古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第640話

 奴隷狩りの商隊に捕らえられていた、貴族令嬢三人と平民の女性と子供達を保護した。その内の貴族令嬢達は没落した元貴族令嬢だったのだが、交渉の末に僕と養子縁組をする事になった。

 年上だが僕の義理の娘として、政略結婚に利用する。本人達も納得している、家族に売られたり家族自体が亡くなっていたり騙されて攫われたり……

 このままだと変態貴族に非合法に金で買われて奴隷として扱われる悲惨な末路だったが、僕と養子縁組をすれば伯爵令嬢としてエムデン王国の有能な若手貴族に嫁げる。

 エムデン王国の有能な若手貴族の中から、僕の養子として好条件で相手も選べる。貴族令嬢として政略結婚も受け入れているので、本人も納得し喜んでいる。

 下手にバーリンゲン王国に引き渡せば、良くて王宮の下級侍女、悪ければ修道院に放り込んで終わり。どちらも微妙な結果だろう。

 幸いと言うか領地持ちの子爵家の令嬢だったらしく貴族的教育も高い水準で施されており、実家の政務も手伝っていたらしい。なのでエムデン王国に帰ったら、少し仕事を手伝わせてみる。

 見込みが有れば、そのまま僕の仕事を補佐して貰う。官吏系の若手貴族に嫁がせて、引き抜いて夫婦で政務を手伝わせるのも有りか?政務可能な家臣兼義理の娘が出来ると思えば良いかな?

 問題は、ザスキア公爵の説得だけだ。彼女は僕の女性関係について厳しいチェックが入る、政敵から仕掛けられる罠の半分以上は女性絡みらしいからだ。

 今回は信用ならないバーリンゲン王国の元貴族令嬢だが、攫われて奴隷として売られる所を助けたんだ。罠の可能性は限り無く低いから大丈夫だよな……

◇◇◇◇◇◇

 二日目は濃い一日だったが、三日目は順調だ。昨日は全く喋らなかった、クリスだが今日はそれなりに喋る。表情の変化が乏しいから分かり辛いが、今日は嬉しそうだ。

 多分だが戦う事が出来る期待感だろう。昨夜は気配を消して無言で僕の天幕の中に居て驚いた、朝気付いたら天幕の隅で丸まって寝ていたんだよ。

 護衛のつもりだったのだろうか?彼女クラスの技量が有れば、寝ていても危険が迫れば起きて対処出来る。僕は常時展開型魔法障壁が有るので大丈夫だ。

 だが他の連中からは、僕とクリスが同衾していたみたいに思われた。クリスも否定せず黙っていたが、そこは無口でも否定して欲しかった。自身の貞操について疑われたんだぞ!

 義理の娘予定の令嬢三人は、可愛い嫉妬ですねって笑っていたが、それは勘違いだ。クリスは護衛としての任務に忠実なだけで、僕が戦い以外の事で他の女性の世話を焼いたとしても嫉妬などしないだろう。

「主様、見えてきました。アレがブレスの街です」

 クリスが指差した先に、僕等の攻略目標の城塞都市が見えた。

「城塞都市の真ん中に川が流れているとは珍しい。緩やかで幅広い川だから、泳いで外部から簡単に侵入出来るんじゃないか?」

 街道を少し外れた小高い丘の上から見下ろす。3㎞以上は離れているが、一応腰をかがめて障害物の陰から確認する。しかし不思議な造りをしているな……

 ブレスの街は中央部を川が流れている珍しい城塞都市だ。一応城塞をくり貫いて川を通しているが、潜れば発見されずに侵入出来そうだ。

 川の水は澄んではなく薄茶色、飲料水には濾過しないと使えないが、農業用水としては使える。周辺には畑が多く、食糧生産基地の役割を担っているのだろうが、川が氾濫したら街は水浸しだぞ。

 遠目でも城門は閉じているのが分かるし、入口周辺に多くの人の列が見えるのは検閲が厳しいのだろうか?気になるのは畑の一部が刈り取られて、多くの天幕が張ってある事だ。

 立ち登る煮炊きの白煙の数からして、野営している連中は少なくとも三百以上は居る筈だ。胡麻粒程の人間が見えるが、騎兵なのか正規兵なのか、それとも……

 天幕だが獣の皮を使ったモノも多いし統一性も無い。軍隊なら規格が有り大体同じなのだが、もしかして辺境の少数部族の連中が街から締め出された?

「これって、城塞都市の外に軍隊……騎馬隊を待機させているのか?天幕の不揃いさと数の多さから、他の連中も混じっているよな?」

「多数の軍馬が見えます、百は超えていますね。騎馬隊は機動力が命ですから、狭い街中に居る事を嫌ったのではないでしょうか?他の連中は、確かに軍隊とは思えない無秩序さです」

 ストライスの配下の軽騎兵隊は約二百人、今見えているのは半数以上だが部隊を分けている可能性も有るのか?戦力の分割は悪手だと思うぞ。

「川で左右に分断された街か。確かに街中で騎兵は運用し辛いが、普通は必要な時に出撃して普段は城壁の中に籠もってないかな?」

 軍隊の中でも、一番金の掛かる貴重な騎兵部隊を危険な外に野営などさせない。騎兵は野戦では圧倒的な強さを誇り、不利な戦局をひっくり返す事だって出来る切り札。

 だが確かに軍馬も見える。出撃前の準備じゃなくて待機だな、つまり日常的に野営している訳だ。騎兵、つまりストライス率いる軽騎兵部隊で間違い無いだろう。

 騎兵は籠城戦には不向き、利点を全て潰されてしまうからな。だから外に居て、何か有れば直ぐに逃げ出せる様にしている?ならば他の連中は、奴の誘いに乗った少数部族達か?

「何故、街を攻略したのに外に居る?何故、直ぐに逃げ込む様に城門を開けておかない?ブレスの街を攻略したと言うのはブラフか?」

 小高い丘の反対側に降りる、これでブレスの街側からは僕等は見えない。倒木に腰掛けて、クリスが用意してくれたシチューを啜る。

 グヤーシュと呼ばれるシチューで、具材は牛肉と玉ネギにジャガイモとパプリカ。塩と胡椒とトマト、それにサワークリームを加えて味に深みをだしている。

 このグヤーシュはバリエーションが豊富で、具材の肉や野菜を変えて飽きがこない味にしている。因みにイルメラは、牛肉の変わりにソーセージをいれてデブレツェン風にしている。

 ウィンディアは豚肉とマトンの二種類の肉を使い、ピーマンや人参など野菜を更に多く入れるツィゴイナー風にして各自が自慢のレシピを持っている。

 エレさんの家庭はパスタを足してシチューでなくメイン料理にしている、僕はイルメラが作ってくれるグヤーシュが家庭の味として記憶に残っているんだ。

 街道から離れている事と背後に数本の樹木が生えているので、良い隠れ場所になっている。熱々のグヤーシュも魔法の収納袋から取り出した物なので、此方は焚き火はしていない。

 隠密行動だし焚き火で暖を取るほど寒くも無い。シチューの御礼に、空間創造からナイトバーガーを取り出しクリスにも渡す。少し遅めの昼食にしようかな。

 イルメラ謹製のナイトバーガーは久し振りだ、ひっくり返して軽く潰す。一口かじれば肉汁が溢れ出す。野菜のシャキシャキ感に、何と言っても野外で手掴みで食べる開放感が堪らない。

 クリスもマナー違反は気にならないのだろう。両手でナイトバーガーを持ってモソモソと食べているが、小動物の食事風景的な可愛らしさが有る。

 宮廷魔術師と暗殺者のコンビとは、何ともアンバランスなモノだな。暫くは無言で食事を続ける、このマナー無視の開放感は癖になる。ヤバいな、抑圧されていた反動か?

「侵入方法ですが、川を利用しますか?」

 チラリと上目使いで聞いて来たが、こんな仕草もする様になったか。少しずつだが感情が現れて来ているのかな?まぁ侵入方法も広い意味では戦闘行為だけどね。

「しない。濡れるのも嫌だけど、当然侵入者対策の罠も有る筈だ。今回も穴を掘って地下から侵入しようと思う。ストライスと軽騎兵の連中が第一目標だから、外に居るなら楽だな。だが何故、外で野営してるかが知りたい」

「確かに無警戒と言う訳も有りませんね。私なら門さえ開いていれば出入り自由です。あの検問は厳しそうですが、人の出入りは有りますから大丈夫です。野営している理由を調べる事は重要ですか?」

「絶対に必要って訳じゃないよ。盗賊ギルドの報告には無かったから気になっているだけだ。わざわざ攻略した街に入らず外に居る、街を落とした意味が無いのが気になっただけ。あの中に、ストライスが居れば問答無用で殲滅だ」

 僕との交渉材料として攻略しただけで、直ぐに逃げ出せる安全性と、騎兵が戦う為の有利な条件を考えて敢えて野営してるのか?

 クリッペンを即見捨てる判断と、夜間に僕とクリスに気付かれずに騎兵部隊を逃がす手腕を持つ男の不可思議な行動が気になる。

 まぁ何かしらの理由が有り外に居るにしても倒せるなら構わない。街の中と外に分かれていて、外の連中が倒されたら中の連中が暴れ出すとかは勘弁だ。

 もし中と外に別れているのならば、二手に分かれて同時に攻めるしかないが優先順位は、ストライスの処分だ。最悪は奴と軽騎兵部隊の殲滅を優先したいのだが……

 モア教への配慮が足枷となる。もし街の中にも部隊が居て、外の連中が倒されたら自棄になって暴れ出す可能性が高いのならば対処が必要だ。

 領民の安全を軽視したとか言い出す奴等は居るだろう。本来、その犠牲の責任は僕には無いか少ないのだが、責任転嫁が大好きなバーリンゲン王国の貴族連中が騒ぎ出しそうで嫌だ。

「では私が探って来ますので、主様は暫く此処でお待ち下さい。二時間以内に戻って来ます」

「あーうん、そうだね。隠密行動に僕は不向きだから任せるけど、安全には十分配慮してくれ」

「もし外の敵が逃げ出す様なら排除をお願いします。では、行ってまいります」

 そう言って軽く頭を下げると素早く駆け出して行った。彼女の幻術を使えば誰にも気付かれずに、検問所の扉を潜り抜ける事も可能だろう。

 僕も錬金を駆使すれば街の中に侵入は出来る、だがその後の隠密行動は無理。情報収集は、クリスに任せて僕は大人しく待機しているしかない。

 二時間位は待機になるが、街の外の連中の動向を監視する必要は有るから此処から離れる訳にもいかない。ならば監視小屋を錬金するかな……

◇◇◇◇◇◇

 大岩の中をくり貫いて監視用の小窓を開けた、偽装監視小屋を錬金した。周囲からも気付かれない完璧な隠蔽だな。

 適度な湿度を保った過ごし易い室温、薄暗くて落ち着く一人だけの空間。椅子も錬金したので、ゆったりと寛ぎの空間になってしまった。小窓から覗く景色に変化は少なく、気を付けないと寝てしまう。

 さて眠気を払いながらの監視だが、あれから特に動きは無い。分かった事と言えば、検問所は厳しく十五分前後で一組が街中に入れる位。だが出て来た連中は居ない。

 空間創造から紅茶の入ったポットとカップを取り出す。暖かい紅茶をカップに注ぐと芳醇な香りが狭い空間に充満する、非常に快適だ。

「駄目だな。クリスだけ働かせて、自分は見張りと言う名の自堕落さ。駄目人間だぞ……」

 両の頬を平手で叩いて眠気を飛ばし気合いを入れて考える。僕がブレスの街に近付くには商人か旅人の真似をしないと駄目だ、馬ゴーレムに乗って近付くと奴隷商人達と同じ様に警戒されるだろう。

 ならば徒歩か?クリスと二人で荷物も持ってない連中が街に近付く?此処から見えていた連中は、最低でも六人。多い場合だと二十人位が検問を終えて一斉に入っていたし、それなりに荷物も持っていた。

 商人の真似をしても怪しまれる、男女の子供二人が偽装した荷物を背負って戦時下の街に行く。何しにだ?質問されても満足な回答など用意出来無い。近付く事は可能だが警戒はされる、昼間の接近は無理か?

「主様、只今戻りました」

「うわぁ?脅かすな!」

 覗き窓一杯に、クリスの顔が見えて驚いた!驚かされた、思わず仰け反ってしまったぞ。ドヤ顔の彼女を監視用の部屋の中に入れる。

 二時間キッカリで戻って来たが、その表情から調査内容は掴めない。労いを込めて椅子を用意し紅茶を振る舞うが、流石は元王宮侍女。

 レジスラル女官長に鍛えられただけあり御手本みたいな見事な所作だ。飲み終わるまで待ってから報告を聞く事にした。

「外に居る連中ですが、ストライスと軽騎兵部隊。それと彼に協力した少数部族の連中で間違い有りません。ストライスは部隊を北側と南側の二ヶ所に分けました、ストライスは北側に居ます」

「北側、つまり此方側からは見えない反対側か。でも占領した街に居ないのは何故だろう?理由は分かったかい」

「はい。彼等は街を占領した後で、略奪行為をしました。手引きが有ったから領主の館を占拠出来ましたが、その後に自警団や豪商の私兵により手痛い反撃を受けました。故に一応は街を占領した体にはしていますが、外に追い出されたのです」

「守備兵不在でも自警団や豪商の私兵が反抗したのか。てか、やはり略奪行為を行ったんじゃないか。反抗すれども倒す迄は無理だった、領主を抑えられてコーマも不在。無政府状態だからこその妥協点か……」

 守備兵不在では連携した反抗は無理、豪商の私兵達は雇い主の店関連しか守らない。自警団も自分達だけで手一杯、ストライスも街自体に興味は無い。

 あくまでも交渉材料として攻略しただけだが、街自体で反抗されては自分達が危ない。辺境の少数部族まで招き入れたが、当然の如く略奪行為を行った。

 奴等との確執は根深い、略奪行為は行われるべくして行われた。一度略奪行為を行ってしまえば、また同じ事をする。奴等が大人しく外に出たのは、ストライスの影響力は思ったより強いのか?いや、領民達が自警団を軸に反抗しているのかも知れないな。

「辺境の少数部族の一割は倒され、半数は略奪した物を自分達の領地に運ぶ為に不在です。残っている連中は、主様と交渉する為に居るみたいです」

「良く短期で調べられたね?しかし略奪品を自分の部族の元に運ぶとか、僕との交渉で返せとか言われた時の対策か?まぁ交渉なんてしないけどね」

「何人か捕まえて尋問しました。勿論ですが、後始末はしています」

 何故だろう?僅かに微笑んだ姿は年相応で可愛らしいのだが、言ってる内容は尋問した奴等は始末してバレない様に隠しましただ。

 外の連中じゃない。街の中の連中で敵側の、ストライスの仲間か配下の連中を尋問し始末した。だが居なくなれば怪しまれる、もって二日程度で騒ぎになる。

 夜襲しよう。二手に分かれて、ストライスと配下の軽騎兵部隊を殲滅し、その後で少数部族の連中も倒す。その後で、ゴーレムを使者として街中に入れて交渉の切欠を作る。

 うん、雑な作戦だが第一目標は、ストライスと配下の軽騎兵部隊の殲滅。第二目標は、ストライスに協力した少数部族の殲滅。第三目標は、ブレスの街の解放。

 ブレスの街の解放自体は、ストライスや少数部族を殲滅すれば、街の中の不穏分子は自警団を煽れば大丈夫。鬱憤晴らしも兼ねて精力的に動いてくれるだろう。

 後は待機させている、攫われた女性や子供を迎えに行って保護して、ザスキア公爵達と合流して……うん、主目標さえ見失わなければ何とかなるだろう。

 


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