古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第637話

 ストライスの策略により、ブレスの街が不当に占拠された。彼はブレスの街を引き渡す事を条件に、僕の配下になりたいと交渉を持ち掛けて来た。

 本来の目的は違うかも知れない。交渉の駆け引きなのか、本当にバーリンゲン王国を見限ったのか。奴の真意など知る事は無い、時間の無駄だ。

 僕を交渉のテーブルに座らせる為に盗賊ギルド支部の連中も人質にしたみたいだが、彼等もブレスの街を攻略する手助けをしていた。

 ストライスは逆賊クリッペンに組していて前回は取り逃がしたが、今回は逃がさない。不利を悟り小賢しい真似をしてきたが関係無い。

 奴等は殲滅する。味方した少数部族も同じく殲滅する。ブレスの街の被害も大きいが、それは盗賊ギルド本部が責任を持って補償と復興支援をさせる事にした。

 ザスキア公爵から交渉について学んでいるが、今回は交渉せずが正解だ。彼女も嬉しそうに頷いている、オルフェイス王女との交渉の失敗を糧(かて)にしないでどうする。

 エムデン王国に責任が波及する事は無い。ストライスは内輪揉めでしかなく、ブレスの街の被害は配下の裏切りを抑えられなかったコーマの責任。

 そして逆賊の甘言に乗った盗賊ギルド支部の責任を本部のピックス殿に取らせる指示を出した。もう二度と関わらないだろう、ブレスの街の領民に対する義理も果たせる。

 あとは、ストライスと軽騎兵部隊に辺境の少数部族を倒せば良い。これは僕とクリスが二人だけで先行して倒す。特にストライスの危機回避能力は凄い、先ずは奴を倒す。

 幸いだが盗賊ギルドが持ち帰った街の地図や敵の人数等は分かっている。後はどれだけ短期間で効率良く倒すかだが、最悪ストライスと軽騎兵部隊だけ倒せれば良い。

 辺境の少数部族は逃げ出しても、これからバーリンゲン王国が敵対し続ける相手だから問題は少ないだろう。

 悪いとは思うが辺境のイザコザも、バーリンゲン王国に良からぬ事を企む事をさせない為には必要な事だから……

◇◇◇◇◇◇

 ストライスは盗賊ギルドに頼んだ返事を待っている。つまり伝令役が結果を伝える迄は、ブレスの街で待機するしかない。

 特殊な通信手段が無い限り、馬に乗った伝令役が伝えに行くのが最短手段。シャンヤンの街からブレスの街迄は、早馬を使っても三日以上掛かる。

 それなりに整備された街道も繋がっているので、移動自体は難しくない。馬ゴーレムを使えば、生きた馬を乗り潰す無茶なスピードでも大丈夫。

 独自の情報手段や諜報員、または盗賊ギルドの職員を買収していようが、道中で目撃者が居て噂が広がるよりも先にブレスの街に着くから問題は少ない。

 それにエムデン王国の重鎮の僕が、一人で属国の領内を移動するとは思われないだろう。単独侵攻が可能な魔術師と噂は広まっているが普通は少数でも世話をする配下が同行すると思う。

 上級貴族が、二人旅とか、実際に見ても噂と僕を結び付ける可能性は低い。噂はあくまでも噂、戦意高揚とか盛られている場合が多い。

 時間との勝負なので、報告を貰った日にブレスの街を出発した。馬ゴーレムにクリスと二人乗り、マントを羽織れば人相は分からない。

 馬ゴーレムを最大速度で走らせる。周囲への警戒は、クリスに頼んで馬ゴーレムの操作に集中する。予定よりも早く到着するだろう……

「主様。今回の役割分担はどうしますか?」

「二人でストライスと配下の連中を攻める。奴は確実に仕留める必要が有るから、出し惜しみせずに全力で倒す」

 二人乗り故に僕が前で、クリスが後ろに乗り僕の腰に両手を回している。バランス感覚が優れているのか、殆ど力を感じない。

 日中でも主要な街道なのに人の行き来が少ない。途中に幾つか小さな村も有るのだが、戦場となる場所の近くには商人も近寄らない。

 だが戦時中でも、農作物の世話をする農民は見掛ける。彼等は僕達を胡散臭さく見るが、話し掛けては来ない。面倒事は嫌だ、関わり合いになりたくないかな?

「夜襲?また穴を掘って侵入するの?」

「状況次第かな。馬鹿正直に正面から侵入はしないが、昼間の内に街の中の様子は確認したい。隙が有るなら昼間でも攻撃するし、警戒が厳しいなら夜襲だ。先ずはストライスを確実に倒し、次が軽騎兵部隊。その後に少数部族の連中だな」

「人質にされてる、各ギルドの連中は?」

「ギルドの建物内に軟禁なら良いけど、場所を移されたら救出は難しい。人数が少ないから、一ヶ所に纏められている可能性が高い。探すのは困難だから、虱潰しに敵を倒して行くしかないだろうな……」

 こんなに良く話す、クリスは珍しい。内容は少しアレだが、暇を持て余していたので戦えるのは嬉しいのだろう。凄く嬉しいのだろう。

 この辺りは緑が多く気温が高い。強い日差しを避ける為にもマントは必要だが蒸し暑い。見上げた空は雲一つ無い快晴、辺境に近付く程環境は住み難い。

 元々は戦いに敗れて迫害されて辺境に追い込まれた連中が

少数部族の先祖だからな。中央に進出したい気持ちは強いだろうな……

 最終防衛線の内側だからか、農業が盛んだ。この辺一帯は、バーリンゲン王国の食料生産地なのだろう。こんな戦時下でも農民が農作業に従事しているし、遠くに村も見える。

 遠目では黒い馬に二人乗りするマントを羽織った奴としか分からないだろうが、伝令兵と思われているのだろう。農作業の手を止めて此方を伺うか、酷いと隠れる。

 相当警戒されているが、税を納める為には働くしかなくて、農作物は毎日手を掛けなければ枯れてしまう。逃げ隠れているのは女子供だけで、老人と男は働くしかない。

「戦時中だし相当警戒されているから、村には立ち寄れないな」

「別に村に立ち寄る必要は無いのでは?農民じゃ大した情報など持ってないし、逆に怪しまれる。私は野営でも大丈夫」

「普通なら村に立ち寄り、村長宅に一泊だよな。もてなしは期待出来ないし、情報も少ないだろう。まして僕等は他国の連中だから、下手に連中を刺激させる事にもなるか……」

 貴族や軍隊が移動し休憩する場合、主に街や村に滞在する。その時は大抵町長や村長に事情を話して、半分強制的に泊まらせて貰う。

 前にデオドラ男爵と、オークの異常発生の討伐に行った時も途中の街や村に立ち寄り宿を求めた。リィナと出会ったのもそうだが、今回は止めた方が良いな。

 見た目は少年魔術師と見た目の良い少女、エムデン王国の宮廷魔術師だと言っても実力行使をしなければ信用されない。素姓を隠し金を払い泊まった場合、最悪村人全員が強盗に変貌する場合も有る。

 善良な農民だって、生きる為には悪事に手を染める事が有る。生きる事が厳しい寒村なら十分に有り得る。弱い奴が悪い、弱肉強食の自然界なら当たり前だが、法が整備され理性有る人間にも適用されるとは……

 それだけ生きる事が厳しいって事だが、接触しなければ彼等は善良な農民のままだし、もしかしたら泊まっても手厚い持て成しだけかも知れない。リスクを減らす意味でも接触は控える、そう思えば気持ちは軽い。

「そろそろ日が暮れる。あの街道を少し外れた林の近くで野営するよ」

「目立たない所に、ですね」

 十本前後の針葉樹が生えているので、十分周囲からの視線を遮ってくれるだろう。近くには村も有るし、わざわざ同じ場所に野営する連中も居ないだろうな……

◇◇◇◇◇◇

 野営と言っても隠密移動だから目立つ陣地は構築しない。だから天幕を張ったり、外で焚き火もしない。炎の灯りは遠くからでも目立つ、なるだけ知られたくないんだ。

 故に地中に部屋を作った。深さは15m、約10m四方の空間に天幕を二つ張る。空気穴は二ヶ所、途中でクランクさせれば中の明かりは外に漏れないし、給排気口は岩を積んだ中に隠したので発見され辛い。

 風呂は無理だがトイレは完備、焚き火も問題無いが湯を沸かし身体を拭く程度しか使わない。食事は空間創造に出来立ての物が取り出せるから調理は不要、煮炊きの煙の心配も少ない。

 穴の中は気温も安定しているので、焚き火で暖を取る必要も無く快適だ。少し湿ってはいるが、風も無いので体感温度は一定。毛布にくるまれば朝まで快眠だ。

 見張り要らずの万能野営手段だと思うかも知れないが、少人数だから対応出来るのと、感情的に土の下で寝る事に抵抗が有る人も多い。崩れる心配や息苦しさ、狭い暗い空間の恐怖。だから無理強いはしない。

「快適ですね。椅子とテーブルが有り暖かい料理が食べられる、とても軍事行動中とは思えません」

「見張り要らずで朝までぐっすり眠れる。体力の回復と温存は必須だけれど、確かに贅沢だよね」

 天井付近に漂う魔力の灯りにより、快適な照度を保っている。向かい合わせに座り食事を楽しむ、流石にメニューは野戦食用のお手軽な物にしている。

 もう僕が特別な時にしか食べれない簡易なメニュー、野菜と肉の塊を塩と胡椒で味付けした具沢山のスープ。バターを塗りチーズを乗せて軽く炙ったパン。

 飲み物はワインだが、グラスじゃなく素焼きのコップで飲む。マナーを無視した適当感が素晴らしい。レジスラル女官長が見たら発狂モノの無作法さだが、クリスも平然と食べている。

「簡素で素朴ですが美味しいですね。気楽で楽しいです」

「僕が未だ新貴族男爵の長子だった時に、魔法迷宮バンクの攻略中の食事として用意した物なんだ。今の役職と爵位では人前では食べられないけど、今回は特別だね。凝った最高級料理も美味いけれど、時々無性に食べたくなるんだよ」

 パンを千切りスープに浸して食べる。手掴みで、しかもスープにパンを突っ込むとか無作法過ぎるけど構わない。久し振りの素朴な料理に食欲が刺激されて沢山食べれそうだ。

 流石にクリスは同じ事はしないで上品に食べている。祖母である、レジスラル女官長にマナー教育は叩き込まれているので見ていて綺麗だ。育ちの良さは隠せない、マナー違反なのに品が有る。

 会話しながらの食事も本来ならマナー違反。本当に貴族って大変だ、高貴なる我等エムデン王国の貴族は!って建前だが、反抗しても無意味だから人前では従う。

「冒険者、私も登録したわ。主様の側室候補と魔法迷宮バンクにも挑戦したけど、パーティ行動って慣れない。でも単独攻略は駄目って言われた」

「え?クリスもイルメラ達と魔法迷宮バンクの攻略したの?流石に単独で下層階に挑むのは駄目だろ、いくら強くても罠に掛かれば死ぬ確率は高いよ」

僧侶のイルメラに風属性魔術師のウィンディア、盗賊職のエレさんが、魔法戦士のニールやゴーレム使いのコレットと組んで、魔法迷宮バンクを攻略しているのは聞いていた。

 僕が抜けて前衛の戦士職不足を補う為に、魔法戦士のニールとコレットの操るゴーレムが前衛を務める。後衛は僧侶・盗賊・魔術師と隙が無い。

 『野に咲く薔薇』の三人も、お抱え冒険者として前衛を務めてくれたが……暗殺者のクリスが前衛?確かに強いけど、モンスター相手にはどうだったんだ?

「知ってる。最初は連携プレーに慣れず苦労したけど、暫く一緒に戦ったら少しずつ慣れた。コレットのゴーレムを囮にして、隠密移動から奇襲で大抵倒せた」

「あーうん、そうだね。モンスターの感知能力でも、クリスの気配遮断や幻術は見破れないか……」

 この人付き合いが苦手な娘を引っ張り出してパーティを組んだのは、イルメラだろう。彼女の面倒見の良さと包み込む様な優しさならば、クリスも否とは言えなかったのだろう。

 食後の紅茶を楽しみながら二時間位話し込んでしまった。気が付けば午後九時を過ぎている、明日は六時起床で七時には出発だ。このペースなら、明後日にはブレスの街に着くだろう。

 会話としては僕が話題を振って、クリスが応える。最初は言葉も短く単語だけの時も有ったが、今は普通よりは短いが会話のキャッチボールが成立している。

「さて、そろそろ寝ようか。湯は各々の天幕に用意するから、身体を清めたら寝よう。明日は六時起床で七時出発だ」

「主様。夜伽は必要?イルメラさんから求められたら断らない様に言われてる」

 無表情で同衾するかって聞かれたぞ。しかもイルメラから求められたら断わるなとか、非常に困る指示まで出されている。

 何でだ?何でそんな話になっている?イルメラ達には浮気はしないって言ってある筈なのに、何故浮気が推奨と言うか許可されている?

 何故、クリスも平然と受け入れている?イルメラが認めたって事は、ウィンディアも認めている。だが、アーシャは分からない。多分だが、イルメラはアーシャには話していない。

 此処はキッパリと断るのが正解。何故、イルメラがそんな事を言い出したかは分からない。だが絶対に僕の為だからと善意で考えている、だから怖い。

「何故、そんな話に……」

「禁欲生活が一ヶ月も続くと、男は大変だって言っていた。知らない女性は嫌だけど、クリスは身内だから良いって言われた。私は側室にはならないから……お妾(めかけ)さん?」

「要らない、不要だよ。そんな気を使わなくても良いから!身内の話は同意するが、妾とかしないから!」

「でも変な女が近付くよりはマシだからって言っていた。ザスキア公爵には気を付けろ、アレは良くない女だから主様に近付けるなって。私は妾でも悪くないと思ってる」

 思ってるって……なる程、イルメラの考えが分かってきた。ザスキア公爵は、ジゼル嬢やアーシャも危険視している。だから不安だったんだ。もし僕が禁欲に負けて、ザスキア公爵と関係を持ったら身分上では太刀打ち出来無い。

 それはザスキア公爵が自ら流している噂を真実だと思っての心配と不安。だが年下好きの噂は政敵を欺くダミーなので、心配は不要なんだけど……納得出来無いんだろうな。

 確かに僕とザスキア公爵は協力者としては最高だ。お互いに足りないモノを補って有り余る関係、しかも家族と同じだと言ってくれた。これじゃ誤解に拍車が掛かる、帰ったら皆に報告と相談だな。

 でも確かに最近は、少しだけ違和感と言うか危機感を感じるんだ。年下好きが擬態なのは間違い無いのに、何故なんだろう?

 


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