古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第644話

 リーンハルト様が、バーリンゲン王国の平定に向かって一ヶ月が過ぎましたわ。既に一つ目の城塞都市であるアブドルの街を攻略し、一人目の元殿下を倒したとの事。アウレール王の公式な発表の後に、リーンハルト様の屋敷に祝いの手紙や贈り物が殺到しています。

 普通なら主要な城塞都市を攻略するとなれば一ヶ月単位の時間が必要であり、それだけで勲一等の功績。連続して攻略など有り得ない事なのですが、我が婚約者様は、前回はレズンの街とハイディアの街を今回はアブドルの街を短期間で被害無く攻略しています。

 元殿下であり元王位継承権第一位、逆賊クリッペンの支配地と配下の兵力を一人で攻略してしまいました。そう、不可能を可能にしてしまいました。リーンハルト様ならば残り二人の元殿下と、その支配地も攻略する事は可能でしょう。

 本人は最短で一ヶ月と言いましたが、私は他国の領内での移動やバーリンゲン王国側のバックアップ体制によっては、二ヶ月前後は必要と思っていました。案の定攻略後の維持管理の兵力の派遣が遅れて、アブドルの街で待たされている状況みたいです。

 前回は軍事行動中であり情報漏洩や情報封鎖の観点から手紙は貰えませんでしたが、今回は諜報を得意とする毒婦ザスキア公爵が同行し手配してくれたので、リーンハルト様からの手紙が貰えています。

 ですがこの手紙……リーンハルト様に内緒で毒婦ザスキア公爵は中身を確認している筈だわ。私には分かる、あの稀代の毒婦は確実に性的にリーンハルト様を狙っている。

 殿方には分からなくても同じ女性である私には分かる。ギフトを使わなくとも、その秘め切れず漏れ出す愛欲と情欲。不純な様で純粋、故にリーンハルト様は受け入れてしまう可能性が高い。

 公爵本人と侯爵待遇の伯爵本人。準王家の血筋に、次期宮廷魔術師筆頭。この婚姻は国家的にも認められない秘めた恋愛になる。二人の実子が王位継承権争いの対抗馬に成り得るから……

 ダークホース、謀略を好む公爵と軍部の要に位置している次期宮廷魔術師筆頭。簒奪出来る位置に居る、本人が望まなくても周囲が騒ぎ出す。疑いだけでも致命的な……

「嫌だわ。全く嫌な予想だわ。全く恋愛には一途な筈なのに、周囲の女性が一筋縄でいかない女傑ばかり。本妻予定の私の胃に負担が掛かり過ぎです!爛れます、穴が開きます、血を吐き出しそうですわ」

 指折り数えて思い浮かべてみる。現宮廷魔術師筆頭サリアリス様、後宮の裏の支配者レジスラル女官長、公爵五家の四位ザスキア公爵、サロンを仕切るモリエスティ侯爵夫人。地位も権力も持つ本物の女傑達。

 女神ルナに仕えし巫女にして一千人の妖狼族を束ねる見た目は幼女の、ユエさん。元々はバーリンゲン王国に仕えていたけれど、私と同じギフト持ちで王宮内で政務を手伝う事が出来るリゼルさん。

 レジスラル女官長の孫娘で元王宮の侍女であり、影の護衛候補で感情を廃し暗殺技術を詰め込んで育てられた、クリスさん。感情が無い筈なのに、我が主様とリーンハルト様を慕う。リーンハルト様も彼女の無くした感情を取り戻してあげたいと言っていたわ。

 それとゼロリックスの森のエルフ、レティシアさんには不思議な絆を感じてしまう。彼女は、リーンハルト様にとって特別。人間に興味が無いエルフ族なのに、リーンハルト様にだけ親近感を持っている。

 同じくゼロリックスの森のエルフ、ファティさんもエルフ族は人間嫌いの筈なのに接し方が柔らかい。模擬戦で良い所まで追い込んだので、リーンハルト様の力を認めているからだろうか?

 公爵五家筆頭ニーレンス公爵の愛娘である、メディアも……まぁオマケで付け加えても良いかしら?

「殆どが美女美少女美幼女。全員が、リーンハルト様に好意的。他の貴族の令嬢ならば、何とでもなるのに……彼女達は一筋縄ではいかない女傑ばかり、リーンハルト様には女難の相でも有るのかしら?」

「ジゼル、それは貴女もですよ。リーンハルト様に陳情するよりも、ジゼル様に話を通した方が彼を動かせる。敵対すれば容赦無い非情な旦那様も、婚約者の尻に敷かれて逆らえない。貴女は他の人達から、そう言う特別な存在だと思われています」

 え?向かい側に座り親書の仕分けをしている腹違いの姉を見る。深窓の令嬢の見本みたいに大人しく従順だったのに、最近は逞しくなり毒まで吐く様になったわね。昔は扱い易かった……いえ、優しく大人しかったのに。

 政務の手伝いなど貴族の淑女がする事じゃない。本来は殿方の仕事なのだけれど、アーシャ姉様も少しずつ手伝う様になってきた、少しずつ変わってきた。未だ親書の仕分け程度だけれど、本人は真面目に仕事を覚えようと頑張っているわ。

 普段はイルメラさんやウィンディア、アシュタルにナナルも手伝うのだけれど、彼女達は祝いの品々の選別とリスト作成で別の部屋に居る。余りに大量過ぎて執務室に収まらなかったから……

「アーシャ姉様?それは違います。私は結婚前から婚約者を尻に敷く様な、慎みの無い非常識な女では有りません!」

 山の様な親書と祝いの品々の整理の為に手伝いに来たのだけれど、腹違いの姉から酷い評価を聞かされたわ。確かに少し前ならば、私の思惑でも動かせたけれども……

 今では私が教えられる事は少なくなってきたわ。王宮内での正規の仕事は私では分からない、でもそつなくこなしているらしいわ。誰にも教えを請わずに、警備計画等の書類作成も普通に出来るらしい。

 普通は副官として何年も近くで見ながら補佐して覚える仕事を初めてでも問題無くこなす。ハイゼルン砦攻略時に臨時総司令官として仕事をした時も何も問題が無かったと、ライル団長が驚いたと聞いたわ。

 リーンハルト様はゴーレム兵団を束ねる孤独な軍団長だと言ったらしいけれど、本当に一軍を指揮出来る軍団長としての能力が有る。馬鹿馬鹿しい想像だけれども、土属性魔術師としての性能、隔絶した錬金術の能力、マナーや楽器の腕前と合わせて考えると……

 過去に存在した偉大なる古代魔術師、ツアイツ卿の生まれ変わりと言われた方が納得する。王族だったからマナーや楽器の演奏も必須技能、五百人の魔術師を束ねる軍団長。

 卓越したゴーレム運用は、そのままゴーレムマスターとしての実力。誰も作れないマジックアイテムの数々、両手首に着けている『魔法障壁の腕輪』に『召喚兵の腕輪』を触りながら思う。

「有り得ないけど、そうだったら全ての謎が解決するわ。疲れているから馬鹿な考えをするのね。その件については、考えるだけで無駄だわ」

「無駄とは何ですか?」

「何でも有りませんわ。早く片付けないと、追加が来そうです」

 先程から来客と思われる馬車を引く馬の嘶(いなな)きが聞こえています。使者を立てて親書と祝いの品を届けに来たと考えるのが妥当、つまり追加が来ると言う事ね。

 もう少し待てば、ライラック商会もやって来るから不要な贈り物は引き取って貰えるわ。後は私がお返しの品を選び贈る手配をすれば良いわね。

 本当にライラック商会の存在は助かるわ。いち早く、リーンハルト様の御用商人として協力関係を結べたから本当に助かっている。

 リーンハルト様も他の商人と競合などしないと明言している為か、深い信頼関係で結ばれている。だから安心して任せられる、手間が省けるのは本当に助かります。

「ジゼル、もう一踏ん張りしましょう」

「はいはい。今夜も泊まりかしら……」

 婚約者の屋敷に入り浸り、あまつさえ泊まっていく。既に本妻として屋敷内の事を取り仕切っていると思われているのよね。

 メイド長のサラは注意しているけれど使用人達も、アーシャ姉様を差し置いて、私を若奥様と呼ぶのには困ったわ。何が困ったかと言えば、にやけてしまう口元を引き締める事が上手く行かないから。

 つまり私は、リーンハルト様と結婚する事を嬉しく思っているのね。周囲から認められている事が分かるから、余計に嬉しい。人には言えないけれど、今凄く忙しいけれど、凄く幸せなんだわ。

◇◇◇◇◇◇

 兄上達の討伐を依頼した、リーンハルト卿からの定期報告書を妹達と読む。内容が内容だけに、王宮の最奥の防諜対策を施した王族専用の部屋に三姉妹だけ集まる。

 此処は御父様、いえ前王を倒した部屋でもある。逃げ出した兄上達に追っ手を差し向けられなかったのは、此方の協力者が少なかったから。あの時は王宮内の制圧で手一杯だった……

 今も人材不足には悩まされている、我が国の貴族連中は能力は低くはないのに感情を抑えられずに馬鹿な事をする連中が多い。本当に最悪の選択を取る、馬鹿なの?いや、馬鹿なのよね。

 深く深く溜め息を吐く、肺の中の空気を全て吐き出すほど深く吐く。溜め息と共に不満と不安が無くなれば良いのに……

「リヨネル伯爵が寝返りましたわ。彼は辺境を治める貴族の中でも最大の勢力を持っているから、此方側に寝返ってくれた事は助かるわ」

「そうね。クリッペンの支配下だった、レズンの街とハイディアの街、アブドルの街の再支配は順調。リーンハルト卿は、ザボンの挑戦状を受けてシャリテ湿原に向かう途中で、リヨネル伯爵を倒した。相変わらず戦う事に関しては凄いわね」

「五百人もの待ち伏せを倒して、リヨネル伯爵と側近達を捕縛する。相変わらず普通じゃない、しかも彼を優遇する様に依頼しているのが問題だと思います」

 あら?ミッテルトは驚きと諦めの感じで褒めて、オルフェイスは最近の無表情さが無くなり顔をしかめて警戒したわね。私も手放しで喜ぶ気持ちは無い、予想より遥かに事が進み過ぎる。

 ダッケルク伯爵から送られた報告書の内容と、リーンハルト卿が送ってくれた報告書の内容の違いも問題だわ。占領政策に最低限しか口を挟まないと思ったけれど、根幹の部分に干渉して来るわね。

 ダッケルク伯爵は自分の権限が削られたと文句を書き連ねているけれど、自分の失敗は何も書いていない。ストライスに無様に負けて、戦力を減らした事を秘密にしている。お陰で此方は増援の手配に四苦八苦してるのよ!

「オルフェイス、何が不満なの?此方の被害無く敵が減り、寝返りで味方が増える。リヨネル伯爵は有能だし辺境での影響力も有る、引き込み配慮する事は当然の事だと思うわ」

「多分ですが、彼等は属国として支配し易い体制を作ろうとしています。中央と地方の対立、勢力の均衡化、ザスキア公爵の考えでしょう。あの女狐が我が国に乗り込んで来た意味、それは中央集権の妨害です」

 オルフェイスの話を纏めると……急な属国化の為に国内の貴族連中にとってみれば、エムデン王国の影響を余り受けていない。馬鹿な行動をするのは、自分達が対等に近い関係だと勘違いしているから。

 特に中央の貴族連中に多いが矯正は無理と考えられている、女王たる私が抑えられないから他国の指示など更に聞かないだろう。だが辺境周辺の連中には兄上達の討伐と言う誰でも分かる武力を示す事が出来る。

 辺境の貴族連中は、リーンハルト卿の、エムデン王国の力を思い知らされる。絶対に勝てないと宗主国に頭を垂れる、そうすると中央と地方に温度差が生まれる。

 属国の中央政権と地方貴族連中の不和は、中央集権の妨げとなり国内情勢を不安定にする。とても宗主国に反発など出来る余力は無い。独立など夢のまた夢、宗主国からすれば喜ばしい状況。

 そして、リーンハルト卿には恩義を感じねばならない。私達の統治を補助する名目で来て貰ったが、やっている事は自国が有利となる工作。でも追い返す事は不利益でしかないわ。

 今の私達に、逆賊討伐など不可能。放置すれば、折角簒奪した王位を奪い返されて、私達姉妹は全員断頭台に送られる。リーンハルト卿を取り込みたいけれども、今のところ全く糸口すら掴めないのよね……

「ザスキア公爵が乗り込んで来た理由は、バーリンゲン王国の中央集権体制の妨害でしょう。リーンハルト卿は戦争関連だけならば大陸一と言っても良い、都市攻略戦も平地での集団戦も問題無い。彼に敵だけを全滅して仲間に引き込めそうな連中を生かして捕らえろと言えば、簡単に実行してしまう。普通は無理なのに行動を起こせば半日程度で達成してくれるのです。ザスキア公爵は非常に楽だったでしょう」

「最新の報告書なのだけれど……未だ知らないと思うけれど、リーンハルト卿はザボンを討ち取り配下の連中も殲滅したわ。ソルンの街に入り増援を要求している、残りはコーマだけよ」

「え?だって増援の合流時期とかを考えても、そんなに早くには……」

「出撃さえすれば、一日程度で何とでもする。正規軍に諸侯軍を含めて二千人前後、野戦に絶対の自信有りと言った通りですわね。一ヶ月で二人、残りはコーマだけ。私達の増援手配が間に合わない、これは後々問題になるわ」

 逆賊を討伐し戻られた時に、有り難う助かりました!では終わらない。結果に対する対価を話し合う場が有り、私達の不備は対価の上乗せが必要とされる。

 向こうは殆ど理想的な結果、城塞都市は破壊されず逆賊と敵対勢力は殲滅されているし、味方として引き込み工作も完璧。復讐に駆られた連中による報復の問題も抑えられている。

 何て有能な男なのだろう。味方としてならば非常に心強いのだけれども、彼は宗主国の重鎮。完全な味方じゃない、何とか伝手を今後も助力して貰える伝手が欲しい。

「そうね。バックアップ体制に不備有り、足を引っ張られたと言われても言い返せないわ。交渉には、ザスキア公爵が出張ってくるでしょうし……厳しい話し合いになるわね」

「来週には増援を送り込める。後半月もすれば、リーンハルト卿は戻って来ますわ。その時用の交渉のネタを仕込む準備をしましょう。彼は用が無ければバーリンゲン王国にはもう来ない、それでは困るのです」

 もう少し、もう少しだけ助力が欲しい。逆賊と裏切り者達は殲滅するのは確実ですが、元はバーリンゲン王国の正規兵と貴族連中。それが丸ごと居なくなる、補充は無理。その穴埋め要員は未定……

「ミッテルト姉様をエムデン王国に人質として送りましょう。私も例の集団見合いの責任者として向かいます。戦場では無双出来ても日常では普通の殿方、もう少し私達に協力して貰いましょう」

 嗚呼、何て真っ黒い笑みを浮かべるのですか!小声で私とミッテルト姉様の貞操をネタに仕掛ければ或いは……とか言わないで!

 エムデン王国も私達が潰れてしまう事は不利益でしかないから、確実に助力はして貰える。でも搾取もされる、それは覚悟の上でした。国が滅ぶよりは万倍もマシ、私達の身の安全の為にも必要な簒奪だったわ。

 人間幸せになると欲が増えるのは理解したわ。縋る相手が近くに居るのも理由の一つ、しかも有能で普段は優しい相手だから。私が嫁げれば万事解決だけど不可能、ミッテルトなら僅かながら可能性が有るかと思ったけれど……

「ザスキア公爵対策を練りましょう。彼女を何とかしなければ、リーンハルト卿には近付けない。厳しいでしょうが、何かしら対策が有る筈よ」

 そう言えば、辺境の少数部族対策は不要になるのかしら?残り一人だし、使わなければ苦労も減るから良かったわ。因縁有る相手だし、絡むのは結構面倒臭くなるから良かったわ。

 




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