古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第639話

 ブレスの街に向かう途中、奴隷狩りの連中と遭遇。彼等も目撃者である僕を亡き者にしようとしたので返り討ちにした。

 当然だが奴隷狩りの連中を倒せば捕まった者達を助ける事になり、助けるとはその場で解放して終わりじゃない。その後の事も面倒を見て初めて助けた事になる。

 今回助けた女性と子供達だが、貴族令嬢が三人。平民の女性が三十一人、その内十歳にも満たない幼子が八人も居る。

 奴隷愛好家にまで幼女好きが居るとは嘆かわしい。需要が有るから攫ったのだろうが、こんな子供を性欲の対象にするとはな……

 取り敢えず街道を少し外れた場所に移動、幾つか天幕を張り食事と血飛沫で汚れた娘は湯を沸かし濡れタオルで身体を清めて着替えさせた。

 幸いと言うか奴隷狩りの連中は食料を大量に持っていたし、調理器具も有ったので後は簡単だ。家事手伝いは貴族令嬢を除く全員が出来る。

 食材は好きに使って良いと言ったので、肉や野菜類を一緒に煮込んだスープと香辛料たっぷりの干し肉の串焼きを作ってくれた。

 残念ながらパンはライ麦を使った酸味の強い通称黒パンで、日持ちする為に固い物しかなかった。空間創造から焼きたてのブレッツェンと呼ばれる白パンを提供したら、流石は貴族様ですねって恐縮された。

 令嬢三人は微妙な顔だったが、僕が文句を言わずに食べていたので同じ様に黙って食べていた。流石に地面に座り込んで手掴みは無理なので、テーブルや椅子、食器類は全て錬金で用意。

 文句どころか、結構な速さと勢いで食べていたので空腹だったか、貴族の矜持か意地で食べてなかったのかも知れない。

 最初は恐縮してオドオドしていた平民の女性達も、食後に提供したシュネーバルと言う油で揚げた菓子を食べたら落ち着いたみたいだ。漸く安心したのか、嬉しそうに食べている。

「リーンハルト様。少し宜しいでしょうか?」

「む、何かな?」

 同じテーブルに座るのは、僕とクリスと貴族令嬢の三人だけで他は別々になっている。貴族が平民と同じテーブルには座らない、それは仕方の無い身分差だ。

 改めて良く見れば、一番年上で話しかけて来た令嬢でも二十歳を超えていない。残りの二人も十六歳か十七歳位だろうか?短い間の観察だけでも、十分に教育が行き届いているのが分かる。

 教育状況からしても子爵家以上の令嬢だろう。パゥルム女王は、ミッテルト王女主体で二割近い貴族を粛正した。彼女達の実家は、その粛正対象だったらしい。

「私達を保護し、今後の面倒を見てくれるとの事ですが……没落したとは言え私達は子爵家の令嬢です。平民として生きろと言われても無理ですわ」

「もしそうだとしたら、殺して下さい。家族の後を追わせて下さい」

「平民となり生き延びる位ならば、修道院に行かせて下さい」

 真剣な顔で言われてしまったが、二人目の意見は不採用。三人目の意見は一番簡単な対処だが、修道院に放り込んで援助してお終いなのは少し無責任だと思い始めている。

 全員子爵家の令嬢か……基本的な淑女のマナー教育は終わっている、全員成人した淑女達なのだが下手したら既に元貴族令嬢だ。バーリンゲン王国に頼んでも碌な事にはならないだろう。

 良くて王宮の下級侍女、悪ければ修道院に押し込まれて後は放置だな。後ろ盾の無い世間知らず、深窓の令嬢は守られてこその存在だから。

「リーンハルト様が私達を側室か妾にして、エムデン王国に連れて行って貰えるのが理想です」

「それは無理って言うか嫌かな。来年成人して本妻を迎えるのに、今から側室や妾を増やしてどうする。それに妾なんて、先程迄の悲惨な境遇と結果的に一緒じゃないのか?」

 手っ取り早い方法は僕の庇護下に入る事。側室なら伯爵夫人、妾でも相応の贅沢で安全な暮らしを手に入れられる。

 非合法で攫われた彼女達だが、相当な美少女だ。没落したから誰かに取られる前に、何が何でも手に入れたいと無茶をしたのだろう。

 正規に婚姻を申し込むには問題の有る相手だからこそ、秘密裏に手中に収めたい。考えは分かるが、同意も納得も出来無い。

「リーンハルト様は側室が一人しか居ないと聞いています。領地持ちの宮廷魔術師の財力は膨大、私達を囲っても問題は無い筈です」

「嫌な男に身を任せるのなら死んだ方がマシですわ!家の為にと政略結婚は受け入れるつもりでしたが、既に実家は有りません」

「大国の重鎮、領地持ちの侯爵待遇ならば、側室や妾など十人位は当たり前。現状で側室一人だけとか変ですわ!それでは派閥の維持や結束力に不安が生じます。側室や妾を娶る事は上級貴族の義務なのではないでしょうか?」

 言われた事は一々正論だ。政略結婚は家と家とを繋ぐ最も良い手段、親族関係を広める事は派閥の維持や拡大に必須。義父たるデオドラ男爵からも教えられた。

 バーナム伯爵やライル団長が、イルメラ達と養子縁組をして僕に嫁がせるのも派閥の結束力を高める事だ。対外的に分かり易く効果的なのが親戚関係になる事。

 親族血族を上回る、貴族としての絆は無い。それは分かるのだが、僕の情報が他国に広まり過ぎているのが不安で心配だぞ。

 それにその理屈ならば、他国の没落令嬢を側室や妾にする必要も効果も無い。派閥の結束にしても、他家との付き合いにしても、他国の没落令嬢を娶るのは逆効果だな。

「確かに僕には恋愛結婚をした側室が一人だけです。ですが来年成人後に本妻を娶るし、その後に何人か側室を迎える事にもなる。でも必要以外の女性は不要なのです。貴女達を側室や妾に迎える事は無い、その提案は無しの方向で!」

 いや、そんなに絶望感を滲ませないで下さい。周囲の平民の女性達も同情的な表情をしてるけれど、自分達を攫った連中と同じ事をしてくれって話だぞ。

 無理矢理ではないが、自分達の未来と安全の為に知らない男に身を委ねる。もしイルメラ達が同じ事を強要されたら、僕は悪魔にもなれる自信が有る。

 だが自分達の未来は僕次第だと分かっている為か、深窓の令嬢なのに滲み出る迫力は凄いな。此処で放り出されたら未来は無いから当然だし気持ちも分かるが、どうするかな……

「政略結婚は飲み込んでいるなら、誰か他の貴族を紹介して嫁いで貰うのが良いと思う。だが普通は妾以外に後ろ盾の無い嫁の貰い手は居ない……後ろ盾、後ろ盾か……」

 改めて三人を見る。確かに子爵家の令嬢で美少女なら、没落前なら引く手数多だったろう。だからこそ没落後に非合法で強引に奪おうとした、それは分かる。

 子爵家の令嬢の教育は男爵家より遥かにレベルが高い、一つ上の伯爵家との縁談も可能だからだ。アーシャは僕が男爵だった頃に側室に迎えたが、ジゼル嬢はアウレール王が許可したから特例で可能なんだ。

 政略結婚の駒として後ろ盾さえ有れば好条件の令嬢達。貴族としての教育も十分だし、何より若くて美しい。政略結婚でも構わないと言っているが、後ろ盾か……

「エムデン王国の貴族に本妻か側室で嫁ぐ覚悟は有りますか?有るのなら、来年僕が成人した後に養子縁組をして送り出します。年下の義父になりますが、将来有望な若手貴族を紹介します。貴女達の言う貴族の義務として、派閥の結束に利用しますが宜しいですか?」

 最低の提案。自分は政略結婚を否定したのに、他人には押し付ける。だが同情だけで側室や妾に迎え入れるのも失礼だし、修道院に放り込むのも今は悪いと思っている。

 政略結婚で僕だけが側室を迎え入れるだけじゃなく、僕の義理の娘達も条件が良くて幸せにしてくれる相手に嫁がせる。僕の後ろ盾と、彼女達の美貌ならば候補者は殺到するだろう。

 正直に今はこれ以上の条件は思い浮かばない。後でザスキア公爵に相談するのも良いだろうが、何となく反対される予想が見えるんだよな。知らない女に構うな、苦労を背負い込むなとかさ。

 だが彼女達の反応は、一瞬惚けたが次の瞬間には真面目に考え始めた。直ぐに馬鹿な話だと否定せず、自分なりに考えているんだ。

 多分だが貴族も認める、孫程に年の離れた幼い花嫁とか悪しき前例と言うか悪例は幾らでも有る。その場合は花嫁の父親は自分より年下、つまり年下の義父だ。

 年の近い義理の親子も普通に居る、親族を養子にする場合とか無理な年齢差も許可される。流石に年上の義理の娘は微妙だが、年の差三歳か五歳だから大丈夫と割り切ろう。

 でもこれが派閥の結束や家の勢力を広げる当主の考え方と気持ちか……当事者になって初めて分かる苦悩だな。単純に政略結婚が嫌いですとか言われた、デオドラ男爵の気持ちが今だから理解出来た。

 多分内心では呆れと怒りを抑えていたのだろう、今度それとなく謝罪しておくか。いや、変に謝ると逆効果だし貴族的な考えも理解しましたと言うか……

 今考えれば、ローラン公爵も、ニールや他の令嬢達を同じ様な目的で世話をして僕に与えて縁を深く太く繋いだんだ。悪い事ばかりじゃないが、気持ちはモヤモヤする。

「年下の義父様ですか?」

「でも確かに元貴族令嬢の私達では、後ろ盾を得ない事には嫁ぎ先など有りませんわ」

「リーンハルト様が義父様。私達は伯爵令嬢として、バーレイ伯爵家の繁栄の礎(いしずえ)となる。双方に利の有る話ですが、どうしても私達を側室か妾にするのは嫌なのでしょうか?」

 概ね好評だったが、最後に側室か妾案を蒸し返された。伯爵令嬢より伯爵夫人の方が良いのか?側室でなく妾ならば、今の自分達の身分でも問題無いからか?

「ああ、考えは変わらない。昔は個人的な感情で、政略結婚を否定した。今の側室も対外的には政略結婚だが、実質恋愛結婚だ。そんな僕が君達に政略結婚を押し付ける、矛盾してるのは自分でも理解した。

これが当主の苦悩と義務、僕はバーレイ伯爵家を栄えさせなければならない義務が有る。だが悪条件な嫁ぎ先は無いと約束するけど、基本的に嫁ぎ先は武闘派かな。魔力が無いと魔術師の家系に嫁ぐのは苦労しかないし……」

「その御言葉だけで十分ですわ」

「斜陽なバーリンゲン王国より、飛ぶ鳥を落とす勢いで発展するエムデン王国の一員になれる方が万倍もマシですわ!」

「武闘派、つまりは脳筋の殿方。私達、単純な殿方の扱い方も学んでいます。リーンハルト様の、義父様の意向に添う都合の良い方向に操れますわ」

 うわぁ!凄く良い笑顔だぞ。デオドラ男爵の本妻殿も同じ様に考えて旦那を操っているんだろうな。あの人外相手に意見出来るだけで、肝の据わり方が違うんだ。

 もしかしなくても良い人材を得られたのだろうか?普通は親戚関係から年頃の淑女を探し出して教育し嫁がせるんだ。何が大変かと言えば、才能有る淑女を探し出す事。

 子爵家の教育レベルなら十分に合格だし、何より美少女だ。僕と親戚関係になれるなら、政略結婚を望む連中は多い。利益が膨大なのに、娶る花嫁も美少女なら文句など無い。

 これは相手は厳選しなければ駄目だろう。今迄の選択肢は側室を貰うだけだったが、これからは嫁さんを嫁がせられる。この差は大きい、有能な男性貴族を取り込めるからだ。

「僕も真っ黒になったモノだ。過去に自分が否定した政略結婚を他人に強要する。お互いが納得しているとは言え、最低な男には変わらないかな……」

 駄目だ、自虐的な気持ちになっている。自分の今迄の方針を変えた事が、理屈では分かっていても感情が納得しないのか?しないんだな。

「貴族とは、そう言う生き物です。私達も幼い頃から、そう言う風に教育されています。力が弱いから、時勢を見極められなかったから、私はこの様な境遇に追い込まれたのです」

「他国の没落した女性に対して真摯に対応してくれるだけで、噂は酷い嘘だと分かりましたわ。お互いに利が有ると言いながら、普通はその様な苦労はしてくれません」

「私達の周囲がそうでした。赤の他人や親類縁者まで、禿鷹の様に寄って集って全てを奪って行ったのです。人の善意が信じられず、疑う様な酷い態度を取った事を謝罪致しますわ」

 そう言って三人揃って頭を下げてくれた。挑発的な言葉や態度は、僕の本心を引き出す為の芝居らしかった。助けた形にはなったが、最初は僕も他の連中と同じだと思ったらしい。

 殺して奪う、正当防衛とは言え結果的には同じ事。奴隷狩りの連中の馬車の中には、バーリンゲン王国の金貨と宝石類が金貨に換算して三千枚以上有った。

 回収した武器や防具、馬車や馬を処分すれば更に金貨五百枚にはなる。馬車は利用するから売らない、平民の女性と子供を村に返さないと駄目だから必要だ。

 彼女達は地下に野営陣地を錬金して、其処で待っていて貰う事にした。水と食料も一週間分渡して、護衛にドライを残していけば大丈夫。

 ブレスの街を攻略した後で迎えに来ると約束したが、貴族令嬢達がテキパキと平民達を宥めて上手く纏めている。

 聞けば領地持ちだったらしく、親の政務も手伝っていたらしいので蝶よ花よと大切に甘やかされていただけじゃないらしい。

 美少女で有能、妾として囲えば好き勝手出来て仕事もやらせる事が出来る。だから非合法と分かっていても奴隷狩りに頼んでも手に入れたかった。

 結果的に彼女達を救い出し味方に引き入れる事が出来たので、僕的にはプラスだった。後の問題は、ザスキア公爵への説明と説得だよな……

 


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