンの街とシャンヤンの街を攻め落とされたら、逃げ道を潰され補給もままならない状況となり更に奇襲されたら簡単に全滅だろう。

 僕が受けると確信していたなら大したモノだが、リスクを考えずに挑戦状を叩き付けたのなら愚か者だぞ。負ければ全てを失うのに、あやふやな確率で大勝負に出た訳だし……

 勝ちに拘るなら受けない選択肢も有ったし、悪意ある噂話など勝てば書き換える事だって出来る。殲滅すれば真実を知るのは味方だけ、情報の改竄も不可能じゃない。

 この国の連中には、どうにも悪い先入観が有って正確な判断が出来難い。まぁ、ザボンについては方針は決まったから良いか。後は間違えずに手を打てば問題は無い、これで二人目も大丈夫だな。

◇◇◇◇◇◇

 一時間程の休憩を終えて、コーマの情報を聞く事を再開する。前回は少数部族に接触していると聞いたが、今回は成功し取り込めた部族が居るのだろうか?

 深い確執が有ると言っても、中央の連中と辺境の連中とでは温度差が違う筈だ。パゥルム女王が交渉の条件を出せたのは、最前線でいがみ合って無いからだろう。

 実際に最前線で戦っている連中と、後方で報告を聞いている連中とでは考え方も違う。コーマは配下や領民達の感情を抑えて迄、彼等を仲間に引き込めるかが楽しみだ。

「お待たせしました。では報告を聞きましょう」

「はい。コーマの最近の動きですが……」

 盗賊ギルドのクルシホスの報告内容は、前回と大差の無い内容だった。自身の支配下の城塞都市、イエルマの街とブレスの街を行き来して自分の正当性を演説している。

 ザボンと違うのは、防諜対策が厳しい事。これは自分の支配地とは言え、頻繁に移動しているので安全対策だな。彼の敵は僕達だけじゃなく、辺境の少数部族達にも警戒が必要だ。

 彼の首を取ってバーリンゲン王国に差し出せば、莫大な恩賞が貰える。味方だって負け戦が濃厚なら裏切る可能性は高い、自分だけでも助かりたいと思う奴等は多い。

 辺境の少数部族に接触したのは両手両足では足りない位だが、上手く取り込む事は出来ずにいるみたいだ。長年敵対していた相手だし、自分が追い込まれたからって簡単に協力関係を築くのは無理だよな。

「防諜対策が厳しいそうだが、情報の精度は?ザボンは領民達を味方に付けている、コーマも領民達を味方に付けて情報の漏洩を防いだりしていないか?」

 この言葉は予想外だったのか、クルシホスが僅かに頭の中で考えを纏めたのだろう。一呼吸入れて気持ちを落ち着かせてから話し出した。

「仰(おっしゃ)る通り、領民達からの情報収集は難しくなっております。ザボンとコーマは、辺境の領民には最前線で蛮族と戦い自分達を守ってくれる英雄なのです。中央の人事など、彼等には関係無いのでしょう」

「ですが我が盗賊ギルドの諜報員は街に溶け込み生活していますので、幾ら隠しても隠し切れません。コーマも我等が、リーンハルト様に情報を流しているのを薄々感じ取っています」

「冒険者ギルド支部への締め付けも厳しくなっています。コーマは領民達を焚き付けて、我等に協力を強制しているのです」

「我が魔術師ギルド支部も、同様の圧力を掛けられています」

 む?クルシホスの言葉の後に、盗賊ギルド本部の代表のピックス殿が補足したが、冒険者ギルド本部代表のフリンガ殿と魔術師ギルド本部代表のトランセン殿も続いて自分達の置かれている状況を説明した。

 ピックス殿が渋い顔をしたのは、自分の配下のクルシホスの報告の最中に脇から余計な陳情をするなって事かな?コーマが各ギルド支部に領民達を使い圧力を掛けている。

 冒険者も魔術師も平民階級が圧倒的に多いから、生活するに必要な物も売ってくれないとか有るのかな?僕も敵対する下級官吏達を追い込むのに使った手だし有効だと思う。

「あらあら、情報戦で負けを認めるのかしら?元殿下の正当性など、自分達の命や生活が脅かされるならば簡単に覆るわ。先ずは真実を広めて疑心暗鬼にさせてから、ザボンの末路を広めれば……」

 膝を何度か軽く指で叩く、これも僅かながら苛ついている仕草なんだよな。少し助け舟を出すか、盗賊ギルドは必要だし変に萎縮されても困るし……

「幾ら自分達には良い領主であっても、勝てなければ支持は集まらない。負ければ逆賊、仲間と思われれば死罪。熱狂的な支持者以外は様子見、上手くすれば離れて行きますね」

 正当なバーリンゲン王国の統治者は、パゥルム女王であり、宗主国のエムデン王国は大陸最大の強国だ。幾ら善政を敷いても、勝てない戦に巻き込むのは統治者としては失格。

 利に聡い者や自己保身に走る者は距離を置くだろう、固い結束が僅かでも綻べば付け入る隙が出来る。後は戦力を摺り潰すか、コーマを捕まえれば詰みだ。

 他に御輿となる人物が居なければ復讐とかも無理だな、下手な義理立ては己の死に直結だから。多少は反発するが、同じく善政を敷けば問題は無い。

「そうよ。強力な煽動者や御輿となれる人物が居なければ、彼等の結束力は自然と崩壊する。その為の仕込み、出来るわね?」

「は、はい。勿論で御座います」

 見惚れる笑顔で、盗賊ギルド本部代表のピックス殿とクルシホスにお願いと言う名の強制をした。ミグニズ殿とブングル殿が胸を抑えて悶えているのは、ザスキア公爵の魅力にやられたのか?

 この後に盗賊ギルドの連中は個別で、ザスキア公爵と打合せを行う事になった。それを言われた時の、ピックス殿とクルシホスの何とも言えない表情が忘れられない。

 多分だが、謀略を得意とする彼女の情報を掴んでいたのだろう。他国だから自分の配下には無茶はさせられない、その代わりの人員をピックス殿達に任せて無茶をさせる。

 まぁアレだ。ザスキア公爵の手並みを知って学べる事が出来るのだから、ある意味では良かったんじゃないかな。要求される内容は果てしなくハードだとは思うけど……

◇◇◇◇◇◇

 翌日、次の標的をザボンに決めて待ち構えているシャリテ湿原に向かう。アブドルの街も、タマル殿と制限を課したダッケルク伯爵に任せれば大丈夫だと判断した。

 領民達も漸く落ち着いたのだろう。日常の生活が戻ったと、世話をしてくれた、ハーミィとカーマインが教えてくれた。彼女達は僕に仕えたいと同行を願い出てきたが、丁重にお断りをした。

 これから戦場に向かうのだし、僕の世話の殆どはアインが行う。最近ではツヴァイとドライも簡単な事なら出来る様になっている。僕のゴーレムクィーン達は、どんな進化をしたんだろう?

 出発の日程は、タマル殿が街中に通達した。盛大な見送りの裏事情は、もう僕は戻って来ないと知らしめる為だろう。僕の影響を切る為に、盛大な別れの見送りを行うんだ。

「リーンハルト様。是非とも帰りも、アブドルの街にお寄り下さい」

「私達、未だ恩返しが全然出来ていません」

「軍規により自分達の行動を教える事は出来ませんが、恩返しはして貰いました。身の回りの世話に市井の情報の収集だけで十分ですよ。ハーミィとカーマインは、タマル殿を支えてやって下さい」

 タマル殿が僕に接触出来る連中を絞ったので、基本的に使用人達の中で会話するのは彼女達だけだった。領主の館を出る前に、わざわざ別れの挨拶をしてくれたのは貞操の恩人だからだな。

 タマル殿もダッケルク伯爵も短いながらも別れの挨拶に来てくれたが、内心は出て行ってくれて安心したのだろう。特にダッケルク伯爵は安堵感が顔に出る程だった……感情が出過ぎるのは、貴族としてはマイナス査定だよ。

 慌ただしい見送りを受けて、ザボンが待ち構えるシャリテ湿原に向かう。約三日の行程であり、四日目の正午に開戦だし移動中に口上でも考えておくかな。

 城壁の正門を出れば見送りは終わり、彼等も街の外には出ない。暫くしたら正門を閉めて警戒態勢に入る、攻め込まれる可能性はゼロじゃないから。

 ザボンやコーマの別働隊や、辺境の少数部族の略奪部隊と国内の治安は低下する一方だ。王都の周辺は正規兵が巡回しているが、辺境迄は無理だから自衛するしかない。

 アブドルの街からシャリテ湿原迄は、途中に大きな街は無い。タマル殿に提供して貰った地図には詳細な情報が書かれているが、水場や野生のモンスターの縄張り、

野盗の出没する場所、廃墟となった村と野営地に適した場所等、行軍に必要な情報が網羅されていた。戦場となるシャリテ湿原だが、右側に大きな沼が広がっていて左側は子供の身長程の葦(あし)が生い茂っている。

 つまり葦の中には伏兵が隠し放題だし、沼は移動出来ないので行動が制限される。ザボンは船を用意すれば、沼側からでも遠距離攻撃は可能。普通に考えても包囲網が敷かれている訳だ。

 良く考えられている。普通ならば精鋭とは言え千人程度ならば、三方から包囲して攻めれば勝てる。後方の逃げ道を塞ぐ部隊も用意出来れば完璧だが、人数的には厳しいか?

「馬車には乗らないの?」

 馬車と併走している時に、ザスキア公爵が窓越しに話し掛けてきた。気のせいかな、笑顔だけど不機嫌みたいな?

「少し一人で考え事がしたかったのです」

 折角見送りしてくれる領民達に最後のサービスと思って騎乗して顔を見せていたのだが、ザスキア公爵は不満だったらしい。声質が少し低く固い、つまりご機嫌斜め?

 彼女からすれば二度と来ない他国の街の領民達にサービスは必要無い位の考えだろう。余り僕に靡くと、タマル殿やダッケルク伯爵の占領政策の足を引っ張る事になるし……

 余計な事はするな!かな?大人しく馬車に移ろう。ザスキア公爵とも詳細を詰める必要も有るし、包囲されてるなら彼女の部隊の配置や行動も考えなければならない。

「寂しいから馬車に移りなさいな」

「そうですね。お邪魔します」

 断れないから仕方無い。考えは大体纏まったし、馬車に乗り換えるかな……

◇◇◇◇◇◇

 ザスキア公爵の高級馬車に乗り換える。忘れていたが、クリスとツヴァイが護衛として乗り込んでいた。僕が乗り込めば会釈だけしてくれたが、このメンバーでは全く会話が無かっただろう。

 ザスキア公爵が不機嫌になったのも分かる。寂しかった?いや、暇だったんだな。クリスの気配を消す技術は一流だし、ゴーレムは生物で無機物である、ツヴァイには気配などない。

 動かなければ飾ってある鎧兜と同じだからな。存在感や威圧感を任意で醸し出す事も出来るが、普段は大人しくしていれば全く気にならない。ゴーレムが置物の罠として多用される理由の一つだろうか……

「クリスさんもツヴァイも黙っていて微動だにしないから、私は一人で馬車に乗ってるみたいで寂しかったですわ」

 おおっ!年上の淑女に寂しかったとか言われてしまったが、貴族の淑女の移動は基本的には馬車で、同乗者は居ないかお付きの侍女が多い。つまり一人なのが普通なのだが、突っ込むのは怖いからしない。

「今後の方針を考えていたのです。答え合わせをしましょう」

「あらあら?ザボンと逆賊軍に、リーンハルト様は一人で立ち向かう。ザボンは一人の魔術師に負けて面子は丸潰れ、裏切り者は全滅。

守備兵の少ない二つの城塞都市は無条件降伏、パゥルム女王が寄越した連中に後を託せば良い。私達は後方で退路を確保かしら?」

 高級馬車の広い車内とは言え、向かい合って座っているので近い。手を伸ばせば膝に触れる位近い、拗ね気味で説明する彼女に膝を突っつかれてくすぐったい。

 だが大体予想通りだ。しかも自分の配下の者達は、邪魔にならない様に後方に下げると言う。これで四方向を囲まれる心配が無くなり、遊撃隊として牽制する事も可能だな。

 惜しむらくは、左側の葦に隠れている伏兵には対応出来るが、右側の沼から舟で攻める連中には対応出来無い。一応弓矢では攻撃出来るが、舟で逃げられたら追えない。

「そうですね。概ねその通りです、特に補足も無いです」

「この戦いの情報は他国にも広まる事になるわ。簒奪されたとは言え元王族から挑まれたのよ。ゴーレムマスターの本領を発揮して、恥ずかしくない戦いをしなさい。評価を高める事もそうだけれど……」

「国の威信にまで発展する内容ですからね。みっともない真似は出来無い、卑怯な真似も出来無い。この一戦、正々堂々誰からも文句を言えない戦いにします」

 そう、この戦いだけは単に属国の平定と言う討伐戦では無くなった。ザボンが其処まで考えて勝負を仕掛けたのか、偶々の偶然なのかは分からない。

 だが今回の戦いは、ザボンにとっても僕にとっても、大勝負となる。ザボンよ……余り卑怯な真似ばかりすると、後世にまで恥を曝す事になるぞ。

 




日刊ランキング三十八位、有難う御座います。

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