古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第634話

 ザボンに指定された決戦の場所、シャリテ湿原の手前100mで止まり僕だけ単身で歩いて行く事にする。幸い雨足は弱まり小雨程度になっているが、空を雨雲が覆っているので薄暗い。

 感じからして、また強く降り出してくるだろう。結構強めの風が後ろから吹いているので、敵の弓兵部隊は影響を受けるだろう。正面は威力が弱まり左右は風に流される、僅かだが此方が有利だ。

 僕の装備は式典でも通用する装飾を施したハーフプレートメイルを着込み兜は無し、手にはカッカラを持っている。見栄えの関係でローブは羽織っていない。

 元とは言え王族、本人や取り巻きは未だ王族として振る舞い扱っている。そんな相手だから、それに合わせた格好をしないと礼儀を重んじない奴と思われる。

 僕なりの敬意だな。例え待ち伏せして罠を張ろうが、一応正々堂々と挑まれたんだ。此方が奇襲とかしては非難される、只でさえ有利なのだから……

 しかし踝(くるぶし)まで堆積した草木に埋まるな。しかも踏むと水が滲み出てくる、火計は使えない?いや、僅かながら油の臭いがする。

 ああ、油は水に浮くからな。水面に流せば膜を張り表面だけは燃えるが、焼き殺す迄の火力は当てに出来無い。だが煙は煙幕となり炎は恐怖を呼ぶ。

 色々と仕込んでくれる。風が後ろから吹いているのに臭いに気付くとなれば、広範囲に油を撒いたな。雨じゃなければ一帯が火の海になるが、火矢では弱い。火属性魔術師が配置されてるな。

 ザボンと思われる着飾った男が20m程先で腕を組んでいる。中肉中背、金髪碧眼の美形。少し傲慢な雰囲気だが、相応のカリスマは有りそうだ。

 自分は丸太を並べた床の上だから、足元に気を使う必要は無いし、真っ直ぐ後ろまで丸太の道が出来てるのは退路を確保しているのか?馬車が何台も用意されているし……だが僕のアイアンランスは直線攻撃、真後ろに逃げても無意味だぞ。

「良く来たな、パゥルムに尻尾を振る他国の宮廷魔術師よ!我がバーリンゲン王国に内政干渉するばかりか、同胞を攻め殺す蛮行。断じて許し難し!」

 指揮杖を振りかざし言い放った言葉は凄く自分勝手だが、その堂々とした物言いは流石は王族だったと思わせる貫禄は有る。

 だが内容はお粗末過ぎ、宗主国の重鎮が属国に尻尾を振る訳が無い。内政干渉とか簒奪はパゥルム女王主体で、僕等は関わっていない。

 ウルム王国や旧コトプス帝国の甘言に騙されて、エムデン王国の背後を脅かす気だったり、僕を暗殺する卑怯な手段を講じた事は無視か?

「僕はエムデン王国宮廷魔術師第二席、ゴーレムマスターのリーンハルト・フォン・バーレイ。貴方は簒奪により地位を奪われた元殿下であり、バーリンゲン王国は自らエムデン王国に属国化を申し込んで来た。他人を貶める前に、己自身の無力を嘆け!」

 先ず名乗る、そして細かい事をネチネチ言わず元殿下自身の不甲斐なさを指摘する。王族は普通の貴族よりも権力が有るが義務も大きい、その義務を果たしてないのが今の状況だ。

 姉妹に負けて王都から逃げ出した、言わば負け組が三人の元殿下達であり、勝利を収めたのがパゥルム女王だ。ザボンは王権争いに負けて逃げ出した敗者であり、僕に討伐される。

 大声で早口にならない様に注意しながら喋る。僕等の言葉を聞き漏らさない為に、周りを囲む連中は大人しく聞いている。この言い争いの勝者が誰か分かる様に……

「俺はこの国の民の為に、パゥルムを倒し新しい正当な王となる!エムデン王国になど屈しない、必ず倒して俺が正当なる王で有る事を認めさせてやる!」

 羽織っていたマントを払い指揮杖を持った右手を高々と上げた。芝居掛かった仕草が妙に似合う、雨に濡れた前髪を払う仕草も気障ったらしい。

 此処で沈黙していた連中が、呼応した様に声を上げる。千人以上の雄叫びは、うねる様な響きだな。威嚇と言うか、戦意高揚には良いだろう。

 ザボンが右手を下ろすと叫び声も止まった。ドヤ顔で此方を見るが、もしかしなくても練習したんだろう。魅せる演説では、良く使われる手法だが演説内容で勝負した方が効果的だと思うよ。

「国民の為と言うが、クリッペンや配下達は国民から略奪していたぞ!貴殿達は、自分が王になりたい為に国民に負担を強いているだけだ。我がエムデン王国とバーリンゲン王国とでは国力の桁が違う。

我が国と争うのは、無駄に国民に苦労を強いるだけだ。パゥルム女王は、それを理解し苦渋の決断をした。民の為にだ!貴殿は己の欲望の為に、要らぬ戦乱を引き起こしている悪意の塊だ」

 長い台詞を言い切った。此方もカッカラを相手に突き出す事により、より強い意志を知らしめたのだが反応はイマイチだ。僕側の配下は離れているから、台詞も聞こえてないかも知れない……

 しかしザボンは態度や仕草は立派だが、何故か話していても根拠の薄い事しか言わないな。もっと決定的な理由とか無いのか?正当な王の根拠は王位継承権だけだと、簒奪されて政権が変わると無意味だと思う。

 顔を真っ赤にして肩で息をしているが、血筋のみで国民が付き従う訳が無いぞ。もしかして、僕を倒して箔付けして正当性を主張する?

 パゥルム女王が請うて宗主国から派遣された重鎮を倒した事で、自分の正当性を周囲に認めさせるとか?正しいから勝てたんだとか言うなら間違いだ、強いから勝つんだぞ。

「違う!私利私欲の為じゃない。女が国を治めるなど間違っている、国政は遊びじゃないんだぞ!」

 思う所が有ったのか、少し慌てている。いや、険悪な感情が前面に出ているのは男尊女卑思想が強いからか?パゥルム女王を認められないのか?

「男尊女卑、根拠無く自分が姉妹より優れているから正しいとはな。愚か過ぎる、その様な理屈で徒に戦乱を引き起こしたのか?国を滅ぼす悪意に満ちた逆賊ザボンよ、正当なるバーリンゲン王国のパゥルム女王の要請により貴殿を討伐する!」

 随分と、パゥルム女王を持ち上げた内容になってしまったが流れとしては仕方無い。今回の討伐は、パゥルム女王政権の正当性を認めさせる戦いだ。

 ザボン達元殿下三人は不当な要求を通す為に、逆賊となり反乱を企てた悪だと決め付けなければならない。彼等に正当性など微塵も無い戯れ言だ。

 気遣いや妥協は不要、逆に甘さは後々まで禍根を残す悪手だ。裏切りの可能性が高いバーリンゲン王国の内情が不安定な方が良いとか少し考えたが、後で余計に苦労する。

 今はパゥルム女王の新政権の安定と長期化の為に手を打つのが正解、恩を売り属国化を続けた方が良いと思わせる。全てはエムデン王国がウルム王国と旧コトプス帝国に勝って安定する迄の安全策。

 全てはエムデン王国の為に、僕の幸せの為に。今は不安の種は全て刈り取る。

「ふざけるな!お前を倒して、その首をパゥルムに送り付けてやる。やれ、奴を確実に殺すぞ!」

「逆賊ザボンとその一党よ、覚悟しろ!」

 お互いに会話を打ち切る言葉を言って自分の主張を終えた。採点的には最後に興奮し、盛大に私情を挟んだ向こうが僅差の負けだと思う。

 お互い薄い内容だった。ザボンが正当なる王が受け継ぐ秘宝とか、前王から王位を譲る書状とか捏造してくるかと思ったが、男尊女卑思想と血筋だけだった。

 正直幻滅した。なにかしらの物証位は用意してると思ったのだが、何も無し。エムデン王国だって、代々伝わる王冠と錫杖を正当後継者に引き継ぐ儀式を戴冠式にする。

 まぁ前王は僕が暗殺したから、アウレール王は戴冠式を略式で行い既に王冠と錫杖を身に付けた後で皆の前に姿を現したらしい。だがエムデン王国に代々伝わる秘宝は受け継いだので、何ら問題は無い。

「先ずは火矢かっ!」

 余計な事を考えていたら、左側の葦の中に座り込んで隠れて待機していた弓兵達が一斉に立ち上がり火矢を撃ち込んで来た。

 その数は二百人以上、着火に手間取っているのか散発的に飛んで来るが問題無く魔法障壁で防げる。いや、それだけじゃない!

「投石機による攻撃?いや、石じゃないぞ。木樽か?」

 更に弓兵達の後方から弧を描いて飛んで来る物体、石じゃなくて木樽だ。多分だけど油が入っている、火力を高める為の作戦だな。

 だが甘い、空中で迎撃すれば木樽が壊れて油が撒き散らされる。だからそのまま放置で、直撃だけ避ければ良い。広範囲に散らすより着弾付近に飛び散った方が良い。

 しかし連携プレーが凄いな。断続的な火矢、投石機による油樽、更に油樽の着弾に合わせた火属性魔術師によるファイアボール。流石に小雨でも沼地でも火攻めが成立した。

 周囲が燃えて黒煙が立ち上る。水面の油膜は燃えるが、濡れた葦は焦げるだけだ。周囲が妙に凸凹なのは、投石機を使い何度も練習し着弾点を調整したのか。本当に事前準備を怠らなかったんだな……

「だが甘い。その程度では、僕の魔法障壁には傷一つ付かないぞ!」

 カッカラを前に突き出し魔法障壁に魔力を注ぎ込み強化、連続攻撃に耐える。火矢は障壁に弾かれ乾いた音を立てて落ちるし、樽が直撃し油が障壁に撒き散らかされて火が点いても無駄だ。

 僕の魔法障壁は熱も煙も衝撃も防ぐ。初撃は耐えて事前に用意した攻撃は無駄だったと、奴等の心を折ってから反撃する。罠を張って待ち構えていたのに、簡単に食い破られる。

 だからザボンに味方した連中の戦意が折れるんだ。多くの偵察部隊が、この一戦を見ている。無様に負けた、ザボンを見ても反抗心を維持出来るか?協力する事が出来るか?

「ハッ!」

 魔力を放出し、周囲の油と火を吹き飛ばす。煙で塞がれていた視界を取り戻したら、右側の沼地に大型の盾を構える重装歩兵と火属性魔術師を乗せた小舟が五隻近付いてくる。三方向からファイアボールを撃ち込む為の増援だ。

 正面は百騎前後の騎兵に守られた、ザボンが驚いた顔をして僕を見ている。シミュレーションでは、連続攻撃で何らかのダメージを与える予定が全くの無傷だからな。

 そろそろ反撃しても良い頃合いだ。全く効果の無い火矢の攻撃に、痺れを切らした正面の重装歩兵達が隊列を組み始めた。一気に接近戦を仕掛けるつもりか?

 あの装備なら自分達は火矢で傷付く事も無いってか?だが一面火の海だぞ。突撃すれば相応のダメージは受ける筈だ、それも犠牲覚悟の特攻か?

「ゴーレムキングよ、我が身を纏え。行くぞ逆賊共、その罪を自らの命で償え!」

 ゴーレムキングは着込む鎧兜だが、僕が身体を動かして操作するモノではない。魔力によりゴーレムと同じ様に動かす事が出来る。

 僕の身体能力が低くかろうが非力だろうが、構わず自分の思い描いた通りに動かせる。これが僕のゴーレム道の最終奥義、全てのゴーレムの頂点に君臨するキングなんだ。

 前屈みになり走り出した瞬間、隊列を組んだ重装歩兵達が盾を構える。他の護衛の連中もザボンの前に殺到する。流石に王族直轄の護衛、素早く隊形を組んで待ち構えたが無駄だよ。

「魔力刃よ、薙ぎ払え!」

「馬鹿な!盾が紙の様に切れるだと?」

「実態の無い魔力の刃?無念だ」

「かっ身体が分割され、た。だと……不味い、ザボン様」

 10mに伸ばした魔力刃を纏った右手を一振りし正面の敵兵を一刀両断にする。即死だろう……防御陣形が崩れたと思ったが、死を厭わず左右から盾を構えた兵士が更に殺到する。

 近衛か?直轄の護衛だけ有り忠義も技量も高い連中だ。だが魔力刃を更に二回振ると全滅した。僅かな時間しか稼げなかったが、ザボンは逃げ出したか?いや、未だ居るだと?

 馬鹿な!配下の兵士達が身を挺して僅かな逃がす時間を稼いだのに、何故お前はニヤけた顔をして其処に居る。直ぐに倒せるんだぞ!面子が潰れるから逃げないのか?

「馬鹿め!罠に掛かったのは、お前だよ。コイツを撃ち殺せ!」

「む?バリスタか?」

 逃走用かと思った馬車の荷台には、幌(ほろ)で隠していたバリスタ(据え置き式大型弩砲)が積まれていて、僕に向かい一斉に長く太い槍の様な矢を撃ち出して来た。

 30mも離れていない距離から、十本近い巨大な矢の攻撃が殺到する。だが、デオドラ男爵達の狂った攻撃を凌げる、僕の魔法障壁が只のデカい矢などに負けるか!

 自慢のバリスタの一斉攻撃も、僕の魔法障壁には通用しない。弾かれて明後日の方向に飛んで行く大きな矢を見て、流石のザボンも放心したみたいだな。

 だが流石はバリスタ。傷こそ付けられなかったが、衝撃が魔法障壁を揺るがして僕にまで届いた。しかしバリスタは連射が出来無い、次弾の装填に時間が掛かるのが弱点なんだ。

「化け物め!お前は人間じゃない、魔族か亜人か、モンスターの類いだな!」

「只の古い魔術師だよ。お前と同じ人間さ……」

 二回程腕を水平に振れば、護衛の兵士達は身体を分割されて倒れていく。自分の護衛が簡単に斬り殺される所を見て呆然とする、ザボンに急接近し首を刎ねる。

 確かに僕は普通じゃないが、未だ人間の領域に居る古代魔術師さ。世の中には人外の化け物など思った以上に沢山居るんだぞ。僕も三人程知っているが、全員義父になるんだ。

 胃が痛い話だが、未だ僕なんて可愛い人間の範疇さ。人外の狂戦士達が此方に来ていたら、もっと簡単に勝てたんだぞ。

「成敗!逆賊ザボンを討ち取った。逆賊に組した連中も同罪、これより殲滅戦に移行する。死して、ザボンに忠義を立てろ!」

「に、逃げろ!コイツは人間じゃない、悪魔だ!」

「たった一人で、二千人近い我々が負けた?そんな馬鹿な事が……有ってたまるか!」

「やはり噂は本当だったんだ。同族三千人殺しの悪魔、血塗られた英雄。そんな化け物に勝てる訳がない」

 少なくとも取り巻きの貴族や隊長格は全て倒す。降伏などさせて生き残らせない、残党の取り纏め役は確保している。

 リヨネル伯爵に任せる為に、同格以上の連中は殲滅する。だが正面の敵兵は殆ど倒した、身なりから取り巻き連中だと思う。装備の良い重装歩兵も全滅、バリスタを操っていた連中は逃げ出したが二十人にも満たない。

「アイアンランス!」

 両手を広げ、周囲に百本のアイアンランスを浮かべる。目標は逃げ出した、バリスタを操っていた連中だ。バリスタは重要戦術兵器、故に扱う連中はエリートだ。

「乱れ撃ち!」

 一人二本以上の割り振りで、アイアンランスを撃ち込む。これでバリスタは使えない、これは我々が貰って行く。バーリンゲン王国には不要な武器だし、移動式バリスタとは考えたな。

 普通は据え置き式の武器で、主に重要な砦等に装備して敵を威嚇する武器でも有る。遠距離攻撃が可能で、敵側の攻城兵器の破壊も可能な魔法以外で一番破壊力が有る。

 正直、並みの魔術師の魔法障壁なら貫く事も可能な威力だ。良い物を手に入れられた、アウレール王に献上しよう。

「リーンハルト様」

「我々に御指示を下さい」

「主様。私も戦います」

 フェルリルとサーフィル、それにクリスが背後に控えている。流石に戦闘中は気配を消さずに普通に近付いて来たか。気配を消して近付いてくれば、誤って攻撃するかも知れないからな。

 振り向けば、三人だけじゃなく妖狼族全てが整然と並んでいるので少し驚いた。皆さん殺る気が満々だ、自分達の立場を固める為にも活躍しなければ駄目だしな。

 逆に僕はもう動かない方が良い。残敵掃討に積極的とか、勝敗が決まったのにヤル気満々とかマイナス評価だよ。大局が決した後は、司令官はどっしりと構えていた方が良いか……

「妖狼族は左側の敵兵をクリスは右側の舟の連中を頼む」

「「「はい!」」」

 マジックアイテムで強化し捲った連中が、文字通り動揺して組織的行動が出来無い連中に飛び掛かって行った。もう僕の出番は無い、後は彼等彼女等に任せれば良い。

 この戦いの様子を窺っていた連中も離れて行く。ザボンが倒された事、僕や妖狼族達の強さ等の情報が辺境に正しく広まって行く。

 この情報を元に、彼等がどの様に動くか楽しみだ。抵抗するか中立か、此方に恭順して来るか……未だ分からないが、抵抗する連中が減るのは確かだろう。

 




日刊ランキング五位、有難う御座います。

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