古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

648 / 1000
第642話

 ストライス達が野営する場所に、夜の暗闇と雨の視界不良を助けに接近した。もう僕のリトルキングダム(視界の中の王国)の制御範囲内だ、逃がす事は無い。

 雨足が強くなり向かい風となった事により、顔に雨粒が激しく当たる。雨水が顔から首を伝い身体を濡らしていく、だが気持ちが高揚しているのか不快に感じない。

 距離は80mを切ったのだが未だ気付かない。幾ら篝火任せの見張りとは言え、少し不用心で警戒網が甘い。用心深いストライスにしては迂闊(うかつ)じゃないか?

 前回の逃げっぷりを思うと、確かに逃走用の軍馬の用意や武器・防具を近くに置いていたり、巡回の兵士を配したりしているが……

 此処から先は馬ゴーレムを降りて歩いて行く。空間創造からカッカラを取り出して一回転させると、シャラシャラと澄んだ音がする。

 そして篝火の灯りに反射したのだろう、漸く気付いた連中が慌ただしく動き出す。クリスは袖に仕込んでいた、ポイズンダガーを引き抜いた。僕謹製のポイズンダガーは、掠り傷でも致命傷だ。

「クリエイトゴーレム!この場所は僕の支配下、僕の小さな小さな王国へようこそ。お前達に逃げ場は無い、諦めて倒されるがよい!」

「我が主様に逆らう塵芥(ちりあくた)共よ。死んで己の悪行を詫びるがよい!」

 あれ?クリスまで決め台詞を言わなくてもだな、仲良くお揃いみたいな韻を踏んだよね?語尾一緒だし、もしかして決め台詞を言いたかったの?

 僕もカッカラを突き出す様に構えたが、クリスもポイズンダガーを胸の前で交差して構えた。目立たぬ暗殺者として教育されていた筈なのに、敵の前で決め台詞を言える迄成長したのか。

 奴等を取り囲む様に、ゴーレムポーンを配置した。装備はロングボゥ、腰にロングソードも吊している。射撃で数を減らしてから包囲を狭めて殲滅する。

「貴様は、リーンハルト卿か?また夜襲か?夜襲しかしないのか?恥ずかしくないのか?」

 ロングソードは抜いていないが、ラウンドシールドを構えた、ストライスが恥を知れ的に言ってきた。夜襲ばかりなのは確かだが、夜襲も立派な戦術だぞ。

 多数を相手に少数で戦うのだから、策を用いて何が悪い?戦力比百倍以上だぞ?まぁ直ぐに逃げ出すと思ったが、会話するだけ良しとするか。一応名乗りも上げた、夜襲とは言え一言も無しに攻撃もしなかったし建前は十分だな。

 他の奴等も馬に駆け寄るが、ゴーレムポーンの包囲網に気付いて乗るのを止めた。ロングボゥを構えた敵を前に、馬に乗れば良い的でしかない。狙われ易い高さだからな……

「僕はエムデン王国宮廷魔術師、リーンハルト・フォン・バーレイ!逆賊クリッペンの配下共よ、ブレスの街を襲った罪を償え!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺からの親書を受け取ってないのか?盗賊ギルド経由の伝言は?行き違ったのか?ブレスの街を引き渡すから、リーンハルト卿に仕えさせて欲しい。配下の軽騎兵部隊も一緒にだ!」

 両手を振って敵意が無い事をアピールしている。ふむ、警戒はすれども武器を向けなかった理由は親書が届いてないか行き違いになったか不明だったからか。

 僕との交渉が前提だから、自分から攻撃も出来無いし逃げ出せない。その足枷が脇目も振らずに逃げ出す事を躊躇した。僕に、エムデン王国に、仕える可能性を夢見て判断が鈍ったんだ。

 街一つを交渉材料にしたから自信が有ったのか?馬鹿な事だ。裏切りを繰り返し敵前逃亡をした奴を仕えさせる奴など居ない。余程尻に火が点いた奴じゃなければ、危なくて安心して雇えない。そもそも最初から雇う気も無い。

「逆賊と交渉はしない。ブレスの街を不法に占拠し、治安を乱した罪は重い。裏切り上等の貴様を受け入れる?有り得ないな。逆賊ストライスと配下共よ、覚悟するが良い!」

「貴様っ!さては最初から交渉する気など無かったな。親書も握り潰しやがったな!それが貴様のヤリ方か?人でなしの悪党がっ!」

 思ったよりも統制が取れている。交渉が決裂したと同時に、僕等の様子を見ていた連中が一斉に動き出した。

 素早く馬に乗り込んだのだが、ロングボゥを構えていたゴーレムポーンの一斉攻撃にバタバタと倒れていく。何人かが初撃を避けて逃げ出したが、クリスが素早く首を跳ばす。

 ストライスは僕に迷わずロングソードを構えて突っ込んで来るが、その目には迷いが無い。何かがおかしい、変だ。騎馬兵が走って特攻するか?

「死ね!」

「奈落!地に落ちろ」

 勘でしかない不安から直接攻撃を避けて速攻で落とし穴を掘る。右足で地面を素早く踏み付け、ストライスを穴に落とす。一瞬で大地が砂になり沈む、驚いた顔をしたが恐怖は無い。いや、口元が笑った?

 その時の表情の変化に違和感を感じた。ストライスを中心に広範囲に大地を砂に変えて大穴を掘ったのに、奴は落ちなかった。いや、穴の中央には落ちたが魔力探査では落ちずに右端に居る感覚が有る。

 コレは魔法じゃなくてギフトだ。僕の認識を阻害する何かが発動しているが、魔力は感じない。故に幻術の類じゃない。僕はストライスの本体の位置を視覚では捉えられず、魔力探査で捉えている。

 間合いを外されるとは、武人には嫌な効果だ。狙った攻撃は全て外れ、何処に居るのか分からない。視覚を惑わすのは分かるが、効果範囲が分からない。

 先程は5mは外れていた、未だ奈落で掘った落とし穴の中に……居ない?穴の中に居るのが見えているのに、魔力探査では居ない。魔法による幻術じゃない、他の何かだ。

 落とし穴の中の、ストライスが何かを投げ付けて来た。魔法障壁をすり抜けてダガーが……幻の方か。見えない実体を伴った方は、魔法障壁で弾かれた。自分から離れたモノも影響を及ぼせるのかよ!

「黒繭(くろまゆ)よ、僕を守れ!クリス、奴は視覚の認識を誤魔化せる。見えるのに、その場には居ない。だが魔法じゃないぞ!」

「了解です。問題は有りません」

「クソッ!マジかよ?俺の切り札が通じないとは化け物め!」

 偽者より質が悪い、魔法じゃないから防げない。前に会った冒険者ギルドの『無意識』とは違うタイプの奴だ。だが魔力探査で追える、打つ手無しじゃない。

 ストライスが騎兵として名を上げたのは、この能力の所為かも知れないな。幻を見せて見えない場所から攻撃する。なまじ幻が見えているから、見えない本体には無警戒だから。

 僕だって危うく騙される所だった。クリスの幻術を体験し、複数探査魔法を組合せた『黒繭(くろまゆ)』を編み出していたから気付けたんだ。

 何度かダガーの攻撃を受けたが、全方位展開型の魔法障壁だから問題は無い。だが目に見えて飛んで来る方が幻で、死角から飛んで来るのが本物か。偽物と分かっていても反応してしまう厄介な能力だ。

「む?逃げ出している、そこだな。黒縄(こくじょう)の飽和攻撃を食らえ!」

 ダガー攻撃が無効と分かると躊躇無く逃げ出そうとしたが、姿は見えなくても大地に足を着けて走っているなら問題無く分かる。驚くべき事は、自分だけでなく馬も効果対象なのか。

 見えない敵に対して地中に二つの魔力溜まりを錬金し、合計二百本の鋼の刃を生やす。山嵐から黒縄へ繋げる必殺の攻撃だ。

 縦横50㎝間隔で生やした鋼の刃に串刺しにされて絶命したのだろう、何も無い空間から山嵐に串刺しにされた本体が滲み出る様に現れた。

 黒縄へと変化させる必要も無く、奴は絶命した。最初から逃げ出すつもりだったなら、ストライスを逃がす所だった。交渉と言う足枷の為に、奴は僕の前に姿を表す必要が有ったんだ。

 野外だから何も障害物の無い場所だから良かった。これが建物内だったら、例え魔法で探査出来ても追い切れなかった。今回も多少なりとも運の要素が有ったな……

 奴に断固拒否とか返事を返していたら、サッサと逃げ出していただろう。街の中に潜伏されたら、見つけ出す事は困難だった。交渉に応じず、異変を察知する前に強襲して倒す作戦に間違いはなかった。

「クリス、残りの連中を倒す。先ずはストライスの配下の残り、その後で少数部族の連中だ」

 自動制御の自律式ゴーレムポーンは、ストライスの部下達を全て倒した。逃げ出そうとした連中は、クリスが首を跳ばして即死させたか。相変わらず素早い、流石は暗殺者だ。

「残りの騎兵部隊は反対側です。先に左右に分かれ少数部族共を殲滅、それから合流し騎兵部隊を倒す方が効率的です」

 両手を振って、ダガーに着いた血糊を払い、そのまま袖の中にしまった。暗器使いとして、ダガー以外にも多数の武器を携帯している。

 接近戦で使い勝手の良いダガー二刀流は、毒付加の効果も相まって対人攻撃としては必殺の域にまで達している。彼女は強い、だから彼女を相手に鍛錬している僕も何とか接近戦をこなしている。

 まぁ魔術師の僕は最初の一撃さえ避ければ、後は『黒繭(くろまゆ)』と魔法障壁、浮遊盾でゴリ押し出来る。だがその一撃が厳しい、デオドラ男爵クラスだと分かっていても防げない。

「そうだな。奴等は名乗りも必要無い、サーチ&デストロイ(見敵必殺)で行こう」

「どちらが先に騎兵部隊まで辿り着くか競争です。私が勝ったら、一つお願いが有りますので宜しくお願いします」

 おい、ちょっと待てって!伸ばした手が空を切る。戦う事に関しては自重しないな、困ったモノだ……倒れたストライスを見て思う。虚実を伴う攻撃、見え見えの虚の攻撃に対処したら見えない実の攻撃を受ける。

 これが全方位をカバーする常時展開型の魔法障壁じゃなく、見えている虚の攻撃を防ぐ為に正面にだけ魔法障壁を張っていたら攻撃を受けていた。ダガーには毒が塗られていたし、必殺の攻撃だったのだろう。

 ストライスの首を跳ねて空間創造に収納する。この野営地には貴重品は無い、精々が酒と食べ物だけだ。何処かに隠しているのだろうが、今は放置で良い。

「さて、クリスに負けない様に残党共を狩るかな」

 他の野営地とは離れているが、巡回の兵士や見張りの兵士も居る。逃げ出される前に倒してしまうか。気が付けば雨は止み、雲の合間から月明かりが殲滅した場所を照らしている。

 短い時間だった事、夜遅く雨が降っていた事が重なり僕が襲撃した事は知られていない。今バレても街の反対側の連中に知られる迄には未だ僅かに余裕が有る。

 街の連中も彼等に協力などしないだろう。濡れて重くなったローブを脱ぎ捨てる、夜風が興奮して火照った身体を冷ましてくれる。気持ち良いが、風邪をひかない様に注意だな。

「さて、もうひと踏ん張り頑張るか」

 馬ゴーレムを錬金し、クリスと反対側へと走り出す。負けると何かお願い事が有るらしい、叶える事自体は吝かでもないが……勝負に負けるのは嫌だな。

◇◇◇◇◇◇

 残党狩りは順調に終わった。全ての敵を倒し終えてた時には、街の連中も気付いて大騒ぎになっていたが、城門前にゴーレムポーン五百体を整列させた所で魔術師ギルドの連中が僕だと気付いた。

 後はトントン拍子に事が運び、僕とクリスはブレスの街の解放者として熱烈歓迎で迎え入れられた。街の中にはストライスや少数部族達は居なかったのは、報告通りに自警団や豪商の私兵が活躍し追い出したんだ。

 だが正規の守備兵が居なかった為に、街から追い出すだけで終わり。奴等は城壁の外で野営し、食料や酒、生活物資を徴収していた。それは取引に近く、ストライスの支配力は弱かったらしい。

 戦えば相応の被害を被るから、物を与えて外に追い出した。ブレスの街としては、バーリンゲン王国正規軍か僕等が来るのを待っていた。

 各ギルド経由で時間を稼げば僕等が元殿下達の支配地を奪還している事は情報として知っていた。残りは二つ、コーマの街とイエルマの街だけだ。

 慌てて玉砕などしなくても解放される事は決まっている。だから多少の混乱は有ったが、僕とクリスは丁重に迎え入れられ貴賓客として遇された。

「報告や手配で明け方まで掛かってしまった。朝日を拝みながら寝るとか、夜襲は昼夜逆転する。昼間に寝るとか慣れないと熟睡出来無い」

 領主の館の一番良い客用の寝室、辺境の最先端の街なのに豪華だな。金細工を施した家具、毛足が踝まで埋まる絨毯。天井に吊されているシャンデリアは水晶を多用している。

 そして護衛のクリスは金糸銀糸が編み込まれた豪華なソファーで熟睡中、埋もれているぞ。何か有れば直ぐに起きるから問題は無いのか?

 完全に信用出来無いから、彼女と別々の部屋では寝れない。部屋付きのメイドは隣の部屋に五人も控えている。王族だって不眠番の女官や侍女を五人も侍らせない、監視も含むのか?

 あと僕とクリスが同衾しているとか勘違いは止めて欲しい、だが無防備な寝室にメイドを待機させるのも嫌だ。妥協の結果、メイドは隣室で待機。

 僕はベッドでクリスはソファーだが、豪華なソファーはベッドと大して変わらない。ソファーベットとかも有るから、寝疲れとかは無いだろう。

 規則正しい寝息、寝顔も愛らしいが、両手にポイズンダガーを握っている。下手に触れば反射的に襲い掛かって来る、危険な淑女だぞ。

 代官はストライスに倒され守備兵も居ない。街の有力者達が有志で集まり対応してくれたのだが、嫌な話を聞かされた。

 盗賊ギルドの支部長と幹部連中は、軟禁じゃなく裏切り者として処刑されていた。ストライスを追い出した後に直ぐ、彼等は領民のガス抜きの為に殺されたんだ。

 盗賊ギルド支部は壊され資財は略奪、だがギルド構成員は無事だ。上層部のみ罪を問われたが、盗賊職だけに逃げ出した連中も多い。

 倒した街の外の連中の処理も彼等に任せたが、身包み剥いで無縁墓地に埋葬して終わり。ストライスの隠し財産は捜索中らしい、頑張ってくれ。

 僕に所有権は無いから問題無い、逆に倒した連中の処理を任せた事で信用度が上がった感じだな。奴等に恨みの有る領民が対処する、良い事だ。

「思ったよりは被害は少ないらしい。盗賊ギルド支部がヘイトを集めた為に、僕等に悪感情は無い。だが困った事に、街の防御力は低い」

 ゴロリと寝返りをするが、キングサイズのベッドだから三回転しても端まで行かない。厚手のカーテンを閉めて貰ったが、隙間から朝日が差し込んでボンヤリと明るい。

 寝ないと身体が保たない。だが眠いのに寝れない、繊細でもないのに情けない。環境が変わると寝れないとか子供か?いや未成年だから子供だな。

 寝酒、寝酒を飲もう。いや、駄目だ。こんな時に酒飲んで寝るとか緊張感無さ過ぎだ。時間的には朝食を食べて満腹だが、眠気は来ないな……

「羊を数えると眠くなるらしいな。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹、羊が五匹……………………………………………羊が四十八匹………………………駄目だ、全く眠れない」

 やはり酒か?酒の力は偉大だぞ。戦場での娯楽No.1は伊達じゃない。度数の強い酒も持っているが、飲んだら負けな気もする。これが酒の魔力か?

 眠りを誘うアロマ?そんな物は持っていない。睡眠誘発魔法?有る事は有るが、自動的にレジストしちゃうんだよ。無防備で魔法に掛かる訳無いじゃない。

 気持ち良さそうに眠る、クリスが羨ましい。何時でも何処でも寝れる事は戦う者としては体力・魔力・精神力の回復的に言っても必須なのだが……

「残りは、コーマとイエルマの街だけだ。後少し、もう少しで帰れる。イルメラ達に会える、僕の仕事もひと段落して王都の守りになる。少しは余裕が出来る、不足気味のイルメラ達成分の補給が出来る」

 彼女達の体臭を思い出したら眠気が襲って来た、現金なモノだな。だがこれで眠れる……出来れば彼女達の夢が見れれば良いな。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。